情報不足は命取り



  ここは九角邸、地下室ー。
  今日も夜な夜な無敵の5人組・鬼道衆たちがロクでもない談義を交わしていた。
  ……いや、今回に限っては割とまともな話し合いだったりしたのだが……。

「 こらそこ、岩角! いい加減食べるのをやめないか。おぬし、今日はこれで何食目だ?」
「 ん〜これはご飯じゃないど、おやつだど〜。それもまだ5回目〜」

  5人の「秘密部屋」には窓がない。防音設備もバッチリだ。
  扉を開いて真正面には大きな円卓があり、5人はそこに設置されている席にそれぞれ腰をおろしていた。
  部屋の周囲にあるのは主に本棚だ。そこには彼らの好みの同人誌―九主本―がズラリと並べられている他、彼らが命を削って採取したお宝情報が所狭しと収められていた。お宝情報…言うまでもないことであるが、それは主人・九角天童と彼らにとっての永遠のアイドル・緋勇龍麻とのラブラブ情報満載の写真、ビデオ、会話を録音したテープなどのことである。
  それから部屋には作戦会議の際に使用する巨大な黒板。スイッチ一つで天井から降りてくるスライドもあった。

「 炎角も! その貧乏揺すりみたいなダンスをやめい。いい加減目がチカチカするわい」

  そんな秘密部屋で、先刻岩角に注意を飛ばした雷角が再び耐えかねたように言った。
  雷角は相変わらずの仮面、忍者装束のような格好で黒板が設置されているすぐ前の席、両手を組んで座っていたのだが、自分の前方にいて踊り狂う炎角には心底呆れたようにため息をついて見せた。表情は仮面をつけているので何とも分からないが、嫌そうであることだけは確かだ。
「 少しは落ち着いていられんのか。我等は今非常に重要な話し合いをしているのだぞ」
「 へいっ! 雷角! これは新しいダンスだぜひえひえひえいっ。名づけてライプアップアグレッシブダンス! イエ!」
「 何だそれ?」
  膝の下に同人誌を置いてしきりにそちらに視線を落としていた風角が顔を上げた。隣に座ってスケッチブックに落書きをしている水角に視線を向ける。
  問いかけられたその水角の方はあまり関心がないようだ。シャッシャと軽い手さばきでペンを走らせながら素っ気無く返した。
「 わらわに炎角の考えている事なんぞが分かるわけないわ。…ふむ、これで良しと。それよりほれ、見ておくれ。妖艶な瞳で御屋形様の胸に顔を寄せるひーちゃん様」
「 うおお〜! お美しい〜! さすが、うまいな水角〜!」
「 ふふふ…。今度の冬コミの本の表紙はこれでいくかのう…」
「 おでにも! 水角、おでにも見せてぐで〜!」
「 俺も見たいぜ、イエ!」
「 くおうらっ! おぬしらいい加減にせんかー! 話がちっとも先に進まぬわっ!」
  自分の話を全くもって聞いていないような4人に、雷角はバンッと勢いよくテーブルに拳を叩きつけて叱咤した。
  それでようやく部屋は静かになる。
  雷角はふーっと息を吐いてから本日の議題に戻る事にした。

「 だからだな。今月8月8日は、我等が崇拝する『夕輝屋』様のサイト2周年記念なわけだ」

  ぴっと雷角がテーブルに置いてあったリモコンのボタンを押すと、天井から黒板を覆うようにして巨大スクリーンが下りてきた。同時に室内も暗くなる。
  4人は一斉に雷角の背後に光るスライドを目にした。
  そこには「夕輝屋」サイトのトップページがでかでかと映し出されている。
「 このサークルを主催するは九主布教の第一人者、湯葉様じゃ。いつも素晴らしい御屋形様とひーちゃん様のラブラブ話を書いて下さっておる! 同じジャンルを扱っているというに、残念ながら一度としてお会いした事がないが…」
「 今年は夏コミ落ちたしね」
  水角がはあとため息をついて項垂れた。
「 しかも一般で参加しようとしてたのに、御屋形様から屋敷一帯の掃き掃除を命じられて行けなかったんだよな」
  風角も胸をかきむしる真似をしながら悔しそうに言った。
  岩角は菓子をボリボリと食べている。炎角は椅子に座ったまま両肩を怒らせつつ踊って(?)いる。
  雷角がそんな一同を見渡して再びテーブルを叩いた。
「 だからだな! そんな我等の悔しさを癒して下さるかのように、今年も変わらず活躍して下さっている湯葉様に一つささやかなお祝いをしようじゃないか」
  一瞬しんと静まり返った室内。
  しかし雷角のその提案の後、秘密部屋は一気にわっと賑やかになった。
「 賛成だど〜。おで、お祝いするど〜!」
「 イエイ! 九主サイト万歳ッ! シャウッ!」
「 お祝い…憧れのサイト様にプレゼントなんて素敵だねえ…」
「 俺も賛成! あ、けどよう…」
  ひとしきり全員が賛同の声をあげたところで、しかし風角がふと心配そうに口を切った。
「 俺らっていつもロム専じゃん…。イベントでだって湯葉様だけでなく、どのサークルさんにも一度も話しかけた事ないし…。いきなり見知らぬ奴らから声かけられて驚かないかな?」
「 そうだねえ…。わらわたちもこう見えてシャイだから…」
「 何を言う。だからこそ贈り物片手に『お初にお目にかかります』とやるのじゃないか! 次の冬コミこそ同じ九主仲間をゲットするのじゃ!」
  雷角がぐっと片手を握り締めて切実な調子でそう言った。
  九主サークル「鬼道衆」は極度の人見知りで、パソコンで九主サイトを日参していても掲示板やメールで声をかける事など一度としてできなかったし、ましてやイベントで顔を合わせての挨拶などできようはずもなかった。常に天童から命を狙われているという危険から、本を売りさばいた後はすぐに撤退。その為、お隣サークルとも挨拶を交わすくらしかした事がなかった。
  だから彼らは自分たちの本がかなりの売れ行きを示し、午前中ですぐ消える「伝説のサークル」と呼ばれている事にもまるで気づいていなかった。
「 それに…お祝いといっても何を渡すんだえ?」
「 そこよ!」
  雷角はそう訊いてきた水角にくくくと低く笑い、再びぴっとボタンを押した。
  スクリーンが移り変わる。
  そこには「ネタ」と書かれていた。
「 同人屋に問う! 我等が財貨や名誉よりも欲しいもの、それは何だッ!!」
「 ネタだぁ〜!!」
  あわせるように4人が片手を高々と掲げてそう叫んだ。
  雷角はうんうんと嬉しそうに頷いてから先を続けた。
「 その通りッ! ネタこそ命! 生きる糧! たくさんあっても邪魔じゃない! てーかくれ! その点、我等が鬼道衆はそのネタの新鮮さにかけては天下一品よ。というわけで…」
「 分かった! 俺らが集めた御屋形様とひーちゃん様のラブラブ画像とか写真をプレゼントしようっていうんだな!」
「 ザッツライッ!」
「 おう、雷角〜。今日はノリノリだなイエ〜!」
  雷角の大袈裟なリアクションに炎角も負けまいと腰を振る。
「 でもそれ本当に楽しそうだぞよ。どれにしようかえ? やっぱり数ヶ月前の、ひーちゃん様のお風呂を覗いた時の写真にしようか? ひーちゃん様が痴漢だ〜って泣きながら御屋形様の所に縋りに行った…うっとり」
「 その後俺ら殺されたけどな」←生き返ったんか
  しかしそう言った水角に雷角は「ノンノン」と人差し指を振った。
「 いやいやおぬしら。さっきも言っただろうが? ネタは新鮮なほど良いのじゃ。そういうラブラブ情報もリアルタイムな方が良かろう。今まであるものではなく、湯葉様の為に新しいネタを撮るのじゃ!」
「 おう、おで頑張る〜。御屋形様とひーちゃん様のちゅーが見たいど〜」
「 俺も見たいぜイエ〜」
「 俺もすっげー見たい!」
「 わらわだって勿論見たいぞよ〜」
「 わしも見たい〜。しかしだな、問題はあれだ。我等が御屋形様よ…」
  そこで雷角はノリノリな態度から一変、途端に憂いのある様子になった。
「 ひーちゃん様が御屋形様をお慕いして下さっているのは一目瞭然じゃ。しかし、御屋形様はどうもこう…はっきりとした愛情表現が苦手なようだ」
「 それは俺も思った。御屋形様は強引な割には、こう何つーかもう1つ押しが足りないんだよな」
「 押しってどういうことだ〜?」
「 イエッ! 御屋形様は照れ屋さん〜イエ! 自分からもっとどんどんいかなきゃ駄目だぜ〜」
「 そうよねえ…。それにさっさと御屋敷に住まわせてしまえば良いのに、いっつもひーちゃん様からこちらに遊びに来るパターンばっかりだし」
「 それに最近、どうにも萌え〜な九主見てなくねえ?」
「 それよ!!!」
  風角の口を尖らせ言った台詞に、雷角は今までで一番大きな声を出した。4人がびくりとして視線を向けると、その先にいた雷角はぶるぶると震えながら叫びにも近い言葉を吐いた。
「 最近! 何故だかひーちゃん様は御屋敷に来て下さらない!!」
「 ああ……」
「 ひーちゃん様、おモテになるから…。どうせ真神他、超いらない邪魔者集団がちょっかい出しているのよ…」
「 ひーちゃん様に遊びに来てもらいたいぜ〜イエイエ〜」
「 おで寂しいど〜」
「 そうだろう!!」
  またまたひとしきり皆の意見が出たところで雷角はぱちんと手を叩いた。
「 というわけで、じゃ! 今回の我々のテーマはズバリ! 『ひーちゃん様にお屋敷に来てもらってランデブー計画!』じゃ!!」
「 らんでぶーって何だ〜?」
「 おい雷角……お前、湯葉様の為ってよりは、単にひーちゃん様に遊びに来てもらいたいだけじゃねーの?」
「 言えてる」
「 な、何を言うておるのじゃ! わしはだなー!!」
  焦る雷角に風角と水角は「分かった分かった」と同時に声を出し、顔を見合わせ笑った(ように見えた。何にしろ仮面で表情は分からないので)。
「 俺らの気持ちも同じだぜ、雷角。よし、やろうぜ!」
「 風角…」
「 そうよな。でもどうやってお呼びするんだえ? まさか御屋形様にひーちゃん様をデートに誘ってみてはとか言えないし」
「 御屋形様に、『ひーちゃん様にちゅーして愛じてるって言ってくで〜』って頼むのが?」
「 オウッ! それはスリリングテリボーアタック!」
「 かと言って俺らがひーちゃん様に直接頼んでも…やっぱり殺されるしなあ…」
「 なあに、方法はある」
  雷角はそう言うとふっと笑った。
「 御屋形様とてひーちゃん様にはお会いしたいはずじゃ! 御屋形様をこちらに足止めし、真神の邪魔者を遠ざけ、何とかひーちゃん様に来て頂ければ…あとはムード作りでばっちりよ! さすればさしもの御屋形様もころっとじゃ!」
「 ころっとか…! よく分かんねーけど、とにかくやるか!」
「 そうね。とにかく九主にするには2人を会わせるしかないもんね!」
「 その為にはわしらは命すら捨てよう! いいな、皆の者!!」
「 おー!!」

  ……こうして彼らは彼らが尊敬する同人作家・湯葉様に捧げる九主ネタをゲットする為…なのか?何なのか、とにもかくにも、この頃ちっとも会っていないらしい天童と龍麻の2人をくっつけるべく、動く事にしたのである。





「 あれ…? 何か悪寒が…?」
「 どした、ひーちゃん?」
  学校帰り、ぶるりと震えた龍麻に京一は怪訝な顔をして見せた。
「 風邪か? 暑いからって腹出したまま寝たりしてんじゃねーの」
「 ええ〜。んな事ないよ」
「 それよりひーちゃん、今日の如月ン家での麻雀。行くだろ?」
「 え? そうだなあ、うーん……」
「 何だよ行こうぜ〜。壬生と村雨だけじゃなくてよ、霧島とか雨紋とか劉も来てるってよ」
「 へえ、そうなんだ。何か楽しそうだね」
  第一班。緋勇龍麻・誘導係。炎角&風角。
  風角は電柱の陰に隠れながらちっと小さく舌打ちをした。
「 またあの赤猿が俺らのひーちゃん様に言い寄ってやがるぜ」
「 あいつをひーちゃん様から引き剥がすのは面倒だぜ、イエ〜」
  炎角も小さくステップしながらそう言う。しかしすかさず懐から旧式のトランシーバーを取り出し、炎角は第二班・お邪魔虫引き剥がし係に向け発信した。
「 こちらひーちゃん様捕獲係だぜ! 今回のお邪魔虫ターゲットは蓬莱寺京一、それに如月骨董品店に集まると思われる男仲間数名! どうぞイエ!」
  ピーピーガーガーと雑音が入った後、水角の声が聞こえてくる。
「 こちら引き剥がし班、了解! 首尾は上々。凶力・菩薩娘をはじめ、嫉妬深い女の仲間たち数名にも偽りの情報を流しておいたぞよ! 《骨董品店にてひーちゃん様強○計画が持ち上がっている!》とね。ふふふ…わらわの絵つきだぞよ……悩ましげなひーちゃん様の○○姿をね……」
「 おう、それ見たいぜイエ〜九主じゃないけど」←いいのか
「 よし、いい感じだ! ならば俺たちは奴らが骨董品店で諍いを起こしている間にひーちゃん様を連れ出せばいいってわけだな!」
「 第三班にも連絡を取っておくぜイエ! こちら第一班、ひーちゃん様捕獲係だぜ! 第三班応答せよ!」
  イケイケでステップにも磨きがかかる炎角。そんな炎角が持つトランシーバーの先から新たな声が聞こえてくる。
「 第三班のシチュー作り、岩角だど〜」
「 シチュエーションだろ」
「 シチューだど〜。えーどね、ふかふかのお布団と枕一つ、ちゃんと敷いておいたど〜。お風呂の支度もばっちりだど! 雷角はビデオの用意しだ後、御屋形様がどっか行かないように見張ってる〜。眠り薬も飲ませるって言ってるど〜」
「 オッケー! オッケー! 岩角、あとムードある音楽もなイエ!」
「 分かったど〜」
「 あ!」
「 どした風角イエ!」
「 ひーちゃん様が!」
  その時、龍麻が申し訳なさそうに京一に片手で謝っているのが2人の視界に入った。
「 悪い、京一。実は今日は駄目なんだ。ちょっと用があってさ…」
「 はあ〜何だよ〜? まあ、じゃあしょうがねえな。でももし来られそうだったら途中からでもいいから来いよ?」
「 うん、ありがとう」
  何と意外な展開であろうか。
  龍麻は京一からの誘いを断り、如月骨董品店には行かないと言っているようだった。しかも誘った京一の方も案外とあっさり片手を挙げて去って行く。これだけ都合が良いのも、きっと今日の話が九主だからであろう。
「 うおお、らっきー! ひーちゃん様が断ったぜ! ひーちゃん様1人だ!!」
「 おう、ならあいつらを喧嘩させる必要ってあったのかイエ?」
「 んな事ァどうだっていいんだよ! それより行くぞ、炎角!」
  首をかしげる炎角の背中を叩き、風角はだだだっと龍麻に走り寄った。一拍遅れ、炎角もそれに続く。龍麻にどんな用事があるかは分からないが、九角邸へお招きするのが彼らの本日の使命なのだ。前傾姿勢になりながら道路の真ん中を走る仮面姿の2人は誰がどう見ても怪しかった。
  しかし風角がまさに龍麻に話しかけようとした、その時ー。
「 どうしたの、2人して?」
  くるりと龍麻が振り返った。
「 わっ!?」
「 イエ!?」
「 ははは…。何だよ、後ろから俺のこと驚かせようとでもしてたの? 悪いけどとっくに気づいてたよ。何か見られてるなあって思ってたから」
「 ひええ、さすがひーちゃん様。俺らの気配消し尾行に気づくとはね」
「 さすがさすがのひーちゃん様だぜいえ!」
  ひとしきり感心する2人に苦笑しながら龍麻は小首をかしげた。
「 それよりどうしたの? 珍しいね、2人で来るなんて。天童に…何かあった?」
「 へ…。あ、そうそう。ひーちゃん様。何と! 大変な事に御屋形様がお風邪を召してしまわれたんですよ〜!」
  風角は「何と」と言う割にちっとも大変そうじゃない言い回しで龍麻に言った。
  炎角が腰を振りながら言う。
「 病気病気〜。御屋形様が瀕死だぜ〜いえ〜」
「 え…っ。う、嘘だろ?」
  龍麻は炎角の言いように途端にぎょっとしたようになったが、すぐに可笑しそうに目を細め、「その言い方からして嘘だよ」とまるで信じていないという風に首を振った。
  けれどそんな龍麻に負けじと、風角は途端に項垂れ、泣き出しそうな風を装って沈んだ声で言った。
「 それがそうでもないんだぜ、ひーちゃん様。御屋形様も所詮は人の子さ…。風邪引く時もありゃ、一刻を争う死に瀕する高熱を出す時だってあるのよ…」
「 今は〜イエ! ひーちゃん様の名前を呼んで泣きながら布団の上でごろごろとのた打ち回っているぜ〜イエ!」
「 ………本当なの?」
  最初こそ笑っていた龍麻だったが、2人があまりにもしつこく「瀕死瀕死」と言うので、段々と神妙になっていき、しまいには不安そうに顔を歪め出した。まさか本当に2人が言う「瀕死」ではないのだろうが、「 風邪」だという事に関してだけは、龍麻も信じ始めてきたようなのだ。
  一気に暗い顔になり、龍麻は何事かを考えこむように俯いた。
「 天童が風邪なんて…」
「 いえいえ〜ひーちゃん様、とにかく早く来てくれよ〜」
  追い討ちをかけるように炎角が泣く真似をして急かした。風角も後に続く。
「 そうだぜひーちゃん様! ひーちゃん様の顔見たら御屋形様の風邪もすぐに治ると思うしさ!」
「 ついでにちゅーとかしてくれたら嬉しいぜ…イテイエ!」
「 うっせーよお前は!」
  風角は調子づく炎角にげしりと一撃くらわせてから、慌てたように龍麻を見やった。
  するとすっかり真剣な顔つきになっていた龍麻は、2人のやりとりも見ていなかったのか、一も二もなく共に九角邸に向かう事を了承した。
  2人はそんな龍麻に心の中でにやりと笑い、ガッツポーズをした。
  あとは第三班の雷角と岩角が天童をどう抑えてくれているかだ。風角は久しぶりに見られそうな主人と龍麻の2ショットに胸を躍らせた。





  そしてその頃、肝心の九角邸では――。
  今まさに鬼道衆のうち2人の命が潰えようとしていた。
「 だから俺がいつ何処へ行こうが勝手だろってんだッ!!」
「 ううう…お、お待ち下され御屋形様〜」
  雷角はほぼ半死状態である。今日に限って天童は必死に話し掛ける雷角たちに一切構わず、「用がある」と言って外へ行こうとしたのだ。
  そしてそれを阻止しようとして天童に一撃でいなされた。
  ちなみに眠り薬は食事に盛ろうとして「今日はいらない」と言った天童によって未遂に終わり、茶に混ぜたものも「いらねえ」と突っ返された。
  そしてしつこくしていたらまたいなされた。
  床で倒れ伏している雷角の横で、今度は大柄の岩角が天童の足に絡みついてじたじたと駄々っ子のように足をばたつかせわめいた。
「 いやだど〜。行っちゃ駄目なんだど、御屋形様〜」
「 放せ岩角! テメエも殺されてーかッ!!」
  げしげしと岩角の頭を空いている方の足で蹴る天童。しかし岩角もどうしてどうしてしぶとい。その巨体をずるずると玄関先まで引きづられてきても、まだ天童の足首に縋っている。
「 おでたち、今日は何か御屋形様がおうちにいた方がいいような気がするんだど〜。だからいでおぐれ〜御屋形様〜」
「 だから俺は用があるんだよっ。テメエ、主人の言う事がきけねーってのか!」
「 そ、それならば御屋形様、せめて…」
  岩角にまとわりつかれて動けない天童に、雷角は最後の力を振り絞り床を這いずったまま、ほんわかと湯気の立つ湯飲みを差し出した。
「 せめてお出かけ前にいっぱい…」
「 ……テメエ、それに何入れやがった」
「 ぎぐ…っ」
「 馬鹿やろうがーッ!!」
「 うぎゃあっ!!」
  雷角、死亡。
  しかし最後の砦、岩角も負けじと上体を起こして天童の膝あたりにまでしがみつく。
「 てめ、岩角…っ!」
「 行かないで御屋形様〜」
「 お前ら! 一体何を企んでー!!」
  ガラリ。
  その時、表の扉が開いて龍麻が現れた。
  扉を開けた瞬間目に飛び込んできたその3人の様子に、龍麻はぎょっとしたようになってしばしその場で固まっていた。
「 天童。……何やってんの?」
「 ………龍麻じゃねえか。何だ、突然」
「 何でって…」
「 それにお前のその格好」
「 あ…ああ、これ…」
  天童に指摘され、龍麻は両腕を軽く挙げて苦笑した。龍麻は通り雨にでも当たってしまったのか、全身ぐっしょりと濡れていた。ぽたぽたと前髪から大粒の水滴が垂れてきている。
「 お前の屋敷にまで来た所で急に雨が降ってきてさ。参ったよ」
「 何だと?」
  言われて天童は何かを探るように開け放たれた玄関先から外を見つめた。いつの間に降り出したのだろうか、確かにザーザーと激しい音を立てて、外は物凄い大雨に見舞われていた。
  気のせいか空は青々と晴れ渡り、屋敷の門の外の方は雨の気配がないのだが。
「 それより天童、お前風邪ー」
「 お、御屋形様ッ! ひーちゃん様は御屋形様にお会いしたくてわざわざいらして下さったんですよ!!」
  口を開きかけた龍麻を押しのけるようにして、背後にいた風角が慌てて先に口を切った。目の前、主に張り付いている岩角と床でうめいている雷角にはやはり背筋を凍らせたようだが、あえて見て見ぬフリをしているようだ。
  一方の雷角も最後の力を振り絞ってにへらと愛想笑いをしてみせた。
「 おおぉ…! それはそれは〜。ひーちゃん様ようこそおいで下さいました…っ。お、御屋形様、やはり今宵はこちらにいらして正解でしたなっ」
「 てめえら…」
  見上げた先にいた主は、既に何もかもを察したような顔をしていた。怒りの様相。
「 お、御屋形様」
  それでも雷角は確信していた。
  自分たちの主が龍麻を好きな事は明白だし、事情はどうあれこうして龍麻と引き合わせる為に必死に足止めをし続けた自分たちがこれ以上責められるわけはない。
  何にしても2人は最近ちっとも会っていなかったのだから。
「 龍麻。お前、こいつらに何て言われて来たんだ」
  しかし依然として天童の顔に笑みはない。ただ怒りを堪えるような目が爛々としているだけで。
  一方の龍麻はきょとんとしたまま、ただ目の前の天童を見つめている。
「 おい龍麻。何を呆けていやがる。俺の質問に答えろ」
「 え、ああ…。いやだから…俺は天童が―」
「 ひーちゃん様! さあさ、こんなところでは何なんで、さっさと中へ!」
「 ひーちゃん様ずぶ濡れだしな、イエ〜」
  風角と炎角の友情攻撃! 龍麻の声を咄嗟にかき消しながら、2人は大変だ大変だと濡れた龍麻を気遣った。そして更に何処から現れたのか…気のせいか屋根の上から飛び降りてきたような水角がやってきて、慌てたように声をあげた。
「 まあ〜! ようこそひーちゃん様! ひーちゃん様、どうなさったんですか、そんなずぶ濡れで! ああ、外は雨ですものねえ、大変です。お風呂の用意を!! ねえ、御屋形様!?」
「 あ……」
  するとようやく龍麻も現在の事態を飲みこんだようだ。あたふたする彼らに、自分が謀られてここまで連れて来られてしまった事を知った。
「 はは…」
  しかし龍麻はとりあえず天童が風邪を引いたようでない事に安堵したのか、依然として慌てふためく風角たちにも優しげな笑みを向け、やがてゆっくりと首を横に振った。
「 まあ…何でもないんだよ。今日は気分でさ、やっぱりここに来たくなったんだ。それだけ」
「 おい龍麻…」
「 それにしても通り雨は参った。ホント、メシの前に風呂入れて?」
「 勿論ですわよ、ひーちゃん様!!」
「 おい、皆! 風呂の支度だ!」
「 うおー! でもそれ既に準備万端〜!!」
「 待て」
  しかし有頂天になる5人に天童がびしりと声をあげた。
  再び周囲はしんと静まり返る。
  天童は動きを止めた下僕たちには構わず龍麻に向け声をかけた。
「 ……それは?」
「 あ…これ?」
  龍麻は手に提げていた物を天童に見咎められ、自身も思い出したような顔をしてから苦笑した。
  片手で掲げたそれからはビニール袋の擦れる音と同時に、いくつかの野菜が顔を出した。
「 たまにはさ、俺が天童にメシ作ってやろうと思って」
「 ………」
  天童は何も言わない。5人は唾を飲み込み、この異常な事態に心密かに首をかしげた。
  いつもなら自分たちを怒りながらも、こうまでしてくれる龍麻に免じて「好きにしろ」とか何とか言って引き下がってくれるはずだ。
  しかも目の前の龍麻はずぶ濡れ! 据え膳! 一緒にお風呂! ……な状況とて可能だというのに。
「 ……お前。あの店の予約どうした」
  その時、ようやく天童が沈黙を破って龍麻に訊いた。瞬間、実は今の今までまだ踏まれ続けていた岩角は、背中に乗っかる重みにより力が加えられたような気がして「ぐええ」とうめいたのだが、それを聞いていた者は誰もいなかった。
  龍麻は爆発寸前の天童に少しだけ途惑ったようになってから笑った。
「 キャンセルしてきちゃったよ。だって今日は…もうここにいるつもりだったから」
「 そうか…」
「 あ、あのう…?」
  ここまできて、何やら思わぬ方向に行っているらしい2人に、雷角たちは恐る恐るという風に声をかけた。天童がぎろりと睨む。
  そして止めに入ろうとする龍麻に構わず、天童はぎりりと拳を作りながら言った。
「 いいかお前らよく聞け…。俺は俺に断りなく動く部下なんぞいらねえんだ……」
「 へ…」
「 ちょっと待っ…天…!」
「 消えろ―――!!!」
「 ぎええええええ――――!!!」
  一体どうやって技を繰り出したのか。
  天童は己の周囲にいる…しかし龍麻は除いて…自分の5人の部下だけをあっという間に遠いお空へ向けてぶん殴り飛ばしてしまった。
「 あ――れ―――!!!!」
  いつもの事ではあったが、5人は儚く遠い空の星となって消えた。
  何が起きたのか全く分からないままに……。





「 あーあ…。かわいそうな事するなよ」
  5人がいなくなった屋敷の中、風呂から上がって縁側で涼んでいた龍麻は背後に座る天童に「しょうがないなあ」という顔を見せて笑った。
  天童は相変わらずぶすっとしたままだ。龍麻の笑顔を見ても気分が晴れた様子はない。
「 せっかく一生懸命俺たちを会わせてくれようとしたんじゃない。しかも何? 寝室見た? 笑っちゃったよ、どっかのラブホみたいで」
「 ふざけんな。お前はいつもあいつらに甘い」
「 確かに俺、最近ここ来てなかったもん。天童が目を光らせているせいで、みんなこの頃盗聴も追跡もできてなかったみたいだから、きっと心配してたんだと思うよ。俺たちが全然会ってないって」
「 あいつらの心配なんか知るか」
「 もう…。あの店にはさ、また今度行けばいいって」
「 そういう問題じゃねえって言ってんだろ」
「 はは…」
  いつまでも天童はふてくされたままだ。遂にはふいとそっぽを向き、すっかりいじけてしまったような様子で黙り込む始末だった。そんな天童の横顔を眺めながら、龍麻はくすりと小さく笑った。
  そうして煌く空の星々を見上げながら、龍麻は「みんな無事かなあ」とつぶやいた。


  その日、天童と龍麻の2人が予約オンリーの高級レストランでデートの約束をしていたという…その素晴らしい事実を鬼道衆たちが知ったのは、それから数日後のことだった。
  そして当然の事ながら。
  天童によって殺されている間に夕輝屋様のサイト開設日はすっかり過ぎ去り、彼らはお祝いを言うタイミングをすっかり逸してしまったのだった。
  九主サークル「鬼道衆」たちの孤独なサークル活動はまだまだ続きそうである。



<完>





■後記…しょ、しょーもないです。九主というよりは、ズレた鬼道衆奮闘記という感じです。サイト相互の湯葉様の名前まで出してます、すんません(汗)。しかし九主サークルをやっている以上、きっと鬼道衆の彼らは湯葉様の存在を知っているだろうなあという思いつきから生まれた話なので。サークル鬼道衆にはこれからも頑張って欲しいです。…というわけで、こちらは彼らの同士…というのは図々しいか(笑)、素晴らしき九主サイト(勿論他のカプリングも好きだけど!)「夕輝屋」様サイト2周年記念として書かせてもらいましたSSです。彼らの傷が癒えた後に取材して書いたものなのでこんなに遅れてしまいました…という事にしておいて下さい(笑)。