君を中心に世界は回る2



  ―2―



  それから一か月ほどすると、俺も大分この新しい生活に慣れてきた。
  友だちは……相変わらずできないけど、露骨に避けられたり、因縁をつけられることはない。元々良家のお坊ちゃんが多い学校だし、ちぃ兄ちゃんと智将という、「有名人の弟」ということで、どこか距離を置かれながらも、時々は下心ありきで親切にしてもらえることもある。ただ、徹底的に近づく人間がいないのは、多分ちぃ兄ちゃんなり、智将なりが「無駄に千里に近づくな」的牽制を裏でしているからだと思う。
  不良をやめても、2人と離れられない限り、俺に普通の高校ライフは訪れない。おまけに、中学時代にサボったツケで、学校の勉強が全然分からない。まだ高校に入って一か月しか経っていないのに、基礎がないせいか、初っ端から授業についていけないのだ。これは我ながら打撃が大きかった。先生たちも補習プリントをくれたり、夜にちぃ兄ちゃんが教えてくれたりしたけど、「俺は落ちこぼれ」という劣等感だけはどうしようも出来ない。
  ただ、そんな中でも、良かったこともあった。
  それは、勉強ができないお陰で「妄想君」こと火野未来と話せるようになったことだ。

「なぁ未来。さっきの問2のとこ、教えて欲しいんだけど」
「ふざけんじゃねえ、誰が」
「だって、分からないところは未来に訊けって先生が言っていただろ」
「何で俺が教えなきゃいけねーんだ。俺は嘘つきとは口きかねーつってんだろ」
「まーたその話かぁ。未来って意外に根に持つよな。ちっちゃい男は嫌われるぜ」
「誰がちっせーんだ、誰が! お前よりはでかいわ!」

  ムキになってガッと牙を剥く未来に、俺は可笑しくてわははと笑った。
  この一か月、誰も彼も俺とは適度な距離を置く中、この未来もそれは例外じゃなかったけど…荒っぽいながら、話しかけてまともな返しをしてくれるのはこいつだけだった。
  未来は当初、俺が氷上兄弟の弟と知って、「何で隠してやがった!」と大変お怒りになった。なって、当然の如く「彼女のこと」を訊いてきた。まさか「それは俺だよ」と言うわけにもいかないので、そこは適当に「親戚の従姉」とごまかしたものの、その彼女に「監禁」という事実はないことや、今は遠くの学校へ行っているというホラ話は信じられなかったようで、「所詮お前もあいつらと同じ敵」と、最初の1、2週間は本当に目の敵にされていた。
  しかし、初日に寮部屋の割り振りで俺のことを気遣ってくれたように、未来は元来優しい性格の持ち主だった。何だかんだで、友だちのできない俺を憐れに思ってくれたのか、話しかければ悪態をつきながらでも答えてくれる。勉強で遅れている俺をフォローするよう担任から直々仰せつかった時も、「絶対嫌だ」と言い張りながらも、何だかんだと見てくれている。面倒見の良い奴なのだ。
  そんな未来は、俺だけではなく、クラスの人気者だった。言い方がぶっきらぼうだし、見た感じが不良で怖いので、最初こそ敬遠されていたが、お坊ちゃん連中にとって、逆に未来のような存在は憧れに近いものがあるらしい。
  しかも、そんな未来がクラスの委員で買って出たのが「生物係」で、教室で飼っている金魚や、校庭のうさぎを可愛がるとあっては、皆が未来に親しみを持つのも当たり前だった。
  そしてそれは勿論、俺も同じ気持ちだ。
  だから、未来とは友だちではない(と言われている)けど、こうして隣の席で一緒に話せて楽しいし、嬉しいと思っていた。最近では特に。

「お前と喋ってると、お前の兄弟がうぜーんだよ」

  しかし、放課後。
  何だかんだと俺の居残り用プリントを見てくれていた未来がぼそりと言った。俺がはっとして顔を上げると、未来はプリントに目を落としたままの姿勢で続けた。
「兄貴も厄介だけど、氷上智将の方もな…。あいつ、態度が軽くて柔らかい感じで口きくから一見分かりにきーけど、実は兄貴の千尋よりやばいかもしんねえ。この間なんて、俺のこと階段の踊り場で後ろから蹴りいれてこようとしたし。避けたけどな」
「えっ…。ご、ごめん!」
  智将の奴、何てとんでもないことを…! 下手したら殺人だぞ、それ。
  でもそれを聞いて途端蒼褪める俺に、未来の方が慌てて椅子から背を浮かしながらまくしたてた。
「ま、まあ、声かけてからやろうとしたし、本気じゃなかったと思うけどな。……ただ、お前に近づくなって言うからよ。俺は近づいてねー、千里の奴が勝手に来るんだって言ったら、余計キレてやばかった」
「本当にごめん。智将にはよく言っとく」
「言っても無駄じゃねえ? 何つーか…。お前の兄弟って、お前への態度、異様っつーか」
「うん…」
  考え込む俺に、未来は一つ間を置いてから訊いてきた。
「ブラコンって言っても限度があるだろ。昔からそうなのか」
「どうかなぁ…。智将は、昔からかな。生まれた時からかな」
「はぁっ? マジかよ」
  思い切り引きつった顔をしながら、未来は口の端を引き上げた。俺もそれにつられるように引きつり笑いをした後、何だか改めて他人にそれを指摘されて恥ずかしくなり、俯いた。
  そうだ。確かに、俺の兄弟はおかしい。
「智将とは双子だから、ずっと同じ服着たり、同じ習い事させられたりで、常に同じ行動取ってたからさ。よく分かんないけど、一緒にいるのが当然みたいに刷り込まれたのかもしれないな。とにかくあいつは、昔っから俺にひっついて離れない。ちぃに…兄貴の千尋は、昔はまだあんな感じじゃなかったんだけどね。いつからか、智将が俺にくっつくと引っぺがす役やるようになって―…」
  そこまで言いかけて俺はふつりと黙りこんだ。よく分からないけど、何か引っ掛かりを感じて。
  未来はそんな俺に気づかなかったようで、「ふうん」と反応した後、手にしていたシャーペンを器用にくるくる回した。
  そして何気なく言う。
「あのよ…。お前んちにいた彼女のことだけど」
「えっ!?」
「……っ。急にでけー声出すなよ!」
「ごめん! か、彼女って…?」
「従姉だよ、従姉。あの…あの部屋で、ピアノ弾いて歌ってた」
「あ、ああ…。未来が、一目惚れしたって彼女ね」
「……そうなんだけどよ」
  未来は何事か考えた後、ふっと真面目な顔になって俺のことを見据えてきた。
  その視線に俺は途端どきんとした。未来はいつも怒鳴ったり焦ったり照れたり。実に表情豊かな奴だけど、こういう顔はあまり見ない。真剣な未来の顔は凛々しくてカッコ良く、男の俺でも「こいつ、モテるだろうな」なんて思える、イイ顔だ。
  他のクラスメイト同様、俺も未来の人柄には大いに惹かれている。それで、この顔はさらに「まずい」と何となく思う。
  何がまずいのか、はっきりとしたことまでは分からないけど。
「な、何?」
  それでも何とか聞き返すと、未来の方もいやに戸惑った風に言い淀んだ。
「あ、ああ…。その……俺、最近思ってることがあんだよ。この間…音楽の選択授業あっただろ。そん時、お前歌ってたけど…その…」
「う、うん…?」
「お前さ……実は、お前が……」
「……な、なに?」
「………」
  けど、未来はそこで急にしんと押し黙った。長い。もしかするとたった数秒だったかもしれないけど、俺にはいやに長く感じた。
  そしてそれに耐えかねた俺が遂に自分から口を開こうとすると、未来は突然バン!とプリントを机に叩きつけておもむろに立ち上がった。俺が何事かとぎょっとして目を見張ると、未来は顔を赤くして「うさぎ!」と叫んだ。
「う、うさぎ!?」
  一体何を言い出すんだ。俺が訳も分からずそれを繰り返すと、未来は「ああ!」と頷いて窓の方を指さした。
「うさぎの【ミカン】に、餌やるの忘れてたから、やってくんぜ!」
「え!? あ、ああ、そう…?」
「おまっ…お前も来るかッ!?」
「俺? ああ…、あ、でもプリント…まだ終わってないし」
「そ、そうか…」
  見るからにがっくりした未来に、俺は凄く胸が痛んだ。
  けど、それと同時に嬉しかった。もしかしなくても、俺は今「遊びに誘われた」も同然じゃないか?と。いや、うさぎの餌やりは未来の仕事かもしれないけど、でも何かに誘われるという経験が俺には圧倒的に少ない。ここ数年、喧嘩に誘われた以外で何かあっただろうか?というのが正直なところである。
「やっぱ俺も行きたいから、行こうかな?」
  だから俺はついそう言って未来の反応を窺った。
「ホントか!?」
  すると未来もパッと顔を明るくしてそう返してきた。俺はそれにますますテンションが上がって喜びが沸いてきて「うん」とすぐさま頷こうとした――……んだけど。

「千里」

  あの氷のような声がそれを止めた。
  そうだった。いつでもそうなのだ、この人は。別に相手が智将じゃなくてもそれは関係なく。
  俺がギギギと硬くなった首を教室の入口へ向けると、全くどういうセンサーがついているのか、そこにはやはりちぃ兄ちゃんが立っていた。そして言った。
「ミカンが何だって?」
  ご丁寧に俺の手元のプリントを顎でしゃくる仕草をしながらそれだ。
  だから俺は、「何でもありません」と答えるしかなかった。

「バレたね」

  未来が去った教室に入れ替わりでやってきたちぃ兄ちゃんが、俺の居残りプリントを手にしながらさらりと言った。
  俺がそれに黙って顔を上げても、ちぃ兄ちゃんはこちらを見ない。
「お前のことがバレたって言ったんだよ。時間の問題だと言っただろ。しかもあのタイプは、あれが男のお前だったとバレたところで、ああいう風に転ぶことは分かり切っていた」
「何? ああいう風って」
「お前に好意を抱くってことだよ」
「そうなの?」
  ぶすくれて返すと、ちぃ兄ちゃんはここで初めて俺を見た。
「ここで言う好意って言うのは、性的興奮を感じる対象としての好意だよ。千里は分かる? この意味が」
「まぁ言いたいことは分かるけど、それはないでしょ」
  俺が答えると、ちぃ兄ちゃんの手元がぴくりと揺れたのが視界の端に映った。
「何故そう言い切れる」
「未来は兄ちゃんたちとは違うよ。至って普通の奴なんだから。ちょっと妄想激しいのはアレだけど、もしもあの時のあれが俺だって分かったとしても、ちゃんと話せば――」
「話せば?」
  ふふっと馬鹿にしたように笑って、ちぃ兄ちゃんはプリントを投げ捨てた。俺はそれにびくっとしたけど、別に怒りの沸点はそこじゃなかったらしく、ちぃ兄ちゃんは珍しく「ああ、ごめん」なんて謝ってから、勢いで下に落ちたプリントの一枚をすぐに拾った。
  それでもこの話自体は終わらせる気がないらしい。
「千里は、昔っから、自分のことがよく分かっていないよな」
「何それ」
「智将は何でああだと思う」
「智将?」
  あれ、話題が変わるのか。俺は怪訝に思って眉をひそめた。
  するとちぃ兄ちゃんはわざと俺から目を逸らしているのか? わざとらしくプリントに目を落としながら、何気ない感じで言った。
「お前に対する態度だよ。今でこそ、俺とお袋とで無理に仕事をやらせるよう仕向けたから、お前と離れている時間も増えたけど。何をするのも、何処へ行くにもお前を必要として、『千里がいないと生きられない』なんてガキみたいに喚き出す。しかもそんなお前が、他の奴に少しでも気持ちを移すと逆上する。あれを異常と言わずして何と言う?」
「え? ……ちょっと待った。何? 何それ、智将がモデルやっているのって…」
  俺が驚いて聞き返すと、ちぃ兄ちゃんは珍しくため息なんかついてみせた。わざとらしいため息ならいつもつくけど、今のは普段のそれとはちょっと違って見えた。
「あいつが好き好んでお前と離れるようなこと、やりたがるわけないだろ? …まぁ、あいつ馬鹿だから? 俺に対抗意識を燃やしたところもあったかもしれないけどね」
「え、何、え?」
  俺が展開についていけずハテナマークを飛ばし続けても、ちぃ兄ちゃんは「まぁ今はそのことはいい」と斬り捨てた。俺にとっては全然全く良くなんかないのに、詳しいことを語る気はないらしい。いつでもマイペースに、自分のしたい話しかしない兄ちゃんらしいけど。俺にはさっぱりでイライラする。
  智将は中学生のある日、突然、「もう面倒だから喧嘩とかやめよう?」と言い出したと思ったら、何を思ったのか、いきなり母ちゃんが持ってきたモデルの仕事をやり始めた。俺は元から喧嘩なんかしたくなかったわけで、智将が大人しくなるというならそれは大歓迎だったし、いつでもどこでも俺に張り着きたがるあいつが、「バイトする」と言うもんだから、それはもう手放しで喜んだ。実際、あの時は喜び過ぎて智将にキレられたくらいだ。
  しかしそれら一連の流れは、ここにいるちぃ兄ちゃんと母ちゃんが結託して決めたことだと言うのか。何でだ。いや、ちぃ兄ちゃんも言っている通り、いつでも近過ぎる俺と離す為だったんだろうけど。
  ていうか、俺は元から智将の態度は異常だと思っていたけど、他の家族もそう思っていたのか。うちの家族は俺以外みんなおかしい人たちだから、俺だけが感じていることなのかと思ってた。
「今、ロクでもない悪口を頭に描かれているのが分かるけど」
  素早くちぃ兄ちゃんが恐ろしい言い方をして俺を牽制した。俺がそれでひゅっと首を竦めると、ちぃ兄ちゃんはまたハアとため息をついた。
「千里。お前は俺たち家族がおかしいとよく言うけど、一番おかしいのはお前だよ」
「何で!?」
「煩い。とにかく、お前には危機意識というものが圧倒的に足りない。弱肉強食が当たり前のサバンナにでも放りこまれたら、あっという間にあの世行きだな」
「サバンナなんか行かねーもん」
「例え話だ、馬鹿」
  グサリと人の胸を一突きして、ちぃ兄ちゃんは「智将もそれを感じたからこそ、あそこまでエスカレートしたんだろう」と呟いた。
  そうして俺がそれにも釈然とせずに言い返そうとするのを先んじて、鬼のちぃ兄ちゃんは「とにかく」と、いきなり俺の頭をむんずと掴んだ。掴んで、いきなりぐりぐりやって、フェイントで顔を近づける。ちぃ兄ちゃんの度アップは心臓に悪い。けど、ほとんど習慣でびびりまくる俺に気づいたのか、ちぃ兄ちゃんは「飴と鞭」のアメの方を使い出して、急にナデナデ頭を撫でた。……相変わらず動きが読めない。だからこそ俺にはストレスなんだけど。
「千里」
  そのストレスの元凶が言った。
「友だちが欲しいとか何とか、お前の気持ちも分からないわけじゃない。けどそれも、せいぜい表面的なお友だちに留めとけ」
「何それ…」
「智将がまともに育ちきるまで、他の人間とは極力関わるなと言ってるんだよ。それが兄貴の責任ってやつだ。でないと、火野未来の安全も保証できないよ」
「えっ…」
「まぁ俺は基本、あんな奴のことなんてどうでもいいけど?」
「ちぃ兄――」
「……しっ!」
  急に席を立ったちぃ兄ちゃんに、俺は反射的に黙りこくった。ちぃ兄ちゃんが素早く反応した教室の外、廊下をばたばたと駆けてくる聞き覚えのある足音に、俺もはっとした。

「チサー!」

  それはやっぱり智将だった。
  仕事帰りだろうか、今日は朝から学校にも来ていなかったが、私服姿だ。廊下を全力疾走してきたらしい智将は、教室にいる俺を見つけると嬉しそうに名前を呼んでから一目散に駆けて思い切り飛びついてきた。机なんかあってもまるで関係ないって感じだ。俺はその勢いに押されて椅子ごと倒れそうになったが、それはちぃ兄ちゃんがうまいこと支えてくれた。
「危ないだろ、馬鹿」
「ふんだ! また俺がいない間にチサとこんな所で2人きりになってさっ! 抜け駆けするなよな、幾らちぃ兄でも、俺もいい加減容赦しないよ!?」
「どう容赦しないのか、やってみろ」
  不敵なちぃ兄ちゃんはそう言ってふふんと嘲笑ったが、智将はそれにぐぐぐと悔しそうに拳を作りつつも、ふっと窓の外を見てから肩を竦めた。
「でもまあ? もしかしたら、ここにいるのはちぃ兄じゃなくて、あいつかと思っていたから、それはまだマシだったかな。だから許してあげるよ」
「あいつ?」
「あいつはあいつだよっ。火野未来! あいつ、最近チサと一緒にいるからむかつくんだよね!」
「ちょっ…」
「くっつくな、お前は。鬱陶しい」
「いったい! ちぃ兄、髪掴むなよ!」
  ちぃ兄ちゃんに引き剥がされた智将は文句を言いながらも俺から距離を取るしかなく、頭を押さえて大袈裟に不平を述べた。
「………智将」
  俺はそんな智将を「いつものこと」と思いながらも、何かひどく胸がどきどきして、「いつものように」注意することも、さっき未来から聞いた足蹴りの話もしそびれてしまった。
  ただ、生まれた時から当然のように横にいた智将の笑顔を、この時初めて怖いと感じた。
  そして、それを見やるちぃ兄ちゃんのことは……。
「とりあえず帰るぞ。千里、残りは部屋だな」
「あ、うん」
「宿題なら俺もやる! ちぃ兄の部屋、行くからね!」
「来ないでくれるかなぁ。あそこは俺と千里の部屋だから」
「嫌だね、絶対行く!」
  ちぃ兄ちゃんに負けず食い下がる智将は、いかにも必死そうだった。ああ、この横顔は、いつもちぃ兄ちゃんに張り合って背伸びする可愛い弟のそれだ。俺はそれに少しだけ安心したけど、さっき校庭へ行った未来のことを想うと、何だかモヤモヤとしたものを拭い去れなかった。
  お前は自分のことが分かっていない。
  ちぃ兄ちゃんはそう言った。
  確かにそうかもしれない。不良が嫌だとか、友だちが欲しいとか、平穏な生活が欲しいとか。いろいろ望んで、それをいちいち邪魔してきたちぃ兄ちゃんや智将にただただ不満を抱く毎日だったけど、よく考えたら、俺は自分のことは勿論、智将のことも、ちぃ兄ちゃんのことも……俺たち家族のこの「異常さ」について、あまり考えていなかったのかも。
  考えずに、ただ自分の現状だけ嘆いて、未来と仲良くなりたいなんて漠然と願ったりして。
  その後に待っているものが何なのか、想像もしたことなくて。
「チサ〜どうしたの? 早く帰ろー」
  智将が甘えた声で俺を呼んだ。
「千里、宿題を置いていくなよ」
  ちぃ兄ちゃんは相変わらずきちっとした声。
  どちらもウザイと思っていた兄弟だけど、でもただそれだけじゃないことも間違いがない。
「今行くよ」
  俺は高校生活僅か1ヶ月にして、何か大きな宿題を抱えてしまったような…そんな心持ちで2人に応え、力なく笑ってみせた。
  今頃、未来はうさぎのミカンと戯れているのかな、なんて。もう一度あいつのことを頭の片隅で想いながら。







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