12月19日(水)〜嘘のない時間〜 |
村雨「よォ、先生。相変わらず別嬪だな」(ベンチでくつろぎながら軽く片手を挙げる村雨) 龍麻「……久々に会ったってのに、開口一番くだらない事言うなよ」(不機嫌そうに眉をひそめる龍麻) 村雨「ククッ…。別に俺ァ、感じた事をそのまま口にしただけなんだがな。しかしまァ、先生が嫌だって言うんなら撤回するぜ?」 龍麻「それは…別にわざわざしなくていいけど…っ」 村雨「フッ、そうかい。それより、あまり驚かないんだな。今日俺が来るって事は予測済みか?」 龍麻「うん。やっぱりなって」 村雨「何だい先生、随分無感動な言い方じゃねェかよ。有終の美を飾る最後の相手が俺でガッカリかい?」 龍麻「別に。でもお前がクジに外れるわけはないと思ってたから。これでもし今日いなかったら、きっとこの企画には参加してなかったんだろうなって思ってた」 村雨「おいおい。俺が先生と2人っきりでデートできるなんて機会をみすみす逃すわけはねェだろ?」 龍麻「そうかな。案外どうでもいいって思ってる感じだけど」 村雨「コイツはひどい言われようだ。俺の先生への愛はそんなに伝わってなかったか」 龍麻「あ、愛〜!? ば、馬鹿な事言うなよなっ!!」(ぎょっとして仰け反る龍麻) 村雨「……クッ。全くアンタって奴は面白い。こんな台詞、いい加減言われ慣れているだろうによ。そのいつだって新鮮な反応がソソられるね」 龍麻「やめろよ、もう! それ以上言うと帰るからな!」(真っ赤) 村雨「はいよ、了解。それじゃあ、そろそろ移動するか」(ゆっくりと立ち上がって) 龍麻「村雨は何処行くつもりなんだ?」 村雨「不安かい?」(にやり) 龍麻「え…っ。べ、別にそういうわけじゃないけどさっ。俺あんまり金持ってないからなっ。どうせお前の事だから雀荘とかその手の類の所へ行くんだろうけど、俺、あんまり―」 村雨「そういう事訊いてンじゃねェよ。俺と一緒に何処かへ行く事自体が不安なのかと訊いてるんだ」 龍麻「え? そ、そんなのは別に…っ。俺が不安なのは金をどれくらい使うのかって事!」 村雨「先生にゃ、ビタ一文払わせる気はねェよ。今日は俺に全部任せときな。大体な―」(龍麻の髪の毛をぐしゃりとかきまぜる村雨) 龍麻「わ、わっ! む、村雨、やめろよっ!!」 村雨「折角の日に、ムサイ男共がわんさかいるような場所にアンタを連れて行くわけないだろ」 龍麻「え、そうなの? 雀荘じゃないの? じゃ、パチンコとか?」 村雨「パチンコねェ……」(呆れたように龍麻を見やる村雨) 龍麻「え、これも違う? じゃあな…あ! 分かった! 競馬だ! そうだろ? あれ、でも競馬って平日もやってんのか?」 村雨「……やれやれ。先生の俺へのイメージってやつがちょいと分かった気分だぜ」 龍麻「何か俺マズイ事言ったか?」 村雨「いいや、別に構わねェよ。それより先生、競馬って話が出たが、馬は好きかい」 龍麻「え? うん、まあ…。俺、動物全般好きだから」 村雨「それじゃあ、こっからだと随分遠いが、少し付き合ってもらうか」 龍麻「何処へ?」 村雨「まァ…この俺にぴったりの遊び場だな」(にやり) ―移動後― 龍麻「………嘘だ」 村雨「何がだい?」 龍麻「こういう所はお前のイメージとは違うっ。御門なら分かるけどっ。村雨は違うっ!!」 村雨「全く、アンタって人は時々不躾な事を平気で言いやがる。……まァ、そんなところも好きだがね」 龍麻「う…だからそういう事言うなって…。でも、だってさ…お前、乗馬なんてするのか?」(ここは郊外にある乗馬クラブである。敷地はかなり広く、レッスン用の乗馬コースと完全フリーの散策コースとが設けられている) 村雨「そんなに意外かい?」(指定馬房へ歩きながら) 龍麻「うん。大体、こういうのって如何にも金持ちの貴族階級の人間がやりそうな感じするじゃん」(辺りを物珍しそうにきょろきょろ眺める龍麻) 村雨「貴族ねェ…。先生は馬に乗ったことは?」 龍麻「ないよ。こんな高級な遊びはしたことがないっ!!」(きっぱり) 村雨「じゃあ丁度いいだろ。今日が初体験ってわけだ。なあに、ここの馬はみんな大人しい利口な奴が多いから、ちょっとくらい下手くそでも大目に見てくれるだろうよ。それにな……」 龍麻「何?」 村雨「先生みたいな綺麗な奴に乗ってもらえたら、馬もさぞかし喜ぶだろうぜ」 龍麻「………村雨〜」 村雨「ここのオーナーとは知り合いでね。慣れてきたら柵を越えてこの先の散策コースまで出るか。なあに、先生ならすぐに乗りこなせるようになるって」 龍麻「軽く言うなあ…。ホントに大丈夫かよ…」 ―1時間後― 村雨「……先生、大丈夫かい」(馬から降りて、ぐったりの龍麻に声をかける) 龍麻「……だ、大丈夫に見えるか……?」(同じく馬からは降りて、地面にひれ伏すように倒れている龍麻) 村雨「傍から見てる分にゃ、うまく乗れていたように見えたがね」 龍麻「すっげェ股痛い…。みんなよく平気で走ってるよな…飛ばすのなんか絶対無理」(コースから外れた草むらにごろんと横になる龍麻) 村雨「先生、しがみつきすぎなんじゃねェか? もっと呼吸を合わせて腰を浮かせないとな」(自分たちの馬をすぐ傍の木にくくりつけながら) 龍麻「簡単に言うなよー。大体さ、コイツ俺の事完全に馬鹿にしてるんだっ。手綱引っ張っても全然言う事きかないんだぜっ」(自分が乗っていた馬を指さして不満顔の龍麻) 村雨「先生が不慣れなのを感じ取ってナメたんだろうよ。よくあるこった」 龍麻「うう…利口な奴だって言ったくせに〜。……けど、村雨は凄くうまいんだな」 村雨「俺は別に初めてじゃねェからな」 龍麻「…こうやって見てたらあんまり不自然って感じじゃなかった。村雨の乗馬姿って結構サマになってるっていうか」 村雨「貴族階級の人間ってヤツに見えたか?」 龍麻「うーそれは見えないけど(笑)。でも何かカッコ良かった! 新たな面発見って感じだ」 村雨「そうかい、そいつは嬉しいぜ」 龍麻「………」 村雨「………」 ―2人が黙りこむと辺りは実に静かである。陽が傾きかけているせいもあり、空気は冷たいが、龍麻は何となく落ち着いた気持ちになっていた― 龍麻「俺、今日嬉しいなあ…」 村雨「何だい、先生。突然」 龍麻「うーん、何だかうまく言えないけど、普段と違う事やれて、その事に夢中になれて。それに、リラックスできたから」 村雨「そうかい。良かったぜ」 龍麻「あのさあ……」 村雨「ん……」 龍麻「何で村雨は俺をここに連れてきたんだ?」 村雨「何で?」 龍麻「うん。何で?」 村雨「何でって言われてもなァ。別に特に大した理由はないぜ。強いて言うなら、ここは俺がよく来る遊び場で、先生があんまりやった事なさそうなものだと思ったからだな」 龍麻「ふーん。そうなの?」 村雨「何だい。何か違う答えがお望みかい」 龍麻「ううん。別にそういうわけじゃないけど」 村雨「そうだな、こういう場所で2人っきりってのは悪くないと思ったってのもあるな。新宿のゴミゴミした、いつ知り合いに会うかも分からないようなあの場所でアンタと過ごすよりも、こっちの方がイロイロ都合もいいだろうしな」 龍麻「………」 村雨「ここでアンタを押し倒したとしても、誰も来ないだろうしな」(にやり) 龍麻「………」 村雨「ん……何だい、先生。人のことジロジロ見て」 龍麻「村雨は賭博師の割に、嘘をつくのが下手だな」 村雨「あン?」 龍麻「お前はそんな事しないよ。絶対、そんな事しない」 村雨「……おいおい、どうしたんだよ、先生?」(多少困惑の村雨) 龍麻「村雨は言う事、キツい時あるけど、いつだって俺の嫌がる事はしないから」 村雨「………」 龍麻「それに俺の事、実はすごく良く分かってるだろ」 村雨「どういう意味だい」 龍麻「うまく言えないけど…。俺が気づいてない、俺自身のこととかまで分かってるって事だよ。お前は、優しい」 村雨「……フン。随分買いかぶられたモンだ」 龍麻「だって本当のことだもん」 村雨「そうかい。まァ…誉め言葉として貰っておくぜ」 龍麻「俺ね、多分…色々疲れやすい奴だから。こうやってたまに普段の日常とかけ離れているような所に来る事が必要なんだって思う。それはここにいて今ふっと思った事だけど」 村雨「そうか」 龍麻「うん…。だから、村雨、ありがとう」 村雨「…チッ、そんな風に言われたら、襲えるもんも襲えなくなるってもんだ。アンタも随分逃げ方がうまくなったな」 龍麻「もう、そんなんじゃないよっ。村雨も、そんな事する気ないくせにそういう事何度も言うなよなっ」 村雨「フッ…。そうやって照れる先生の顔が可愛いのがいけないんだぜ」 龍麻「村雨っ!!」 村雨「……フ。なあ、先生。先生はさっき俺が嘘をつくのが下手だって言ったがな」 龍麻「うん?」 村雨「確かに俺は賭け事にゃイカサマの類は一切挟まないし、自分の運と実力だけで勝負する男だ。だがな…人生においては別だよ。時には嘘を混ぜる事だってあるし、偽りの自分だけで人と接することだって多い」 龍麻「う、うん……」 村雨「だから俺はひどい嘘つきになる事だってあるんだぜ。俺が嘘をつかないのは……先生、アンタにだけだぜ」 龍麻「え……」 村雨「アンタの前でだけ、俺は本当の俺ってやつを見せる事ができる。アンタの前では、いつだってアンタに恥じない男でいたいと思う」 龍麻「む、村雨……」 村雨「今度は『くだらない事言うな』って台詞は……ナシだぜ」 龍麻「………」 村雨「俺はマジなんでね」 龍麻「…うん。言わない」 村雨「嬉しいぜ。ありがとうよ、先生」 龍麻「なあ、村雨…。お前ってやっぱりズルイ奴だな…。そうやって凄くカッコいいとこ見せてさ。俺も、お前には嘘つけそうもない」 村雨「フッ…そうだな。俺に隠し事は無駄だぜ、先生? 俺はいつだってアンタに俺の人生賭けてるんだからな」 アンコ「う、馬なしでここまで来るのは辛い…(ゼハゼハゼハ)」←森の木陰から(歩いて乗馬散歩コースを移動してたらしい) |