「如月を呼び止める」場合



「あ、あの…!」

 思わず声を出してしまった龍麻でしたが、振り返った如月青年に向ける言葉は何もありませんでした。ただ、行かないでほしい。瞬間的にそう思っただけで…。
「まだ僕に用があるのかい」
「あ、あ…」
 うまく言葉を出せない龍麻。今までどんな言葉も親や兄弟たちに否定されてきた龍麻は、こういう時どんなことを言ったら良いのか分からなかったのです。
 けれどそんな事情を知らない如月青年は、不機嫌そうに眉を吊り上げると龍麻に厳しく言いました。
「何か言いたいことがあるならはっきりと言ってくれないかな。僕は急いでいるんだが」
「あ、ご、ごめんなさい…」
 謝ることは得意だから、すぐにできました。けれどそれを傍で見てい麗司兄さんが、如月青年よりもイラついたようになって、側の龍麻に蹴りを与えました。
「お前、何こんな奴に謝っているんだッ! こいつは僕をこんなヒドイ目に遭わせた奴だぞっ! これだからお前という奴は…! こうだっこうだっ!!」
 そうして、麗司兄さんは如月青年にやられた腹いせに、龍麻を何度も何度も蹴りつけました。龍麻はただ耐えるしかありません。
 けれど。
「…いい加減にしたまえ」
 いつの間にか2人のすぐ近くに来ていた如月青年が、麗司兄さんのことを止めました。肩をぎゅっと掴むそれは、相当の力だったのでしょう。麗司兄さんはひどく痛そうに身体を逸らせ、そうしてその勢いのまま転倒してしまいました。
「兄想いの弟に対する、これが君の態度かい」
 如月青年はそれだけ言うと倒れている龍麻の近くに座り、それから涙で瞳を潤ませる龍麻の顔を覗き込んで言いました。
「君も君だ。何だってこんな兄さんの側にいつまでもいるんだい。…見ているこっちがイライラするよ」
「……でも」
「行くところがないのなら、うちに来るかい」
「え…?」
 顔を上げると、如月青年は相変わらず冷たい顔をしていましたが、やがて無機的な表情のまま龍麻の手をとると、そのまま引っ張り上げて龍麻を無理やり立たせました。
 そうして、ついと横を向きながら。
「僕は構わないよ。君が良いならね」
「…ど、どうして…?」
「さあ、どうしてだろうね」
 素っ気無く如月青年は言ってから、けれど戸惑う龍麻に自分の方こそが戸惑ったような顔をして。
「…どうでもいいけど、君…。龍麻と言ったか。誰彼構わずそんな顔を見せるのはよした方がいい」
「え??」
「……そうだな。せいぜい、僕の前だけにしておきたまえ」
 如月青年はそう言ってから、立ち上がりかけた麗司兄さんにもう一度軽〜い制裁を加えて…きょとんとする龍麻の背をそっと抱くのでした。


 それからの龍麻は、如月青年のお家で末永く幸せに暮らしたのですけれど…何故か以前と変わらず、人前にはなかなか出してはもらえなかったのですって。でも龍麻は如月青年と一緒で、とても幸せな日々を送りましたとさ。めでたしめでたし♪



                           
<完>





★後記★こちらは、やや冷たいバージョンの如月ED。でも如月は龍麻にラブラブで、阿師谷一家と同じように龍麻を誰にも会わせないようにして一緒に暮らすと。私的にはこれがベストEDです。


戻る