「雨」 〜本日の登場者・如月翡翠(2)〜 |
【如月邸―奥座敷】。 如月「すまないな。随分散らかっているだろう?」 龍麻「ううん。そ…んな事はないけど…」(そう言いながらも困惑して辺りを見回す龍麻。辺りには様々な書物が乱雑に散らばっている) 如月「気を遣わなくていいよ。普段なら君が雑誌一冊そこらに放り出すだけでも怒るのにな、僕は」 龍麻「何か調べてたの?」 如月「いや、大した事じゃないんだ」 龍麻「………俺に隠し事?」 如月「本当にそんなんじゃないんだ。ただちょっと…思い出した事があっただけさ」 龍麻「…ふーん」(肩にかけていたタオルを手持ち無沙汰のように触る龍麻) 如月「……龍麻。それよりもっときちんと拭かないか。まだ髪の毛、濡れているよ」 龍麻「うん。それ、飲んでいい?」(しかし龍麻の目は既にテーブルに置かれたココアに注がれている) 如月「構わないが……」 龍麻「甘い匂いだ〜」 如月「………まったく」(ため息を一つついて、龍麻の髪を拭いてやる如月) 龍麻「わ…っ」 如月「本当に子供だな、君は」 龍麻「な、何だよ…っ」 如月「飲み物一つでこうも表情が変わるとはね」(けれど如月の目は和らいでいる) 龍麻「悪いかよ! 腹減ってたし、それに……」 如月「何だい?」 龍麻「……あ、安心したら力が抜けたんだ」 如月「……………」 龍麻「翡翠…もう怒ってないし」 如月「初めから怒ってなどいないと言っただろう」 龍麻「嘘だよ。翡翠は怒ってた」 如月「龍麻」 龍麻「あーいいのいいの、こんな話! もう翡翠と言い争うのは嫌なんだからな、俺は!」 如月「……………」 龍麻「文句あるかよ?」 如月「………いや」 龍麻「……何、その顔」 如月「僕も同じだよ。君と喧嘩などしたくない」 龍麻「そ…ッ…」 如月「……………」 龍麻「そうだろ…ッ」(かっと赤面して俯く龍麻) 如月「……だけど龍麻」 龍麻「え?」 如月「……雨は止まないな……」 龍麻「え…………」 如月「こんな話は聞きたくないだろうが…。今東京のあちこちでは、徐々に様々な形でこの雨の影響が出始めているんだ。……異形も好き勝手に出没している」 龍麻「……………」 如月「裏密さんは君の《心》に問題があると言ったそうだが―」 龍麻「俺、分かんないよ……」 如月「……………」 龍麻「確かに…俺は今の自分の境遇から逃げ出したくて、目をつむっていたくて、この街の事もみんなの事も…どうでもいい、俺は知らないって…思った。俺にばっかり背負わせやがってって…そう、思った」 如月「……………」 龍麻「でも俺は…みんなが苦しめばいいなんて思ってない…」 如月「……………」 龍麻「本当だよ…ッ!」 如月「分かっているよ」 龍麻「……………」(如月の台詞でほっと息を吐く龍麻) 如月「だが、龍麻。君は今ひどく不安定のようだ。たとえば―」(如月は不意に自らの指をすっと掲げた) 龍麻「………? な、に……?」 如月「………見えないか」(今度は龍麻のカップをつっと指差す) 龍麻「え?」 如月「今、僕は自分の《力》を使って…このカップの中のココアを網状にしてみせた」 龍麻「! わ、分からなかった……」 如月「………《力》が弱まっているんだ」 龍麻「な、何かが光ったようには…見えたけど…」 如月「多分、君の精神状態が安定していないせいだろう。君は今、何より…自分自身を嫌悪している」 龍麻「俺……」 如月「みんなが君を求めるほどに…君は自分を否定する。持って生まれた《力》そのものも…否定しているんじゃないか?」 龍麻「翡翠……」 如月「だから余計に辛いのかもしれない。仲間といることがね」 龍麻「どうして……」 如月「……………」 龍麻「どうして翡翠は…そんなに、俺のことが分かる?」 如月「これは僕の推測だよ、龍麻。言っただろう、僕は君がこうなるまで何もできなかった役立たずだ」 龍麻「そんな事っ」 如月「だから…正直、君がここに来てくれるなんて思わなかった」 龍麻「…………」 如月「龍麻?」 龍麻「だって翡翠が来ないから…」 如月「……すまなかった」 龍麻「一体…何処に行っていたんだよ…?」 如月「……………」 龍麻「言いたくないなら…いいけど…さ」(気まずそうに下を向く龍麻) 如月「龍麻」 龍麻「え?」 如月「………これを」 龍麻「え…何これ…?」(如月が渡してきた物に目を落とす龍麻。数珠のようだ…?) 如月「分からない。普段の僕ならこんな物の存在など信じはしない。だけどそれを…身に付けていてほしい」 龍麻「翡翠のもあるの…?」(如月がそれと同じ物をもう一つ箱から取り出すのを見て眉をひそめる龍麻) 如月「バカバカしいと思うかい、こんな事?」 龍麻「……同じ物を持つって事が?」 如月「………いや」 龍麻「………?」 如月「……………」 龍麻「……よく…分からないけど、翡翠が持っていろって言うなら、つけてるよ。絶対、外したりしない」 如月「ありがとう」 龍麻「何なの…? これ……」(手首につけてから不思議そうにそれを眺める龍麻) 如月「もし僕たちが離れ離れになっても…」 龍麻「え………」 如月「これが…引き合わせてくれると言うから」 龍麻「何、だよ…離れるって……」 如月「……………」 龍麻「翡翠…一緒に、来てくれるんだよな?」 如月「………ああ」 龍麻「傍に…いて、くれるんだろ?」 如月「いるよ」 龍麻「なら…変な事言うなよ……」(一気に表情を翳らす龍麻) 如月「だが何があるかは分からないだろ」 龍麻「………嫌だよ」 如月「用心の為さ。気休めみたいなものだ」 龍麻「翡翠…らしくない」 如月「だから自分でもそう言っただろう」 龍麻「…………」 如月「…………」 龍麻「翡翠……」 如月「…………」 龍麻「俺は心がなくなっちゃったって言われたけど…。確かに、俺は大事な何かを忘れているのかもしれないけど」 如月「…………」 龍麻「翡翠の事は必要だから」 如月「……僕もだよ、龍麻」 龍麻「その気持ちだけは、絶対だから」(泣き出しそうな龍麻。そっと如月の手に自らの手を添える) 如月「…………」 龍麻「翡翠…?」 如月「僕はやっぱり君を不安にさせているな……」 龍麻「そ………」 如月「だけど、君を護りたい」(言って龍麻の腕を取り、引き寄せる如月) 龍麻「あ……」 如月「…………」 龍麻「……ん…ッ」 如月「…………」 龍麻「………ッ。翡……翠ッ」(慌てて唇に手をやり、如月の拘束から抜け出す龍麻) 如月「……すまない」 龍麻「……な、んで、謝るの……」 如月「…………」 龍麻「……翡翠」 如月「急だったし…嫌じゃなかったかい」 龍麻「そんなの……」(みるみる頬を紅潮させ、焦ったように俯く龍麻) 如月「龍麻……?」(龍麻の顔が見えなくて困ったような顔をする如月) 龍麻「責任……」 如月「………?」 龍麻「責任、取れよ……」 如月「龍麻……」 龍麻「もう…何だよ、いきなり…ッ」(どんと如月に体当たりして抱きつく龍麻) 如月「すまない」 龍麻「だからッ! そんな平然と謝るなってば!」 如月「……平然としているつもりは……」 龍麻「もういいよっ。とにかく翡翠は俺と一緒にいればいいんだ! 離れたら承知しないからな!」 如月「…………」 龍麻「わか…ったのか…よ…?」(やはりまだ不安そう) 如月「ああ」 龍麻「………本当に?」 如月「誓うよ、龍麻」 龍麻「翡翠…」 裏密の声 『う〜ふ〜。良かったね〜ひ〜ちゃ〜ん』 如月・龍麻「!?」 裏密の声 『如月君も〜。両想いって美しい〜ね〜』 龍麻「う、裏密さん…? 一体、何処から…ッ?」 裏密の声 『でもね〜ひ〜ちゃ〜ん。如月く〜ん』 如月・龍麻「………ッ!?」 2人に何が起こったのか!? |