アロイスがもつ情の話 |
「まただ…」 イオがアロイスの屋敷に住むようになってひと月が経ったが、いまだにその生活には慣れることがない。 「はあ…」 もともと貧しい家庭に育った“最下級民”であるイオが、突然王族の、それも先王の第一皇子というアロイスに引き取られたのだから、その環境が一変し、「慣れない」のも道理である。 けれど、問題はそれだけではなかった。 「あれはどっち側の兵士だ…? 王弟ファルザ様の近衛? それとも国王側の…ああッ、考えただけで不安になる!」 「お前がそんなに心配性だとは思わなかった」 「うわっ!?」 窓辺の隅から必死に外の様子を伺っていたせいで、イオは背後から近づいてきていたアロイスに気づけず、大声をあげた。……とは言え、その存在にぎりぎりまで気を向けられなかったのも仕方がない。いつもアロイスはほとんど足音を立てない。通常なら多少なり感じ取れるだろう気配も探れない。幼い頃から命を狙われ続けたという生い立ちも多分に関係しているのだろう、アロイスは自らの存在を消す術にとても長けていた。 それでも、その事情を重々承知した今も、イオはそれら「いろいろなこと」にまだ順応出来ない。当然と言えばそうだけれど。 「アロイス…いつ帰ってきていたの?」 「今だ。外の奴らには軽く牽制してきたから、そのうち姿は消すだろう」 「姿は…ね」 「それより、やっと帰ってきた俺に何もしてくれないのか?」 「え?」 きょとんとするイオにアロイスは軽く肩を竦めた。 「七日ぶりだ。俺はお前にとても会いたいと思っていたが、お前はそうでもないらしい」 「別にそんなことはないけど…。だっていきなり現れるし」 ぼそぼそと決まり悪そうにイオは答えたが、アロイスの子どものように不貞腐れる態度を見ると、自分の方がよほど子どもなのに、「大人になってあげなくちゃ」と思ってしまう。 だからイオは照れながらもアロイスに近づき、その長身に背伸びをして抱き着いてから、ちゅっと自分からのキスをした。 それから改めて笑顔を向ける。 「お帰りなさい」 「ただいま。何か変わったことはなかったか」 イオを抱きしめたままそう訊くアロイスの表情は淡泊だったが、どうやらイオを置いて家を空けていたことは本当に「とても気掛かり」なことだったらしい。そういうことはイオにも何となく分かるようになっていた。気配を消すことも、己の感情を表に出さないことも、アロイスにしてみれば今日まで生き延びる為に必要だったスキルに過ぎない。しかしそれはアロイスという人間性とは別種のものであり、彼の内面はとても熱くて純粋で、そして幼いのだと感じる。年はイオの方が随分と年下なのに。 「きちんと勉強していたか」 けれどアロイスは「イオの父親になりたかった」と言ったことがある通り、イオに甘える反面、イオの保護者たらんとするところもあった。その為か、イオへの抱擁を解いた後、アロイスは勉強机に近づいていって、その場にあった本を覗きこみつつそう訊いた。 「お前は頭が良いから、勉強しないのはもったいない。これまで働いていたせいで出来なかった分も取り戻さないとな」 「うん。アロイスが勧めてくれた本は全部面白かったから、俺も退屈知らずだったよ。アロイスが出掛ける前に渡してくれたやつはもう全部読んだ」 「そうか。さすがだ」 ここでアロイスが初めて笑った。いつも怜悧に光る漆黒の瞳が和らぐと、周囲の空気まで変わる気がする。アロイスには間違いなく高貴な人間が醸し出すオーラがあった。 そんな人を微笑ませることが出来た。イオは途端嬉しくなって、さっと頬に熱を走らせた。 そうして照れながらも、、イオはアロイスに歩み寄り、今度は自分が甘えるようにアロイスの腕に縋った。 「あの、それでさっ。今は書庫にあった竜の本を読んでいたんだ。勝手に取っちゃったけど、まずかった?」 「まさか。俺の物はお前の物だ。何でも好きに取ればいい」 「………」 「何だ?」 「ん…いや…。アロイスって、俺に甘過ぎるなって」 「お前も俺には甘いと思うが」 「そうかな? わっ」 考えこもうとしたところを再び抱きしめられ、イオは面喰らった。 アロイスはこの七日、家を空けた以外はずっとこの調子で、隙さえあればイオを抱きしめ放さない。イオのことを好きだと言い、愛しいと言い、共にいられて幸せだと衒いもなく告げる。だからその度、これは夢なのではないかとイオは思う。父を亡くして自暴自棄になっていたイオに、アロイスは何もかもをくれようとする。実際たくさん与えてくれた。だからイオも何かしたいと思うのだけれど、アロイスはその度に「お前はいつもくれるじゃないか」とイオには分からない返事をして、特別な奉仕を求めない。 幸せ過ぎておかしくなりそうだ。 ……ただ一点、「外の喧噪」のことさえ考えなければ。 「あっ…ね…アロイス」 「ん?」 知らぬ間に項や耳元にキスをされ、身体をまさぐられ始めて、イオは戸惑いながらも話しかけた。 「あっ、あのさ…昼間は…いやなんだけど」 「……何故?」 アロイスがぴたりと手を止めた。イオはドキドキ胸を高鳴らせたり赤面している自分を知られるのが恥ずかしかったが、何とか向かい合ってぼそりと口を開いた。 「その…どこで見られているか分からないし…」 「外の連中のことか? 前にも言ったが、昼でも夜でも、あいつらがいるのに変わりはないぞ」 「そ、それでも、さ…。何ていうか、明るいと、やっぱり恥ずかしいよっ」 「……そうか」 「がっかりした?」 「まぁ…そうだな」 心配そうに訊くイオにアロイスはやや目を見開いたものの、それは正直に答えてから、ふと考えこむように己の顎先をすっと撫でた。 「だが俺は、無理やりは好きじゃない。イオもしたいと思ってくれないと睦み合う意味などないと思う。特に俺とお前は親子ほどに年が離れているから、あまりしつこくしてお前に嫌われては目も当てられない」 「えっ。そんな、俺、アロイスを嫌ったりしないよ?」 「恋愛などいつまで続くか分からないさ」 「え?」 思わずぎょっとするイオに、しかしアロイスはあくまでも平静としていた。 「だから世の中には婚姻制度というものがあるのだろう。一度夫婦になってしまえば、多少なり相手への愛情が薄らいでも、《家》という枠の中で生じた惰性で共生出来る。そしてそのうち餓鬼でも出来れば、新たな家族の情というやつで共に過ごせる。例えどちらか、或いは双方の恋愛感情が消えていてもだ。俺は結ばれた者たちが永遠に変わらぬ愛を抱き続けるという幻想は持ち併せていない」 「……そう、なの?」 唖然とするイオにアロイスは当然という風に頷いた。 「ましてや、イオは若くて賢くて非の打ちどころのない奴だ。今は偶々周りに俺しかいないから俺を見てくれているとしても、いつ気持ちが冷めて、俺より優れた他の人間を好きになるかは分からない」 「……じゃあ…それってつまり、アロイスにも言えることだよね?」 「何が」 怪訝な顔で訊ね返されて、イオは思わずその場で転びそうになった。 だから何とか体勢を整え、努めて落ち着こうとしながらゆっくりと言葉を継ぐ。 「だから…、今の話だと、アロイスがいつまで俺のことを好きでいてくれるかも分からないってことでしょう? 違う? もしかしたら、明日には別の、綺麗で素敵な女の人を好きになるかもしれない」 「何故そうなる」 「いや、何故じゃなくて。だって、今のは、つまりそういう話だと思うよ? 俺、凄くさらっと酷いこと言われたなって思ったもん」 イオが懸命にそう返すと、アロイスは不可解そうにしていた顔をさっと無に戻して、いやに神妙な声を出した。 「イオ。どうやら俺は、また何か言い方を間違えたらしい」 「え、いや別に…」 「いや、だがその割に。イオが特別怒ってもいないようなのが気になる」 「え?」 「俺が酷いことを言ったと思うなら、もっと怒るなり悲しそうな顔をするなりするものだろう? だが、お前は平静だ」 「え、あ、うん…まあ…。何か、アロイスがそういう人だっていうのは、何となく分かってきているからかな?」 それにイオは、元々アロイスのような者と自分が真剣に愛し合って、誰もが羨む恋人同士になり、「永遠に幸せに暮らしましたとさ」という夢物語を、どこかでまさに「夢」だと疑っている部分があった。勿論、たった今聞かされたアロイスの考え方にはそれなりのショックを受けたのだが、「それもまあ、当然かもしれない」と思う気持ちもまた、イオの中にはハナから存在していたのだ。 そういう意味では、イオも子どもながらに冷めた部分を持ち併せている人物なのかもしれない。 「俺のお前への愛は枯渇するほど少なくない」 するとアロイスは唐突にそう言ってイオの手首を掴み、引き寄せた。イオが驚いて顔を上げると、アロイスは持ち上げたイオの指先に何度となくキスしてから「今のは一般論だ」と言い捨てた。 「例えば、俺も年柄年中お前に盛ったりはしないだろう。年だしな。他にもいろいろ考えなきゃならん面倒事を抱えた身でもある」 「あ、うん。そうだね」 「だが、俺はお前を多面的に愛している」 アロイスはきっぱりと言って、再度イオの指先に唇を当てた。 「一番は恋人として愛しているが、以前にも言ったように、最初は息子としたかったから、その想い残しも未だにあって、時には我が子のように慈しみたいと思っている。また、俺はお前をキーリング家の跡取りとして見ていた事もあったから、この家を守ってくれる、いわば信頼に足る自らの片腕としても頼りたい。そういう情はまた夜を共にする相手とは別種の愛情だろうと思う。お前は本当に出来た奴だから尊敬もしている。つまり、そういうことだ」 「そういうこと…?」 「そういうことだ。だからそんなお前を、今後何が起ころうが、俺が手放したいと思うわけがない」 「ちょっ…アロイス、あ、ちょっ、きつい!」 いよいよ抱擁がきつくなり、イオは慌てて身じろいだ。しかも言われた言葉のあれこれが自らの身体をカッと熱くさせていたから、イオはこのまま抱きしめられたらどうなってしまうのか自分が怖くて、ともかくアロイスから離れようとした。 しかしアロイスはアロイスで必死なのか、抗うイオを余計に縛りつけ、背後から、もう何度目かも分からないキスを項に落とし続けた。 そして言った。 「酷いことを言った自覚はなかったが、もしお前を苦しめたのなら謝る」 「いや、もういいよ! もう、分かったから!」 「お前の愛情を疑ったわけでもないぞ?」 「う…うーん。その点については、もうちょっと考えさせて」 「やはり怒っているのか?」 アロイスはまだ放してくれない。 暴れるのも疲れてしまい、イオはすっかり諦めてくったり両手をおろすと、かぶりを振って嘆息した。 「怒ってなんかいないよ。でも…、アロイスと一緒にいるのは、思いのほか大変だし……面白いなって。そう思うよ」 正直な気持ちがぽっと口から出て、イオは自身も安心してちょっと笑った。実際、アロイスがちょっとズレている「変な大人」だということは、この屋敷に来る前から分かっていたことでもある。だからいちいち動じていては身体が持たないのに、久しぶりに会えていきなり「こう」だから、つい調子が狂ってしまった。 「とにかく、もう離してよ。昼間はいやだって言ったでしょ」 「やはり気は変わらないか」 「はあ? 変わらない。変わらないよ。何がっかりしてんのさ。俺だって今アロイスに言われたことにびっくりさせられたんだから、アロイスもちょっとはがっかりしたりすればいいよ」 「分かった」 渋々という風に引き下がったアロイスは、ここでようやくイオを放してから、ふっと窓の外へ目をやった。 その眼がどこか鋭くなった気がしたので、イオは途端心配になって眉をひそめた。 「まだ誰か監視している?」 「いや…。だがやはり、この国に長居することを得策だとは思わない」 「やっぱり亡命するの? オーリエンスはどうだった?」 この7日、アロイスがイオを屋敷に置いて家を空けたのには理由があった。 アロイスは先王の1番目の息子として生まれたが、正妃や妾妃の子でなかったせいで王宮での立場は常に危うく、王の取り巻きからは存在そのものを徹底的に否定された。アロイスはそうした状況に心底ウンザリだったので、王位継承権は早々放棄し野に下ったのだが、それでも彼をいまだ脅威に感じる者は後を絶たず、また逆に、そんなアロイスこそを玉座にと願う者も少なくなかった。現在の王、名目上の第一皇子である正妃の息子が王位に就いてから国は傾く一方で、それに乗じ王弟や妾妃の子らが醜い権力欲を剥き出しにしてきな臭い動きを見せ始めたことに、一部の重臣や多くの国民がアロイス同様「ウンザリ」し始めたことが大きい。 当のアロイスはそれについて「迷惑だ」としか言及せず、今度は国を捨てて隣国のオーリエンスへ亡命する腹積もりでいる。今回の留守はその為の下準備と言ったところだった。 「あの国は相変わらずこことは大違いだ。竜の加護も厚い」 「竜の?」 「本を読んだだろう?」 「うん…読んだけど。俺、本物を見たことはまだ一度もないから」 「そうだったか。今度見せてやろう」 「う、うん…」 イオを椅子に座らせ、自らも対面に腰をおろしたアロイスは、使用人を呼んで茶を運ばせた。アロイスの屋敷を守る使用人の数は決して多くはないが、さすがに警戒を張っているだけあって優秀な人間がついている。茶を運ぶタイミングすら余念がない。 その使用人が用を済ませて退出すると、アロイスは何気なく話を再開した。 「今でこそ子飼いも増えてあれらを扱える者も増えたが、一昔前まで竜は国を統括する者の威信の象徴だった。強い野生竜が多く棲む国は、土地にも天候にも恵まれ、繁栄する。オーリエンスはまさに世界に名だたる“竜に愛されし国”だ。くだらぬ伝承だと馬鹿にする者もいるが…実際、竜に見放されたうちの王族たちは、この国を退廃させるばかりだ」 「だから竜を従えさせることが出来るアロイスを、外の人たちは余計王様にって願うんだね」 「俺は剣の力で、しかも偶々波長の合う奴と遭ったから出来ただけだ。国を統べる本物の王族というのは、剣など使わず、その瞳の力だけで彼らを従えさせる」 「へえ…」 武器も持たず、瞳の力だけで自らの何倍もある凶暴な竜をひれ伏させる。 イオには想像も出来ない魔法の所業だ。そんなことを出来る人間が本当にこの世にいるのだろうか。 「オーリエンスの国王はその典型だな。剣など恐ろしいと常々公言しているが、立派な竜を従えさせている」 しかしイオの疑いをアロイスはすぐにそう言って打ち消した。 「あの国では、今のオーリエンスを実質掌握しているのはメディシス家だと揶揄する声もあるが、俺はそうは思わない」 「ふうん。オーリエンス王って凄いんだ。あれ、でも、アロイスが亡命の手助けを頼むのは、そのメディシス家の人の方だったよね?」 「そうなんだが…」 メディシスという名を改めてイオの口から聞いたアロイスは、ふっと眉をひそめてから小さくため息を漏らした。 「実は、『お前は鬱陶しいから来るな』と言われてしまった」 「は?」 「あいつに煙たがられると実際まずい。再度交渉のし直しだ」 「はあ…」 それでは亡命の件は…?と、イオが訊ねようかどうしようか悩んでいるうちに、別次元で何事か考えこんでいたアロイスが先に口を切った。 「そう、あれは相変わらず勝手な男なんだが、そこにいる居候は面白い」 「居候?」 「居候というか、以前は使用人で今は客人…、いや、もう“メディシス家の人間”だったか…? とにかく、よく分からない扱いの餓鬼がいてな」 「ん…?」 意味が分からず戸惑うイオに、アロイスは構わず淡々と続けた。 「そいつと初めて会ったのはお前と知り合う前だが、その時はその餓鬼を俺の養子にするつもりだった」 「えっ! そんな人がいたんだ!? アロイスの養子候補だった人!?」 「ああ。グレキアの血も半分入っていると言うし、何よりただの餓鬼じゃなかった。そいつはオーリエンス王と同じく、剣なしで竜を掌握していた。生まれが生まれなら、本来は国を統べる器……だからこそ打ってつけだと思ったんだが…あっさり断られてしまった」 「く…国を統べる器って…で、でも…」 「まぁ、今の俺たちには関係ない話だが」 「う…うん…?」 最後の方は会話というより独り言のような体だったが、アロイスの言葉にイオはとりあえず頷いた。本当はその自分の前に養子候補になった人の話をもっと詳しく訊きたかったし、竜を従えさせる者をこの国に連れてきたがったアロイスの気持ちも訊きたかった。けれど、その時はうまい言葉が出てこなかった。 ただ、イオは政治のことは分からないまでも、この国に本当に居てもらわなくてはならないのは、竜を掌握できるできないに関係なく、隣国の見知らぬ子どもなどでもなく、アロイスその人なのではないか…そのことだけは、ぼんやりとだが感じていた。愛国心だの何だのというものはないし、アロイスに心から安心した日常を送って欲しいと思いながらも、イオは平和なオーリエンスへ逃げることが本当に自分たちにとってのベストなのかは考えあぐねるところがあった。 その気持ちをアロイスには言えないし、自分はアロイスに従ってついていくだけだと思うのだけれど。 「どうした?」 アロイスが訊いた。 イオはハッとして顔を上げるとすぐにかぶりを振り、誤魔化すようにお茶を口に運んだ……が、やはりアロイスに隠し事は出来なかった。 「あのさ…」 「何だ」 「俺には難しいことは分からないし、アロイスが権力欲や何かに溺れた人たちに命を狙われるのは絶対に嫌だけど。だから、アロイスがここから出たいのなら、俺はついていくだけだけど」 「嫌なのか」 「そうじゃない。でも…ただ、この国は、アロイスがいなくなったら、どうなっちゃうのかなって思って」 「国がどうなろうが、その中でもヒトはそれなりに生きて行くだろうさ」 「うん。アロイスが背負う必要はない」 「……背負ってくれと言っているように聞こえるが?」 アロイスの言葉にイオは思わず苦笑した。 「そうじゃないよ。でも…あの庭から必死にこっちを見ている人の中には、アロイスを待っている人もいるわけで、そういうのも、さっきアロイスが言っていた情に近いのかもしれないって」 「イオ」 「そうだね、これだとこの国にいてって言っているように聞こえるね。ごめん。でもさ……アロイスはやっぱりすごい人だと思うから。オーリエンスで何があったのかは分からないけど、亡命を断られたことに、俺、もしかしたら少しほっとしている。ごめん」 「謝らなくていいが…そうか。――…イオはこの国が好きか?」 「そんなわけないと思うんだけどね」 すぐにそう答えたイオに、しかしアロイスはどこか可笑しそうに目を窄めた。 「それはお前があの父を好きじゃないと言いつつ、ずっと世話をしていたのと同じだな」 「え?」 「そうか…。なるほどな」 「何が?」 「いや? だが、やはりイオ。お前は俺を照らしてくれる尊い存在だよ」 「な、何?」 驚いて身体を揺らすイオに、アロイスははっきり微笑んだ。 「それこそが俺の加護だろう。それより、竜を見に行こうか。そして今度は、お前も連れて行ってやろう、オーリエンスに。直に目にすればこの国との―…グレキアとの違いがよくよく分かることだろう。勉強しろ。それがそのうちこの国を救うことにも繋がる」 「お、俺にそんな力…」 「いや、お前が俺を支えてくれねば俺は動けん。なあイオ。やはりお前は俺の恋人だけでは事足りぬのだよ」 「……っ」 アロイスの話はいちいちイオには難しかった。 それでもどこか清々としたアロイスに背中を押され、竜を見に行こうと外へ連れ出された時はどうしたってわくわくとした。それはただアロイスに愛されているだけの存在ではない、自分自身もアロイスを愛し支える隣に立つ存在として認められたことに対する、言い様もなく誇り高い気持ちだった。 だからイオはアロイスの傍にいたいと改めて想い、横に立つ彼の腕にそっと、しかしやがて強く強くしがみ付いた。 |
.....Fin..... |