君はジェットコースター



  ―2―


  車内はひどく気まずい雰囲気だった。
  涼一は妙に焦った気分で「淦」に来た雪也をすぐに店から連れ出し、勢いのまま自分の車に乗せたのであるが。
「………」
  乗せたまでは良かったのだが、その後一体どういう風に声を掛けたら良いのか、またこれから何処へ向かえば良いのか、実は自分が何も考えていなかった事に、涼一は車を走らせ始めてから「大分経った後」、気がついたのだ。
「涼一」
  妙な空気が流れる車内、最初に声を発したのは雪也だった。
「どこ行くの」
「え」
「こっち…。涼一の家の方とも違うし」
「………」
  闇雲に運転していたせいで、涼一は淦から近い雪也の自宅へ向かうでも、またいつものルートである自分のマンションへ向かうでもなく、本当に走った事もない二車線の国道を突っ走り、気づけば見た事もない町の景色を幾つも素通りしていた。
「……俺、どれくらい走ってた?」
「30分くらいかな」
  車についている時計に目をやりながら雪也が答えた。その声には明らかな途惑いが混じっていたが、涼一の考えなしの行動を責めるとか嘆くとかいったような色は含まれていなかった。
  むしろ。
「ごめん。涼一がどこか行きたい所あるのかと思って訊かなかったんだけど」
「え」
「もっと早く声掛ければ良かったね」
「……別に」
  ややボー然と車を走らせていた涼一同様、雪也の方もそんな恋人の真意が掴めきれずに悶々とした時間を過ごしていたらしい。
「ごめん」
  けれど雪也はそんな己の事ではなく、心を乱していただろう涼一の方を気遣い、早くに話し掛けなかった自分を責めているようだった。
  そういう雪也だから、涼一も雪也の事をとても好きだと思うのだけれど。
「雪はさ…。ああ、待った。今、車停める」
  比較的落ち着けた事と、雪也の大好きな部分をきちんと認識出来たからという事もあるだろう。これなら冷静に話が出来そうだと思った涼一は、ようやく軌道を国道から逸らして交通量の少ない細道の路肩に車を停めた。もう大分遅い時間で暗いというのもあるし、周囲が「レンタル家庭菜園」の続くのんびりとした風景というせいもあってか、ざっと見た感じ辺りに通行人の姿は見当たらなかった。
「あのさ」
  けれどエンジンを切り、しんとしたその2人きりの空間の中で、涼一はらしくもなく雪也の顔をまともに見る事ができなかった。別段興味もない車のハンドルにだけ焦点を当てる。どうした事か、すぐ隣に雪也という存在を感じるだけで、涼一はドキドキと胸が高鳴って仕方なかった。
「雪は…雪は、さ。いつも俺のこと気遣ってくれるし」
「え?」
「俺は、そういうの出来ない奴だから」
「そんな事ないよ!」
  俺、今日約束の時間も遅れちゃって…と、慌てて口を継ぐ雪也に少しだけ笑いたい気持ちになり、涼一はふっと息を吐いた。
  一方で、落ち着け、いや俺は十分落ち着いている、大丈夫だなどと、何度も何度も心内で唱えて。
「いいんだよ。俺だって今日は約束の時間守れなくて、遅れてあそこ行ったんだから」
「え?」
  驚いたような雪也の声に涼一はまた胸をじりつかせながら、それでも「まだ大丈夫」と思いながら静かに笑った。
「俺だってお前以外の用あるんだからな。お前ばっかり追ってるわけじゃないんだから。色々忙しいんだよ」
「う、うん…」
「……あー、ちょっと待て。今ちょっと嫌なこと思い出した」
  自分で言い出した事のくせに、変な見栄を張ったせいで「思い出したくない事」を自ら口にしてしまった涼一は、「こんな話どうでもいいのに」と思いながらぱしりと手のひらを額に当てて項垂れた。
  やっぱり全然「大丈夫じゃない」のだ。
  落ち着いていないし、雪也に対して恨み言を言いたくて、護とどんな話をしたのか知りたくて、怒ってやりたくて爆発しそうになっている。
  胸がざわざわして、どくどくとして、どうにかなってしまいそうだ。
「涼一…?」
「だから、ちょっと待って! 今頭の中整理するから!」
「は、はい!」
  涼一の口調が強くなった事で雪也がいきなりシャンとし、居住まいを正した。それを視界の端に捕らえながら、涼一は「これも違う」と思いつつ、それでも今は自分自身の抑制に必死で、とにかく何とか落ち着こうと何度も大きく深呼吸した。
  そうして、別段話したくもない事を早口でまくしたてた。
「今日はさ、藤堂の奴が、俺の授業参加を妨害しまくって、スゲーくだらない話してきたんだよ。俺は雪の為に講義ノートちゃんと取っとこうって思ってたのにさ。あ、けどノートは他の奴に頼んであるから大丈夫だけどな」
「うん…? 藤堂どうしたの」
「あ、ああ、そうそう。あのバカな! あいつさ、行った先の合コンで知り合った女の一人にまた惚れちゃったみたいでさ。全く次から次へと、よくそう好きな相手を変えられるもんだよ。まあ今回は向こうが思わせぶりな態度であいつに近づいてきたもんだから、まんまと浮かれてるってとこなんだろうけど」
「飲み会に藤堂の事を好きな子がいたの?」
  雪也が少しだけ嬉しそうな反応を返した。涼一はそんな雪也の綺麗な声と表情が嬉しくて、思わず自分もパッと表情を明るくすると、ここで初めてまともに雪也を見つめ、自らも思い切りの笑顔になった。
「違う違う、話聞いてると全く違うよ。その女、かなり性格悪いって感じだぜ。要は藤堂を都合のいい相手にしたいって感じでさ。あのバカはバカだから気づいてねーけど、あいつん家が丁度良い避難場所になれるからって、泊まらせてくれだの、飯作ってくれだの、おまけにデートの金は男持ちかまで確認してよ。かなり性格悪いって感じだろ!?」
「え…? 何か……状況がよく分からないけど……」
  それでも藤堂にとってはあまり良くない相手だと感じたのか、雪也は涼一の言葉ですぐさま困ったようになり、どこか考えこむように俯いた。
「あっ、けど大丈夫!」
  大好きな雪也の顔が見えなくなった事で、涼一ははっとするとすぐにぶんぶんと手を振って慰めるように身体を寄せた。
「藤堂のバカにはやんわりと、『その女はお前に合わないからやめとけ』って言っといたし。今度TDL連れてってって言ってきたら、割り勘ならいいって言ってみろって言っておいたし!」
「TDL?」
「そう。そいつ、藤堂がデートする時はディズニーランドに行きたいって言ったら、その場合金はどっちが持つんだなんて訊いたらしいんだよな。いやらしいだろ、普通そういうこと訊いたりするか?」
「うん…? まあ……」
「その時はそいつ、好きな彼女とのデートなら絶対自分が持つって言ったらしいんだけどな。はあ、あいつはそうやっていつも自分を好きでもない相手に貢がされてさ、いいように利用された後ポイされるんだ」
「そ、そんな」
「だってそうじゃん。適当な相手が出来たら、あいつが親しくしてた女共って皆あいつから離れていくし。友達とか親友とかイイ言葉つけて時々連絡つけてくる奴もいるけど、大概離れていくのは後ろめたいからだと思うぜ。今の彼氏にな」
「………」
「女って嫌な生き物だよな。あいつに絡んでくる奴ら見てるとますますそう思う」
「………藤堂は大丈夫?」
「え? あー、全然大丈夫。だってあいつ気づいてねーもん。それに、よっぽど酷いのが絡んできた時は、俺があいつに分からないようには痛めつけとくし」
「え!?」
「……冗談だよ」
  雪也のぎょっとしたような顔に涼一は一瞬「う」となってすぐさま訂正したものの、その心配そうな顔にはふと忘れかけていた心の靄を思い出してぎゅっと胸が苦しくなった。
「ま…どうでもいいか、あいつの話なんか」
  それで涼一はわざと気を取り直したようなフリをして、パッと雪也に顔を向けた。
  最初の時とは逆で、今度は雪也が涼一を見ていなかったのだけれど。
「そういうわけで、あいつの愚痴なんだか恋愛相談なんだか訳分かんねえ話ずっと聞いてたせいで、淦行ったのも雪が来るちょっと前だったんだよ。携帯も電源、あいつに真面目に話聞けって消されてたし。だから……だからさ、別に雪のこと凄く待ってたってわけでもないし。あんま時間遅れた事とか気にしなくていいから」
「………」
「……雪?」
「あ」
  涼一の慰めるような優しい言葉にすぐに反応出来なかった雪也は、涼一の不審な2度目の呼びかけにようやく弾かれたように顔を上げた。
  それからいつもの困ったような、弱々しい笑顔を見せながら「うん」と頷いた。
「………」
  それは一体何を指しての「うん」なのだろう。
  涼一は自分で「気にするな」と言っておいて、そんな些細な事が妙に気になり、やはりむっとした気持ちを抱いた。別段雪也を激しく叱るつもりなどないのに。護と丸々一日一緒にいた事も、おまけに自分から約束した時間を大幅に遅れた事も、それを「気にするな」と言われてすぐに「うん」と答えた事も。
  自分は責める気持ちなんてない。

  本当に、ほんのちょっとだけ、むかつくというだけだ。
  気にしてなんていない。

「……護と何してたの?」

  だから、全然平気なのだ。
  雪也が護と出掛けていたのは、自分公認の下。
  そこで2人が何を話そうが、どこへ出かけようが、どうでもいい。
  詮索するなんてカッコ悪い。

「どっか行ったの? あいつも車出したんだろ、遠出したとか」

  雪也とは色々な場所へ遊びに行ったし、粗方のデートスポットは網羅しているはず。
  だから護と雪也が行って「悔しい」と思う場所なんて、そうそうないはずだ。
  あったとしても、別にそんなの、気にならない。

「なあ、どこ行ったの。1日何話してたの、あいつと」
「護とは…遊園地に行ったんだ」
「……ッ!」
「遊園地って行っても、殆ど何ていうか…そう、児童遊園みたいな凄く小さな遊び場だよ。昔一回だけ行った事あったんだ。護と、護のお母さんに連れて行ってもらった思い出の場所でさ。当時とあまり変わっていなかったのが驚いたな」

  雪也の淡々と話すその内容を、涼一は殆ど聞き取る事が出来なかった。
  節々で「昔護と行った事がある」とか「思い出の場所」とか、そういうものだけは嫌でも脳に直接響いてきたのだが、その後雪也がどうしてそこへ行く事になったのかとか、そこで何があったのか等は、涼一の耳には全く入ってこなかった。
  それどころかガンガンと耳障りな騒音が頭全部を支配するように煩く鳴り響いて、視界まで暗く淀んでくるようだった。
「……―一。涼一!」
「あ」
  だから雪也が珍しく激しく肩を揺さぶってきて初めて、涼一はようやく我に返って瞬きをした。ゆるりと横を向くと、そこには案の定どうして良いか分からない、どうしようどうしようと困惑しきっている恋人の姿が見えた。

  どうしてそんな顔してる? 今日は楽しんできたくせに。

「……そういう顔をしたいのは俺のはずだろ?」
「え…」
  だから思わず本音が口をついて出てしまったのだが、当然その台詞が出るに至る経緯を雪也は知らない。何を言われたのか分からないいう風に青ざめた雪也に、けれど涼一はやっぱり優しくする事が出来なくてふいと横を向いた。
「遊園地なんて…俺とは一回も行った事ないな」
  大丈夫だと思っていたのに。落ち着いて、全然平気なんだと言えるはずだったのに。
  結局いつものようにぶすくれて涼一は言ってしまった。
  だって本当に悔しかったから。
「俺が前、それこそTDLとか行ってみるかって言った時、雪確か『遊園地なんて恥ずかしくて行けない』みたいに言ってたよな。男同士、2人で行くなんて周りが気になるみたいな感じでさ。……なのに、護となら行けるんだ?」
「涼一…。で、でも、そこで何に乗ったとかって言うんじゃなくて…。ただ……懐かしかったから、そこを見に行っただけで……」
「そうだよな、思い出の場所? なんだもんな。2人のさ。お前らはガキの頃からずっと一緒だったんだから、地元戻ればそういう所なんて一杯あるんだろうな。俺たちにはそういうのないよな。何てったって秘密の付き合いだし。堂々とデートスポットへなんて、そうそう行けないもんな」
「……ごめん」
  雪也が項垂れて素直に謝るのを、逆に涼一は余計にむかっとして眉を吊り上げた。
「それは何に対しての『ごめん』なわけ? 時間に遅れた事? それとも、護とはどこへでも行くのに、俺とは行く場所を選ぶお前自身の酷さの事?」
「お、俺……選んでるつもりは……」
「あるだろっ!? だって俺とは遊園地なんて行かないじゃないか! 俺だってTDL!? まあ、何だっていいけどな、そういうの、行ってみたいだろうが、雪となら!」
  付き合った女性は何人かいるが、基本的に涼一は大学に上がるまで「ガリ勉」な学生生活を送っていた真面目人間だ。だから雪也という、生まれて初めて出来た本当に好きな恋人とは、あそこへ行ってみたい、こういう事がしたいといった欲求がたくさんあった。
  けれど付き合い始めた当初から、雪也は涼一に従順ではあるものの、ある面ではきっぱりとした意思を持っていて、例えば「藤堂や他の連中には自分たちの付き合いを内緒にして欲しい」という事や、「人目がつくところで触れてくるのは困る」と言った事は冷たいくらいに涼一に繰り返していた。
  無論、恋人に対して我がままを言う回数は、涼一など雪也の比ではないのだけれど。
「雪は酷い」
  けれど涼一はそんな自分を完全に棚に上げて雪也を責めた。
「雪は俺のこと、全然考えてくれてない」
  そんな事はないと頭では分かっているのに、涼一は抑えこんでいたものを一気に吐き出すようにして声を荒げた。
「今日一日、俺がどういう気持ちでお前を待ってたかなんて事、雪は全然考えてくれてなかっただろ。俺は…雪のこと、雪だけをずっと待ってて。なのに雪は、前好きだった男と一日中一緒にいるって、それ何だよ。そんなの普通に考えられねーよ。どんな残酷な事してると思ってんだよ」
「……うん」
「だから、その『うん』って何? さっきも思ったけどさ。雪っていっつもそうやって素直なフリして、実際やる事はいつも俺を苛つかせるのな。周りの奴もそうだけど……俺がこんなだからかもしれないけど、所詮俺が悪いのかもしれないけどさっ!」
「そんな事ない。涼一は何も悪くない」
  何の淀みも迷いもなくすぐにきっぱりとそう返した雪也に、涼一は一瞬面食らった。
「何だよ…っ」 
  けれどそれに余計煽られたというのもある。涼一は雪也の肩をぐっと掴むと、勢いのまま雪也の唇に自分のそれを乱暴にくっつけ、それからハアと溜息をついた。
「護とやってないだろうな」
「……何?」
  それはつまり、自分が一番気になっていた事。
「護とこうして…キスとか、してないだろうな」
「涼一…」
  これには雪也も呆れたような、やや怒ったようなオーラを出していたが、それでも涼一はもう止められなくて、「お前に怒る権利なんかない」と言わんばかりに何度も押し付けるだけの拙いキスを繰り返した。
  それに雪也は少しだけ「涼一」と責めるような口調で呼んだが、涼一は敢えてそれを無視した。それどころか、自分の肩を強く掴んで引き剥がそうとする雪也の所作を憎らしく思った。
「今はやってなくても、昔はした事あるだろ」
「昔…っ?」
  何を言い出すんだというような雪也の反応にも構わず、涼一は唇同士を近づけたまま繰り返した。
「引っ越す前だよ。雪は護に告白してたりしたろ。その前だって随分仲良かったんだろうし。キスした事くらいあるだろ。ファーストキスって護だろ?」
「涼一、そんな話…」
「煩い! 答えろ!」
  そういえば一度雪也に別れを切り出す直前、「護」という存在が気になった涼一は、今のようにしつこく「初めての相手は誰か」と雪也に問い質した事があった。
  その事実は変わる事がないのに繰り返し同じ質問をする自分に、雪也が毎回辟易していた事を思い出す。
  全く成長していないと思う。こんな風に、誰も喜ばない、むしろ傷つくかもしれない事をわざとやってしまう自分。
  雪也を苦しめる自分。

「……答えない」

「………え?」
  けれど雪也がふっと発した言葉に、涼一は何秒かした後、フリーズした。
  そんな涼一を真っ直ぐに見つめた雪也は、意味が分からないのならばもう一度という風に繰り返した。
「答えない。答えたくない。そんな話、もうしない」
「……ゆ……雪?」
  怒ったのだろうかと思って瞬時顔を青くする涼一に、雪也は今度はくしゃりと顔を歪めてから、涼一の前髪にそっと触れた。
「怒ってるよ。怒ったよ。涼一は、酷いよ」
「あ、ごめ…」
「でも、俺の方が酷いって分かってるから。だから……本当にごめん。俺、自分がここまで無神経だなんて知らなかった。本当にごめん」
「あ……」
「俺はいつも涼一を苦しめてるね」
「雪!」
  嫌な予感がして涼一は反射的に身体を思いきり仰け反らした。恐怖で取った無意識の行動だったのだが、お陰で狭い車内で天井にしこたま頭を打ちつけ、涼一は後頭部に鈍い痛みを受けてそのままがくりと項垂れた。
「…ってえ…」
「だ、大丈夫涼一…!?」
「うん…」
  けれど、結果的にはそのハプニングが自分を救ったとは思った。
  雪也との気まずい空気を一掃してくれたと感じた。
「大丈夫、本当に? 痛くなかった!? 凄い音したけど!?」
  雪也の心底心配する声が愛しくて切なくて、涼一は情けなくも本気で泣きそうになってしまった。バカな自分、勢いだけで酷い事を言ってしまい、雪也を苦しめる自分なのに、雪也はこうまでも優しく、どこまでも許容してくれる。
「痛い……」
  だからまた、甘えてしまった。
「どこ? どこが痛い? 血でも出たかな…!?」
「痛い……。胸が、痛い」
「……え?」
「凄く、痛い。助けて雪……」
「りょ…涼一、あ…っ」
  途惑う相手に構わずぎゅっと力いっぱい抱きしめて、涼一はもう絶対に離したくないと思いながら自らの顔を雪也の頭に擦り付けた。雪也が嫌がっても暫くそうしているつもりだった。
「涼一」
  けれど雪也は思いの外早くに、自分を抱きしめる涼一に自らもそっと腕を回してきてその抱擁を許容した。
「雪」
  だから涼一は本当に嬉しくて、死ぬほど嬉しくて、すぐに目線をあわせると今度こそ互いが認め合う口づけをして、焦った風に言葉を継いだ。
「雪……俺のこと、呆れた?」
「ううん。全然」
「嘘だ。今、やっぱり別れた方がいいかもって思っただろ?」
  それはやめて欲しいと焦った風に口づけを繰り返す涼一に、雪也はそれをくすぐったそうに受け入れながら泣き笑いのような顔をした。
「そんなこと思うわけないよ」
「本当に?」
「うん。俺、絶対涼一と別れない。涼一が別れたいって言っても、嫌だって言う」
「嘘だ……。だって俺、こんな奴なのに」
「……涼一」
  淦で言ってたよねと雪也は囁いて、涼一の唇に自分からのキスをしてきた。
  そうしてその行為に涼一が驚いて固まるのを可笑しそうに見つめながら雪也は言った。
「俺も同じなんだよ。自分が酷いと思っても涼一と一緒にいたい。だって俺は、涼一のことが好きなんだから」
  そうして雪也はもう一体何度目か分からない「ごめん」を涼一に言った。
「………雪」
  だから涼一はもう駄目だった。
  あの勢いでまくしたててしまった淦での発言をきちんと受け留めてくれていた雪也、勝手な事ばかり言って騒いで、困らせている自分の背に手を回してくれる雪也。
  キスをくれる雪也に。
「雪、あのな…」
「ん?」
「どうしよう。俺今凄く、雪としたい」
「え…っ」
「もの凄くしたい。もう駄目」
  言いながら唇は既に雪也の首筋、一番弱いところへ向かっていた。噛み付くようにそこにむしゃぶりつき、片手は雪也の上着の中へと忍ばせる。
  狭い車内がもどかしかった。
「ちょ…涼…こ、ここで…?」
「ここで」
「え、でもちょっ…ちょっと、涼……あっ…」
  雪也が焦る言葉を今度は涼一は至極冷静な感覚のまま無視した。無視して、雪也の座る助手席のレバーに手を当て、器用に座席をガクンと背後へ倒してしまう。そうして思う存分、雪也の上に覆い被さった。
  これには雪也も今日初めてくらいの勢いで慌てて、「涼一っ」と批難の声を上げる。
「こういう所では駄目だって」
「だって家戻るのにどんくらいかかると思ってんの? 感動してる今のうちに雪抱いておかなくちゃ」
「誰か来たらどうするんだよっ」
「大丈夫。俺は気にしないから」
「俺は気にするっ!!」
「雪」
  もう半分以上半身を晒した格好にしてやりながら、涼一はむしろ自分が雪也に困らされているというような態度を取って強い口調で呼んだ。
  そして。
「俺がこういう奴だってさ。雪はもう分かってるだろ?」
  ニヤリと笑って涼一は雪也にキスをした。何度も何度もして、それからもう一度悪戯小僧のように笑う。
「……もう」
  すると雪也はそんな涼一に怒りたいような、けれど決して怒りきれないという顔をした後、やがて「…しょうがないなあ」と呟いた。
  そしてゆっくりと、涼一の首に自らの腕を絡めてきた。
「雪。好き。大好き」
  だから涼一は全く見知らぬ夜の車道で、雪也の身体を惜しみなく貪った。





  後日、「今度は絶対に遊園地に行こう」と言い張る涼一に、雪也は思い出したように「その話題」を持ち出した。
「護といても涼一の話ばっかりしてるよ」
  その日2人は涼一のマンションで先日ノートが取れなかった講義の復習をしていたのだが、涼一があまりに遊園地遊園地と連呼するものだから雪也がそういえばと口にしたのだ。
「遊園地ってさ。俺はあんまり行った経験もないし、乗り物も苦手だから見てるのが楽しいくらいなんだけど。護と話してて、『ああ、涼一ってジェットコースターみたいだな』って言ったら、護が物凄く笑って」
「何だよそれ。何かむかつく」
「え。そう? でも……凄くぴったりな表現だって言われたんだけど。俺も…何か、そう思うし」
「嫌だ! 何かむかつく!! ……まあ、ジェットコースターって言ったらきっと遊園地の目玉なんだろうから、その点はまあ……許すけど。けどさ、それなら、あいつは何なわけ?」
  涼一がぶすくれながらそう訊ねると、雪也は「うん」と頷いてから、ついでに次々と例えた人間の名前も挙げ始めた。
「護は観覧車。寛兎はお化け屋敷で、那智さんはメリーゴーラウンド。で、創はコーヒーカップかなって」
「ああ、それは分かる! あいつの話って何か気持ち悪いもんな! 酔うよな!」
「い、いや…別にそういう意味じゃ……」
  涼一の途端ノリノリになった態度に雪也は複雑な表情を浮かべたが、完全否定もしなかった。
  ただ、その後調子に乗ったように「じゃあ俺にとっての雪はねー…」と言った涼一の「回答」には―…珍しく不満があるという風に反論していたのだけれど。
  涼一にとってはそんな些細な会話や遣り取りすら、とても幸せに感じられた。とても満たされていると感じられた。
  何かをきっかけにして、どんな事でもきっかけにして、自分と雪也が確実にまた一歩ずつ近しい存在になれていると感じられたから。

「とにかく、雪! いいか!? 今度の休みは、ディズニーランドで海賊船で、パレードなんだからな!!」

  観光者用のガイドブックまで密かに買ってしまった涼一は、半ば呆れる雪也を前にそう高らかに宣言した。そう、そうして雪也がどんなに嫌がっても困っても、絶叫系には絶対に乗らなければと今から気合を入れるのだった。
  観覧車は乗らずとも良いやと思いながら。












TDLに元々観覧車はないべ。
H未筆ですみません。
そして涼一は雪也を遊園地の何に例えたのか…良かったら自由に考えてみて下さい。