友と涙と男とオンナ



「 お、お前は…ッ」
「 よお…。クック…久しぶりだな…」
「 凶津…!!」
  夕暮れ時の新宿中央公園。
  珍しく1人家路へと向かっていた醍醐の前に現れたのは、中学時代の親友・凶津煉児だった。
「 お前…院からはいつ…」
「 つい先月だ…。別に脱走したわけじゃねえ。勘違いすんなよ?」
「 ………」
「 クッ…。どうしたよ。まあ座れや」
  ベンチに1人大股を開いて座っていた凶津は、途惑いを全面に出している醍醐を鼻で哂うと自分の隣をバンバンと叩いた。
  醍醐がゆっくりと腰をおろしてくるのを確認した後、凶津は言う。
「 何だよその態度は…。親友がわざわざ会いに来てやったってのに、感激の抱擁もなしか? クック…相変わらず、冷たい奴だぜ…」
「 凶津、お前…」
「 まあ、待てよ」
  身構えるような醍醐に片手を挙げ、凶津は言った。
「 別によ…。俺ァ、テメエの事、怨んだりしちゃいねえぜ」
「 何…」
「 あのクソ野郎を刺したのは紛れもない、この俺だ。テメエはそれをサツにチクッただけだろ? 親友の俺をサツに売った、それだけだ。俺はな〜んにも怨んじゃあいねえから、な。安心しろ」
「 そ、その言い方のどこが怨んでいないというんだ?」
「 まあまあ」
  醍醐のツッコミに凶津は肩を揺らして笑ったが、ゆっくりと首を横に振ると、夕暮れ時の公園を何か懐かしむような目で見やり、言った。
「 くだらねえじゃねえか、なあ醍醐よ…。俺は中に入って変わった。これからはよ、やり直そうと思うんだぜ、俺は俺の人生を…」
「 ま、凶津…それは本当か?」
「 ああ…。あの頃、俺はただぶっ壊したいだけだった。ムカツク何もかんもをこの拳で全部たたきのめしてやりたかったんだ。だが、テメエは違った。純粋に強さだけを求め暴れていたテメエは…俺より強かった。正直、テメエが羨ましかったよ」
「 凶津…」
「 なあ醍醐。俺はお前に言いに来たんだ。これからはくだらねえ過去のしがらみなんか忘れて、よ。またイチから始めらんねえかって。そう、思ってんだよ」
「 凶津…!!」
  醍醐は突然現れた昔の友をまるで別の人間を見る想いでしみじみと眺めやった。あの時自分が取った行動を間違っていたとは今でも思ってはいない。けれど、何の痛みも感じていないと言えばそれは嘘だった。どんな理由があるにしろ、自分は自分を頼った友を裏切り、そして互いに結ばれていた最後の絆を無残に断ち切ったのだ。だからいつかこうして対峙した時、醍醐は凶津からどんな罵声を浴びせられる事も覚悟していたし、また互いに拳を交えなければならないだろう事も予感していた。
  それだけに、この思いもかけない凶津の「豹変」は、やはり驚き以上に素直に嬉しく、また感慨深いものだった
  醍醐は胸にこみあげてくる熱いものを感じながら言った。
「 お前は…。院から出てきたばかりのくせに、こんな派手なマスクみたいなメイクをしているから、てっきり壊れたままなのかと思ったぞ。それが…それがお前から、まさかそんな台詞が聞けるとは…!」
「 ハッ、ほっとけよ。これは俺のスタイル。ポリシーってやつだ。カッコイイだろ?」
「 はは…ははははは!」
  凶津のふざけたような物言いと笑顔が嬉しくて醍醐は今にも溢れ出しそうな涙を必死に堪えながら、逆に豪快に笑ってみせた。そしてその勢いのまま、醍醐は感極まったような顔で隣にいる凶津の肩を力強く叩いた。
「 凶津〜!!」
「 へっ、何すんだよ、痛いじゃあねえか」
「 煩い! 凶津、凶津…! 俺は、俺は今最高に嬉しいんだ…!!」
「 クックック…。相変わらず暑苦しい野郎だなあ。だがな、それが妙に心地いいぜ、今の俺には」
「 凶津…!」


「 醍醐ー!!」


  その時。
  真っ赤に染まる夕闇の中を笑顔いっぱいで駆けてくる人影があった。
  龍麻だ。
  醍醐が顔を上げてそちらへ目をやると、それに気づいた龍麻はより嬉しそうな顔を全面に浮かべ、ぶんぶんと大きく手を振った。
「 醍醐っ。良かった、まだここにいたんだ!」
「 龍麻、どうしたんだ、そんなに慌てて」
「 うん…っ。ほら、今日は旧校舎とかそういう予定もなかっただろ? だからこの後みんなで翡翠の家で麻雀大会やる事になって」
「 麻雀大会? まったく、どうせ京一の発案だろう…」
「 あったり!」
「 仕方がないな…。分かった、俺も後で行こう。あいつらだけで騒がせておくと収拾がつかなくなるからな」
「 うん。そう思って後追いかけてきたんだ。よろしく頼むな。……あ、で、そっちの人は?」
「 ………」
  一通りの用を済ませた後、龍麻は人好きのする笑顔で凶津に視線をやった。凶津は見るからに極悪な顔をしているが、勿論龍麻はそんな事を意に介するタイプではないし、怯える様子も見せない。
  逆に凶津が龍麻の勢いに圧倒され、沈黙している様子だった。
「 あ…うむ。こいつはな、龍麻。俺の中学時代の親友で凶津煉児というんだ。たった今久々に再会してな」
「 へえ、そうなんだ! 醍醐の中学時代の! はじめまして、煉児…君? 俺、緋勇龍麻。龍麻、でいいよ」
「 龍麻…」
「 うん。よろしく」
  龍麻はにっこりと微笑むと、途惑っているような凶津の手を積極的に握り、ぶんぶんとやった後すぐに踵を返した。
「 じゃあ醍醐、俺先に行ってる。2人は積もる話もあるだろうから、後から来るといいよ。煉児君も良かったら来てくれよ」
「 ああ、すまない龍麻」
「 うん。それじゃ!」
  片手を高く掲げて去っていく龍麻を醍醐は眩しい想いで見送った。相変わらず本当に気持ちの良い奴だと思う。中学時代、悪さばかりしてきた自分たちとは違い、龍麻は品行方正、性格も皆から親しまれ愛されている完璧な奴だ。それでいて普段からは想像もつかない《力》を発揮するのだから敵わない。
「 ……いな」
  そんな事を考えていた醍醐に、隣で凶津がぽつりと言った。
「 ん? お、すまん、どうした?」
「 あいつ…。龍麻、っていったか。いいじゃあねえか…」
「 ん…あ、ああ、そうだろう!? あいつは本当にいい奴なんだ。俺も周りの奴らもあいつの事は皆一目置いているんだ」
「 麻雀って脱衣麻雀でもやんのか?」
「 ……何?」
「 あいつを囲ってお前らの仲間でハメてよぉ…。どんどん脱がせるってやつだろ? いいよなぁ…。クック、 俺も是非仲間に入れてもらいてえぜ…」
「 ま…凶津…? お前…一体何を言ってるんだ…?」
  突然隣のオーラがどす黒いものに変わっている事に気づき、醍醐はさっと青褪めて一瞬仰け反った。
  しかしそんな親友の態度には構わず、凶津はべろりと赤い舌で唇を舐め回すと、龍麻が去っていった方向を見やりながらにたりにたりと気味の悪い笑みを浮かべた。 
「 ムショにいる間よぉ…。俺ァ、溜まって溜まってどうしようもなかったぜ…。醍醐よ、テメエはあんなイイのを相手に思いっきり青春を謳歌してやがったんだな。あの小ぶりの尻によお…テメエのもん突っ込んでヒイヒイ言わせてんだろ? 仲間で回してんのかよ、ずりいなあ…」
「 ……な…な…ッ!?」
「 あんな純な顔してやがって、男を誘うフェロモン出しまくりじゃねえか。あいつ、俺の事も誘ってたよなあ…! クックク…。行ってやろうじゃねえか…。一枚一枚じっくり剥がして恥ずかしさに悶えさせまくってやるぜ…!」
「 凶津ッ!! き、貴様ー!!!」
「 ん…? 何だ醍醐、どうし…グボオッ!?」
  妄想爆裂の凶津に醍醐の怒りの鉄拳炸裂。
「 ハアハア…。凶津…やはり…やはり、お前の根本は数年じゃ治りようがなかったんだな…! よ、よりにもよってあの龍麻に良からぬ妄想を働くとは…ッ! こうなればこの俺自らがお前を2度と立ち直れないくらいに叩きのめしてやる。その腐った根性ごとな…!」
「 い、痛ェなあ…! テメエ…醍醐…!」
  ベンチの下に倒れこみ、口元から流れた血を拭きながら凶津が殺気立った顔を見せた。爛々と光るあの目に、先ほどの一応醸し出していた爽やかさなど最早微塵もない。
「 テメエ…。テメエの裏切りを許してやるって言ってる俺にこの仕打ちか…? 全く人間って奴ァ、テメエのオンナが関わるとホントどうしようもねえな…!」
「 許してもらわんでもいい!! それに龍麻は女じゃない!!」
「 ふう…。テメエがそういう魂胆なら、俺にも覚悟があるぜ。もうテメエは俺の親友でも何でもねえ。ただの敵だ…! 俺の拳で地獄へ叩き落としてやるぜ…!」
「 そ、そ、それはこっちの台詞だー【怒】!!!」


  ……そんなこんなで。


  一瞬は修復しかけた2人の絆が、ものの数分の出来事によって2度と完全に直る事なく切れてしまった事を龍麻は知らない。
  そして1度は醍醐に破れ退散したこの凶津が、鬼道衆の1人・風角によって未知なる《力》を与えられ、再び彼らの前に現れるのは……この後すぐの事である。



<完>




■後記…凶津は醍醐が龍麻という可愛いハニーを見つけて高校生活を楽しく謳歌しているのが許せなくて復讐に立ち上がったのです。何てかわいそうな奴なんだ。たぶん龍麻がいなかったら凶津も醍醐を許していただろうに(んなバカな)。…しかしあのイカれた風貌はとてもお堅い醍醐の親友とは思えませんな。そこがまた可笑しくって好きなんですけども。しかし実際の本編でも、醍醐、凶津倒してもあんま後悔しているようでもなかった気がするんですが…気のせいかな?けどやっぱこういうエピソードがあったからと考えた方がいいですよね(事実をかなり歪曲)。