人生がこんなに楽しいなんて



  慶介は基本的に何かで腹が立っても、それを表に出す事をしない。自分の感情を人に読まれるのが好きではないせいもあるが、何より「そうしてしまった後の展開」をすぐに予測出来てしまうからだ。

  気づいた頃には、慶介はもう「それ」をやっていた。自分がこういう行動に出たら次に相手はどう出るか、どんな反応を示してくるか。どんな状況に置かれて、どんな結果が到来するのか。何十手、何百手先の未来を予想する。それが当たれば嬉しいし、外れたら己の読みの甘さを後悔して次に生かす。将棋みたいで面白いと思った。人生はゲームだ。

「きっと生来の性格が臆病なんだ」

  慶介が真面目な顔をしてそう言うと、生徒会室で資料の整理をしていた副会長の工藤は実に複雑そうな顔を閃かせた後、「そうなんだ」と適当な返事をした。
  最近の慶介がやたらとご機嫌なこと、これまでは常にクールで自分の考えなどおくびにも出さなかったのに、この頃は好んでそれをやってくること。それらを工藤はとても「薄気味悪い」と思っているのだが、きっとこの男には良い傾向に違いないと信じてもいるから、余計な口出しをしてその流れを消してしまうのは避けたかった。
  慶介が優しいと他の面子も安心して生徒会の仕事をこなせる。誰かがミスをすると慶介はニコニコしながらとんでもないペナルティを課してくる事があるから、優秀な役員たちの中にあっても、生徒会室でのプレッシャーは毎度相当なものがあった。「中」にいる者たち以外は決して知る事がないが、慶介が指揮を執っているこの学園には密かな「恐怖政治」が敷かれているのだ。

  それが最近は、どうにも調子が狂う。

「なあ。俺、もう帰っていいかな?」
  工藤は自分が話しかけられているとは気づかず、返事をするのが一瞬遅れた。
  慶介とは小学校からの付き合いだが、やりかけの仕事を途中で放棄するなどありえない。生来が真面目で、昔から武道などやっていたせいもあるかもしれない。中途半端は嫌い、「やるべき事をきちんと出来ない奴はクズ」などと堂々と毒も吐くし、悪いヤツでないとは知っているものの、工藤にしてみれば、これまではそのブレーキ役でほとほと疲れ果てていた。

  それなのに。

「……えっ。今、何て言った?」
「もう帰りたい」
「………」
  にっこりと秀麗な笑みでおねだりをされて、工藤は思い切りぽかんと口を開けて呆けた。現在生徒会室にいるのが慶介と工藤の2人だけというせいもあるが、こんな顔を皆が見たらさぞ度肝を抜かれる事だろう。
「……文化部の会計報告、もう目を通した?」
「ううん」
「じゃ、クリスマスイベントの企画案は?」
「書類、どっかいっちゃった」
「嘘つけ! お前、仕事したくないからってわざと言ってるだろ!?」
  多少強めに言うと、慶介はすうと目を細めてニヤリとした笑みを浮かべ、しれっとして嘯いた。
「嘘はついてないよ。仕事したくないっていうのは本当だけど」
「お前な…」
「偶にはいいだろ? お前も帰れば?」
「俺はいいよ。もういい、お前だけ帰れよ…」
「ホントに? ありがとう。やっぱり頼れる人間がいると違うな」

  結局人生ってどれだけそういう仲間を周りに作れるか、だよな?

  慶介は全く悪びれもせずにそう言うと、もう既に帰り支度を整えていたのだろう、机の隅に置いていた鞄を手に取った。
  工藤はそんな友人の嬉々とした姿をじっと眺めながら、訊こうかどうしようか考えあぐねた末、つい口を挟んだ。
「今日も夏樹君の所に行くのか?」
「ん? うん」
「……夏樹君、外部受験やめるって?」
「うん。やめさせた」
「………」
  にこにこしている慶介は本当に怖い。工藤は心の中であの小さな下級生の顔を思い浮かべつつ、「とんでもない人間に目をつけられたな」と同情した。
  だから工藤は、よせばいいのにまた話しかけてしまった。
「前は、さ。ああいう可愛い子ってタイプじゃなかったよな?」
「ん?」
  扉の前にまで来た慶介は工藤の台詞に不思議そうな顔を向けた。工藤は慌ててそんな慶介から視線を逸らし、わざとらしく咳込みながら手元の書類に視線を落とした。
「夏樹君は成績もまあまあいいみたいだし、バカな子じゃないとは思うけど。けど、お前って昔っから、凄く優秀な人が好きだったよな? その…たとえば、自分と対等な話が出来るような」
「そうだっけ」
「あんまり…その。まだ中学生なんだし。あんまり、無茶すんなよ?」
「ははっ」
  工藤の言葉に慶介は途端笑い出すと、どこか苦い顔をして首を振った。
「俺はなっちゃんには、慎重過ぎるほどに慎重だよ」





  最初はいつものように、こうしたら夏樹は俺に懐くだろう、こう動けば俺に対する依存を強めていくに違いない…などと、それは色々考えていた。
  けれど最近の慶介は、夏樹の前では「それ」をする事を半ば放棄している。必要とあらばするのだけれど、どうでもいいかと思う気持ちも増してきているのだ。
  大して深く考えなくとも、夏樹は驚くほどに単純で素直な性格だった。要は「簡単過ぎる」相手で、これと言った深読みをせずとも気楽に付き合えるし、そこに余計な計算などは必要ない。…そんな言い方、誰かが聞いたら何だかバカにしているみたいだと腹を立てるかもしれないけれど、慶介に悪気は一切ない。彼にとって誰の目にも明らかなほど正直な夏樹という存在は、いわば奇跡の生物なのだ。
  確かに夏樹には工藤が指摘するような「優秀さ」はないかもしれない―…が、慶介にとって夏樹にそんなものは必要ないと思う。むしろ邪魔なだけだ。そして、「それって以前のお前の趣味とは違くないか?」と指摘されても、そんな事は分からない。慶介にしてみれば今の好みが「夏樹」なのだから、以前の事など思い出す意味も必要性もないのだ。

「なっちゃーん。ただいま」

  甘ったるい声でポロアパートのドアを開くと、慶介はいつもの上機嫌な様子で手にしていたお土産を掲げて見せた。帰りに買ったシュークリームは夏樹の大好物だ。宿題をきちんとやっていたらご褒美であげると約束していたから、きっと夏樹はその言いつけを忠実に守って自分を待っていたに違いない。親鳥を待つ雛のように。

「慶ちゃんのばかぁッ!!」
「……ん?」

  けれど扉を開いた先、真っ先に聞こえてきたのはそんな罵倒のみ。「慶ちゃん、お帰り」という笑顔でも、「やったー、シュークリーム!」という嬉しそうにはしゃぐ声でもない。
  ただ「バカ」という、その残酷な一言のみ。
「なっちゃん?」
  きょとんとして玄関先で佇んでいると、部屋の奥からじろりと睨んできた夏樹は、本当に怒ってるんだからなと言わんばかりの顔をしていた。こちらへ来ようともせず、奥の壁に寄りかかって膝を抱え、完全にいじけている様子だ。
「どうしたの、なっちゃん」
  意味が分からず慶介が部屋に入りながらテーブルの上に土産を置くと、夏樹はますます憤慨したようにそっぽを向き、「もう慶ちゃんとは口きかないからなっ」と強がってみせた。
「今すでに話してるじゃない」
  ついクスッと笑ってしまったが、それがいけなかったらしい。夏樹はカッと赤面してますます頬を膨らませると、傍に置いてあったノートを持ち上げ、それを慶介に向かって思い切り投げつけてきた。
「おっと」
  ただ、慶介にとってそんなものは何ほどの事もない。わざと顔に当てて驚かせてやろうかという考えも頭を掠めないではなかったが、それでは夏樹が可哀想だと瞬間的に思い直す。
  だからあっさりそのノートを受け取めてそれを片手でひらひらさせると、慶介は呆れたように目の前の夏樹を見下ろした。
「何をむくれてんの。俺、何かした?」
「し、したから怒ってんだろっ」
「うーん、覚えがないなあ。俺、基本的になっちゃんが嫌がる事は極力しないように努力してるし。今日だってこうしてご飯作りにきてあげてるし、宿題だって見てあげようって思ってるし」
「そ、その宿題っ。それが問題なんだろっ」
「ん?」
  たった今投げつけたノートを指差しながら夏樹が一際大きな声を出した。慶介はきょとんとしたまま手にしたノートを見やっていたが、やがて「ああ、あれか」と思った後は途端破顔して噴き出してしまった。
「なっ…何が可笑しいんだよっ!?」
「もしかして誰かに見られたの?」
「み、みみ、見られるわけないだろっ!? 咄嗟にノート閉じて隠したし! バレてない、バレてないよ! ……たぶんっ」
「別にバレたっていいと思うけどねえ?」
「嫌だっ」
  頑と言い張る夏樹に慶介は思い切り苦笑して溜息をついた。改めてノートを取り、目的のページを開いてみる。

  それは夏樹に課していた宿題のページだったが、そこには慶介がふざけて書いた夏樹への愛のメッセージが恥ずかしいほどにびっしりと書かれてあった。
  それも1ページ丸まる使って。

「な、何でそんなこと書くの!? しかもボールペンで…消えないしっ」
「消えたら嫌だからじゃない」
「恥ずかしいだろっ。し、しかも、何なのそれ? この間のお弁当の比じゃないからっ。ぱっと見ただけで変なの分かるしっ。おかしいよっ」
「なーにが? 単にでっかく“なっちゃん愛してるー♪”って書いてるだけでしょ?」
「そのハートマークがキモイ! そ、それに……その周りにはちっさい字でいっぱい変なこと書いてるし…!」
「変なことなんか書いてないよ。たとえば…そーね。“この間のチューは気持ち良かったよねー、またしようね?”とかだろ。可愛いでしょ? 最近の女子高生、特に渋谷系ギャルはな、こういう風にカレシに対してあからさまなメッセージを送るのが流行ってるらしいよ」
「慶ちゃんは女子高生じゃないだろ! かか彼氏とか彼女とかとも違うだろっ!」
  ゼエハアと興奮したように声を張り上げ、夏樹は途端はっとして両手で口を押さえた。大声を出したから隣に聞こえたらどうしようと今さら気になったのかもしれない。慶介などはそれで「こういうおバカなところが本当に可愛いんだよなあ」としみじみするわけだが、しかし小1時間程も掛けて作成した渾身の「愛のメッセージ」を全否定された事に関しては、さすがに看過出来ないというか、心も傷つくというものだった。
「なっちゃん、俺のことそんなに嫌い?」
  わざとノートをばしんとテーブルに投げ置き、慶介はぶっきらぼうに訊ねた。
「き…っ」
  それに案の定夏樹はびくんと身体を震わせて、忽ち困ったようにしゅんとなって項垂れる。ああ、苛めちゃいけないと分かっているのに、やっぱりこういう顔も見たい。先読みして意地悪な言動するのはやめようと思っているのに、こういう時はどうしても昔からの癖が抜けないらしかった。
「嫌いな奴にこんな鬱陶しい真似されたら、そりゃあ迷惑だよな。俺は真面目に書いたつもりだったんだけど。夏樹が嫌がるならもうやめる」
「ま、真面目なんて…嘘じゃん。だって、こんなの…」
「軽いノリで書いた方が夏樹には重くなくていいかって思っただけだよ? 俺は夏樹の事が凄く好きだからね。でもその気持ちを夏樹に無理に押し付けようとは思ってないんだよ? だから、夏樹が迷惑ならもうやめるし。夏樹の事好きでいるのもやめるから」
「えっ…」
  弾かれたように上がったその表情は、大きな目が更に見開かれていて、驚愕というよりショックの色が深い。
  慶介は心の中でこっそりと笑った。
「普通の従兄のお兄さんで、普通の家政夫さんをやってあげるよ。それでいいだろ?」
「慶ちゃん…お、怒ってる…?」
「……どう思う?」
  自分は相当な意地悪だと思う。笑いがこみ上げそうになるのを必死に堪えて、慶介はくるりと踵を返した。先刻まで真剣に怒っていたのは夏樹のはずなのに、こういう風に形勢がまるまる逆転になる展開は珍しくない…というか、いつもの事だ。夏樹の怒りはもっともだし、慶介の言い分はトンデモ迷惑な「逆ギレ」に過ぎないのに、夏樹はそれに気づかない。オロオロしている姿が可愛い。そろそろごめんねと謝って許しを請わないと夏樹が泣いてしまう。
「うそうそ、冗談だよ。ごめんね、なっちゃん。今お詫びにおいしい夕飯作ってあげるからね?」
  制服のジャケットをハンガーに掛け、慶介は白いワイシャツを軽く腕まくりしてちらと夏樹を見つめやった。夏樹は顔を真っ赤にしたまま、必死に涙を堪えて慶介を見つめ返している。

  可愛過ぎて眩暈がする。今すぐ食べてしまいたい衝動に駆られる。

(でもなっちゃんて…まだ14才なんだよな)
  夏樹は中学3年だが、早生まれなのでまだ誕生日がきていない。さすがにこの年齢にオイタを仕掛けるのは慶介のこれまでの常識が邪魔をしていた。昔から相手は全て年上だったし、後腐れのない相手ばかりだった。それに反して、夏樹は当然ながらそういった事は未経験だろうし、彼女らしい彼女がいた形跡もない。恐らくキスとて慶介としたのが初めてのはずだ。
  夏樹を1度も女と触れさせないまま、終生慶介しか知らない身体にする。それは考えるととても楽しい想像だけれど、一方で密かに「可哀想だな」とも思う。
「慶ちゃん…俺も手伝う」
  バカな事をぼんやり考えていると、夏樹が傍に寄ってきてそっと言った。慶介が怒っていないか、まだ気にしている様子だ。びくびくとしながらも自分のエプロンをぎゅっと片手に握りしめたまま佇む夏樹は本当に愛しい。慶介はまじまじとそんな夏樹の姿を見下ろした後、「うーん」と唸った。
「な、なに…?」
  また怒られると思ったのだろうか、夏樹がびくりと身体を揺らした。けれど慶介は無表情のまま、突然夏樹の身体をひょいと持ち上げるとその身体をそのまま居間のテーブルに座らせた。普段なら「行儀が悪い」と決してさせない事なのに。
「け、慶ちゃん…?」
  ローテーブルなので、夏樹を座らせてその前に自分が座りこんでも目線はそんなにずれたりしない。逃げられないように両手で夏樹の肩をがっしと掴んだまま、慶介は一旦は座った腰をすいと浮かして「なっちゃん」と真面目な声で呼んだ。
「何…?」
「キスしたい」
「えっ」
「今。ものすごーくなっちゃんにキスしたいって思ったんだけど。駄目かな?」
「だ、駄目っ」
  にべもないとはこの事だ。殆ど脊髄反射で拒絶したのだろうが、慶介はその返答に真面目にガッカリした。
  最近では夏樹も慣れてきたのか、慶介が突然キスを仕掛けてもあからさまな拒絶はしない。事前に許可を取ろうとすると決まって「嫌」とか「駄目」と言うのだが、フェイントでやると、文句は言ってもその声には全く力が篭もっていない。
  夏樹も俺とのキスは好きなんだ……という手ごたえが、慶介にはある。
「駄目でもしたいんだけど」
「な、何でっ。ご飯作ろうよっ」
「力出ない。なっちゃんから力貰わないと」
「や、やだっ」
  面と向かって身体を押さえつけられているせいもあるだろう。夏樹はいやにジタバタと抗って、何としても慶介から逃れようとする。慶介は慶介でそんな夏樹を可愛いと思ってしまうところがまた末期なのだが、勿論拘束を解く気はなくて、むしろそのまま身体に覆い被さるようにして襲いかかると、夏樹の背中をそのままテーブルの上に押し倒した。
「うあっ…」
「今考えたんだけどさ」
  混乱している夏樹をよそに慶介はマイペースだ。いきなり夏樹のトレーナーをたくしあげると、そこから露になった素肌に冷たい自分の掌をがつっと差し込む。
「ひっ」
  夏樹が悲鳴をあげ、身体を逃がそうともがく。それでも慶介は冷静な様子で更に身体を接近させ夏樹の動きの自由を奪うと、さっと魔法のようなスピードでトレーナーを脱がしてしまい、その貧相な身体をまじまじと見やった。
「慶ちゃんっ」
  いよいよ夏樹は泣きそうだ。けれど慶介は慰めるように夏樹の顔に自らを近づけると、にっこり笑って「大丈夫」と穏やかな声を発した。
「ん……」
  それからそっとキスをしてやると、夏樹は忽ち静かになった。
「んっ…ふ、んぅっ」
  何度も唇を吸ってから口の中へ舌を差し込み、夏樹のそれに絡めてやる。夏樹は顔から耳から真っ赤にさせながら、ぎゅっと慶介の腕を掴んだ。
  慶介はそれに構わずその後も好きなように夏樹の唇を奪うと、それにトロンとしてきた相手の隙をついて夏樹の素肌を再び指でなぞった。
「やっ…」
  夏樹がはっとしたように目を開けた。慶介は怯えさせないように努めて優しい顔を見せていたが、夏樹の露になった胸の2つの飾りが可愛らしくて、そちらにも目が離せなかった。わざとゆっくりした動作で近づき、その1つの粒に唇を寄せてちゅっと吸うように食むと、夏樹が「やあっ」と驚いたような声をあげて背中を逸らした。
「可愛い。なっちゃん」
「やだっ。慶ちゃん、やだぁっ」
「気持ち良くない?」
「んっ! そんなの…舐めな……や、やっ…」
  しつこく舐っていくと夏樹が目元を赤くしながらひぃひぃと小さな喘ぎ声を漏らし始めた。まだ片方しか舐めてあげていないのに、かなり感じている。戯れに軽く噛んでやるとその嬌声はより強くなって、夏樹自身、そんな自分に途惑って遂には泣き出してしまった。
「ひっ、…ふっ…う…」
「あ」
  何というか、ここまでするつもりはなかったのだが。
  慶介はぷつりと押し潰しながらキスを繰り返していた夏樹の乳首からそっと唇を離して頭を掻いた。
「えーっと。なっちゃん?」
「何で…何で、慶ちゃん、こんな事するの?」
「なっちゃんが可愛いから、ついね…」
「可愛くないよっ」
  酷いよと更に泣き出され、慶介はすっと眉をひそめた後、夏樹がとうに手放してしまったエプロンを眺めて嘆息した。

  そうだ、そもそも、夏樹がこれを手にしていたのがいけない。

「何というか、俺は単にねえ…」
  いわゆる裸エプロンというやつを夏樹にやってもらいたかったのだ、とは。
  だからその欲求のまま服を脱がせてみただけなんだよ、とは。
(まあ、今さら言えないんだけどね…。言ったとしてもなっちゃんに今度こそ嫌われるだろうし)
「慶ちゃんのばかぁっ。エロ魔人! 俺、俺、おかしくなっちゃうよっ」
「……うん。おかしくなっちゃっていいんだけどね?」
  取り乱しながら叫ぶ夏樹によしよしと頭を撫でてやりながら、慶介は困ったように肩を竦め、それからもう一度、二度と、夏樹に慰めるようなキスをした。
「ふっ…も、もうや…慶ちゃ…ぁ…っん…」
「うん。夏樹、好きだよ」
「………」
  夏樹が涙に混じった目を見開いて慶介を見つめてきた。慶介も真っ直ぐにその目を見やる。すると夏樹は途端頬を赤らめて、ふいと横を向いた。そうしてひくひくと裸の胸を上下させながら、「もう見ないでよ」と女の子のように懇願した。
「うん。ごめんね、なっちゃん」
  慶介が素直に謝ると、夏樹はいよいよ静かになった。
  それからまたちろりと慶介を見やる。慶介がそれでにこりと笑うと、夏樹はまた困ったように目を逸らした。

(ああ、可愛いな)

  だから慶介はそっと夏樹の身体を起こしてやると、そのまま肩先を抱いて顔を近づけ、今日一体何度目かも分からないキスをゆっくりとした。
「んっ」
  夏樹はもう終わったと思ったものが再び来て途惑ったようだが、逆らいはしなかった。
「慶ちゃ…」
  ただ必死に慶介の名を呼び、縋りついて、与えられたキスを自らも追うように唇を突き出した……ように、慶介には感じられた。
「これからももっといっぱいしようね?」
  キスの後にそう言った慶介にも、夏樹は「嫌だ」とは言わなかった。ただ顔を真っ赤にし、俯いて慶介のワイシャツの裾を掴んでいる。
  あぁ、まだ中3の冬なんだ。
  慶介は半ば絶望的な気持ちと、それでもこれから夏樹を拓いて行く楽しみとで頭がおかしくなりそうな自分を感じていた。
  こんな幸せな日常が自分に訪れるなんて思いもしなかった。

  人生って素晴らしい。何が起きるか分からないよなと、慶介は懐にすっぽりと納まっている小さな身体を抱きしめて穏やかに笑った。












どうでもいい裏設定…慶介の友人「工藤」君は、丘の光一郎がアルバイトしている
「工藤法律事務所」の工藤さんと血縁関係にあります。
…本当にどうでもいい事だけど(笑)。