そういうのがカッコイイ
その日如月骨董品店はいつになく騒々しくて、店主である如月の機嫌もそのせいで大層悪かった。
「 君たち。帰る気はないのか」
「 何回も同じ台詞言うなって。ボケてんのか? 帰らねーよ!」
「 ………」
人の家の座敷に勝手に上がりこんでこの態度。無礼な赤髪の剣士に如月の眉も自然と吊り上った。
「 フッ…。まあまあ、俺たちがここでいがみあっていても仕方ねえだろ。もっと建設的な話をしようじゃねえか。なあ壬生?」
「 村雨さんの口からそういう台詞が出るとは思いませんでしたね」
「 あのなぁ…。もしかしてお前もこの蓬莱寺同様キレてんのか?」
素っ気無く返されて村雨はその相手…壬生に思い切り苦笑してみせた。
如月宅の和室で顔を向き合わせているのは計4人。この家の主である如月と、最初にカリカリとした声を発した京一。それから村雨と壬生である。4人は「一応」麻雀仲間だったが、とても親しいかと訊かれると誰もが「そうでもない」と答える間柄だ。
それでも4人は…正確に言えば如月以外の3人は何かというと、こうして如月骨董品店の奥…如月邸の和室に集まる事が多かった。
「 君たちがあんまりここへやって来るから、この間など龍麻にひどい誤解を受けたんだぞ。……口に出すのもおぞましい誤解をね」
「 ああ、口には出さなくてもいいぜ。俺も似たような事言われてるからな」
如月の怒り交じりの声にはまた京一が憮然として答え、ちっと小さく舌打ちした。それからもうすっかり冷めてしまった茶に手を伸ばし、やっぱりやめたという風に手を止める。
そして話を元に戻そうとばかりに京一は声を荒げた。
「 だから問題はひーちゃんが毎晩何処へ行ってるのかって事だ」
京一は漆塗りの長方形テーブルの上でぎゅっと拳を握り締めて他の3人を睨み据えた。
「 ここ最近、ずっと眠そうにしてよ。学校で何かあっても内緒とか言って教えてくれねー! しかもその『内緒』って言い方がすげー可愛いから、すげーむかつく!」
「 ……どうせしつこい訊き方をしたんだろ。だから龍麻にかわされたんだよ」
「 壬生っ。テメエっ!」
「 まあまあ。けどよ、先生の行方には俺も大いに興味があるぜ。昼間ならともかく夜だろう? 大事な先生に何かあったら大変だ。だろ、如月?」
「 何故僕に振る」
「 お前も面白くねえと思ってるに違いねェからさ」
「 ………僕には言いたくないそうだ」
むっつりと答えて如月はふいと視線を逸らせた。どうやら如月も京一同様、既に夜更かしの龍麻にその理由を問い詰めていたらしい。
「 んだよ、お前にも言ってねえのかよ。教育がなってねーんじゃねえの? 玄武様なんだろ?」
「 関係あるか。蓬莱寺、貴様さっきからいやに癇に障るな。斬られたいのか」
「 ほーう、面白ェ。ちょうど俺もむかついてしょうがなかったんだよ。ちっと軽く相手してやろうか?」
「 望むところだ」
「 だからお前らはやめろって」
「 そういう村雨さんこそ」
如月と京一の仲裁に入ろうとした村雨を今度は壬生が糾弾するようにきつく呼んだ。相変わらず鋭い眼をして、険悪な2人同様やはり不機嫌そうな顔をしている。
「 余裕ぶった態度は止めて下さいよ。さり気なく龍麻を夜遊びに誘ってみた事、知ってますよ」
「 ……あン?」
「 んだと村雨!? テメエ、出し抜こうとしやがったか!」
がばりと立ち上がった京一に村雨は冷めた目で一蹴した。
「 先生が毎晩何処へ行っているのか探る為だろうがよ。用があると言ったら何の用かと問い詰めようと思ってな」
「 それで!? ひーちゃんはお前に喋ったのかよ!? 何処へ行ってるか!!」
「 いいや」
「 ……誰にも言いたくないらしいな」
如月が壬生にちらりと目をやりながらて言った。壬生はそんな如月の視線にそ知らぬフリをしていたが、どうやら龍麻に鎌を掛けて空振りだったのは壬生も村雨と同じらしい。
「 ………おかしい」
暫くしてから京一が押し殺したような声で言った。怒りのままに立ち尽くしたままだったが、一言喋ったら気が抜けたのか再びストンとその場に胡坐をかく。
そして続けた。
「 ぜってぇおかしい。ひーちゃんが誰にも何も言わないで毎晩どっか行ってるなんてよ。何か…すげえヤな予感がする」
「 ヤな予感てなぁ、何だよ?」
村雨の眉をひそめた問いに京一はキッとなって叫んだ。
「 決まってんだろがッ! 女だよ女! 彼女が出来たんだよっ。そんでその女ん家に通ってんだ!」
「 まさか」
思わず発した壬生の台詞には如月が反応した。
「 確かに。仮に好きな女が出来たとして、だ。龍麻がその相手の元へ足しげく通うなど考えられない。そういうタイプじゃないだろう」
「 けどなあ、先生は晩熟だから案外目覚めて見境なくサカッてんのかもしれねえぜ」
「 村雨!」
「 村雨さん。今の台詞は聞き捨てならない。訂正して下さい」
「 っと…。お前らな、俺はただ男として当然の意見を…」
「 そんなの認めねえっ。ひーちゃんに彼女が出来たなんてぜってー嫌だー!!」
「 蓬莱寺! 煩い!」
しまいには家主の如月までもがキンとした声を張り上げ、既に夜も大分遅い時間だというのに、その場は一種異様な雰囲気に包まれた。4人にとって、いやこれは他の仲間たちにしてもそうなのだろうが、龍麻は言葉では言い表せない程、かけがえのない大切な存在だ。その龍麻の行動が読めないというのは彼らには本当に一大事だった。
「 ちわっす」
その時だった。
どことなく憔悴する4人の声を掻き消すようにして、店の方から誰かの声が聞こえてきた。足音が段々と近づいてきた事で京一たちが一斉に口を閉ざしそちらへ目をやると、果たしてその相手は何も知らない顔でガラリと軽快に引き戸を引き、その場に姿を現した。
「 あれ。皆さんお揃いで。麻雀大会でもする気スか」
「 雨紋…」
如月がその人物の名前を呟くと、呼ばれた雨紋はニッと人の良い笑顔を閃かせてからぺこりと頭を下げた。雨紋はその外貌から粗雑な印象を受けるが、実際は礼儀正しい。中でも如月の事は先輩として尊敬もしているようだった。
「 如月サン。時間外にスイマセンけど、例のアレ。売ってもらえません?」
「 貴様、今何時だと思っている」
「 分かってますよ。だからスイマセンって。でもさ、やっと金出来たから。少しでも早く貰いたくて」
「 何の話だ?」
村雨が割って入ると、雨紋は別段隠すつもりもないのか嬉しそうな顔を見せた。
「 如月サンとこにある≪一葉花≫って腕輪。すげえ欲しくてずっと金貯めてたンです。何でも百年くらい前の名工が作った逸品だとか。デショ?」
「 ああ…。それなりの値だから雨紋には無理だと言っていたんだが。お前、何処で金を作った?」
「 ヤダナァ。人聞きの悪い訊き方しないで下さいヨ。フツーにバイトして貯めたに決まってるでショ? あ、ケド、今度俺んとこのバンド、CD出すんでそっちもヨロシク。買ってもらえると助かるんでね」
「 誰がテメエの騒々しい歌なんぞ聴くか!」
京一が八つ当たりのように言った。雨紋は如月や村雨、それに壬生にはそれなりに一目置いているようなのに自分にはほとほとナメた態度しか取ってこない。それが京一には気に食わないのだ。
「 フッ、京一は、相変わらず煩い奴だな」
「 何ィ!」
「 龍麻サンも苦労するナ。あ、そういえば何かしつこく訊いてたって? 毎晩何処行ってるのかって」
「 な……」
「 雨紋、お前龍麻の事で何か知ってるのか?」
絶句する京一の代わりにすかさず如月が訊いた。村雨と壬生も途端に目つきを変えて雨紋を凝視する。
そんな先輩諸氏の姿に雨紋は目を見開き、思い切り苦い笑いを浮かべた。
「 ちょっ…どうしたンすか? 先輩方顔が怖いッスよ?」
「 いいから答えろ! 龍麻が何処へ行っているのか知ってるのか?」
「 ちょっと如月さん…どうしたんスか? …そりゃ知ってますよ。俺と一緒だったもんで」
「「「「何ッ!!!???」」」」
「 うわっ」
一斉に発せられたその怒号に雨紋は思い切り驚いて身体を仰け反らせた。しかし4人の殺気が凄まじかったお陰で却ってすぐに我に返り、雨紋は慌てて両手を振り唾を飛ばした。
「 ちょっと落ち着いて下さいって。龍麻サンと一緒だったからって何かシタとかないッスから! 俺まだ無実!」
「 まだ!?」
「 雨紋ッ!? テメエ、ひーちゃんに何したー!!」
「 だからまだ何もしてないって言ってんだろ!?」
「 つまりはこれからする予定だったと」
「 おいおい…。よくもまあ俺たちの前でそんな啖呵切れたな?」
「 いや、だから…ッ」
ようやく事態が飲み込めてあたふたともがく雨紋は、そのせいで逆に要領のよい言葉を出せなかった。それで余計に4人の怒りが増していく。まさか自分たち以外の仲間が龍麻と毎晩一緒にいるなど、「考えたくないから」予想もできない事だった。まだ見知らぬ女を好きになられていた方がマシだと思う。
「 ちょっと待って」
しかし4人がそれぞれ雨紋に対する殺意を抱いていた時。
「 あ……」
「 龍麻」
「 ひーちゃん」
「 先生」
不意に雨紋の背後から声がやってきて、その場にこの「事件」の張本人…龍麻が現れた。
「 何やってんの。みんな」
恐らく外にまで声が聞こえていたのだろう。龍麻は半ば呆れたような顔をしてからハアと大きくため息をついた。
「 だから嫌だったんだ。雨紋と毎晩出掛けてる事知ったら、絶対煩く騒ぐだろ。だから黙ってたのに。雨紋がどうしても店に寄りたいなんて言うからだぞ」
「 だって龍麻サン。俺サマがあれを買う為に必死こいてバイトしてたの知ってるでショ!? 売れたら大変ッスよ」
「 分かった分かった。じゃあ翡翠、早く雨紋に売ってやって。あの腕輪」
「 それはいいが…。しかし龍麻」
「 駄目。訊かないの」
龍麻はぴしゃりと言って如月以外の3人も睨み据えた。
「 俺だってたまには羽目外して遠くに行きたくなる事あるよ。普段の生活にはない空気吸って、他の事忘れて。空っぽになりたい時だってあるんだ。雨紋はそれをくれたから」
「 ……龍麻サン、ありがたいッスけど、それ以上言うと俺サマの命が危険なんで」
はははと小さく笑って雨紋は必死に小さく手を振ったが、龍麻は依然としてぶすくれた顔のまま4人を見つめた。
「 俺だって。雨紋みたいに、欲しい物の為にフツーにバイトしたり、好きなものの為に頑張ったり…。そりゃ、俺は雨紋みたいに音楽に興味はないけど…っていうか、無趣味だけど。でも、雨紋みたいにバイク乗ったり気紛れに海見に行ったり、したいんだ!」
「 ……海に行ってたのかい?」
壬生が訊くと龍麻は「訊くな」と言っていた割にはすぐに「ウン」と頷いた。
「 バイクにも乗っけてもらってたと」
次に村雨が訊いたのにも龍麻はすぐに「そうだよ」と答えた。
「 バイトって…何かしてたのか、ひーちゃん」
「 うん。夜の工事現場で土方してた。雨紋と一緒に」
「 ……無趣味だから雨紋のやりたい事に付き合ってたと」
「 だってコイツ、一番俺の理想の高校生やってるんだもん」
最後に額に手を押し当て質問した如月には、龍麻はもう嬉々として答えていた。そして雨紋を見上げて「
ふふふ」と笑う。
「 コイツ凄いんだ。流行の事とか色々知ってて。そんで、あんだけ働いても朝焼けの海見に連れてってくれるんだ。カッコイイだろ?」
「 えーと、だから龍麻サン。アンタに何の他意がなくても、俺サマが危険なんだって」
それ以上言うなというように雨紋は控え目にもう一度口を出していたが、龍麻は何も気づいていないのか「雨紋は凄い」と繰り返した。
「 今日もこれからバイクで海行くんだ」
「 ……でも、今日のところはやめときます?」
「 えっ、何で! ヤだよ、行きたい! 俺楽しみにしてたのに!」
「 いや…まあ。俺サマはいいんスけど。でも……」
「 雨紋」
すると如月がさっと立ち上がり、つかつかと雨紋と龍麻がいる方へ近づいたかと思うと、店へ下りて目的の品を迷いもなく差し出した。
そしてぶっきらぼうにその丁寧な細工が施してある腕輪を雨紋の鼻先に近づけ、言った。
「 ビタ一文まけたりはしないぞ。さっさと受け取れ」
「 えっ…いいんすか?」
「 それから、夜の海は冷える。龍麻に風邪を引かせるな。……それだけだ」
「 ……そっちの皆さんは?」
きょとんとしている龍麻をよそに、雨紋がそろりと訊ねる。
村雨は如月の行動に半ば冷笑していたが、すぐに肩を竦めると無言で「いいさ」という顔をした。壬生は少しだけ納得いかないという顔をしていたが、「龍麻が楽しいなら」と承諾の意を示した。
「 京一は? どうよ?」
「 ……お前、邪な考えはねえんだろうな?」
「 はい?」
「 普通の高校生なんだからな。あるわけねえよな?」
「 ……まあ。少なくともあんた方よりは無害だから、龍麻サンも無意識に俺をチョイスしたんでしょう」
雨紋は達観したような物言いをした後、「とりあえずは安心して下さい」と付け足した。そこにはやはり苦い感情が伴っているようにも見えたが、4人は敢えてそれには知らぬフリをした。
「 それじゃ雨紋。行こう!」
龍麻が子どものようにはしゃぎながら雨紋の袖を引っ張った。雨紋は雨紋で、そんな龍麻をあやすように「はいはい」などと言いながら店を出て行く。
4人はそんな龍麻の後ろ姿を複雑な気持ちで見送りながら、暫くは何も発しようとしなかった。ただ、心のどこかでなるほどとも思っていた。確かに龍麻は毎日毎日異常なものに包まれ、生活している。そんな中で雨紋という仲間は、確かに自分たちの中では一際「普通」の高校生に近い…気がする。
「 けどなあ…。あいつ、ぜってえ猫被ってるぜ。ひーちゃんの前じゃ」
京一が悔しそうな顔をしながらも精一杯強がってそう言った。
すると。
「 まあ、とりあえずはそれが仇となって手を出せないようだから、今は良しとしますか」
「 壬生…。しかし確実にお前の抹殺リストに名前入ったんじゃねえか?」
「 そういう村雨。お前も今度あいつをカモにしようと思っただろう」
「 通常の倍の値段を取っただろう守銭奴様に言われたくねえよ」
はじめこそ黙っていた彼らだが、一旦声を出して箍が外れたのか、次々と勝手な言葉が飛び出る。そうして
一通り何だかんだと言い合った後、4人はやがて再び黙りこくった。
心配なラインにまで行っていないとはいえ、やはり悔しい。
「 俺も髪を金にしてギターでも弾くかねえ」
村雨が冗談交じりにそう言ったが、それに乗った者は誰もいなかった。
4人にとってのいやに長い夜はまだ始まったばかりだった。
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