新しい毛布



  静司がカンナに意を決し告白してから半月の時が経っていた。その間、カンナは仕事が立て込んで休日出勤が続いたし、静司の方も秋季大会やその為の練習が連日続いて、なかなかいつものように寮を抜け出しカンナ宅へ押しかける、ということができなかった。
  それでも、静司が告白してキスをして。
  2人の間の距離は確実に縮まった――と、静司はそれなりの「手応え」を感じていた。静司が、カンナを独りにはしない、自分がずっと傍にいると言った時、カンナはそれに感じ入ったように見えたし、何より静司が何度も仕掛けたキスを嫌がらなかった。それにカンナは「俺も好き」とか、「なら付き合ってもいい」といった確固たる言葉こそくれなかったが、あれ以降、連絡が増えたし、静司からするラブコールにも嫌な態度は示さず、むしろそれを歓迎しているように、少なくとも静司には感じられた。告白直後に会えなくなったのはタイミングが悪かったが、良い風に捉えれば、その時間は互いの想いを一層強くしたような…そんな風にも思えたのだ。

  そうして遂に会えることになった、ある休日の昼下がり。

「うーん…」
  外で会う時の待ち合わせ場所、県立公園の噴水の前で、静司は腕組みをした格好で真剣に思案していた。
  今日の約束はれっきとした「デート」だと思う。静司が告白してから初めてのデートだ。しかもそれを提案してきたのはカンナの方であり、言い方こそ「今度の休み、空いたから付き合えよ」というぶっきらぼうなものだったが、静司にしてみればそれは天にも昇るほど嬉しい誘いで、断る理由はどこにもなかった。むしろ例え部活の練習があったとしても、仮病でも法事でもどんな嘘をついてでも駆けつけたと思う、それほどには、静司はもうカンナに会いたくてたまらなかった。
  カンナもそうであったら良いと思う。
「けど…うーん…」
  しかし一方で静司は首を捻り、今回のデートの目的について再び想いを巡らせた。カンナが言いたいことは分かる。けれど「それ」は嬉しくも、やっぱり「複雑」だった。
「静司!」
  そうこうしている間にカンナがやってきた。まだ待ち合わせ時間より15分も早い。
  静司が立ち上がって「早いね、何かあった?」と訊くと、カンナは家から駆けてきたのだろう、荒く息を継ぎながら開口一番「ばかっ」と言った。
「お前が早過ぎんだよッ! もしかしてって思ったけど…、お前、待ち合わせする時、いっつも俺より早く来てんだろ! 一体いつから待ってたんだよ!?」
「え……まぁ、そんな…うん、そんな、待ってないよ?」
「嘘つけ! いいから正直に言ってみろ、いつからここにいる!?」
「……30分前くらいかな」
  本当は1時間前にはここにいたがそれは伏せておき、静司は困ったように頬を掻いた。
  するとカンナはとりあえずその嘘を信じ、心底呆れたように深く息を吐いた。
「……お前、ホントばか。そんななら、うちに来れば良かっただろ。そんな薄着で…風邪引いたらどうするんだ」
「大丈夫だよ、俺、めったなことでは風邪ひかないから」
「ああ、ばかだからか!」
  相変わらずの毒を吐いた後、カンナはまじまじと静司を見上げ、「それで」と途端真面目な顔になって言った。
「何で、変な顔してたんだよ」
「え?」
「お前。今、腕くんでこう…何か、変な顔してたぞ」
「そ、そう? 別に、これがいつもの顔なんだけどっ」
「何か悩んでただろ」
  カンナは人の感情の機微にとても敏感だし、相手のことをよく見ている。恐らくカンナの出自がそういう性質を育てたのだと思われるが、静司はそういうカンナを凄いなと思う一方で、だからこそあまり心配をかけたくなかった。
  だから努めて「いつもの」笑顔になって、静司は「何でもないよ」と明るく返した。
「やっとカンナに会える日だから、何して過ごしたらいいかなって考えていただけ。折角のその、デート、なわけだし」
「はぁ!? なな、何言ってんだよ…!」
「えっ!? だ、だって…デート、じゃないの…?」
  カンナの露骨に嫌そうな顔に、静司は率直に傷ついて素っ頓狂な声を上げた。
  静司にしてみればこれはれっきとしたデートである。今さらただの遊びなどと言われたらショックもいいところだ。
「……じゃあ、いいよ、それでも」
  けれどカンナは静司の蒼白な顔を見て途端声のトーンを落とし、そんな風に返した。しかも静司がそれに「え」と言うと、たちまち顔を赤くして足早に歩き始める。
「何だっていいから、さっさと行くぞ!」
「え、ちょっ…カンナ?」
「今日は大荷物になるからな、覚悟しておけよ。ていうか、お前、何だよそれ! 買い物するって言っただろ、邪魔くさい!」
「あ、だって、手ぶらで行くのも悪いかと思って。寮の宴会で野菜たくさん余ったし…カンナと、鍋しようと思って」
  買い物袋をがさがさとさせながら静司は慌ててカンナの横につき、言い訳のようにそう答えた。
  そう、静司は今日のデート、カンナからは最初から「買い物に付き合え」と言われていた。しかも、「金を払わせようってんじゃないから、そっちの心配はしなくていい」とわざわざ付け足され、「帰りに飯くらい奢ってやる」とも言われた。つまり静司が何を計画しなくとも、カンナの中で今日1日のプランはそれなりに出来上がっているようなのだ。
  ただ、静司としてはカンナに全部払わせてのデートなど気が進まないし、ましてや折角の2人きりのチャンスなのに、外で食べるなど不本意だった。だからわざわざ「余り物」などと言って遠くから野菜まで運んできたわけだが…。
「ご、ごめん。カンナは、鍋は嫌?」
「別に」
「でも、外で食べたいとか…」
「別にいいよ、お前が家で食べる方がいいなら。俺も、どっちかっていうとそっちの方が落ち着くし、好きだから」
「よ、良かった!」
  心底からそう言うと、カンナはようやくちらと自分の横に並ぶ静司の顔を見上げて、やや不思議そうな顔をした。
「ところでお前、何でそんなびくびくしてんの」
「え!? い、いや別に…っ」
「ふうん」
  変な奴、と。カンナは口元で呟いたきり、しかしそれ以上は追求してこなかった。
  静司の心臓はそれだけで妙にドキドキした。自分の不埒な下心を見抜かれたような、そんな後ろめたい気持ちが胸の奥でツキンと響いた気がした。



  カンナが静司を連れだって訪れたのは、食品から衣類、電気製品や家具、はては園芸用品まで、およそ普段の生活に必要と思われるものを幅広く取り扱う巨大なショッピングセンターだった。休日の昼下がりということもあってそこは多くの人で賑わっていたが、そこから迷わずカンナが進んで行った先、寝具を取り扱うコーナーはさほど混雑していなかった。
  カンナはつっと一巡りして、ベッドや敷き布団、毛布や枕等を見て回った後、やっと背後の静司を振り返って訊いてきた。
「お前、こん中のどれがいい?」
「え? 布団?」
「そう。まぁどれもそんな大差はないと思うけど、やっぱり値段が良いやつの方があったかいのかな」
  その弾力を確かめるように商品に触れていたカンナは「これ、すごいイイ感触」と感心したように呟いた。
「カンナ、今の布団じゃ寒いのか?」
  確かにカンナの家にある布団はいわゆる「せんべい」で、お世辞にも良い代物には見えなかった。毛布もヨレヨレ、掛布団もぺしゃんこだ。まともに干す時間も、そもそも場所もないから仕方がないと言えばそれまでだが、自分がもっと気遣って毛布の一枚も運んでくるべきだったと静司は悔やんだ。
  けれどカンナはここで静司が想いもしないことを言った。
「違うよ。これはお前の布団」
「え?」
  静司が驚いて瞬きすると、カンナはさも当然と言う風に応えた。
「だってこれからどんどん寒くなるし、さすがにこれまでみたいに、その場で雑魚寝はきついだろ。俺んちには布団一式しかないんだから」
「………」
「……何? べ、別に、お前が泊まりに来ないなら、こんなもん必要ないけどっ」
「えっ!? いいいや、違うよ!? 泊まりには行くよ、絶対行くっ!」
「ば、ばかっ。いきなり、でかい声出すな…!」
  きょろきょろと周りを見ながらカンナは頬を赤らめて怒った。しかし静司にしてみればカンナのその「照れ」は「可愛い」以外の何物でもなく、その気持ちのまま抱きしめられないことに猛烈な焦燥を抱いた。
「カンナ…どうしよう、俺いま、猛烈に感動している…」
「はぁ…っ? ったく、大袈裟なんだよ、いちいち…。いいからさっさと選べ。どれがいいんだ?」
「カンナがいいやつで」
「お前が使うんだぞ?」
「新しいのはカンナのでいいよ。俺は家にあるカンナの布団を使わせてもらうから」
「そう言うと思ったけどな、それは駄目だ。これは客人用として買うんだから」
「客?」
  その言い方に多少の不満を抱いたものの、静司は「カンナの照れ隠しだ」とポジティブに解釈し、テンションを上げたまま「じゃあ」と悪戯っぽく笑った。
「このOK枕も一緒に買っていい?」
「ばかっ。調子にのんなッ!」
「はは…やっぱ駄目か。ねえでも、枕は良いとして、どうせなら毛布はカンナの分も一緒に買おう? そっちは俺が出すから。このハートマークついたのなんてどう?」
「何だよその悪趣味な模様……お前、はしゃぎすぎ! キャラ変わってんぞ!」
  確かに静司ははしゃいでいた。それにカンナは思い切り引いて見せたが、それに怒って「やっぱりこの話はなし」とか、「ふざけるな」と言い出したりはしなかった。
  カンナ自身、満更でもなかったのかもしれない。誰かと一緒に自分の家で使う布団を選ぶなど、これまでの人生で初めてだったに違いない。その相手が自分だということに、静司は有頂天だった。
  会計の際、カンナが全額払うか、静司の懐から折半するかで多少の諍いはあったが、結局鍋の材料と酒の買い足しを静司持ちにすることで両者は合意した。折角久しぶりに会えたのに、無駄に喧嘩して貴重な時間を潰したくない――互いがそう思ったからこそ、その言い合いもすぐに収まったのだろう。
  帰り道も、会わなかった互いの生活の話をしていたらあっという間だった。
  静司はカンナの隣にいることにこれ以上ない幸せを感じた。



「お前、何してんの?」
  だから静司は特に何の考えがあったわけでもなく、その幸せを持続させたまま、担いで持ち帰ってきた布団と毛布を、いそいそと狭いアパートの一室に敷き始めた。
  カンナはそんな静司の所作に呆れたような顔を見せた。
「もう寝るのかよ? まだ夕方前だぞ」
「違うよ、ちょっと敷いてみるだけ。やっぱ良いの買って良かったよな。すごいふわふわしてる。カンナものってみなよ」
「カバーとるなよ、ジーパンでのったら汚れるだろ」
「え〜。カンナ、そういうの気にするんだ?」
「当たり前だ、新品だぞ!」
  カンナは冷蔵庫に買ってきた肉を入れながら、布団の上にのってトランポリンのように弾んで見せる静司を親のように叱った。静司はそれで一瞬はしゅんとなったものの、めげずに毛布を包んでいた包装紙を破り、暖かいそれを頭からすっぽりとかぶってみた。肌触りも良く、最高に心地よい。肉体的な温もりとは別の嬉しさで、自然身体がぽかぽかしてくる。
「あー、もう。だから外着のまま布団使うなって」
  カンナがそんな静司を見て、また注意してきた。
「やるなら寝間着になってからやれ! そこに新しいの入ってるから」
「え?」
  目をぱちくりやりながら毛布から顔だけ出した静司は、傍に寄って来たカンナを不思議そうに見上げた。するとカンナはどこかバツの悪い顔をして、いつもの恥ずかしさをごまかす時にやる癖――ふいと横を向いて口を尖らせた。
「この間の給料日に買っておいてやったから…。もうTシャツで寝る季節でもないだろ」
「カンナ…パジャマまで?」
「パジャマっていうか、ただのトレーナーとジャージだけど」
「ありがとう! すごい、嬉しい!」
  がばりと毛布を取って静司は心から礼を言った。カンナはそんな静司をちらっと見た後、少しだけ頬を緩めた。
「カンナ…」
  静司はもういてもたってもいられず、身体に被せていた毛布を再び片手で持ちあげて中を開け、カンナを誘った。
「ほら、カンナも来なよ」
「はっ? 何で?」
「あったかいから。ね?」
「だから、折角新しいのに――」
  言いかけたカンナは、しかしふらふらと歩み寄って結局静司の言う通りにした。直前になって一瞬は躊躇うような所作を見せたものの、静司がもう一度毛布を大きく開くと、素直にその中へ身体を入れる。
「カンナ!」
「ばっ…」
  静司がそのまま毛布ごと抱きしめると、カンナは突然のことに息を詰まらせたようで、忽ち暴れて顔を出し、そのまま静司の頭をべしりと叩いた。
「急にやるな、ばか!」
「ご、ごめ…っ。でも、あんまり嬉しかったから」
「ったく…」
  静司が項垂れて従順に頭を下げると、カンナはため息をつきながらもすぐに許した。今日のカンナはとことん優しい。静司はそのことをひしひしと感じながら、改めて毛布を持ち上げ、自分も一緒にカンナとその暗闇の中に身を入れた。
「昔、こうやって妹と遊んだことあるよ」
「遊び?」
「うん。秘密基地ごっこ。毛布の中って何か不思議だと思わない? 暗くて狭くて息苦しいのに、何か面白いの。別の世界があるみたいな感じがしてさ」
「変なの」
「そ…そうかな? カンナはそういう遊び、したことない?」
  静司が訊ねると、カンナは何ということもないように首を振った。
「ないな。施設では二段ベッドの上で、そこ天井が異様に低かったからさ。上体をずっと起こしていられない。頭がついちゃうからきついんだよ。寝床なんて、ただ横になる為だけの場所だった」
「そう、なんだ…」
「そこで何でお前がそんなしょげるんだよ」
  カンナが少し笑って静司の頬をこづく真似をした。暗闇でもカンナのそうして微笑む姿が見えて、静司は途端どきりとした。だから差し出された手をそのままそっと取って、静司は自身の欲望のまま、カンナの手首にキスをした。
「……っ」
  カンナはそれにびくんと身体を揺らしたものの、嫌がりはしなかった。それで静司はますます心臓の鼓動を速めながら顔を寄せ、「カンナ」と呼びながら唇を近づけた。
  カンナは一瞬身体を引いてみせたが、やはり逆らわなかった。それを確かめてから、静司はカンナに口づけた。
「…っ」
  慣れない様子で、カンナが強張るのが分かった。それでも静司は止めることが出来ず、二度、三度と啄むようにカンナの唇に自らのそれを重ねた。嫌がらない。カンナは嫌がっていない。それをゆっくり何度も確かめながら、静司はどんどん熱くなる身体を必死に抑えながら、努めて遠慮がちにカンナの腕を擦り、もう片方の手はカンナの頬へ添えて、さらに深い口づけをした。
「んっ…ん…」
  カンナのくぐもった反応が聞こえて余計に興奮した。息苦しさで半分開かれた唇にさらに煽られて、静司は自らも口を開いてカンナと角度を変えた口づけを堪能し、舌をも差し入れた。カンナが驚いたようにそれを押し返そうとしたが、この時はやや強引に我を通してカンナのそれを捕まえた。
  すると大人しくなったカンナは、やがて自らも誘うようにして静司の舌を受け入れた。
「ふ…ん、ん…」
「はぁっ…カンナ…」
  外界の景色が遮断されて狭いそこだったから、互いの躊躇いも捨てられたのかもしれない。静司はいつもの臆病さを、カンナは恥じらいを外へと置き去りにしていた。だから静司がカンナの身体に触れ、上着の中に手を差し入れても、カンナはそれを責めはしなかったし、逆にもっとという風に口づけを強請ってきた。
「カンナ…」
  何度目かの息を吐いて、静司はカンナを呼んだ。カンナの身体をまさぐった先に見つけた胸の飾りに指を這わせると、カンナは小刻みに身体を揺らし、「お前…」と小声で訊いた。
「男の俺のなんか…触って、楽しい?」
「うん…。だってもう駄目…俺…下…ごめん…」
  いつの間にか張りつめてしまった下半身を示唆して静司は謝った。カンナへの欲望を止められずに顔だけでなく全身が朱に染まっているのが容易に分かる。カンナへの口づけもやめたくなくて、再度下から窺いを立てるように何度も小さなキスを繰り返す。
  けれどカンナもそれをあっさり受け入れてきた。それは静司にしてみれば信じられない、まるで夢のような出来事だった。
「カンナ…いいの?」
「何が…もう喋んな…。それに、お前だけ触ってんじゃねえよ…」
  熱にうなされたような掠れ声でカンナはそう言った。そうして静司のズボンのジッパーを下ろし、下着の中からすでに相当張りつめているような静司の性器に絹ごしから触れて、それを何度も繰り返した。
「はっ…カ、カンナ…」
「煩い…。声聞くと恥ずかしくなるんだから言うなって…」
「あ、うん…でも…っ。はあ…俺も…なら、カンナに触りたい…」
  猛烈な刺激に翻弄されながらも、静司は自らも性急にカンナのズボンに手をかけた。カンナは嫌がらない。むしろそれを手助けするように腰を浮かし、ズボンを下げるのを手伝った。それに乗じて静司がさらにカンナの下着を半分ずらすと、目当てのものはすぐに顔を出した。静司は眩暈がした。取り出したカンナの性器も自分と同じ、すでに欲を出して勃ち上がっていたから。
「あんま見るな…」
  カンナは言いながら、また自分から唇を寄せて静司に口づけてきた。静司はそれを驚きと共に受け入れながら、やがて積極的に自分も口を突き出し、カンナのそれを吸った。挑み合うようにして続けると、互いの唇からどちらとも取れぬ唾液で口の端が濡れた。
「気持いい、カンナ…」
「はぁ…俺も…静司、もっと…」
「うん…っ」
  カンナは静司の、静司はカンナのモノを互いに激しく扱き合った。それだけで足りなくなると、双方の身体を擦りつけ合ってそれらを高め合うこともした。静司はカンナのそれと重ねあわせているだけで今にもイきそうだったし、カンナもまた快感による先走りの滴を浮かべていた。
「あ、あ、あ…」
  性器を擦る度にカンナの唇から漏れる嬌声も愛しかった。だからその声をずっと聴いていたいのに、静司は何度となくその唇を塞いでは合間に「好き」、「可愛い」と連呼した。
「はっ、はぁ、はぁ…だ、から…も、喋るなってばっ…あ、んぅっ!」
  カンナはその度に怒ったが、殆ど聞き取れない声に威力は皆無だった。静司は調子にのり、カンナの露わにした胸の粒に指を這わせ、何度もそこを押し潰しては唇を寄せて舐めもした。その度にカンナはまた小さな悲鳴を漏らし、そして喘いだ。
「カンナ…カンナ…」
  どれだけ激しく擦り合ってもまだ足りない。もっと深く繋がり合いたいと想いながら、静司は大きな体躯を寄せてカンナを覆い、最後には自ら腰を振って互いの極みを求め激しく揺さぶりをかけた。
「あ、あ、もッ……ひ―…ッ!」
「く…ッ」
  カンナが白濁を噴き出した後、静司も間もなくそれに続いた。ハアハアと激しく息をつく。身体の火照りが止まらない。いつの間にか暗闇の空間を作っていた毛布は全てはだけてなくなっていたが、寒さなど一筋も感じなかった。
「折角新しい…毛布、だったのに」
  カンナががくりと手をついて静司を責めた。カンナも積極的だったじゃないかと思わないでもなかったが、静司はそんな風に意地を張る「恋人」がただ愛しくて、優しく抱きしめた後は何度もその小さな頭を撫でて、そこにキスした。
「大丈夫。汚れてないよ」
「静司」
「ん?」
「……静司」
「どうしたの?」
  呼ぶものの、何も言わない。カンナのそれに怪訝な顔をして、静司は自分の胸の中にいるカンナを覗きこもうと、顔を下げた。
  けれど自らもしがみつくようにして静司にしなだれかかるカンナの顔は見えなかった。静司はそれを惜しいと思いながら、仕方なくカンナの頭を撫で続けた。
「どうしたの、カンナ。……嫌だった?」
「……ちがう」
「良かった。……でもごめん。いきなり」
  告白をしてから初めての「デート」だったし、「こういうこと」を期待しないではなかった。ただ2人きりになっていきなりとは、さすがに考えていなかったし、キスを始めただけでああまで性急に身体が動くとは、我がことながら静司は予想することができなかった。
「カンナとキスしたら我慢できなくなって…本当にごめん」
「ばか、謝るな。嫌だったら嫌だって言うよ……ちゃんと」
「う、うん」
「お前と会うの、久しぶりだったから」
  カンナが言った。そろりと顔を上げてくれたのでやっとその表情を見ることが出来、静司は安心した。本人が言う通り、カンナに怒りはない。しかしそこにはむしろ怯えのような、恐る恐るといったらしくない瞳がちらついていた。
「カンナ?」
「お前が俺のこと好きって言ってから、全然会えなかっただろ。そりゃ…俺が忙しかったりして断った時もあったけど、お前はお前で忙しかったし。あれから大分経ったから…もしかしたら、この前の話ってなしになるかもって思ってた」
「え……ええ? ちょっ…かっ、何それ――」
  静司が焦って目を剥くと、カンナは少しだけ苦笑して「ばか」とまた言ってから再び静司の胸に顔を擦りつけた。静司はそれだけでどきんと胸を鳴らしたが、カンナはそれに構うことなく1人で喋り続けた。
「とち狂って告白したけど、大学帰ったら我に返ってさ…やっぱりやめたって思っても、そんなの当然だし。そうなっても俺は驚かないって何回も言い聞かせてた。だってやっぱりおかしいもん。お前が俺のことを好きなんて」
「好きだよ! カンナだけが好きなんだよ、俺は!」
  悲壮な顔で静司は告げた。再度の告白。まさかあの決死の想いをそんな、「とち狂った」などという言葉で扱われるなど不本意にもほどがあった。さすがの静司もカンナを怒りたくて、自然カンナを抱きしめる手にも力がこもった。
  するとカンナはそれを静かな表情で受け止めながら、「ごめん」と素直に謝った。
「俺って自分で思っていた以上に人間不信なのかも…そう思ったよ。そのくせ、お前がホントにいなくなったらどうしようって思って……寝間着も布団も用意してさ…ばかみたいだろ?」
「カンナ……」
「笑えば? 散々お前のこと、きつく言ってたのに、お前頼ってるみたいになって。情けねーの」
「頼ってよ!」
  ほとんど条件反射的にそう言い募り、静司は今度こそしっかりとカンナと目を合わせて力強く言った。
「俺のこと! 頼って欲しい! 俺のこと信じて! それが無理なら、信じられるまで傍に置いて! 俺がカンナからは離れられないこと、カンナは分かってなさ過ぎる!」
「だからごめんって謝っただろ」
「足りない! 布団買ってくれて、俺、有頂天だったのに! だからこんな…カンナの気持ち確かめる前にやっちゃったし! ホントは俺、この間の返事もっとちゃんともらいたくて、今日会ったらちゃんと話そうって、そう思ってたのに!」
「返事って」
  きょとんとするカンナに心底焦れながら静司は大声を出した。
「俺、カンナを好きって言っただろ!? 俺はカンナと一緒にいたいんだよ、ずっと!  つまり、カンナと恋人になりたい、だからカンナはどうなのかって、OKなのかどうかって、俺がそういう目でカンナを見続けて、その上で傍にいてもいいのかって、訊きたかった!」
  自分でも何を言っているのかよく分からないままに、静司は一生懸命まくしたてた。もうヤケクソだった。今までは遠慮したり怖かったりで言えなかったことがどんどんと出てきていた。
  カンナはそんな静司を半ばぽかんとして眺めていた……が、やがて思い切り微笑んで、けれど一方ではどこか泣きそうな顔で、静司にまた「ばか」と言った。
  そして。
「こんなことまでしてから、今さら何言ってんだよ。そんなの…訊くまでもないだろ」
「……え?」
「なぁ腹減った。鍋の支度しようぜ」
  その前にお前はこの布団と毛布をどうにかしろ、と。
  カンナは言った後、自分はさっさとティッシュで残った精液を拭き取り、はだけていた服を整えて立ち上がった。反して、静司はいまだみっともなく息子を剥き出しにしたままだ。しかしそれに気づけても、静司は身体を動かすことができかった。
  驚きと喜びと。
  訳の分からない感情と。
  それらがごちゃまぜになって、静司の身体は金縛りにあっていた。
「カンナ……好き……」
  ただ静司は口元でそう呟いた。幸い、カンナにそれはすぐに届いた。振り返りざま、困ったように笑ったその顔は、静司にとって天使の笑みそのものだった。
「好きだ…」
  その笑顔を脳裏に焼き付けながら、静司は傍に放置していた毛布を手繰り寄せ、もう一度それを頭から被った。身体が熱い。早くこの火照りを収めなければ、そう思う一方で、静司はまた今すぐにでもカンナと深く繋がりたいと強く思った。今度はさっきよりももっと強く、そして激しく。カンナは怒るだろうか? それでも止められそうにない――そんなことを考えながら、静司はその望む「映像」に赤面して、カンナに見られないよう、守られた暗闇に身を包んだ。