ささやかな作戦



  鬼道を操る戦闘の天才・九角天童には、忠実な部下が5人いる。
  その名も鬼道衆。
  いつも4人をとりまとめ、リーダーっぽい役割を担っている・雷角。
  仲間の中の紅一点、鋭い視点で物を言う・水角。
  少々抜けているが心優しい怪力の持ち主・岩角。
  かなり頭がおかしいけれど、抜群のダンスセンスを誇る・炎角。
  そして作者のキャラネタが底をついた為に影が薄くなってしまったややまともな性格・風角。
  …と、いう一見ロクでもないこの5人。しかし彼らには敬愛する御屋形様の為に昼夜を問わず努力している事があった。
  それは 「御屋形様とひーちゃん様をくっつける 」 という事である。





「 御屋形様がひーちゃん様をお好きな事は間違いないんだよな〜」
  ベタを塗りながら、風角がぶちぶちと文句を言った。
「 ひーちゃん様とて御屋形様の事は好きに決まっておるわ。でなければ、まだ柳生との戦いも終わっておらぬ今、このように頻繁にお屋敷にいらっしゃるはずがない」
  シャカシャカと忙しそうにペンを動かして漫画を描いているのは水角。
「 うむ。だから御屋形様の押しがもうちょい強ければな…」
  慎重な手つきでトーンを貼りながらそうつぶやくのは雷角。
「 けど、逆にひーちゃん様がもっと色気を出して誘惑しなきゃってのもあるぞ、イエッ!」
  激しく腰を揺らしながら字が書けるのか?筆を動かしているのは、炎角。
「 御屋形様もひーちゃん様も照れ屋さんなんだどー」
  菓子をぼりぼり食べながらそう言うのは、岩角。(←コイツに言われちゃあ…)
  5人は来る春コミに出す「あるブツ」の制作で、最終段階の詰めに入っていた。よって密談に加えて手も忙しく動かさなければならない。
  そう、5人は同人作家だった。
  サークル名「鬼道衆」の名の下に、「御屋形様とひーちゃん様をくっつける」為の九主オンリーサークルを結成し、同人誌まで作っていたのだ。ちなみにHPは持っていないので、時々作者の「銀の竜」を借りて宣伝活動を行っている。
  ここで5人の役割を簡単に説明しておこう。
  九主オンリーサークル「鬼道衆」には、漫画と小説二つの表現方法が取られている。
  小説担当は炎角。主にシリアス話を書くのが得意である。
  漫画担当は水角。エロい絵を描くのが生き甲斐らしい。よって作風も当然…(自主規制)。
  そしてその水角の漫画にトーンを貼るのが雷角。雷角はまた印刷業者さんとの連絡係でもある。
  ベタと背景、その他の細かい作業は風角がやる。
  岩角はとりあえず何でも屋。大抵は素直な感性そのままに出来上がった作品の批評を行う(…それだけ?)。
  5人は御屋形様も勿論敬愛していて大好きだったが、それと同じくらいに「ひーちゃん様」こと緋勇龍麻の事も慕っていた。強くて優しくて何より美形!九角と自分たちを救ってくれた恩人でもあるわけで、彼らが「こんな人が御屋形様のお嫁さんになってくれたらな〜」と願わない日はなかったのである。
  そして幸いというか、実際この2人はどうやら両想いらしく、時々は屋敷や外で2人きりで会ってもいるようだった。何度かその事実を確認するべく、追跡・盗聴の類を試みてもみたのだが、悉く御屋形様である九角に阻止されてその事実は未だ明らかになってはいなかった。
  が、まあ、それにしても。
  何にしても彼らの中では、とにかくこの2人はデキているはずなのであった。だから5人はそんな妄想(事実?)を元にして、日々素敵な同人誌を描き続けていた。
「 はあぁ〜御屋形様とひーちゃん様のエッチシーン見て〜」
「 俺も見たい〜イエッ!」
「 わらわも〜」
「 うむ。御屋形様も以前は呆れるほど次々とオナゴをテゴメにしていたくせに…」
「 御屋形様とひーちゃん様のちゅーみたいどー!!」
  5人は飢えていた。それは誰だって妄想より現物を見たいに決まっているのだが…。
「 こんにちは!」
  その時、玄関の方で元気な明るい声が響いた。暗室でこそこそとよからぬ事をつぶやいていた5人ははっとして一斉に顔を上げた。
「 ひーちゃん様だ!」
「 ひーちゃん様がいらしたぜ、イエッ!」
「 御屋形様は!?」
「 まだ帰ってないどー」
「 お出迎えだ、お出迎えをしろ!」
  5人はだだだと駆け出して慌てて表へと飛び出した。
  玄関口には、いつもの優しい笑みを浮かべた天使のような龍麻の姿が…。
「 あ、鬼道衆さん、こんにちは。へへ…また遊びに来ちゃった」
  龍麻の照れたような声にぽーっとしつつ、5人は素早く膝をついて頭を垂れた。…炎角だけは歓迎のダンスをしているが。
「 いらっしゃいませ、ひーちゃん様!」
「 ようこそいらっしゃいました!」
「 ひーちゃん様、あがってくれよ、イエッ!」
「 まだ御屋形様は戻っておられないのですが…」
「 一緒に遊ぶどー」
「 うん♪」
  龍麻は嬉しそうに笑い、それから困ったように頭をかいた。
「 でもさあ、その『ひーちゃん様』っての、何とかならない?」
「 はっ…と、申されますと?」
  雷角が首をかしげると、龍麻はにこりと笑って言った。
「 何かおかしいよ。『龍麻』でいいからさ」
「 な、なななな何と勿体ないお言葉…!」
  5人はその龍麻の台詞でざざざざと後退してしまった。逸早く立ち直ったのは水角だ。
「 駄目ですよ、ひーちゃん様! 名前呼びは最高の親愛表現じゃないですかっ! ひーちゃん様をそうお呼びして良いのは、我らが御屋形様だけですわ!」
「 え〜。でも俺の仲間とかも『龍麻』って呼ぶ奴多いし…」
  5人は心密かに龍麻の事を馴れ馴れしく呼んでいる仲間らを 「抹殺するリスト」に入れた。 (←返り討ちにあうだけだってのに)
「 あ…ところで、天童はまだ帰ってきてないの?」
「 はあ…毎日何処かで腕を磨いておられるようで」
「 ふーん、相変わらずだなあ」
「 ま、こんな所で立ち話も何ですから! ささ、ずずずいっと中へ!!」
「 うん。お邪魔します」
  龍麻はそう言ってから、本当に嬉しそうに屋敷の中へと足を踏み入れた。





  客間に龍麻と、その遊び相手として岩角を置き、4人はこそこそと密談を始めた。
「 …こんなに毎日ひーちゃん様が御屋形様にアプローチをしに来てるというのに、本当に何とかならんものかねえ」
  はあと頬杖をついてため息をついたのは水角だ。雷角や風角たちもうんうんと頷いて一斉にはあと深く息を吐き出した。
「 そうだな。このままオクテの御屋形様の動きを待っていたんじゃあ、我らもひーちゃん様ももたないぞ」
「 どうにかして2人の距離を縮めさせられれば…」
  その時、せかせかとダンスをしていた炎角がいきなり指をぱちんと鳴らした。
「 おい、俺良い事考えたぜ、イエッ!」
「 お、何だ炎角!?」
「 ひーちゃん様と御屋形様、『お風呂でいきなりご対面作戦』!」
「 な、何だその嬉しい感じの作戦は!」
  炎角の発言に素早く食いついたのは、仮面の下でさり気なく頬を染めた雷角だった。
「 ひーちゃん様を風呂に入れて、御屋形様がお帰りになられたらすぐにそこへ直行させるんだぜ、イエッ!」
「 そ、それは…」
「 御屋形様にはひーちゃん様がいるという事は内緒だぜ、勿論ッ!」
「 きゃー素敵だぞよ! それいいぞよ!」
  ごくりと唾を飲み込む風角の横で、水角が浮かれたようにぱちぱちと手を叩いた。
  結構異様な光景である。仮面をつけた4人組がこの上もなくどうしようもない密談をしているのだから。
  …まあ、そんな事はこの際置いておいて。
「 ……しかしその後、御屋形様ちゃんとやれるかな」
「 やれるだろ。御屋形様も童貞ってわけじゃないしな」←誰だコイツは
「 そうねえ。いくら何でもひーちゃん様のなまめかしい身体(想像)を見たら、うちの御屋形様だって手を出すでしょう」
「 そうだな」
「 イエッ!」
「 よし、やるか!」
「 イエッス!」
  こうしてかなりの浅知恵、でもウキウキお風呂大作戦が敢行されようとしていた。





「 ひーちゃん様」
「 ん? 何? 天童帰ってきた?」
  客間に戻ってきた4人は、岩角とオセロをしている龍麻に忍びよるようにして近づいた。怪しすぎるが、龍麻は無防備である。
「 御屋形様はまだお帰りにはなられていないのですが…。しかしこうやってひーちゃん様をお待たせするだけなのも忍びないので…風呂の用意をさせましてございます」
  厳かな口調で言ったのは雷角だった。その横で、水角が洗面器とタオルを用意してにっこりとしている(仮面の下で)。
「 え? お、お風呂?」
「 はい。新しい入浴剤も入れましたの。きっとひーちゃん様も気に入りますわ」
「 で、でも…天童のいない時に勝手に風呂なんか借りたら怒られない?」
「 怒られるわけありませんわ、ひーちゃん様!」
「 でも〜」
  龍麻はすぐに言う事をきくかと思われたが、案外渋っている。4人はぽかんとしている岩角には目もくれずに、半ば必死になって説得にかかろうとしていた。
「 ひーちゃん様! 新しい檜の風呂なのです! ひーちゃん様に是非入ってもらいたく!」
「 その入浴剤がまたとっても素敵な香りで〜」
「 ひーちゃん様、御屋形様が入って待ってろって言ったんだぜイエ!」←何てことを
「 え…っ。て、天童が…何で…?」
 炎角の最後の台詞にだけ反応した龍麻は心なしか赤面していた。そんな愛しのお嫁さんの顔を見て、鬼道衆たちは心密かににやりと笑った。
「 さあささあさ! そうと決まれば、とにかく入って下さいまし〜!」
  こうして龍麻はあれよあれよという間に、彼らに風呂場へと直行させられてしまった。


  し・か・し。


「 ご、ごめん…俺もう出たいんだけど」
「 駄目です、ひーちゃん様! もう少し我慢していてくださいませ」
「 浴衣が見つからないんですー」
「 いいよ、着てきたやつで…」
「 洗濯しちゃったからそれはもうありません!」
「 そ、そんな」
  のぼせる寸前の龍麻が浴室からぐったりした声を出す。
  ウキウキお風呂遭遇大作戦は、思わぬ事態に直面していた。
  強引に龍麻を風呂に入れたまではいいが、いつもならもうとっくに帰ってきても良いはずの天童が一向に帰ってこないのである。既に炎角、岩角、風角を捜索隊に向かわせたが、今度はその3人も戻ってこない。
「 熱い〜。俺…もう倒れそう…」
  龍麻が情けない声を出す。
「 ひ、ひーちゃん様! もう少しの辛抱でございます!」
  水角がガラス戸越しに必死に声をかける。龍麻はそんな水角に爆弾発言を投げかけた。
「 俺裸で出ちゃおうかな」
「 !!!」
「 もう着替えなんてどうでもいい〜。あがりたい…」
「 ひ、ひーちゃん様…」
  それはそれで雷角・水角は嬉しすぎなのだが、そんな事になったらそれこそ彼らの御屋形様に殺されるだろう。
「 熱い〜天童…」
  不意に龍麻がぽろっと天童に助けを求める台詞を吐いた。その言葉に2人がはっとした、その時ー。

「 お…お前ら〜!」

  玄関先から土足らしいどかどかとした駆け音が近づいてきたかと思うと、待ちに待っていた御屋形様こと天童が捜索隊に出ていたはずの3人を両手両脇に抱えて怒りの形相で浴室の脱衣場に入ってきた。
「 またくだらない事しやがったのか! 龍麻はどこだ!?」
「 お…御屋形様、何故その事を…」
「 岩角がばらしたんだ…ひーちゃん様とお風呂でちゅーとか言って…」
「 げっ」
  天童の傍らで瀕死の声を出したのは、風角だった。口を滑らした岩角は、何をされたのか目を回して気絶している。
  天童はそんな5人には構わずに怒りで震えた声を出した。
「 龍麻はどこだ!?」
「 それが…」
「 天童…」
「 龍麻!?」
  天童は風呂場で自分に助けを求めている龍麻の声を聞くや否や、3人を放り投げてすぐさま浴室に入って行った。
  以下、5人が聞いた2人の会話ー。



「 あ…天童」
「 おい、龍麻! しっかりしろ、何やってんだお前!」
「 だって…あがるにあがれなくって…のぼせた〜」
「 当たり前だ! ほら、さっさと出ろ!」
  バシャリ。
「 うん…熱い…」
「 ………言わなくても分かる」
「 あ…天童、今帰ってきたんだろ…。手、冷たくて気持ちいい…」
「 …………」
「 うぅ…天童、何だかくらくらするよ…」
「 ………ったく、馬鹿が。ほら、ちゃんと掴まれ」
「 うん……ありがと天童…」
「 …………」



  5人はその2人の会話をどきどきしながら耳を済ませて聞いていたのであるが。
「 おい、お前ら!」
「 びくうっ!!」
  ガラス戸越しに自分たちを怒りの声で呼ぶ御屋形様に、5人は硬直した。
「 ……龍麻の着替えを持ってこい。その後は…分かっているだろうな!」
「 ひいいっ!」

  そう。
  5人はその後、天童によって遠いお空の彼方まで飛ばされてしまいましたって。

  でもいいよね。この作戦のお陰で、天童と龍麻は…♪



<完>





■後記…これは春コミの際に限定20部と称して配った、当サイト名物「おふざけ鬼道衆」の活躍??ストーリーです。何か…果てしなくふざけていますが、実際の鬼道衆だって天童様を想う気持ちは相当でしたよね!?だからこれくらいの誇張は許されるかなあと(←誇張とかって問題じゃない)。当日、折角来て下さったのに渡せなかった方々の為にサイトでも公開しました。楽しんで頂ければ幸いです。