質問57「エロエロ言い過ぎ?」

うららかな土曜日の午後。
河川敷の草っ原にて。


数馬「ちょっとトモ君。どうしてキミに貸した漫画が中原先輩を通じて返却されてくるわけ?」
友之「あ…ごめ…」
数馬「ごめんって言っても許さない。自分が借りた物くらい自分で返してよね。そんなの当たり前の事でしょ?」←わざと怒ったフリ
友之「……うん」(シュン)←まんまと罠にかかる
数馬「あーあ。折角トモ君も面白いって言うと思って貸したのになぁ、あの漫画。トモ君、全然読まないうちに没収されちゃうんだもんなあ!」
友之「ごめんっ。本当に…」
数馬「本当に反省してる?」
友之「うん」
数馬「そ。じゃ〜、お詫びの印にチュッてしてみて?」
友之「え」
数馬「はい、こーこ」(言って自分の唇を指差して笑う数馬)
友之「か…数馬…」
数馬「何」
友之「何か…そういうの、修兄みたい」
数馬「わっ…」
友之「……?」
数馬「……それ凄いフェイント。脱力しちゃうような事言わないでくれる?」
友之「だって…」
数馬「荒城さん、こういう事しょっちゅう言うんだ、キミに」
友之「うん」
数馬「ったく。オヤジかよ」←自分は?
友之「ねえ数馬…その…。あの漫画、どういう話だったの?」
数馬「ん?」
友之「宿題終わった後読もうと思ってとっといたら正兄が来て…その、取られちゃったから」
数馬「あー…そりゃ可哀想な事したねえ。でも…ふふっ。何かその言い方って、意地悪なガキ大将に物取られたいじめられっ子そのものだね」
友之「! そ、そんなの!」
数馬「でもさぁ、最近特に酷くない? あの先輩のキミに対する過保護っぷりはサ。ったく、漫画くらい好きに読ませろっつーの」
友之「………」
数馬「よっぽどトモ君が汚れキャラになるのが嫌なんだろうねえ。でも、あの過干渉はやっぱりちょい病気だね。3人の兄の中で一番の病気。そう思わない?」
友之「正兄は病気じゃないよ」
数馬「それ、意味分かって言ってないと思うからつけ足してあげる。あの先輩はね、キミにエロ関連の話一切合財見聞きさせたくないと思ってるの。トモ君を真っ白なキレイな少年のまま置いておきたいわけだ。分かる?」
友之「……分からない」
数馬「だろうねえ」(フンとバカにしたように鼻で笑う)
友之「………」(明らかにむっとしている)
数馬「もう一回、あの漫画貸してあげようか」
友之「どんな内容だったの」
数馬「だから。そんなものないよ。ただのエロ漫画」
友之「エロ漫画?」
数馬「はは、そうそうエロ漫画。たぶんね、あの先輩はキミの口から《エロ》って言葉が出る事自体嫌だと思うよ。今聞けたボクは得しちゃったかも」
友之「何でそれくらいで得になるの」
数馬「だってキミの口からそんな単語出るなんて、やっぱりレアじゃない?」
友之「………」
数馬「それともさあ、実は陰では普段からバンバン言っちゃったりしてんの。あの先輩の前以外ではさ。…そうね、たとえば光一郎さんの前でとか」
友之「エロって?」
数馬「ぶはっ。はははっ。そうそう、光一郎さんの前ではエロエロ言ったりしてんの?」
友之「……そんなの言わないよ」
数馬「でしょ(笑)」
友之「………」
数馬「なーに?」
友之「……別に」
数馬「はあ? 何その顔は〜? な〜にが不満なのかなあ、トモユキ君は〜?」(ぐににとほっぺたをつねる)
友之「……っ」←痛さでもがく
数馬「あ。でもさ、実は荒城さんの前では言ったりしてんじゃないの。あの人ってさり気なく光一郎さんが見てない所とかでもやらしい事してそうだもん。キミに」
友之「修兄?」(ほっぺを離してもらえてほっとしつつ)
数馬「うん。だってさ、さっきだってボクがふざけてちゅーしてって言ったら、そういうような事あの人しょっちゅう言ってるって言ってたじゃない」
友之「うん…」
数馬「よくよく考えたら中原先輩はあーだし、光一郎さんはあんなだし。キミに正しい性教育してくれんのなんて荒城さんくらいしかいないんじゃないの。裕子さんや拡クンもやるわけないしね。あー、あと大穴として、橋本さんあたりがいるのかな?」
友之「数馬は?」
数馬「何でボク?」
友之「数馬、よく色々教えてくれるから」
数馬「そう? じゃ、そういう事にしとこうか。あ、つまりはさ、あの漫画もその為に持ってきたって事だね。だって誰もキミにああいう事教えてあげないんだろうと思って」←余裕で嘘。単にからかいたかっただけ
友之「じゃあ、一番は数馬だと思う」
数馬「そうなるか」
友之「うん。《ドウテイ》の事も数馬が一番に教えてくれたし」
数馬「……懐かしい事持ち出すね」
友之「でも……そういう事って、やっぱり知っていないと恥なのかな」
数馬「ん」
友之「さっき…あの返しちゃった漫画、内容なんかないって言ったでしょう。それなら…別にいいかなって思ったから」
数馬「えー…? 読みたくないって思ったの?」
友之「うん。エロ漫画なんて読みたくない」
数馬「あら(笑)。……くくっ。そう? 読みたくないの?」
友之「うん」
数馬「ふうん。ま、そういうのはいいんじゃない? それならボクも納得かな」
友之「納得?」
数馬「うん。今、キミは自分の意思でそれを読みたくないって選択したでしょ。それなら別に無理して読まなくてもいいし。中原先輩がまた勝手にキミからあれを奪った事は呆れたけど、これなら納得。ボクも無理強いはしないよ」
友之「………」
数馬「それに…キミはさっき知ってなくちゃ恥なのかって訊いたけど、正直あんなの、別に絶対今すぐ知ってなくっちゃいけないって事でもないしね。いいんじゃないの」
友之「うん。ただ…自分の知りたくない事は知らなくていいってすぐ切るのは駄目って…コウ兄は言うけど」
数馬「それは光一郎さんの考えでしょ。ボクの考えじゃないよ」
友之「………」
数馬「でも…そんな事言うなんて、相変わらず真面目だね、あの人」
友之「うん。でもコウ兄の言う事はいつでも正しいよ」
数馬「ほう。キミの絶対なわけだ、あの人は?」
友之「うん」
数馬「ははっ。参るね、そりゃ」
友之「でも、数馬の言う事もそうかなって思うよ」
数馬「は?」
友之「一生で自分が得られる事って凄く限られてるから、どんな事をどれだけ吸収するかっていうのは、常に自分で選ばなくちゃいけないんだって」
数馬「うん?」
友之「それ…凄く難しい事だけど、それは誰かに決めてもらうんじゃなくて、自分でやらなくちゃいけない事だからって…。どんなに世の中の事全部知りたいって思っても、それは無理だから。だから選ぶ事が大切なんだって」
数馬「………」
友之「だから…自分のことも、よく知ってなくちゃいけないって。自分を分かっていないと、そういう選択も間違えちゃうから」
数馬「……それも光一郎さんから?」
友之「ううん」
数馬「?」
友之「これ、拡が言ってた」
数馬「はあぁ!? 本当にぃ?」
友之「うん。だからこの場合も自分でちゃんと選択すると…エロの事は知らなくていいよ」
数馬「……何かそれってさ。崇高な話してんだかバカ話してんだか分かんないね」
友之「……? これ、面白い話だよね?」
数馬「えっ。え〜…ボクはトモ君の話が面白いだけで、この内容自体はどうでもいいよ」
友之「数馬…つまらない?」
数馬「いや、だからそこでシュンとなるなっての。言ってるでしょ、ボクはキミのお話は面白いって思ってるって。何にしろボクはね、キミがボクと同い年のくせに、今ン頃になって小さい子どもみたいに色んな事に興味持ってさ、それについていちいち深く考えたり悩んだりしてるのを見てるのが楽しいって事。それに、そういう時のキミは結構可愛いからさ」
友之「…可愛くないよ」
数馬「可愛いよー。ボクは好きだよ?」
友之「………」
数馬「これって告白なんだけど?」
友之「告白…」
数馬「そ。まあ、別に返事は今すぐしなくてもいいけどさ。ほら、拡クン出し抜いたみたいになっちゃうのも悪いしね。…うーん、しかし拡クンがねえ。さっきみたいな偉そうな事言うなんて、何があったんだろうね。何でそんな話になったの?」
友之「知る事は限られてるから、自分で選ぶって話?」
数馬「そう。まあよく考えれば光一郎さんもどきが言いそうな事ではあるけど」
友之「……今の、拡の悪口?」(露骨に嫌そうな顔)
数馬「あーはいはい、ごめんなさい。悪気はないの。で、先進んで?」
友之「忘れた…。どうしてそういう話になったのか」
数馬「何だよー。ま、いいか」
友之「あ! でも、拡はエロ話好きかも」
数馬「はぁ? な、何突然…!? そんで、それはまたどうして??」
友之「教室で橋本さんが友達と見てた雑誌を拡が没収したんだって」
数馬「?」
友之「橋本さんがそれで凄く怒って、『自分が読みたいからって盗らないで』って怒って。そしたら今度は拡が『こんなの読むか』って怒って」
数馬「それ、どんな雑誌だったの」
友之「エロ雑誌」
数馬「……じゃあ、拡クンはエロ雑誌が嫌いって事でしょ」
友之「うん。そう思ったんだけど。後から橋本さんが言うには、その雑誌、厳重にカバーしてあったのに、拡はタイトル聞いただけでそれの内容が分かったんだって。だから絶対それの愛読者だって言ってた」
数馬「………」
友之「ああいうの見て今から勉強してるんだって橋本さん怒りながら言ってたんだけど…。でもどうして自分は読んでるのに橋本さんには読ませたくなかったんだろ」
数馬「恥ずかしかったんでしょ」
友之「でも橋本さんだってそのエロ雑誌読みたかったんだから、読ませてあげれば良かったのにね」
数馬「橋本さんには読ませたくなかったんでしょ」
友之「何で」
数馬「橋本さんが女だから」
友之「? なら…」
数馬「キミにも読ませたくなかったんでしょ。橋本さんがそんなの持ってたら、キミにも渡る可能性があるから。だから自分ところで阻止したかったと。……あのさあ、やっぱりさっきの崇高な話さ。こっから出て来た話なんじゃないの。中原先輩同様さ、『友之は知る必要ない』って、拡クンはキミに《選択》の権利を与えなかった」
友之「? どういう意味?」
数馬「いいのいいの。ボクもこの場合は拡クンを支持して黙秘権を行使します。折角自分がヨゴレになっても君に触れさせたくない雑誌を隠したんだろうからね」
友之「?? エロ雑誌でしょ?」
数馬「どうでもいいけど、お前今日何回エロって言った? …何か俺、後で色んな人に殺されそうだな」(素)



【完】


拡が橋本さんから取り上げた雑誌ってのは勿論そっち系のやつですよ。