質問66「どちらが普通の感覚ですか?」

いつものごとく、レンタルビデオショップ「淦」にて。

涼一「だから、わざとじゃないって言ってるだろ!」
雪也「あんな間違い、普通はしないよ。絶対わざとだよ!」
涼一「もっ…、もしわざとだったとしても、だったら、どうだってんだよ!? そんな嫌そうな顔することないだろ!?」
雪也「うわぁ……じゃあ、やっぱりわざとなんだ…!」
涼一「わっ…わざとじゃない! って、何だ『うわぁ』って! 何だその顔! 人をばい菌みたいに見るな!」
創「今回は何が原因で言い争っているんだ?」
涼一「…〜ッ! お前には関係ねーよっ! 引っ込んでろ!」
創「人の店で散々騒いでおいてその言い草はないだろ。俺に出てきて欲しくなきゃ、こんな言い合い、よそでやればいいじゃないか」
涼一「言われるまでもねーよっ! 雪、行くぞ!」
雪也「いや、創にも聞いてもらいたいよ。俺たちだけじゃ、絶対涼一が怒鳴ってうやむやになって終わりになっちゃうだろ」
涼一「なっ! 何だよ、それ!」
創「桐野君がそんな強気に発言するなんて珍しいね。こりゃあ、よっぽど剣君が理不尽な事をしたと見える」
涼一「してねーよっ!」
雪也「いや、理不尽って言うか…。その、『普通そんな間違いってするかな?』って思うんだよ。それで、もしただのいたずらっていうか、悪ふざけだっていうならちゃんとそう言ってくれればいいのにさ…。涼一、絶対認めないし…でも、あんな……こっそり変な顔して俺にも使わせようとしたりして…」
涼一「変な顔って何だよ、変な顔って! こんなイイ顔してるだろ!」
創「自分で言ってしまうと、そのイイ顔も台無しになるよ?」
涼一「だ、大体なあ、今回の事でショックを受けているのは俺の方なんだからな! 俺のその、ちょ…ちょっとした間違いをさ、そんな嫌そうな顔して大袈裟に責めて! 雪はそんなに俺の事が嫌いなのかって傷つくだろう!」
雪也「だから! 嫌そうって言うか、そりゃ、普通は嫌だろ!?」
涼一「嫌じゃねーよ! 普通は何とも思わねーよ! 雪が酷いんだ!」
雪也「そ……そんな。でも……。創は、ど、どう思う?」
創「どう思うも何も、まず何があったのかをきちんと聞かせてもらえないと、何とも言いようがないよ」
雪也「あ、そ、そうだよ。まだ説明してなかったよね…。その、つまり……」(もごもごと口ごもる雪也)
創「何か言いにくい事?」
雪也「いや、別に言いにくい事ってわけでもないんだけど……」
涼一「別にこんな奴に話す必要ないんだよ! 雪がおかしんだよ! こんなの普通!」
雪也「そっ…涼一は、そう言うけど! 俺、普通ってよく分からないから。だから、これって本当に普通の事なのか知りたいって言うか!」
涼一「だから俺が普通って言ってんのに、どうしてこいつに確かめる必要があるのかって言ってんだよ! しかもこの、如何にも常識の枠からはみ出して生きているような奴に!」
創「君に言われたくないんだけど」
涼一「はっ!?」
創「だから一体何があったんだよ。そこまで焦らされると、俺もどうでもいいと思っていたのに、段々気になってきたよ」
雪也「ど、どうでもって」
創「だって、どうせいつもの痴話喧嘩なんだろう? むしろこう毎回巻き込まれる俺の方が可哀想だよ」
雪也「ご、ごめん、創! その、いつも、迷惑……」
涼一「何で雪が謝るんだよ! だからこんな所来る必要なかったのに〜!」
創「あのねえ、そんなカリカリしていると血圧上がるよ? とりあえず、桐野君が言いにくいのなら、『こんな事』は『何でもない』って言い張る剣君が、何があったか説明してくれよ」
涼一「……何で?」
創「は? 何でって。君だって、桐野君の願いは叶えてあげたいだろ? だからここまでは来たんだろうし。第一、俺の意見も君と同じで、『何だ、それって普通の事じゃないか』って言ってあげられたら、君にも桐野君にも万事問題解決って事になるじゃないか」
涼一「ま、まあ、な……」
創「それとも、実は君も自信がないとか?」
涼一「別にっ!」
創「じゃあ教えてよ。何があったの」
涼一「だ、だからぁ……。くそ、面倒臭ェな! だから俺が、間違って雪のを使っちゃったんだよ!」
創「は? 何を?」
涼一「だから………ブラシ」
創「ブラシ?」
涼一「歯ブラシだよ、歯ブラシ! 雪の歯ブラシ使ったの!」
創「………はあぁ?」
雪也「涼一はわざとじゃない、間違えただけだって言うんだけど、涼一のは赤いラインの入っているやつで、俺が涼一の所で使っているのは青いやつなんだ。そんなの間違えるわけないだろ?」
創「……まあね」
雪也「し、しかも涼一、やたらニヤニヤしてさ……。俺が自分のを使って磨いている時もそれじーっと見ていて、変だなとは思っていたんだよ。それでさ、夕飯の時もまた使ったんだよ! 俺のを! それで、あ、だから朝もあんな顔してたんだって! つまり、朝から俺のを使ってたって分かって!」
創「それって、どう聞いても間違えちゃったんじゃなくて、わざとじゃないか?」
雪也「でしょう!?」
涼一「お、俺は、朝も使ったなんて言ってないだろ! それは雪の勝手な妄想!」
雪也「じゃあ何で朝のあの時、俺が歯を磨いているの、あんなずっと見てたんだよ!? 何か『わー、使った』って顔して、変な笑い浮かべてたじゃないか!」
涼一「変な笑いなんか浮かべてねーよっ! つか、雪! 俺を変って言ったの2回目!」
雪也「だって変だよ! 幾ら……幾らその、付き合っているからって……」
涼一「何だよ!」
雪也「相手の歯ブラシで歯なんか磨かないよっ、普通! しかもその後俺にもわざと使わせたり!」
涼一「だ、だから、間違っちゃっただけだって!」
創「変態……」(ぼそり)
涼一「あぁ!?」
創「世間の人たちがどう判定するか知らないけど、俺基準では、それおかしいのは剣君」
涼一「な…!」
雪也「や、やっぱり、そうだよね!? そうだよね、おかしいのは涼一だよね!? 俺がこう思うのって普通だろ!?」
創「普通だね」
雪也「ほっ」
創「何故そこでそんな安堵するんだ。よっぽど剣君から追い立てられて、持論に自信がなくなっていたんだね?」
雪也「そうなんだ…。ほら、涼一っていつも自信満々に言い切るだろ? だから、最初は俺が責めていたはずなのに、段々と文句言っている俺の方が悪いみたいな感じがしてきちゃって」
創「全く可哀想に。災難だったね、桐野君」
雪也「うん……」
涼一「………ッ!」
創「剣君、何か言いたそうな顔しているけど?」
涼一「ああ、あるさ! つまり、雪は俺のことが気持ち悪いと!」
雪也「そ、そんな風には言ってないだろ? ただ、人の歯ブラシを使うって言うのはどうかと……」
涼一「つまり雪は俺の事が嫌いって言いたいのか!?」
雪也「ちょっ…人の話を……」
涼一「何でだよ! 俺はただ雪が好きなだけなのに!」
雪也「りょ……」
創「また暴走してきたな」
涼一「雪は俺の歯ブラシ使うの嫌なのか!?」
雪也「え? そりゃ……普通そういう事は――」
涼一「普通とかそういう事考えないで、嫌なのか平気なのかどっちだって訊いてんの!」
雪也「だ、だから何でそういう話になるんだよ? 俺が言いたいのは、何で涼一があんな真似したのかって事だよ。間違っちゃったんなら仕方ないけど、絶対わざとじゃないか。べ、別に俺だって涼一の歯ブラシ使うの平気だけどさ、でも」
涼一「えっ!」
雪也「えっ?」
涼一「平気なの、雪! 俺の歯ブラシ使うの、平気!?」
雪也「え? あ、うん、使わないよ(汗)? 使わないけどね、別に平気だとは思うよ……。使わないけどね」←2回目
涼一「じゃあ俺のこと気持ち悪くない!?」
創「気持ち悪いよ」
涼一「お前は黙れ! 俺は雪に訊いてんだよ!」
雪也「き、気持ち悪くないよ。そんなわけないだろ?」
涼一「良かったぁ…。雪に嫌われたらどうしようかと思った」(興奮状態からちょっと落ち着く涼一)
雪也「嫌わないよ…。でも、何であんな事したのかは教えてよ」
涼一「別に、理由なんかないよ。朝、洗面所行ったら何となく目についたからさ。雪の歯ブラシ使ったらどんなかなーと思ったから、使ってみただけ」
創「やっぱりわざとなんだね」(ぼそり)
涼一「むっ!」
雪也「じゃ、じゃあ一回やればそれでいいだろ? 何か雰囲気的に、俺が気づかなかったらずっとやっていそうな感じだったよ…?」
涼一「だって雪のこと好きなんだもん」
雪也「うっ…」
創「俺、もうそろそろ引っ込んでいいかな」
涼一「本当はコップだって何だって雪と共有したいんだよ、俺は。雪ってそういうとこ、ちゃんとし過ぎじゃん。俺のカップはこれ、雪のはこっちって」
雪也「そ、そりゃそうするだろ?」
涼一「何で。箸だって別に同じでもいいじゃん」
雪也「は?」
涼一「服はさすがにサイズが違うから無理としても、バスタオルとかパジャマだって一緒でもいいよ、俺は。あ、あと靴下とかもな!」
雪也「…………………あの」
創「桐野君、嫌なことは嫌だって言わないと、この人、果てしなく突っ走るよ」
雪也「う、うん…。そんな気がしてきた。どこらへんで間違っちゃったんだろ」
創「多分、剣君の歯ブラシ使ってもいいって言ったところじゃないか」
雪也「お、俺は使ってもいいなんて言ってないよ(焦)!」
涼一「……おい、そこ。何を2人でこそこそ喋ってんだ!? あーあー、はいはい、分かってるよ、冗談だよ冗談! ぜーんぶ冗談! だから俺は雪のそういう嫌そ〜な顔に心底傷つくって、何回言わせるんだ!?」
雪也「ご、ごめんっ」
創「だからそこで謝っちゃ駄目なんだって」
涼一「創、テメエ煩ェぞマジで! もう問題は解決しただろ!? 帰ろうぜ、雪!」
雪也「う、うん…。創、ありがと、じゃあ……」
創「何? 桐野君、今日も剣君ん家に泊まるの?」
涼一「だったら!?」
創「別に。ただ君もいい加減、性質の悪い冗談は控えた方がいいよ」
涼一「…ったく、むかつく奴だな〜! 行くぞ、雪!」
雪也「うん。あの、本当に冗談なんだよね?」
涼一「しつこいな〜雪は! 粘着系!?」
雪也「ど、どこが!? あ、帰る前にコンビニ寄ってよ、新しい歯ブラシ買わないと――」
涼一「はいはい、赤いラインの歯ブラシ買ってやるよ」
雪也「そ! それじゃどっちがどっちか分からなくなるじゃ――」(言いながら無理やり背中を押される雪也は店の外へと消えて行く)

創「……結局」
那智「あ、あれ? 桐野さんたち、来ていなかった? お茶を淹れたんだけど」
創「もう帰ったよ」
那智「そうなの。……でも今創、何か言いかけてなかった?」
創「うん…。まぁ、結局、《普通の感覚》なんて、強い立場の人間が好きに出来ちゃうものなんだなって」
那智「へ?」
創「ともすれば、世の中の常識なんて当てにならないもんだ……」(そして深い思考に陥る創であった)




【完】


錆シリーズはもう全てくだらない話でいこう!