ゴメンね。



  後ろめたさのせいだろうか、寝覚めは最悪だった。
「雪…っ?」
  寝ぼけ眼のまま咄嗟にその名前を呼ぶも、返事はない。慌ててベッドから飛び起きたが、部屋はしんと静まり返っていた。
  いない。
「………もう昼か」
  傍にある時計をちらりと見やり、涼一はため息をついた。もう午後だ。真面目な雪也は大学へ講義を受けに行ったに違いない。あそこまで律儀だと呆れを通り越して感心する。
「無理しやがって…」
  ぼそりと呟きながら涼一はベッドから片足を出し、やや投げ遣り気味に毒づいた。それから寝癖で乱れた髪の毛を更にぐしゃりとかき乱す。
  昨夜まで隣にいた温もりが目覚めた時にはもういない。
  気づかなかった自分が恨めしいし、勝手に部屋を出て行った雪也の事も腹立たしい。
  特に「あんな」後では余計にイライラとした気持ちが胸に募ってしまう。
「くそ…」
  軽く舌打ちした後、しかし涼一は迷わずしっかりとした足取りで立ち上がった。
  雪也を探しに行かなければと思った。



  これまで、人見知りが激しく大人しい雪也はいつでも涼一だけのものだった。
  雪也は自ら進んで他人と接触をもつという事がない。元々が本を読んだり料理をしたりといった趣味がせいぜいの内向的な性格であるし、奔放な母親・美奈子の影響もあって基本的に女性全般が苦手でもある。だからそんな雪也の魅力に気づく者は、大学構内でも涼一以外には殆どいなかったのだ。
  それが最近はどうも様子がおかしい。
  妙に雪也を構いたがる人間が増えた。サークル仲間は勿論、同じ講義を取っている者の中にもさり気なく雪也に視線を向け、あまつさえ声を掛ける者まで出始めたのだ。
  涼一にしてみればそれは全くもって許せない事態だった。

「雪を最初に見つけたのは俺だ。後から出て来た奴は引っ込んでろ」

  この際、それこそ1番最初から雪也を守り慈しんできた護という幼馴染の存在は捨ておくとして、涼一は真面目に周囲の連中皆にそう言って回りたいと思っていた。それがひどく子ども染みた、真っ当な主張とは決して言い切れないものだとしても、涼一は他の連中に「後出し禁止令」を出さずにはおれない心境になっていたのだ。特にここ最近はその気持ちにますます拍車が掛かっている。
  だからこそ昨日は嬉しかったのだ。久しぶりの2人きり。久しぶりの休日。誰にも邪魔されない時間。
  それなのに、あの不器用な恋人は。 



  寝室を出てリビングに入ると、ガラステーブルの上には綺麗にカットされたフランスパンにコーヒーカップ、ポット。それに一枚のメモが置いてあった。涼一はその紙きれをひょいと掴み、ざっとそこに書かれていた文字を追った。
  スープを作っておいたから温めて飲むようにという、いつもの走り書きだった。
「は…。すっげ」
  いつもの事なのに。いや、いつもの事だからか。
  涼一はややバカにしたような、それでいて感嘆したような声をあげ、すぐさまキッチンへ目を向けた。雪也が涼一の所でスープを作る時に使ういつもの鍋がコンロの上に乗っている。少し早く起きて作っていってくれたのだろう事が分かった。
「ふ……」
  これだから、雪也を好きになるのを止められない。
「あーあ」
  涼一はモヤモヤとした気持ちを払うように、わざと大きな声を出した。
  昨晩、涼一はまた雪也に乱暴なセックスを強要してしまった。
  折角の2人きりを堪能もせず、また早々に帰る時間を気にし始めた雪也の事がどうしても許せなかったのだ。

「 デートが取り止めになってやっぱり家にいる事になったの。だからアンタも早く帰ってきてご飯作って」

  3日前までその日の外泊を許可していた美奈子が、悪びれもせず雪也にそう電話してきたのが事の始まりだった。母親のそんな勝手な言い分は無視しろ、気にするなと言う涼一に、しかし雪也は「でも最近母さんは風邪気味だったから」と、やたら心配そうな顔をしてみせる。涼一に言わせればそんなものは雪也の気をひく為の仮病に違いないと言い切ってしまいたいところだ。実際そう言い切って見せたのだが、それでも雪也はやはり帰ると言い張った。
  我慢ならなかった。
  つまりは、そのカッとした勢いのまま雪也を無理やり抱いてしまったというのが事の次第で。
  相手を気遣わない涼一の強引さに雪也は当然痛みと辛さで泣いていたし、激しい行為のせいで暫くは立ち上がる事もできずにいた。うつ伏せの状態で痛々しく肩を震わせ、荒く息を吐いて。
  その姿を思い出し、涼一の胸はちりりと痛んだ。
  それなのに。
「……これ、俺が食いたいって言ったやつじゃん」
  キッチンに行って鍋の蓋を開ける。冷めても美味しそうなスープの匂いに涼一は表情を崩した。
  あんなに酷い事をしたのに、翌日にはもうこうして許してくれている。優しくしてくれている。
  雪也が好きだ。その気持ちでいっぱいになる。
  そして同時に、不安になった。
  いつか雪也はこんな勝手な自分に愛想を尽かして逃げ出してしまうかもしれない。もう嫌だ、我慢できないと怒って何処かへ行ってしまうかもしれない。優しくしてくれる護や創の所へ行ってしまうかもしれない。
  或いは、自分の知らない誰かの元へ。
  涼一はらしくもなくそっとため息をついた。
  とにかく外へ行こう。大学へ行こう。そして雪也を探さなければ。
  窓の外へと視線をやる。どんよりと曇っているのか、まだ昼だというのに空が暗い。こんな風に気分が悪いのもこの天気が悪いせいかもしれないと、涼一は心の中でそう結論づけた。


×××××


  大学構内に足を踏み入れた途端、涼一はもう校舎脇の掲示板前で知り合いの女子学生たちに声を掛けられた。基本的には講義のある教室やよく立ち寄る食堂、サークルの部室に行かない限りは広いキャンパス内で知り合いに会うという事は早々ない。ないはずなのだが、涼一はどうにも一般の学生よりよく目立つようだった。元々顔が広く人当たりも良いせいか、どこかで必ず誰かに声を掛けられる。
  掛けられてしまう。
「涼一君、たまには一緒に飲みに行こうよ」
「あーうん、そうだな。今度な」
「えー、何か適当な返事だなあ。いっつもそう言って最後には断るじゃん。ホント、付き合い悪いよ?」
  茶化すように言う女子学生たちに笑顔でそんなことはないと否定しつつも、そうだよなと心の中で肯定する。
  面白くないのだ。
  以前は色々な人間に会うのが楽しかった。話をするのも好きだった。今でも好きだけれど、それでも今は相手を選びたいと思ってしまう。
  要は、涼一は雪也と一緒にいられればそれで良いのだ。

「あ、涼一!」
「涼一君、久しぶり!」
「剣。お前、今度頼みがあるんだけどさー…」

  行く先々で声を掛けられる。どれもこれも笑顔で挨拶するが、鬱陶しくて仕方がない。こんな事でいちいち足止めを食っていてはいつまで経っても雪也に会えないではないか。
  そうして胃の辺りを段々と煮えくり返していた、その時だった。
  ぽん、と。
  涼一は突然何者かに背後から肩を叩かれた。控えめなそれだったが、それによって涼一のぐっと抑えていた感情は途端にぐらぐらと沸き立った。
「……っ」
  またか、いい加減にしろ。
  そんな思いがさっと脳裏を駆け巡り、思い切り迷惑そうな顔をして振り返る。
「あ……」
  しかし、それは。
「あの、涼…」
  驚き怯えたようなその声に、涼一はあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
  振り返った先には、目覚めた時からずっと会いたかった人物が立っていた。
「え、と……」
  涼一の見せた凄味の表情が余程怖かったのか、雪也は多少口元を震わせた後、申し訳なさそうに俯いた。
「ご、めん…。急に……」
「ちっ…違う違う! 雪と思わなかったんだ!」
  涼一は慌ててそう言った後、焦ったようになってきょろきょろと所在なく辺りを見渡した。無意識にだろうか、いつの間にか雪也がよく来る図書館棟にまで足を運んでいた。人気も大分少なくなっている場所だ。
「別に怒ってないっ。さっきからいたのか? 何ですぐ声掛けなかったんだよ?」
  誤魔化すように早口でまくしたてると、雪也はいつもの困ったような微笑を閃かせた。
「……涼一、囲まれてたから」
「え?」
「その…いろんな人にすごい話し掛けられてたし。俺、校舎から涼一が図書館棟に行くのは見えてたんだ。でも、ちょっと……」
「なん…だよ?」
  言い淀む雪也に少しだけ不安な気持ちがして、涼一は自然翳りのある声を出した。
  雪也は言った。
「ちょっと声掛けにくかったから」
「………」
「ごめん」
  苦笑して謝る雪也を涼一は無言のままじっと見やった。
  それから鬱々とした気持ちを強引に振り払うようにして声を荒げた。
「バカ。俺が誰といようが声くらい掛けろよ」
「う、ん…」
  違う。こんな事が言いたいのではない。昨夜の事を謝らなければ。
「何で雪が遠慮しなきゃなんないんだよ。雪は俺の何だよ。そんな遠慮って、そういうのおかしいだろ!」
「うん」
  違う、違う。一体何を言っているんだ? 雪也を責める為にここにいるわけじゃない。
「……っ」
  頭の中ではそれが分かっているのに、涼一は自分の表情が思いきりぶすくれているのが分かったし、棘のある言い方を止める事もできなかった。
「うん、じゃないだろ。本当に分かってんのかよ。大体雪は俺が他の奴と仲良くしてても平気なわけか?」
「え?」
  ああ、これは言い方がまずかった。涼一は心の中で1人焦った。
  恐らく雪也は涼一が誰と仲良くしていようがそれを微笑ましいと思うタイプだ。誰彼構わず雪也に近づく者全てに嫉妬する涼一とは根本的に「人間」が違う。
  一拍置いてから涼一は言葉を改めて言った。
「……だから。雪は俺がお前のこと無視して他の女といちゃついてたり…とにかく、お前を忘れて違う奴のとこ行っても平気なのかって訊いてんだよ」
「………」
  平気かもしれない。
  自分自身に救いようのない答えを突き刺して、涼一は内心でどっと冷たい汗をかいた。
  一体どうしたらこんな展開になるのだろう。
  自分がここへ来たのは昨夜の乱暴を雪也に謝る為ではなかったか。風邪気味の母親の為に早く帰らなければと言った「だけ」の雪也に怒って当たった。泣かせた。それなのに雪也は朝食の支度までしていってくれた。そんな雪也に礼を言う為ではなかったか。イライラした無愛想な顔を向けて、自分は一体何をしているのだろう。
  混乱した中でそんな事をぐるぐると考えながら、しかし涼一は黙りこくったまま雪也の事を見つめるだけだった。何故か金縛りにあったように自分の意思で動く事ができなくなっていた。
「……平気じゃないよ」
  その時、ようやくじっと考え込んでいたような雪也が口を開いた。
「え…?」
  台詞の意味が分からず涼一がぽかんとして間の抜けた返事をすると、雪也は途惑った顔を向けながらやや小首をかしげた。
「涼一に知らんフリされたらすごくキツイよ…。俺、ぼけっとした奴だけど…涼一に避けられて平気でいられる程、神経太くないし」
「ゆ……」
「涼一は俺をそんな鈍感な奴だと思ってる?」
「え…いや…」
「俺…そんなに何も考えてない奴に見える?」
「ゆ、雪…。もしかして怒ってるの、か…?」
  涼一が恐る恐る訊ねると、雪也はそう言われた事に心底意表をつかれたような顔を見せ、慌ててかぶりを振った。
「俺は…怒ってなんかいないよ。怒ってるの、涼一の方だろ?」
「何で俺が…」
  本当に意味が分からなくて掠れ声で問いただすと、雪也は途端落ち込んだ風になって下を向いた。
「昨日…ごめん。その、あんな風に帰る事ばっかり気にして…」
「え……」
「涼一、きっとまだ怒ってるだろうなって…」
「………」
「本当にごめん」
「………」
  すぐに返答できなかった。
  雪也は昨夜の事を怒っていない。それどころか自分の方こそが悪いと思っている。もしかすると朝早くに起きてあんな手のこんだスープを作っていったのもこちらの機嫌を取る為だったのかもしれない。他の連中に囲まれていたから声が掛けられなかったと言うのも、まだ怒らせたままかもしれないという不安によるものかもしれない。
  それらを考えると涼一はただもう堪らない気持ちになってしまった。
「雪……」
「あっ! ごめん、時間が…」
「え?」
  その時、不意に雪也が腕時計を見て焦ったような声をあげた。
  涼一はぼうっとした思考を無理に奮い立たせて「どうした?」と訊いた。
「ごめん涼一。俺、もう行かないと」
「な…何で? 何処へ?」
「え。あ、俺さっきメールは打ったんだけど…」
「え?」
  驚いてからはっとする。携帯を置いてきてしまった。余程慌てて出てきてしまったのだろう。
  涼一は苦笑すると雪也に謝った。
「悪い。携帯忘れてきたみたいだ。何て打ったんだ?」
「あ…大した事ないんだ。今日はもう帰るからって」
「え」
  折角会えたというのにもう帰るのか。
  表情を曇らせると雪也は再び察したようになって困ったような顔をした。
「その…。母さんはやっぱり元気で、今日はもう仕事に行ったらしいんだけど。でも那智さんからメールが入ってて、創が俺がずっと探してた映画のビデオ取り寄せてくれたからって。うちに観に来ないかって」
「は…?」
  思いもかけないその名前に涼一は一瞬で凍りついた。
「あ! メ、メールには涼一も来れたら来てって打っておいたんだけど…」
「………」
「あの…涼…」
  ぶすくれたままの涼一に声を掛けようとして、けれど雪也は段々とその声を萎ませると遂に黙りこくってしまった。
「あのさ…」
  けれどそれとは別に先刻から余程気になっていたのだろう、雪也はちらちらと涼一の背後の方へ視線をやり、囁くように言った。
「涼一…後ろにいる人たち、知り合い?」
「……?」
  言われて振り返るとたちまち黄色い声が上がって、数人の女子学生が上気したような顔でこちらを見ているのが視界に入った。
「………」
「その、さっきから…いて…」
  雪也の遠慮がちな声に途端涼一はむかっとして眉を吊り上げた。そして再び雪也に向き直ると、その衝動のまま思い切り不機嫌な声で返してしまった。
「知らねーよ、あんなの」
「あ、でも…」
「知らないってんだよ。今、そんな事どうでもいいだろ」
「う、うん…」
  こんな時にまで周りを気にする雪也にはほとほと呆れる。
  雪也に厳しい目を向けながら、一方で涼一の頭にはあのいけ好かないレンタルビデオ店員・創の姿が浮かび上がっていた。あの何を考えているのか今ひとつ読めない変わり者・創が雪也を気に入っているのは疑いようがないし、それは雪也にしてもそうだった。それが自分が抱くような恋愛感情ではないとしても、あの2人にしか分からないような穏やかな空気を思い出すと、どうしようもなくイラ立たしい気持ちになってしまう。
  雪也は自分以外の人間と親しくなってはいけない。
  そんな黒い気持ちでいっぱいになってしまうのだ。
「涼一…」
  その時、雪也が遠慮がちの声を出して言った。
「じゃあ…もう行こう? その、涼一も行くだろ?」
  恐らく何時頃に着くといった具体的な約束をしているのだろう。雪也は那智に告げたその時間に遅れる事を非常に気にしているようだ。ますますむっとした涼一はすうと息を吐いた後、ぐいと雪也の手首を掴んだ。
「りょ、涼一!?」
  勿論雪也は驚いた声をあげた。突然そうされたからというだけでなく、周りに注目されている時にされたという事、その両方の意味合いで途惑ったに違いない。
  雪也が一瞬逆らうような仕草を見せたので涼一は更にぐっと拘束する力を強めた。
「予定、変更しろよ」
「え?」
「俺、まだ怒ってるって言ったら?」
「え……」
「それでも創の所、行く?」
「………」
「俺の神経もそんだけ図太く見える?」
「………」
  意地悪だと分かっているのに言ってしまった。昨夜の事を謝り、そしてスープの礼を言う。すごく美味かったと言ってまた作って欲しいと頼む。…そんな微笑ましい当初の目的が今はもう遠い昔の事のようになってしまっている。普段ならば雪也が創の所へ行くと言っても、ここまで強引に引き止めたりはしない。
  暴走するこの感情は最早誰にも止められないのではないかと、涼一はまるで他人事のように心の中で自嘲した。
「……行かない」
  すると雪也がそんな涼一の顔を見つめながら、ようやっとという風に口を開いた。
「え?」
  涼一がはっとして我に返ると、雪也は別段気分を害した風もなく繰り返した。
「やめるよ。行くのやめる」
「え……」
「断りの電話入れる。手、離して」
「………」
「涼一?」
「あ…っ…」
  伺い見るような視線がやってきた事で、涼一はわざ顔を背けた。目覚めた直後の嫌な予感がひしひしと全身を襲った。こんな事を繰り返していたらいつか本当に自分のあの悪い予感は当たってしまう。雪也はこんな我がままな自分を見放して、きっと何処かへ行ってしまう。その時、自分は一体どうなってしまうのだろう。
「涼一、どうし…」
  声を掛ける雪也に涼一はぐっと喉の奥を詰まらせた後、しかし精一杯素っ気無い素振りを見せて言った。
「嘘だよ」
「え…?」
「雪は俺をどんな悪人にする気だよ」
「りょ――」
「だから冗談。嘘だって言ってる」
  涼一はそう言った後、雪也の手首を掴んだままギャラリーは完全無視でずんずんと今来たばかりの道を引き返し始めた。雪也が困惑したように何か言っていたが何も聞こえなかった。聞きたくなかったので、自分が声を発した。
「その代わり俺も行くからな、淦」
  雪也の焦りつつもされるがままになっている時の表情が振り返らなくとも容易に分かる。それが温かくて痛過ぎて優し過ぎて、涼一は不意に大声で叫び出したくなってしまった。
  それでも何とかそれを押さえ込み、涼一はその感情を誤魔化すように大きく息を吐いた。

  雪也しかいない。
  こんなどうしようもない自分を止められるのは、もうこの雪也しかいないのだ。

「雪…」
  歩く速度は緩めずに、涼一はくぐもった声ながらも小さな声でぽつりと言った。

「昨日、ごめん……」

  背後で雪也がまた何か言った。
  けれど涼一には聞こえなかった。ただ自分の耳だけがやたらと熱くなり、きっともの凄く赤くなっているだろう事だけが、それだけが涼一には分かっていた。
  「淦」に辿り着く頃までにこの熱が引いていれば良いと思った。
  またあの敏感な創にどんな嫌味を言われるとも限らないから。