ラブレター
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後期の授業が始まってすぐの頃、僕はバイト先の学習塾で、ある女子生徒から手紙とクッキーを贈られた。この業界、生徒から手作りのお菓子を貰ったり、半ば告白めいた調子で「先生のこと好きです」等と言われることは別段珍しいことではないらしい。中学生くらいの年頃にしてみたら大学生の「お兄さん」はカッコイイ大人の男に見えるのかもしれないし、特別頭の良い、頼もしい人に思えるのかもしれない。現に、他の男子学生のバイト君も「そういうことは結構ある」と言っていた。 もちろん、塾の運営責任者は「変なことがないようにね」と注意を入れるし、なるべくなら贈り物の類も断るよう申し渡してきているけど……この時の僕は殆ど反射的にそれを受け取ってしまった。 “先生が「キミ」で、私は「ミキ」って、逆だね” その子は中学2年の女の子で、名前を樹(ミキ)ちゃんと言った。 彼女は僕たちの名前を書き並べて本当に可愛らしく微笑んだんだけど、家では全然笑わないし、学校にも行っていないとのことだった。個別指導の塾だから、1つ1つの席の間には仕切り板があって、どの勉強をどれくらい進めるかも生徒が決める。アルバイトの講師はそれに従って分からない所を教えるだけだ。だから勉強そっちのけで、生徒が望むままにそんな無駄話をすることも結構あった。 そんな中、「ミキちゃんと親しくなり過ぎるのはあまり良くないな」と、何となくは分かっていた。 僕はカウンセラーじゃないし、学校の先生でもない、もちろん彼女の友だちでもない。でも、この子はきっとそういうものを求めてきている、それが感じられたから、本当に薄情だけれど「僕には荷が重い」と感じていた。僕は元々優しい人間じゃない。自分のことで精いっぱいで、ともすれば自分のことすらちゃんと出来ていない、そういう奴だから。 だからこの子が僕を「勉強が出来る優しいお兄さん」と、自分の理想を膨らませて無邪気に慕ってくるのが怖かった。この子の期待に見合うだけのものを僕は何も持っていない。それが自分で分かっていたから。 それなのに僕は、彼女からの手紙もクッキーも受け取ってしまった。 「俺も普通に受け取るけど?」 ところが、この話を大学の友人・剣に話したら、彼は何の迷いもなくあっさりそう言った。 「うーん、俺も受け取るかなぁ」 「俺も!」 その次にそう答えたのは、同じく学友の逢坂と藤堂だ。しかも藤堂に至っては、「それで恋に発展するならオイシイじゃねーか! だってその子、結構可愛い子なんだろう?」とどこか興奮したように顔を赤くさせた。 「うわ出た、変態。相手中2だぞ。犯罪じゃねーか」 それには逢坂がすかさずツッコミを入れたんだけど、藤堂はちっとも悪びれず、「それでも数年後には大人の女だ!」なんて堂々と返していて、僕は思わず笑ってしまった。藤堂のこういうところ、凄く好きだと思う。けど、今度は剣が彼を蹴って……どうにも藤堂はこの2人に毎度いじられてしまう運命にあるようだ。 「まぁ万年日照り続き野郎の意見は無視として、だ」 剣が言った。 「ただホント、別にいいんじゃないの? 倉敷が何を悩んでいるのか、俺にはイマイチ分かんないな。第一その時点じゃ、それがラブレターかどうかも分かんないし。単に『いつもありがとうございます』とかの感謝の手紙とプレゼントかもしれないし? それを最初から要らねぇって言うのも、その後の人間関係微妙になるだろ」 「あー、俺もそんな感じ」 逢坂が付け足した。 「それに俺の場合、それが例えラブレターだったとしても、『ありがとなー』って感じで受け取るな。バレンタインデーの義理チョコ貰うみたいなノリ? で、『これからも勉強頑張れなー』的にさ、『応援してるからー』って軽くかわしてさぁ、にこにこしてりゃいいんじゃないの? 何せ相手は傷つきやすいお年頃だからな。あんま無碍にしても可哀想だし、かといっていちいち本気っぽく相手すんのもどうかと思うし。深刻に考えないで、さらっとかわす方向でさ」 「うん。でも……」 「その子がいつも独りだから……いろいろ考えちゃうんじゃないの」 その時、僕たちの会話から少し外れた所にいた桐野が、ぽつっと呟くようにそう言った。 彼も剣たちの面子の中でよく見かける人だけど、僕と同じで、率先して自分から話をする方じゃない。大学でも、いつも剣の陰にいて目立たないタイプだ。……ただ、剣や逢坂たちが彼に一目置いているのは知っていた。彼らと一緒にいる回数が増して、僕にもそういう人間関係が段々分かるようになっていた。 現に桐野がそう言ったことで、皆が一斉に彼を仰ぎ見た。桐野自身は注目されるのが苦手なんだろう、それに困っていたようだけど。 「いろいろ考えるって何」 剣の問いかけに桐野は焦ったようになりつつ僕の方へ視線を向けた。 「あ、ごめん、いきなり。たださ……さっき倉敷が、その子が学校行ってないって言っただろ? だから……その、どういう内容の手紙にしろ、普通の元気な女子中学生が積極的に寄越して来るって感じとは、何か様子…? っていうか、雰囲気とかが違うのかなって…。何となく、そう思って」 「うん。そうなんだ」 困ったようにたどたどしく紡がれたその意見が、けれど今の僕の気持ちをあまりにもうまく言い当てていて、僕は驚きつつもすぐにそう返し頷いた。どうやら剣たちには伝わらなかった僕の訴えたい戸惑いが、普段あまり話さない桐野にはズバリ通じたようなのだ。 僕にはそれがとても嬉しかった。 「同情……って言ったら、悪いけど。でも、ずっと一緒に勉強してきたし、それなりに事情も知っている子だから、どういう気持ちで手紙とプレゼント用意してきたのかは何となく感じるところがあって…。それで、もう咄嗟にって言うか。本当、結構すぐに受け取っちゃって」 「え。で、結局それ、ラブレターだったの?」 逢坂の問いに僕は迷いながら首をかしげた。 「どう…なのかな。別に好きとか付き合いたいとか、はっきり書いてあるわけじゃなかったんだけど。でも、そういう感じはする内容」 「んー? よく分からんなぁ」 「自分に自信がないから、はっきり書くまでは出来なかったんじゃないかな」 「そ、そう! まさにそんな感じ」 逢坂はぴんときていないのに、また桐野がそう言ってくれたものだから、僕は再度目を見開いて激しく同調してしまった。桐野はいつも物静かで控えめだけど、だからこそ人の機微には敏感で、見る目も鋭いのかもしれない。 それに何にしろ桐野の言い方が凄く優しい感じがして、僕はちょっとほっとしていた。桐野の発するオーラそのものに安心したというか。 「なぁ雪……お前、何でそんなのがいちいち分かんの」 すると僕の疑問を剣が同じように口にした。 「そういう経験あんの?」 「は…? そういうって…?」 「だから、女子中学生……じゃなくてもいいけど、『私、独りだから寂しいの』的に無駄なアピールしてお前に迫るような感じでさ。ラブレター寄越してきた女がいるとか」 「は? な、何言ってんだよ、涼一は…っ」 桐野がびくっとしたように身体を仰け反らせ、迫る剣から距離を取った。僕は急に寒風が周りにそよぎ始めたような剣の態度にきょとんとしたんだけど、逢坂と藤堂は慣れたような顔をして肩を竦めているだけだ。 桐野だけが焦った顔をしていた。 それでも剣は止まらない。 「でもそうとしか思えないだろ。雪はそういう奴に如何にも付け込まれそうだし…そういうのを計算して近づいてくる奴がいないとも限らないよな。うん、いや、むしろ凄ェありえるよな? 今はなくても、俺が知らない頃にはそういう事が結構あったとか?」 「あ、あったとしても、今はないんだから関係ないだろ?」 「はぁ!? やっぱりあったのかよ!?」 「声が大きい!」 いきなり桐野は剣に負けないくらいの大声を出して立ち上がった。僕がそれにぎょっとし無言でいると、彼はそんな僕を気にした風になりながらも「ごめんっ!」と捨て台詞を残し、ダッシュでその場を去って行ってしまった。 「待てよ、雪!」 それを物凄いスピードで剣も追って行く。一体何なんだろう。剣はどうしてあんな風に急に怒るんだ。 「……まぁ、あいつらのことは気にするな」 「そうそう、いつものことだしー?」 その場に残った逢坂と藤堂はのんびりそう言って笑った。 それから逢坂が気を取り直したように、やや励ますように僕の肩を叩く。 「まぁ、さ。倉敷ならその子が傷つくような対応はしないと思うし。だからその子もお前に手紙書けたんだと思うし。そういう勇気を喜んでやればいいんじゃないの?」 僕の初恋はスイだから、当然ラブレターなど書いたことはない。 想像しただけでも空寒過ぎて笑ってしまう。僕自身はスイに手紙を書くことにそれほどの抵抗はないけど、それを渡した時のスイの顔を想像するとちょっとゾッとする。一体どれほどウザがられるか分かったものじゃないし、下手をすると二度と僕の元へは来てくれなくなるかもしれない。スイはそういうことを好まない。嫌悪すらしている。 “付き合ってもいい、だけど「スキ」とか「アイシテル」はなしな” 最初からスイはそう宣言して、僕とは常に一定の距離を取ってきた。僕はスイのことが好きで離れたくなかったからそれを了承したし、そりゃあ時々は想いが募って「それ」を口走ってしまうことも増えたけど……スイがベタベタした関係を好まないこと、愛情を口にすることに異常なほど神経質になることは痛いほどに感じて、知っていた。 だからラブレターなんて有り得ない。 「今日、あいつらと何話してたの」 スイが僕の部屋へ来るのは、曲がりなりにも僕が弁えてスイと付き合えているからだ。スイが会いたい時にだけ会う関係。こちらから連絡することはない。 今日はどうやらスイが「会いたい」と思ってくれた日みたいだけど。 「妙に盛り上がってたじゃん。桐野まで珍しく何か話してたし」 「あ、うん。途中でいなくなっちゃったけど」 やってきた早々そんな話を振られて、僕は少し驚いた。 スイはいつから僕らのやり取りを見ていたんだろう。剣はよく「あいつはお前を見ている」って言ってくれるけど、僕自身はそういうところを一度も目撃したことがない。本当にそんなに見てもらえているなら、一回くらい気づいたって良さそうなものだ。でも、相変わらずスイは僕を大学では無視し通しだし、めったなことではメールもくれない。今日だって「行くから鍵開けとけ」の一言だけ。 でも勿論、僕がそれに不満を漏らすことはない。 「康久もいたけど。結局お前らって付き合うことにしたの」 「……ただの友だちだよ」 これってスイのヤキモチなんだろうか。そんな風に自惚れたくなるけど、でもそれを無理やり抑えつけて、僕はスイから目を逸らした。スイがどんな顔をしてそう言ったのかを見たい気もしたけど、自分の勘違いを悟られる方が嫌だった。 「そうなの? けど、しょっちゅう一緒にいるじゃん」 「講義が同じの多いし。藤堂や剣も一緒だよ」 スイが、僕と剣たちとが一緒にいるのを嫌がるなら、例え気のいい彼らでも、僕は平気で距離を取れる。でも、一度それを言ったらスイが「バカ」と言って怒ったし、剣も「あいつだって倉敷がまた変なのに絡まれるの嫌がってんだから」と頻繁に話しかけてきてくれた。それでまた後期に入ってからは一緒にいることが増えたんだけど…。スイが分からない。やっぱり、僕には独りでいてもらいたいのかな。 でも何となく、それを確認することは出来なかった。 僕は手持無沙汰になって、台所から「ビールあるよ」と声を掛けて冷蔵庫を開けた。 「――で。何話してたの」 スイは僕の言葉には応えないで再度続きを促した。 僕は迷った。 「中学生の女の子から手紙を貰った」話など、スイにはどうでも良いことだろう。いや、興味くらいは抱くかもしれない。へえキミがね、お前でも中坊にはモテるんだなんて厭味の一つも吐いて、茶化した風に「その手紙読ませろよ」と言うかもしれない。うん、そうなる確率はかなり高そうだ。 でももしそうなっては、僕が嫌なことは勿論、ミキちゃんにも申し訳ないと思う。あの子の真剣な気持ちを、きっとスイは笑うだろうから。 「なぁ。何無視してんだよ」 でもスイはそうやってぐるぐると考えている僕を待ってはくれなかった。そもそも僕はスイに隠し事や嘘を言いたくない。結局訊かれてしまえば言わなくてはならない運命なのだ。 「バイト先の生徒から手紙を貰ったって話」 「は?」 スイが怪訝な顔をするのがちらりと見えたけど、僕はそれをやり過ごして、目の前にビールとグラスを置き、それを無言のまま注いだ。 けれどスイは綺麗に泡立った黄金色のそれを手に取らない。僕を見ているのが分かった。 僕は観念した。 「中学生の女の子って、大学生の先生ってだけで憧れたりするみたい。僕だけじゃなくて、他のバイトも結構そういうことあるって言ってたし。だから塾長なんかも、そういうのはなるべく貰わないようにって言ってたんだけど、折角書いてくれた物を断るのも悪い気がして。それで」 「もしかして、あのきったねえ菓子もそいつの手作り?」 「え? ……あ」 スイの冷たい目線の先には、僕がダッシュボードの上に置きっぱなしにしていた彼女の手作りクッキーがあった。透明なフィルムにチェックのリボンで包まれたそのお菓子は、確かにボロボロと崩れていて見た目が良いとは言えない。それでもハート型や星型がいろいろな色でデコレートされていて、本当に一生懸命作ったのは分かる。 だからさすがに、スイの言い様は酷いなと思った。 「中学生だし。そんな風に言わなくてもいいでしょ?」 「お前も、ちょっとは気があってそれ受け取ったの」 「え? ……そんなわけないよ」 むしろ僕にはミキちゃんの想いは重かった。手作りの物など貰ったからそれは尚更で、どういう風に返事をしたら良いのか、悩んでもいた。 それをスイに告げると、スイのどうやら下降気味の機嫌はますます落ちていった。 「お前の中途半端な優しさは却って残酷だな」 そしてスイは容赦なく僕を断罪する。 「受け入れてやる気もねぇのに、何で期待持たせるようなことするの。とりあえず受け取ってやって、その後でどうとでも甘い言葉放ってごまかそうと思ってた? お前にそういう適当なことが出来んの」 「でっ…でも……」 「その場で断ることは出来なかったんだよな。お前みたいなのに手紙を寄越すような奴だから、中防っても粘着質なタイプなんだろうよ。クッソ真面目なさぁ、根暗な女なんじゃねーの。そんなのが本気でお前を想ってる。違う? 分かんないとか言うなよ、イラついちまうからさ」 「もう十分…イラついているみたいだけど」 僕が自棄のようにそう返すと、スイは不意にぴたりと動きを止めた。 「……別に。お前にイラつくのには慣れているから、今はそれほどでもねぇよ」 吐き捨てるようにそう言って、スイはふっと黙りこんだ。 僕も口を開きかけて、やっぱり沈黙した。スイの言葉はいちいちきつい。けどある意味核心は突いているとも思った。 そうだ、ミキちゃんは、多分本当に僕のことが好きだ……そう、想ってくれている。それが友だちもいない、家族も信用できない中で唯一気楽に話せる相手だから、それを「恋」と勘違いしているだけなのだとしても。彼女の僕に対する気持ちは真剣なのだ。 そしてその想いを僕はどうやり過ごしたら良いかと、そんな保身ばかりを考えている。彼女を傷つけたくないからじゃない、僕は自分を守りたいだけだ。 「でもやっぱり……『これ書いたから読んで下さい』って言われたあの時に、ごめん、無理とかは……言えないよ」 「…だろうな」 僕が散々考えた挙句言った台詞を、スイは意外や割とすぐ同意した。僕がそれで「え」と顔を上げると、スイはようやくビールを取ってそれを一気に半分まで空けてから、「当たり前だろ」と鼻で笑った。 「それだけのシチュエーションじゃ、ラブレターかどうかも分かんないし。仮にそうだと分かったとしても、たかだかガキの書いたもんをマジ顔で拒否ったりもしないだろ。適当に『サンキュ』って受け取って、後からやっぱり『サンキュ』って。そう言って終わりだよ。それでいいんじゃねえの」 今さっきまでの僕への糾弾は何だったんだっていうほど、コロッと変わっているスイの台詞。 「……逢坂たちもそんな風に言ってた」 でも僕がスイのその反応にやや安堵し、でも気持ちの晴れないまま応えると。 「けど、お前にはそういう返しは出来ないんだよな」 ――スイは、間髪を容れずにそう言った。そして訊いた。 「どういう奴? そいつ」 「……スイの言った通りだよ。凄く真面目な子で、そのせいでいろいろ考え過ぎちゃう子。だから手紙でも、こんなの書いてごめんなさいって何回も謝ってた。でも、僕と話していると楽しいし、嫌なことを忘れられるから、凄く感謝しているって。お礼の気持ちを伝えたいから、お菓子も作ったって。いつも部屋にこもって台所になんか行かないから、お母さんが凄くびっくりしてたって書いてた。あ、お母さんって義理のお母さんみたいだけど」 「ふうん。何か複雑な家庭なんだ」 「そうみたい」 事情は知っていたけど、あまり深く話すのも彼女に悪いと思って僕はそれを濁して誤魔化した。でもスイもそれ以上深くは追求してこなかった。 ただ代わりに、ふと唇を曲げて皮肉っぽい笑みを浮かべた。 「俺みたいだな」 「え?」 「そいつ。気持ち悪ぃとことか」 「ど…こが、……ッた!」 思わず痛みで不平の声が漏れた。スイがいきなり僕の身体を強く押し倒してきたせいで、その拍子に机の端が背中に当たったのだ。 「ちょっ……スイ」 でもスイは全然悪びれずに僕の上に圧し掛かったまま、凄く強引なキスをした。何回も押し潰すみたいな乱暴なキスをして、それから服の中に自分の手を差し入れる。 スイの手があまりに冷たくて、僕は思わず変な声をあげてしまった。 それでもスイは構わなくて。 「結局お前はそうなんだよ。そういう奴に目をつけられる。そういう属性だから」 「ぞ…くせい?」 「お前さ。これみよがしに女からの菓子なんか置いてんじゃねえよ。俺をキレさせたいわけ?」 スイの顔は笑っていた。この痛いくらいの抑えつけも悪い冗談なのかなと思うほどに、特別な怒りは感じない。 でも、僕を見る眼は。 「でも女って…言うけど、さ…。女の子、だよ?」 何で僕が変な言い訳みたいにこんな返しをしているんだろう。それでもスイの睨むような視線を和らげたい一心で、僕は必死にそう告げた。実際そうだった。ミキちゃんはまだ13歳の女の子。 13歳なのに、自分は独りだって思い込んでる子。 「スイじゃない……あの子は、僕と似ているんだよ」 思わず、僕はそう言っていた。直後、「ああ、そうだったのか」とも思った。 あの子は、スイと知り合う前の僕。誰にも彼にも、親切にしてくれた人にはバカみたいに懐いて、でも一時の親切だけで去って行く人たちにいちいち絶望して。 「……お前は、そう思うんだ?」 でもスイはそれに納得しなかったみたいだ。 「分かってねぇな……バカキミは」 「んっ…スイ……」 首筋を噛まれるように吸われて僕は思わず目を閉じた。スイに抱いてもらえるのはとても嬉しい。あの夏休み、一緒に僕の故郷へ行って暫しの休日を過ごしてから、僕たちの抱き合う回数は格段に増えた。あの時のスイは凄く優しかったし、それに……妙に甘えたがりなところも見せた。僕にはそれが新鮮で、必要とされているみたいで凄く嬉しくて。 でもこっちに帰ってきてからのスイはまた元通り、他の女の子とも付き合うし、僕のことは無視だし。僕はスイに振り回されっ放しだ。 でもそれを受け入れられるほどに、やっぱりスイのことが好きで。 「お前がこんな風に抱かれる奴だって……そいつに教えてやってもいい」 手慣れた愛撫に溺れかける僕に、スイが耳元でそう囁いた。 「なあ。そいつが自分から離れていくようにしてやるよ。そいつが、お前に二度と近づけないようにしてやる。――どうする」 「いい、よ……。僕、自分で……」 「……言えんの。お前に。お前みたいな奴に」 「言える。だって…んっ…」 僕が好きなのはスイだけだ。 それが言いたいのに、スイはそれを拒絶するように僕の唇を塞ぐ。もどかしい。でも、急いたようなスイの行為にどんどん身体が熱くなる。 スイ。 スイがあの子と似ているなんて嘘だよ。全く悪い冗談だ。何故ってこういう時のスイはこんなに真っ直ぐ僕に向かって来る。何の衒いもなく僕を求めてくる。 それが一時の火遊びのような気まぐれでも何でも、僕にはそれは、堪らない毒だ。 ともすれば、これがスイの僕へのラブレターなんだと妄想したくなるほどに。 「スイ……」 だから僕もそれを返すべく、スイを強く抱きしめ返した。スイの首筋に縋りついて、もっととスイに強請って。スイについていきたくて、スイに見捨てられたくなくて、懸命に追いかける。スイの愛情だけを求める、寂しがり屋の子どものように。 ああ、やっぱり僕は自分のことだけなんだ。 (ごめん……) そんなろくでなしの僕に眩しく笑いかけてくれたあの子を想って、僕はそっと謝った。明日は心をこめて返事を書く。気持ちに応えられないという、それは酷い手紙になるけれど、あの時の自分を想って書こうと思った。そうすれば少しはマシなものが出来るかもしれないから、と。 「スイ……好き……」 それだけを決めて、禁忌の言葉も口にして、その後の僕はスイのくれる快楽にただ思いきり身を落とした。スイの方もその夜はそれ以上責めの言葉は吐かず、何度も僕を貫き、ずっと強く抱きしめてくれた。 だからスキもアイシテルもなかったけれど、僕にはそれだけでもう十分だった。 |
実は前作で温泉行った2人の様子もちょっと書きたいんです。
ただ内容的にちょっと番外な感じなので書きそびれてて…。
でもいつかそこで見せた「甘えたなスイ」を書きたいものです。