天童は呼び止めはしたものの、部屋を出る龍麻を追いかけることは何故かできなかった。
本当は追いかけても良かったかもしれない。けれど、龍麻の背中が自分を拒絶しているような、そんな気がした。柄にもなく、天童は弱気になっていたのだ。
「天童…」
そんな天童の呼び声には振り返らず、そのまま部屋を出てしまった龍麻だったが、けれども襖を閉めた向こう側で言葉を出してきた。
「憎しみなんて、ないよ。そんなもの、俺には最初からなかったんだ」
「………」
「天童だってそうだろ? 最初から俺のこと憎んでた? 最初から俺のこと殺したいって思っていたのか? そんなわけないよな? だって天童と俺は―」
ピ―――――!!
「………!!?」
龍麻が先を続けようとした瞬間、いきなり高らかに笛の音が鳴り響いた。
「な、何だよ、あんた達……!」
「龍麻!?」
閉じられた襖の向こう側で、龍麻のシルエットだけが慌てたような声を出した。そんな彼を囲んでいるのは、どうやら天童の配下である鬼道衆であるようだった。
「ひーちゃん様、泣いたらだめだと申しましたでしょう?」
「ちっ! 違うよ、俺は…っ!!」
「あ〜、だめだめ。もうゲームオーバーだからね〜!!」
そんな気安い声を発しているのは、どうやら信じ難いことに炎角であるようだ。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺まだ天童に言いたいことが…っ!」
「連れて行け、岩角」
「おいっす!!」
「わっ、待て、お前! 何すんだー!」
「龍麻っ!!」
さすがに天童も焦って立ち上がり、急いで襖を開いて鬼道衆たちを止めようとすると。
カ・ポ―――ン。
鹿威しが透明の水を弾く音がいやに綺麗に響いた。
「………!?」
立ち尽くす天童。
すぐに開いた。龍麻が鬼道衆たちに連れて行かれそうになるのを止めようとして、自分はすぐに外に出たはずなのだ。それなのに。
目の前にいるのは、たった一人だけ。
「うふふふふ……」
そして、不気味に響き渡る静かな微笑み。
「…!! テメエは…!!」
「うふふ。どうなさったの? まるで悪魔でも見るようなお顔で」
目の前に立っていたのは美里葵。菩薩眼の娘であった。真新しい着物に桜の枝葉を手にして、落ち着いた仕草でこちらを見つめている。
「今日は九角君のお誕生日ですものね。私…急いでお祝いに駆けつけたのよ?」
「てめえ…龍麻を何処へやりやがった」
天童がめいっぱい警戒したような顔でそう問いただすと、美里は相変わらず絶えない笑みを閃かせたまま、平然と言い退けた。
「九角君…。誕生日だからって私の龍麻を勝手に一人占めだなんて、そんな事が許されると思って?」
「何ィ…? やっぱりてめえが龍麻を―」
「駄目よ、九角君。私の龍麻を気安く呼び捨てになんかしちゃ」
美里がそう言った時、不意に庭の陰からずたぼろの雷角がよろりと姿を現してきた。
「お、御屋形様…申し訳…ございませぬ…。予期せぬ…し、侵入者が入りまして…ひーちゃん様が…」
ばたり。
「あら、この人まだ生きてたの? 私もまだまだね」
「おい、龍麻を何処へやったんだ!」
「貴方はそんなこと知らなくっても良いのよ」
それより。
そう一言言って、美里は戦闘態勢に入った。そうして、総毛のよだつ殺気を放ち始める。
「敵キャラ風情が出張って…これ以上ライバルが増えたら、私の出番がますますなくなるじゃないの…! ここの管理人は美里主をないがしろにし過ぎなのよ…!」
「何を訳の分からねえことを…。上等だ! 元々てめえなんぞ、俺は欲しくも何ともねえんだからな…!」
天童も段々とむかむかしてきて、遂に双方臨戦体勢に突入してしまった。
こうして。
天童の誕生日は何故か運命の女性・菩薩眼美里とのバトルで幕を閉じてしまったのであった。
ちなみに龍麻の行方は、その後も知れないままである…。
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