質問55「どっちの気持ちもある時は?」

北川兄弟宅、アパートにて。


正人「トモ。今日は光一郎遅いんだろ。弁当買ってきてやったぞ」
友之「正兄…あ、ありがとう…」
正人「おい、ちょっとはテーブルの上、片付けろよ。色んなモン出してそのままにしてんな。光一郎がこんな事するわけねーからな、これ全部お前がやったろ?」
友之「う、うん。宿題やろうと思って…」
正人「までは、分かる。あとのもんは?」
友之「そ、その、途中で数馬が遊びに来て、おやつ食べて…。あと、これ…。流行っているからって、漫画貸してくれて」
正人「あいつが漫画…? ……お前、これもう読んだか?」
友之「まだ…」
正人「…………」(一冊を手に取り、めくる。表紙はカバーがしてあるせいで見えない)
友之「あの、正兄…?」
正人「……これは俺があいつに返しとく」(忌々しそうにぱたりと本を閉じる正人)
友之「え?」
正人「これの存在は忘れろ」
友之「何で…」
正人「何でもだっ。これはなー、あいつがお前をからかう為だけに持ってきたもんなんだよっ。だから絶対読ませねー【怒】!」
友之「……っ」←びびり
正人「あー…だからお前は、ンな怯えんなっての…。別にお前にキレてるわけじゃねーんだからよ…」
友之「………」
正人「で、あとのもんは? そこらへんにあるちらしは何だよ、うぜえな」
友之「これ…エアコンの…」(慌ててガサガサとかき集める)
正人「エアコン!?」
友之「……っ。な、何でもないっ。コウ兄は、いらないから後で返すって…」
正人「これを持ってきた奴に、か?」
友之「うん」
正人「………誰だ」
友之「………」
正人「トモ」
友之「!」
正人「誰が持ってきた」
友之「………修兄」
正人「だろうと思ったがな……ちっ」
友之「………」
正人「あの野郎…むかつく事しやがって。絶対ェ俺へのあてつけだろ…」
友之「………」
正人「……何黙ってんだよ」
友之「えっ」
正人「お前、まさかエアコン欲しいなんて思ってねェだろうな?」
友之「お、思ってない。修兄はどうしても買うって言ってたけど…っ。コウもいらないって言ったしっ」
正人「光一郎の考えは聞いてねえんだよ。お前はどうなんだっての。修司に言われてただへーへー頷いてたんじゃねえのか? あ!?」
友之「………」
正人「……お前にはやっぱりいっぺん教育しとく必要があるな。座れ」
友之「……ぃ」←「はい」と言っている模様。大人しく正座。
正人「あのな。俺は別にお前がエアコン欲しいと思ったんなら、それはそれで別にどうだっていいんだよ。問題なのはお前のその態度だ態度。どっちつかずな訳分かんねえ態度ばっか取りやがって。欲しいなら欲しいって言えばいいし、いらねえならきっぱりいらねえって言うべきだろ? 何でたったそれだけの自己主張ができねえんだよ?」
友之「………」
正人「そうやってだんまりばっかしてるから周りからもイラつかれるし、苛められんだろーがよ。違うか?」
友之「エ、エアコン…」
正人「あん?」
友之「最初エアコンは…欲しくないって思った…」
正人「……で?」
友之「でも、嬉しいって言う風には、思ったから…」
正人「あん?」
友之「だから修兄にもいらないって言えなくて…。一緒にちらし見てた」
正人「……じゃあ欲しいんだろうがよ。結局は」
友之「エアコンはいらない…。だって正兄がくれた扇風機があるし…。あれ、便利だから。でも修兄が買ってくれるって言ってくれた事は嬉しかった…」
正人「………」
友之「修兄もそうするのが嬉しいからって言ってくれて、僕もそれが嬉しかった。修兄は…普段、あんな風に言わないから」
正人「あんな風って」
友之「何か買うとか、そういうの…。物なんて、なければないでどうでもいいっていつも言ってる」
正人「………」
友之「修兄もエアコンはそんな欲しくなかったと思う。でもこうやって…ちらし見たり、何買うって考えるのが楽しいって言ってて。僕もそういう修兄見てるのが嬉しかった」
正人「だから?」
友之「だから…。エアコンはいらないけど、修兄が買ってくれるって言うエアコンなら欲しいって思って」
正人「はぁ? 意味分かんねーんだよ。いらないけど欲しいからどっちの態度も取らなかったって? お前、自分で言ってる事の内容理解してんのか?」
友之「……う、うん」
正人「俺には分からない。いいか、要は相手にどう伝わるかだ。俺はお前のそのうじうじとした曖昧な物言いがむかつくし、それをどうにかしてやりてェって思ってる。お前にしちゃ迷惑な話だろうけどな、俺は―」
友之「迷惑じゃない」
正人「……は?」
友之「これ、同じこと…。正兄の話はいつも凄く怖いけど…でも言ってもらえて嬉しいから…。怖くて嫌だけど…でも嬉しい」
正人「なん……だよ…」
友之「……これ…どういう風に言っていいか分からないから…いつも黙っててごめんなさい」
正人「………」
友之「………」(ちろっと恐る恐る様子窺い)
正人「………」
友之「……っ」←居た堪れなくなってきたらしい
正人「……トモ」
友之「!」
正人「……飯食うぞ」
友之「う、うんっ」
正人「でも言っておくがな、俺は《どっちの気持ちもありだから黙ってる》ってのは、やっぱり嫌いだな」
友之「……うん」
正人「何でどっちもありなのか、それをちゃんと言えよ。ちっ…こう言うと修司の奴はすぐむかつく笑い浮かべて、『誰もがお前みたいな奴だと思うな』って分かった風な口ききやがるけどな。けど、俺はあいつの考えこそが違ってると思う。言うべき事はきっちり言うべきだ。そういうのはずるいってんだよ」
友之「………」
正人「分かるか?」
友之「うん」
正人「分かればいい。んじゃ、茶でもいれろ」
友之「うん」(急いで台所へ行って茶葉を取りに走る友之)
正人(……俺は何をムキになってんだ? いや、俺は間違った事は言ってねえ! 断じて!)
友之「正兄、このお弁当、どっち貰っていいの?」(戻ってきて興味津々に弁当を覗きこむ)
正人「どっちでもいい。お前の好きな方取れよ」(あぁ、けど何かむかむかするぜ…)
友之「………」
正人「…? どうした。さっさと選べよ」
友之「う、うん。じゃあ…」
正人「……? …おい、ちょっと待て。お前今、こっちの方見ただろ。本当はこっちのが欲しいんじゃねえのか?」
友之「ううん。僕、いつものこっちがいい」(珍しくきっぱり)
正人「………」
友之「な、何?」
正人「お前、俺がこっちを嫌いだと思って、遠慮して欲しい方取らなかっただろ」
友之「そ、そんな事ないよ!」
正人「バレバレなんだよ、テメエはよ! こっちの方が欲しいなら何でそう言わな―」
友之「……っ」←殴られるとでも思ったのか亀の首
正人「………」
友之「……?」
正人「……言わないのは…そりゃ、俺を想って、だな」
友之「え…」
正人「修司の奴にもそれでか…。エアコン自体はいらねえけど、その気持ちが嬉しいから、か」
友之「ち、違うよ? お弁当はこっちの方が…。本当だよ、こっちも好きだもん!」
正人「……ああ、まぁそれもお前の本心なんだろうけどな。……両方の気持ちか」
友之「……正兄?」
正人「何かむかついてきた」
友之「びくっ」
正人「俺には気ィ遣うな……つっても、まぁ無理だよな」
友之「………」
正人「けどな、やっぱりお前は使い方を間違ってるぞ。そういう両方の気持ちがある時はどっちかを取るんじゃなくて、どっちも欲しいって言えばいいんだ」
友之「それ…我がままじゃないの?」
正人「人によって使い分けろ。俺にはいい」
友之「……っ」←混乱中。ごもっとも。
正人「まあいい…。もう、いいから食え」
友之「じゃあ、こっちを…」
正人「駄目だ」
友之「な、何で」
正人「どっちも食いたいんだろうが。……じゃあ簡単だ。半分ずつ食え」
友之「え?」
正人「いいから食え!」
友之「はいっ」
正人「………はあ。ったく……(疲)」



【完】