「驚いて声が出ない」場合



　龍麻がただただ何も言えずにいると、葵女神はやんわりと笑んで、静かに龍麻に近づいてきました。そうして、そっと毒草の方を手渡しました。
「これを持ってお帰りなさい。お父様が探しているのは、こちらでしょう？」
「あ、は、はい」
「では、もう行きなさい、龍麻」
「あ、ありがとう…」
　龍麻がゆっくりと礼を言うと、葵女神はその優しい微笑のまま消えてしまいました。
　やや呆然としていた龍麻ですが、もうすぐ日も暮れます。家の仕事も満足に終わっていなかったので、龍麻は急いで家路に向かったのでした。


　家に帰り着くと、父親の導魔が龍麻の帰りを待ちわびていたのでしょうか、門の前に立っていました。
「フンッ！　遅いぞ、龍麻！　何を寄り道しておったのじゃ！！」
「ご、ごめんなさい」
「さあ、毒草を寄越せっ！　取ってきたのだろうが！！」
　龍麻が素直に草を渡すと、導摩はもぎ取るようにしてそれを奪いました。そうして、そのまままた部屋にこもってしまったのです。


　そして、夜もすっかり更けて。
「おかしいな。兄さんたち、一体どうしたんだろう」
　いつもは定刻にはきちんと帰って来る兄たちが、誰一人家に帰ってきません。夕食の時間にはうるさい父親の導摩も、毒草を部屋に持ち込んでからちっとも階下に降りてはこないのです。しんとした夜の時間を、龍麻が一人過ごしていると…。
　トントントン。
　扉のドアを叩く音がしました。
「はい…？」
　出てみると、そこには見慣れない顔の、赤い髪をした青年が立っていました。そして青年は龍麻を見ると、驚いたように目を見開いて訊いてきました。
「お、お前が…緋勇龍麻…？」
「え…？　緋勇…？」
　けれど龍麻がきちんと問い返す間もなく、その赤い髪の青年はいきなり龍麻のことをぎゅっと強い力で抱きしめてきたのです。
「わっ！？　あ、あ、あの、ちょ…っ！！」
「やっぱ想像通り！　いや、想像以上だ！　めちゃくちゃかわいいーーー！！　惚れたぜーーーーー！！」
「は？　ちょ、ちょっと…だ、誰なんですか、放し…っ」
「ああ〜信じられねぇ！！　こんなカワイイコがこんな不気味屋敷にずっと監禁されてたなんてよっ！！　世界最大級の犯罪だっ！！　許せねえっ！！」
　興奮したように青年は言い、それからようやく龍麻を離すと、まじまじと龍麻のことを見やってきてにっこりと笑いました。
「安心しろ、龍麻。お前のことをさらっていたあの変態家族共は、俺たちが始末してやったからよ」
「え？　さ、さらったって…？」
「お前は身も心も最大級に醜い悪者に、その美しさから嫉妬され恨まれて、ずっとこの家に閉じ込められてたんだよ。ホントの家族から捜索依頼があって、俺らが探してたってわけだ」
　そう言って、赤い髪の青年はちらと背後を見やって笑いました。後ろにはがっしりとした体型の男の人と、快活そうな女の子。そうして、昼間出会った女神様が…立っていました。
「あ、貴女は…！」
「うふふ、龍麻。あの毒草はそろそろ効いたかしらね？」
「え？　ど、どういう事！？」
「あの世にもおぞましい導摩は私、葵女神が始末したわ♪　うふふ、あの人はあれで自分が誰かを殺す薬を作ろうとしたのでしょうけれど…。ちょっと細工をしておいたのよ♪　今頃…うふふふふ」
　葵女神は世にも楽しそうな微笑を浮かべてそう答えました。
「それから、長男の伊周は俺がこらしめておいたよ」
　そう言ったのは「醍醐」と名乗った屈強の青年です。続いて、元気いっぱいの小蒔という名の女の子が、少しだけ渋い顔をして言いました。
「三男の麗司君はね、ボクがお仕置きしといたよッ！　呼びつけるのに、ちょっと葵にも協力してもらったけどね」
「でー。あのでかぶつは俺が叩きのめしておいた」
　最後に「京一」と名乗った赤い髪の青年が、得意そうな顔で言いました。
「龍麻、こんな所でよく耐えたなっ！　けど安心しろ！　これからは俺が…この蓬莱寺京一がお前を護ってやるからよっ！！」
「あら何を言っているのかしら、京一君。龍麻は、私と一緒にいるのが一番安全なのよ」
「何言ってんだっ！　大体、美里っ！　何だってわざわざ天使の格好なんてして出て行く必要があったんだよっ！？」
「女神よ」
「どっちだっていいんだよっ！！」
「こらこら、２人ともケンカしない。龍麻クンはみんなのもの。ね、それでいいでしょ」
「おい、桜井…。みんなのものっていうのも…ちょっと…」
　４人がぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのを、龍麻はただぽかんとして眺めていました。けれども龍麻が状況を飲み込む前に、４人は龍麻を阿師谷家から遠ざけ、そうして本当の両親が待つ家へと連れ帰ってくれたのでした。


　それからの龍麻は、４人の仲間に恵まれ、楽しい学校生活も送り、幸せに暮らしましたとさ♪　良かったね、龍麻♪