忠義の鬼たち



  これはちょっと意地っ張りな主を持った家臣たちの、苦労と涙の物語である…。


  秋も過ぎ、季節は冬になろうとしていた。
  吹く風は冷たい。最近では街でコートを羽織る人の姿もちらほらと見えるようになってきていた。
  けれど九角はこういう季節の方が―冬が好きだと思う。凍えるくらいに冷たく、厳しい温度の中に身を置く方が自分には合っていると思うのだ。
  その点…何故か自分の屋敷を頻繁に訪れるようになった「アイツ」には、そんな季節よりも温かい陽気の日が似合うと九角は感じる。


「 ………ぐう」


  陽が傾きかけた頃、都心の喧騒から外れた屋敷に九角が戻ると、そこには当然のように自らの身を置く龍麻の姿があった。


「 ぐう………」


  夕陽が未だ差し込む縁側で、龍麻はだらしなく両手両足を広げている。どうやら熟睡の真っ最中のようだった。
「 まったく……」
  よりにもよって元は自分と敵対していた相手の家で、よくもこのように無防備な姿をさらせるものだと呆れてしまう。緊張感の欠片もない元・宿敵の姿を見下ろし、九角はふっとため息をもらした。
「 御屋形様! お帰りになられていたのですか…っ!」
  その時、焦った様に九角の傍にやってきてすぐさま頭を垂れたのは、鬼道衆の1人、雷角だった。
「 も、申し訳ございませぬ…! お出迎えもせずに」
「 構わん。庭から入ってきたからな」
「 おおっ!? 御屋形様っ! イエッ!」
「 ………炎角か」
「 お帰りなさいませ、イエッ!」
「 …………」
  九角は苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、軽快なステップで登場してきたダンスの達人・炎角を一瞥したが、後はそれを振り払うように自分の足元に寝転ぶ龍麻に視線を戻した。
「 コイツ、いつからここにいるんだ?」
「 は…。そうですな、3時のおやつの時間にはもうきっちりと」
  雷角が部屋にある壁掛け時計に目をやりながら答えた。その横でめちゃくちゃに踊りまくる炎角も嬉しそうに付け足す。
「 みんなで岩角が作った特製アップルパイ食べました、イエ!」
「 …………」
「 御屋形様のも残してありますよ〜」
「 いらん。お前にやる」
  ウンザリしたように九角は言い、それから龍麻の頭を自分の踵でごつんと蹴った。
「 おい、龍麻。起きろ」
「 ……ぐう。う〜ん……」
「 こんな所で寝ていたら風邪引くだろうが」
「 う……? ………すうすう」
「 ………ち」
「 大分お疲れのようですな」
  雷角が龍麻の傍でその寝顔を覗きこむようにしてつぶやいた。炎角もこれでも気を遣っているのか、極力足音を立てないステップで踊り続けている。
「 ……フン、どうせまた腕を上げるために仲間たちと潜っていたのだろうよ」
  九角は未だ終わらぬ龍麻の戦いを皮肉な口調で言ってから少しだけ翳のある表情を見せた。
「 あ〜御屋形様だ〜!」
  その時、また渡り廊下をどしどしと豪快にやってきた家来の1人がいた。鬼道衆の1人、岩角である。
「 お帰りなざい〜御屋形様〜」
「 ああ……」
「 おで、今日は御屋形様とひーちゃん様のだめにアップルパイ作ったど〜。食べてくで〜!」
「 …………」
「 イエッ! 岩角、安心しろ! 御屋形様の分は俺が食ってやるから」
「 へ? い、嫌だど〜。おで、御屋形様に食ってもらいたいどー」
「 ばか者、岩角、御屋形様は甘い物はあまりお召しにならんのを知っておるだろう。無理な事を言うでない!」
「 ええ〜。そ、そんなあ…。ひーちゃん様はうまいうまいって食ってくれたど〜」
「 昨日俺が作ったクレープも喜んでくれたぜ、イエイ!」
「 わ、わしが作ったホットケーキだって好評だったぞ!」
「 おでのが1番だ〜」
「 俺だぜ、イエイ!」
「 な、何を言うか、わしのー」
「 お前ら」
「 !!!」
  九角はズキズキとする頭を片手で抑えてから、押し殺すような声でしょうもない言い争いをする3人に声をかけた。それから深く深くため息をつくと、呆れたように続けた。
「 まったく、貴様ら一体誰の部下なんだ。毎日毎日、この龍麻の気に入る物ばかり競って作りやがって」
「 甘い物好きなひーちゃん様、可愛いど」
「 イエーッス! スーパーラブリ〜だぜ〜♪」
「 う、うむ…。そんでにこっと笑ったところが何ともな……」
「 …………」
「 はっ! い、いえ、勿論! 勿論、我ら鬼道衆は御屋形様の為だけに存在する身ではあるのですが…っ!」
「 もういい。下がれ」
「 は、ははー!」
「 御屋形様〜寝ているひーちゃん様を襲うのが〜?」
「 こ、こら、岩角! そんな嬉しすぎる事訊くんじゃない!」
「 雷角〜お前それさり気なく岩角を誉めてるぞ〜イエ!」
「 ば、ばばば馬鹿な事を言うな! そ、それでは御屋形様、どうぞお姫様抱っこでひーちゃん様を寝所へば…じゃなかった! え、えーとえーと、それでは我らはこれにて!」
「 わーいわーい、ドキドキするどー!」
「 ときめきめきめきだぜ、イエー!」
「 ………おい、そういえば、水角と風角の奴はどうした」
  騒ぐ3人に怒る気もせずに、九角は不意にまだ自分の前に姿を現さない2人の鬼道衆の名を呼んだ。いつもならこの騒ぎにあの2人が加わって、更に煩い事になるというのに。
「 あ、も、申し訳ございませぬ! …そ、そのう…あの2人は少々身体を悪くしておりまして……」
「 風邪か?」
  珍しい事もあったものだと思っていると、岩角がえへへへとよだれを垂らしながら言った。
「 今な〜暗室でエッチなシーンだから、水角とベタ担当の風角はとっでも忙しいんだど」
「 こ、こら岩角っ!!」
「 何だ?」
  眉を寄せて訊ねる九角に、雷角は殊のほか慌てたようになって口元でもごもごと何やら訳の分からない事を言った後、2人を引きずるようにして去って行ってしまった。
「 何だ、あいつら……」
  そういえば戦いが終わった後のアイツ等は、何か皆で頭を寄せ合って新しい事にチャレンジすると言っていたが。九角はそれが何かを問い質すことはしていなかったから、今、何やらすっかり毒気が抜けて(抜けすぎともいう)おちゃらけてしまっている5人にはただただ茫然としていた。
「 ねえ……」
  そんな風に九角が5人の部下たちに思いを巡らせていた時。
「 いつになったらお姫様抱っこしてくれるの?」
  龍麻がむくりと上体を起こして、不服気に口をとがらせてきた。
「 起きたのか」
「 あれだけ周りで騒がれればね」
「 そうだな」
「 お帰り、天童」
  そうして龍麻は九角ににっこりと笑いかけ、未だ自分の傍で立ち尽くしたままの相手の膝にぎゅっと抱きついた。
「 何だ、鬱陶しい」
  その所作には慣れていたものの、九角はついいつもの習慣でキツイ口調を発してしまった。
「 ひどい。俺、ずっと待ってたのに」
  けれど龍麻もそう言われる事は予測済みだったのか、別段気分を害した風もなく、再びぶうたれて見せて九角の足に抱きつく腕に力を込めた。
「 離れろ。動けんだろうが」
「 うー」
「 何だ、龍麻」
「 んー別に」
  龍麻はそう言った後、割とすぐに九角を拘束していた自分の腕を離し、つまらなそうに縁側から見える庭園に視線を向けた。それで九角もそんな龍麻の傍に座るとようやく落ち着いたように息を吐いた。
「 今日も潜ってきたのか」
「 うん。楽勝」
「 その割には疲れているようだな」
「 ………うん」
  龍麻は言ってから再び九角に寄り添い、それからぎゅっと目をつむった。
「 疲れた。すっごい疲れた。いつまで続くのかなって思う」
「 …………」
「 いつまで……」
  言いかけて龍麻はやめ、それからふっと九角を見上げて静かに笑んだ。
「 へへ、でもここに来るとヤな事とか忘れられるからいいや。鬼道衆さんたちもいっつも歓迎してくれるし」
「 お前をもてなすのが趣味のようだ」
「 みんなすっごいお菓子作りうまいんだよ! さっき言ってたあの3人以外でも、風角さんはクッキー焼くのがうまくて、水角さんはお団子系が最高!」
「 どれもこれも俺が嫌いなもんばっかだな」
「 そうなのー? 美味しいのに」
「 お前がここに来てから、あいつら、修練そっちのけで食い物ばっかり作っているな」
「 あれ、他にも作ってる物あるらしいよ」
「 ? 何だ」
「 俺もよく知らないけど。みんなで本作ってるんだって」
「 あ?」
「 見せてくれないんだけどね。すっごく感動してすっごく胸ときめく話なんだってさ」
「 けっ、あいつらが作る話なんてどうせドロドロの―」
  言いかけて、しかし九角は口をつぐんだ。以前のあいつ等が創作する話など、殺戮や破壊に関するものに決まっているだろうが、あそこまで壊れた今、何がどうなっているか確かに想像はつかない。
「 変わったよな、あの人たち」
  九角の思いを読み取ったように龍麻が言った。
「 あれは別人だぞ。変わったなんてものじゃない」
「 ふふ…そう? あれがきっと本当のみんなの姿だったんじゃない。それに」
  龍麻はそこで一旦切って、再び九角をじっと見やった。
「 天童も。何だか変わった」
「 …………」
「 あ、嫌…だった? そういう風に言われるの」
「 別にどうでもいい」
「 ……良かった」
  龍麻はほっとしたようになってから九角に寄り添ったまま目をつむった。
  静かな空気が流れる。
「 ねえ天童…今日さ…泊まって行ってもいいかな」
「 …………」
  不意に発せられた龍麻の問いに、九角はすぐに答える事ができなかった。それで龍麻はあからさまに不安そうな顔をした。
「 駄目…?」
「 お前、他の連中にここに来ている事は言っているのか」
「 別に……」
「 別にじゃねェよ。言ってないなら帰れ。ここには置いておけねえよ」
「 何で」
「 煩ェな。それくらいテメエで考えろ」
「 ………知ってるよ。京一とか、美里は知ってる」
「 …………」
「 後の連中にだって、訊かれたらちゃんと答えるよ。別に悪い事何もしてないもん、俺」
「 …………」
「 何で黙ってるんだよ」
「 …………」
  九角が何も答えない事に堪らなくなったのか、龍麻は苛立たしさを全面に押し出して迫った。
「 なあ、何で何も言わないんだよ! 別にいいだろ。こうやって毎日遊びに来る事は何も言わなかったじゃないか。何で泊まるって言ったら帰れなんて言うんだよ。同じ事じゃんか」
「 違う」
  ようやく言葉を発した九角に龍麻はびくりとしながら、けれど怯まずにきっとした視線を向けた。
「 何が違うんだよ」
「 煩ェな。違うもんは違うんだ。気に食わないなら、帰れ」
「 ………本当に」
「 あ?」
「 本当にそう思ってるわけ? 俺が来なくなっても天童は平気なのかよ!」
「 ………お前は、まだやるべき事があるんだろう」
  九角の台詞に龍麻は開きかけていた口を閉ざした。
  それで九角も後の言葉を出しやすくなった。

「 だったら、終わった人間の傍にいつまでもいるんじゃねえって話だ」 
「 何だよそれ……」
「 …………」
「 終わった人間って…誰の事だよ…!」
  龍麻は段々と腹が立ってきたのか、徐々に声を荒げてから九角の腕をぎゅっと掴んだ。
「 そんな風に思うなよ」
「 ……お前から見たら俺はそういう存在だろうが」
「 そんな風に言うなってば!」
「 怒鳴るな。耳が痛ェ」
「 天童の馬鹿!!」
  龍麻は依然として平静を保っている九角に怒りを爆発させたかと思うと、すっくと立ち上がってそのままどたどたと渡り廊下を走って行ってしまった。
  九角はそんな龍麻には目をやらず、ただ縁側に視線を向けていた。龍麻を追おうとすれば、自分はきっとどこまでも際限なくその姿を追ってしてしまうに違いなかった。自分という人間がそこまでしてもいいのか、九角にはまだその判断をする事ができなかった。
  …できないままに、九角は自分でも無意識のうちに龍麻を己の懐に入れてしまっていたのだけれど。
「 御屋形様〜イエッ!」
  その時、不意に背後からリズムを取りつつ炎角が声をかけてきた。今はこのイラつく家臣のステップなど見ていたくもないのにと、九角は心の中だけで舌打ちした。
「 御屋形様〜。ひーちゃん様が我らの自室で泣いていますぜ〜」
「 ……ち。帰ったんじゃなかったのか」
「 帰るって言ってたけど、俺らが全力で阻止しました〜イエッ!」
「 余計な事をするな!」
「 ビエッ!?」
  炎角は反射的に両手で防御姿勢を取りながら素早くざざざと九角から距離を取った。主の尋常ではないその怒り様と、ひどくイラついたその表情に、さすがのお気楽炎角も完全にビビってしまったようだった。
  それでも炎角は柱の陰に隠れながらオドオドと九角に声をかけた。
「 お、御屋形様〜どうしたんですか〜?」
「 …………」
「 ひーちゃん様が御屋形様の気に障る事でも言ったんですか〜?」
「 ……アイツは帰ると言ったんだろう」
「 は、はい〜」
「 なら、帰せ」
「 えぇ〜!? でも〜」
「 いいから帰せと言ってるんだ!!」
「 ぎえ!!」
  九角に怒鳴りつけられた事で、炎角は情けない悲鳴をあげながらバタバタと渡り廊下を走り去って行った。
「 ……ったく」
  パニックになった部下の後ろ姿を見送ってから、九角は再び1人舌打ちした。
  龍麻。
  それからすぐに、その名前が脳裏に浮かんだ。
  どんなに振り払おうと思っても、心を鎮めようと思っても、九角は龍麻の事を考えてしまう。口では龍麻にもああ言ったが、自分とて本当は…。
「 …何も泣く事はねェだろうが…」
  誰も聞いていないのに、誰にも聞かせたくはないのに、九角は再びそう独りごちた。


「 御屋形様」


「 !?」
  その時。
「 ……テメエ」
  たった今さっき去っていったはずの炎角が、一体どこからどうやってUターンしてきたのか、九角の背後にある和室から顔を覗かせていた。
「 どっから生えてきてンだ炎角」
「 鬼道衆の得意技は神出鬼没なところですので」
「 ………?」
  何だか微妙に態度のおかしい炎角のその言い様に、九角は眉をひそめた。
「 ………それでテメエはまだ俺に何の用だ」
「 はい。仰せの通り、緋勇龍麻はすぐさま屋敷より追い出しました」
「 …………」
「 そのご報告に」
「 そうか」
  そのいやに畏まった言い方、それにあれほど龍麻を慕っていた割には随分とあっさりしたその対応に、九角が何となく面白くないものを感じていると、炎角は更にそんな主の前に頭を垂れて恭しく言葉を続けた。
「 その後の首尾も上々にございます」
「 ……何?」
「 我ら鬼道衆、御屋形様の御為に全身全霊を挙げて緋勇龍麻を始末致します故」
「 …………あ?」
「 さすれば、御屋形様はどうぞご安心を」
「 何言ってンだ、テメエ?」
  九角がぽかんとしていると、炎角はそれには構わずに平静さを保ったまま先を続けた。
「 何があったのかは存じませぬが、我らが御屋形様の怒りを買った緋勇龍麻を放置しておくわけには参りませぬ。既に奴の後を雷角らが追っておりますれば―」
「 おいちょっと待て。お前、一体何を―」
「 奴は我らにすっかり心を許しております。隙に乗じて殺す事など、造作もない事にございまする」
「 だからテメエは一体何の話をしてやがるんだ!」
  あまりにも馬鹿な発言をのうのうとする炎角に九角が怒り心頭でそう叫ぶと、当の家来の方は実に不思議だと言わんばかりの様子で首をかしげた。
「 ……御屋形様は緋勇龍麻が憎いのではないのですか」
「 誰がそんな事言った!」
「 しかし。あれほど奴めが御屋形様を慕ってこの屋敷を訪れても、御屋形様はいつも迷惑そうにしておいででした。それでも特に何も仰られなかったので、我らも奴を客人として扱って参ったのでございます」
「 お前…それじゃあ、今までの態度は全部偽りだったとでも言うのか」
「 勿論でございます。馬鹿を装えば敵とて油断するものです」
「 敵だと?」
「 御屋形様の敵は、我らが敵にございます」
「 ……………」
  しれっとしてそう言う炎角の姿を、九角は厳しい眼でただじっと見やった。仮面の下に素顔を隠すこの家臣が、今どのような顔をしているのか、それは九角にも分からない。けれど戦いの最中の炎角は―。
  今のように、ただ純粋に残酷で。
  狡猾で。
「 ………今すぐアイツ等を呼び戻せ」
「 …は?」
  九角の言葉に、そんな炎角は一拍間を空けた後不審の声をあげた。その炎角の様子に、九角は自分の中の何かが湧き立つのを感じた。
「 聞こえなかったのか。アイツ等を呼び戻せと言っているんだ」
「 しかし…」
「 龍麻に指一本触れる事はこの俺が許さん! 勝手な事をしやがって!  いいからアイツ等が馬鹿な事をしないように、さっさと呼び戻せと言っているんだ!!」
「 ……では、緋勇龍麻の抹殺は?」
「 テメエがこの俺に殺されたいのか! 誰がそんな事を命令したんだ!」
  あっさりと龍麻と死を結びつける発言をした炎角に、九角は益々身体の熱が上昇するのを感じた。
  いつも死と隣合わせだった。そんな事は大した問題ではなかったのに。
  龍麻とて、いつもそんな状況に身を置いている男だというのに。
  それでも我慢できなかったのは―。
「 龍麻は俺のものだ! お前らが勝手にどうこうしていい奴じゃねェんだ! もし、もしアイツにくだらねェ事しやがったら―」
「 ……………」
「 おい、炎角!!」
「 ……………」
「 聞いているのか、炎―」


「 イエ―――――イッ!!!」


「 !?」
  突然の奇声…いや、喜声に、九角は言葉を失った。
「 やったやったやったぜ―――ッ! みんな! 聞いたかイエッ!」
「 聞いたどー♪」
  嬉しそうな声でそれに返し、でかい図体をさらしてきたのは、岩角。
「 うむ、しっかりと!」
  そう言ってこくりと頷いたのは、5人を束ねる雷角。
「 わらわなぞちゃーんと録音したぞ」
  何十年前の物なのかと疑いたくなるような古い型をしたテープレコーダーを手にしてそう言ったのは、水角。
「 俺なんか御屋形様のムキになって怒った顔をビデオに撮ったぞ!」
  自慢気にそう胸を張ったのは、風角(そんな彼は何故か手が墨で汚れている)。
「 イエイエイエイッ!! ひーちゃん様は御屋形様のもの〜イエッ!」
  最後に有頂天になってそう高らかな勝利宣言をしたのは、我らがヒーロー・炎角だった。
  鬼道衆勢揃い。
「 そうですとも! ひーちゃん様は御屋形様だけのものですとも!」
「 ひーちゃん様もきっと嬉しいど〜♪」
「 ぐふふふふ…素敵だぞよ。ときめくぞよ♪」
「 おう! 俺らなんかがどうこうしていい相手じゃないぜ、ひーちゃん様は〜♪」
「 ……………」
  九角があまりの事態に金縛り状態になっていると、さっきまでその周りで激しく腰を振らし踊りまくっていた炎角が、いつの間にか途惑う龍麻の背中を押してきた。
「 龍麻!」
「 ………天童」
「 お前―」
  2人が何とも言えない空気の中で互いに見詰め合っていると、更にステップの激しくなった炎角が勢いこんで言葉を継いできた。
「 御屋形様が素直じゃないから、ひーちゃん様が泣いちゃって〜。で、俺が一肌脱ごうって事になったんだぜ〜イエッ!」
「 うむ。我らの今後の活動にも差し障るしな!」
「 でもその活動内容は秘密だど〜」
「 うっふふふ。我らが御屋形様とひーちゃん様の愛は永遠ですわ!」
「 そうですぜ、御屋形様ひーちゃん様! 好きならもっとくっついて下さい〜」
「 み、みんな…」
「 おい、テメエら……」
「 御屋形様が怒る〜、みんな逃げろ、イエーッ!!」
「 わー!!!!」
「 待て、テメエら!!」
「 それでは2人っきりでどうぞ〜!!!」

  そうして。

  嵐のような鬼道衆はどどどと大きな足音をばたつかせながら、喋くるだけ喋くって、2人の前から去って行ってしまった。
「 〜〜! あいつら、よくもこの俺を嵌めやがって…!」
  九角が心底怒ったようになって彼らの後を追おうとすると、龍麻が不意に焦ったような声を上げた。
「 待ってよ、天童!」
「 !」
「 ……待ってよ」
「 …………」
  龍麻は九角の服の裾を掴むとぎゅっと唇を噛み、それから俯いた。
  その龍麻の表情を見て、九角は自分の中の怒りがすうっと一気に静まっていくのを感じた。
「 ……龍麻」
「 俺、嬉しかった。天童が…さっき言ってくれたこと」
「 ……………」
「 ねえ、天童」
  そうして龍麻はふっと顔を上げると少しだけ笑おうとして、けれど失敗してしまった。
  それでも、九角からは目を離さずに。
「 終わりだなんて言うなよな。そんなの…そんなのは、違うだろ」
「 …………」
「 絶対に…違う」
「 …………」
「 俺、お前といるから。だから」
「 俺は……」
  九角が何とか言葉を出そうとすると、しかし龍麻がその前に唇を開いて言っていた。
「 俺、お前のものだもん」
  そうして龍麻は九角にぎゅっと抱きついた。
  九角も、それで自らの両腕を龍麻の背に回した。
  回していた。

「 ……鬼道衆のみんながね。言ってた。お前ってすっごい意地っぱりなんだって」
「 アイツ等……」
「 でも…すっごく優しいんだって」
「 ………馬鹿が。何言ってンだ」
「 へへへ…駄目だよ、今さらそんな口きいたって」
「 …………」
「 俺…今日はここに泊まるんだからな」
  龍麻はそう言って今度は本当にうまく笑ってから、九角に抱きつく腕に力を込めた。
  それで、九角も。


  自分たちとは少しばかり離れた所で、ビデオテープの回る音が聞こえたけれど、今日ばかりはとそれに気づかぬフリをするのだった。



<完>





■後記…毎日企画の「本日の紹介者」から何となく生まれたおかしな鬼道衆…。お遊びのはずだったのに、SSの間にまで登場してしまいました。今や彼らなしでは天童様と龍麻の愛成就は有り得ない!ぐらいの勢いで活躍してます。こちら、掲示板キリを踏んで下さったヒサギさんのリクエスト!でした。あ〜楽しかった(笑)。