ただそれだけで2―後編―



  永と会うのは2年ぶりだ。
「何で?」
  永は「行くな」と言ってくれたのに、黙って東京を出たのは類の方だ。勿論、「どうしようも出来ない」事情があったからというのが1番の理由だけれど。アル中の父を支えてやれるのは類しかいなかった。これ以上叔母に依存し過ぎて迷惑をかけるわけにもいかない、だからあの時は街を出て距離を取るのが最善だった。
  ただ、「そのせいで」、「だから」、永との縁が切れるのもやむなしと思ったわけではない。
  類は単純に、あれ以上永と親しくなるのが怖かった。「友だちじゃない」と言った永が、これ以上自分の頭の中に入り込んできたら、類は自分が永にどういう態度を取るのか、深く考えることが恐ろしかった。
  永と一緒に居続ければ、元の自分ではいられなくなる。
「何でいきなり…」
  それでもある日突然舞い込んできた永からの便りに、言い様もない喜びに包まれたのも事実だ。いやそれこそが、類が必死に押し隠して、なかったことにしようとした気持ちの表れだ。類は永の手紙がいつも待ち遠しかった。自分は返事を出さないくせに、まだ永と「切れていない」と確認できることが確かな支えになっていた。
「来ちゃ駄目だよ…」
  ただこの時はもう一つの気持ちが口をついて出た。それも類の本心だから。
  永を完全に避けることは出来ないが、永を迎え入れることが「間違っている」ことも頭で分かっている。
  それは、してはいけないことなのだ。
「入れてくれないのか」
  強い抱擁がふと緩み、永が身体を離して類に訊いた。類はそれだけで全身が震えたが、一方で目を離すことも出来ずに、永の顔をまじまじと見つめた。
「2年ぶりだ。でもそんなの関係ない。俺はあの時から全然変わってないぞ」
「永…」
「類もそうだろ。そんなのは分かる。お前を見てすぐに分かった……そうだろ?」
「俺は…」
「とにかく中に入れてくれ。話がしたい」
  強く言われて、類は反射的に後退した。入れないなどと言う選択肢はもうなかった。永の言うことには逆らえない。永にはそういう力があると感じた。
「ここが類の家か」
「知ってたんだろ? だって手紙」
「ああ。人を使って調べさせた」
  何でもないことのように永は言い、大して広くもない一室をぐるりと見回した後、その場にどかりと胡坐をかいた。それから着ていたジャケットを乱暴に脱ぎ捨てる。永はあの公園で会っていた時のようなラフな格好をしていたが、確実に大人の顔をしていた。「変わらない」などと言っても、成長期の十代だ、見た目はどうしたって変化する。背も伸びているかもしれない。当たり前か、永はもう高校も出たのだから。――何となくそう思ってから、類は未だ玄関先から立ち尽くしたまの自分にハッと気がつき、慌てて何気なくコンロのある方へ目をやった。
「お茶でも入れようか。お湯、沸かしてないけど――」
「要らない。暑い」
「そ……そっか」
  秋風が吹くようになって久しいが、まだ時折熱波が襲うような夜に見舞われる。今夜がちょうどそんな日だった。永からの手紙に喜んで必死に返事を書いていたから熱いのかとも思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
(あ……手紙)
  途端、類はぎくりとしてテーブルの上に置きっぱなしの便箋に目を向けた。あれを見られては大変だ。急いで駆け寄り、「散らかってて…」と言いながらそれをかき集め、しかしその途中で永からその腕を掴まれ、止められた。
「あ」
「類。茶も片付けもいいから、早く座れ」
「え。でも」
「どうせお前しか目に入らない。だからどうでもいい、部屋のことなんて」
「あ、うん…」
  言われたことにカッと顔が熱くなって、類はしどろもどろに頷いた。永をまともに見られない。けれど何とか言う通りにして、類はその場に腰をおろした。腕はまだ離されない。永の体温がその掴まれているところから通じてじんじんと伝わってくる。
  すると急に、あの別れた日にしたキスのことが思い浮かんだ。
(バカ…何考えてんだ…。忘れろ…忘れろ…!)
「類。会いたかった」
  類の葛藤には気づけないのだろう、永がいやに静かな声でそう言った。
「本当はずっと会いにきたかった。たった今再会したばかりなのに悪いが……無駄な近況報告で茶を濁している余裕が俺にはない。お前の顔を見たら尚さらだ」
「永?」
「類。俺の気持ちはあの時に話しただろ。手紙にも書いた。何回も。だからもう俺の気持ちは分かっているものと思ってる。手紙は? 読んでくれていたのか?」
  それは切羽詰まった声だった。類の手を掴んだまま、永は永で必死なのだろう、その時初めて、類は永が冷静でも何でもなく、緊張しているのだと気がついた。
  だから類も正直になれた。
「ごめん、永。返事を出せなくて」
「手紙は読んでいたんだな?」
「読んでたよ。いつも読んでたよ。――嬉しかった」
「……良かった。読んでくれていたのか」
  心底ほっとしたようなその声に、類はどきんと胸を高鳴らせて顔を上げた。
「ごめん! 本当にごめん!」
  もちろん、類とて永に連絡したかった。貰う度にすぐ書いていた返事も、勢いのままポストに投函出来たらどれだけ良いかと、何度思ったか知れない。それにもしかしたら、自分のこんな態度を怒って、永はいつか便りをくれなくなるかもしれない。それが1番怖い。そうなった時に、自分は一体どうなってしまうのか、と。
  それでも類は永に返事を出せなかった。それを申し訳ないと思いながらも、どうしても出来なかった。
「俺……お前とは縁を切らなくちゃいけないって思ったんだ」
  そんなのは嫌だけれど。でもそうしようと努力した。
「お前と俺じゃ違い過ぎるし。俺はどこへ行ってもこんなんだ。俺のいる所が分かっていたなら、俺がどういう生活していたかも分かっていると思うけど。はは…相変わらずド貧乏だよ。父ちゃんはもうあまり悪さする体力残ってないから、今でこそ病院でおとなしくしている時間が増えたけど、やっぱり隙さえあれば酒買いに行こうとするし。ホント、どうしようもない親父なんだ。きっともっと自由に動けたら、またどっかから金借りてバカなことするんだろうな、とか。叔母さんはそんな父ちゃんにほとんど愛想尽かしているし。俺もだけど…。けど家族だからさ、見捨てるわけにもいかないし」
「俺ならとっくに見捨ててるよ、そんなクソ親父」
  淡々と返した永に、類は思わず口元を緩めた。
「はは…そうだよな。本当そうだよな。でも、俺にはやっぱり父ちゃんだから」
「うん」
「え?」
  永がすぐに頷いたことが意外で、類は思わず目を見開き……すぐに恥ずかしくなって俯いた。永と目を合わせ続けるのがこんなに難しいとは思わなかった。あの頃はいつでも真っ直ぐに見つめ合えていたのに。
「と、とにかくさ」
  余計なことは考えまいとして、類は急いで先を続けた。
「本当にごめんな、返事出せなくて。あ、でも俺、永がどうしているかは、多分手紙貰わなくても分かったと思うよ。だって有名人なんだもんな。時々雑誌とかテレビにも出てくるし。御曹司ってやつ? ホント凄いよ。だから、だからさ…。お前みたいなのが、俺と繋がってるの、やっぱり不自然だなって…」
「だから手紙の返事をくれなかった?」
「……うん」
  少し考えた後、類は素直に頷いた。
  ただ永の方はそれに納得しなかった。
「それはお前が思っていることなのか」
「え、それって…?」
「俺たちが不自然だと思うって気持ちだ。世間的に見てそうだと勝手に解釈して思っているだけなんじゃないのか」
「違うよ、俺自身もそう思うんだよ。俺と永じゃ釣り合わないって。そ、それに…ただの友だちならまだ分かるけど、お前、手紙に何回も変なこと書くし…」
「変なこと」
  永の凄んだ声に類はびくりと肩を揺らした。と同時に、これまで貰い続けた数々の手紙の文面が頭に蘇る。あれらを支えに、喜びにしてきたくせに、「変なこと」など酷い言い草だ。分かっているのに、類は止められずにそのまま続けた。
「だって、俺のこと好きとか、あ、愛してる、とかさ…。いつか一緒に暮らそう、とか。まるでプロポーズじゃん。おかしいだろ、俺たち男同士なのに」
「迷惑だったのか」
  類が何も言えずにいると、永は畳み込むように後の言葉を投げてきた。
「本当にそう思っていたのなら、お前は俺に、もうそういう手紙を寄越すなと伝えるべきだ。手紙でも、電話でもいい。そうだろ。それともいちいち断るのも面倒だから、俺が諦めるのをただ待とうと思ったのか」
「ごめん…」
「何に対してのごめんだ。断りの手紙を書かなかったことか?」
「……違う」
「じゃあ何だ」
「………」
「類」
「そんな、立て続けにいろいろ訊くなよ! 頭ごちゃごちゃして分からなくなるからっ!」
  耐え切れなくなって声を荒げると、永はおとなしくぴたりと口を閉ざした。
  けれどそれによってしん、と部屋の中が静まり返って、類は余計に居た堪れなくなった。
  そして気づいた。永がまだ自分の腕を掴んでいること。
  自分はそれがちっとも嫌じゃない――。そう思ってしまっていること。
「類」
  それでも何も言えずにいると、永が先に口を開き、類の頬に触れた。その優しい手つきに類が震えると、永はそれを諌めるようにして唇を近づけ、類の口を塞いだ。
「……っ」
  余計にびくついて身体が跳ねたが、それすら封じ込められた。類は「やばい」と思って押し返そうとしたが、永から余計に強く抑え込まれて、そのままその場に押し倒された。
「ひっ…永…」
「類。好きだ」
  類はひゅっと喉を鳴らして絶句した。覆いかぶさる永の瞳しか目に入らない。危険を知らせる警報はどんどんと遠くに行ってやがて何も聞こえなくなる。
  永の声以外は何も聞こえない。
「勝手に消えられて、頭がおかしくなりそうだった。しかも自覚した直後だろう……類、あの時は恨んだぞ。ふざけるなと思った。あの時は、今度会ったら絶対一発ぶん殴ってやろうと思っていた」
「い、いいよ。殴っていいよ」
  けれど類の真正直なその返しに、永はここで初めてふと肩の力を抜いて笑った。
  それはどこか泣き笑いのような弱々しい笑みだったけれど。
「『あの時は』と言っただろ。今はそんな気持ち、微塵もない。ただ類に会いたかった。それだけだ」
「俺に…?」
「類は俺に会いたくなかった?」
「会い……会いたかったに、決まってるよ」
「良かった」
  永が二度目に発した「良かった」は、類の胸に再度突き刺さった。本当はもうとっくに寂しかったのだ。それを押し殺して毎日を過ごしていた。自分をごまかし、そうし続けるしかないと思った。
  けれどその押し込めていた箍が一度外れたらもう駄目だ。駄目だった。
縁を切らなくちゃとか、お前と俺は違う、とか。そんな言葉はもう出せない。
「類。キスしたい」
  永にそう言われ、顔を近づけられたことで、類は完全に降参した。頬に触れられ、再度唇を重ねられる。何度もそれが繰り返されると、類も高まる身体をより煽るかのように、自ら永の唇に吸いついた。
「類…ッ」
  それが合図だった。永も類に誇示するように己の身体を擦りつけた。類にキスを続けながら、手は類の下半身へと伸ばす。
「うっ…ん、永…」
  ズボンの上からその形をなぞるようにして股間に触れられ、類は思わず声を上げ、足を跳ねさせた。
「嫌ならちゃんと逆らえ」
「い…嫌、じゃない…」
「嫌じゃないか」
  もう一度確認されて、類はうんうんと頷いた。下半身が熱い。でももっと触って欲しい、もっと強い刺激が欲しくて、類は永の手に自らのそれを重ねて強請った。
「ごめ、俺バカ…。永とやりたい。もっ…んぅ、何これ…永…!」
「類…っ」
  永の呼ぶ声は限りなく小さかった。しかもそれは掠れた悲鳴にも聞こえるほど、妙な声だった。ただ、類の言葉を受けた永はその頼りない声とは裏腹に、すぐさま唇に喰らいついてきて、類の息を止めた。あまりに激しいそのキスに類は混乱し、永の腕を掴んだ。びくともしない。2年前のあのキスは唇が触れ合うだけのものだったのに、今はあれとは全然違う。
「んっ…ん…」
  ただ、想像はしていた。あの時から。
  永とのあのキスがもっと激しかったら、互いの熱を確かめ合えるほどのものだったなら。自分たちは一体どんな風になっていたのだろうかと。後先考えずに抱き合えていたら、きっととても幸せだっただろうと。
  だからあの時から、類は自慰する時いつもそこに永の幻を見ていた。
「類…もうこんなだ…」
  ただ、それは永の方も同じだったのかもしれない。急くようにズボンを下ろして下着の上から類の性器に触れていた永は、すでに自らのものも絹ごし大きくその高ぶりを見せつけていた。類のものも興奮しているが、永も同じなのだ。類はそれを見て安堵した。こんなに会っていなかったのに、ずっと同じ想いでいられたのかと思うと嬉しくて堪らなかった。
「永……はぁ……んっ…。手紙の、返事…ごめんな」
  だから改めて類は謝った。自分は永からの気持ちを、いつも手紙を貰うことで確認出来ていたけれど、永はそうではない。今日とて唐突にやって来たような形だけれど、誕生日に合わせて現れたということは、よほどの決意であの扉を叩いてくれたに違いない。永の性格なら、もっと早くに来ても良さそうなものだ。それをしなかったのは、やはり少なからず反応が貰えないことへの躊躇いや恐怖があったのではないか。類が「変わってしまった」ことへの可能性をまるで考えなかったわけはないだろう。
「本当は……書いてたんだよ。永……俺、毎回、貰う度に返事、書いてたんだよ…?」
「……類。今はこっちに集中しろ…」
「でもちゃんと…」
  自分も永のことが好きなのだと言ってから始めたかった。そう目だけで訴えると、通じたのか、しきりに類への愛撫をしていた永はふと動きを止めて荒い息を吐いた。
  それから本当に優しく微笑む。いつも大体仏頂面で気難しそうな顔をしているくせに、時折類に見せてくれるこの緩んだ穏やかな顔が類は本当に好きだった。
「永…好きだよ…。どうしようってくらい…」
「俺も」
「あっ、あっ…」
  永によって下着から取り出された類の性器は、すでに恐ろしいほど腹の方へ向かい、勃ち上がっていた。それをさらに手のひらで扱かれるものだから類は喘ぐ声が止まらなくなった。ただ、必死に「永も」と懇願はした。永にも同じように気持ち良くなってもらいたかった。
「俺も永の触る…」
「ああ…」
  起き上がるのを手伝ってもらい、類は永と向かい合った。あまりに照れくさく誤魔化すように一度だけ笑ったが、早く永と一緒に快感を迎えたくて、その後類はすぐ貪欲に永の性器に触れた。互いのものに触れあい、刺激を与え合う。永のものの方が大きくて少し悔しく思ったが、それに気づいた永が少し笑ったので、わざと唇を尖らせた。
「類」
「は…っ」
  ただ、その唇もすかさず塞がれた。キスを続けながら互いのものを扱き合う。やがてその動きがエスカレートし、手だけでなく、直接身体を擦り合わせて腰を揺らした。類にはその刺激が堪らなくて、部屋の壁が薄いことも忘れて思わずといった嬌声を上げた。
「あ、はぁ…っ」 
  類が先に達し、その後すぐに永も射精した。その時には再び永に組み敷かれる形になっていたが、類は一度達しただけでぐったりで、指先を動かすのすらだるくなっていたから、行為を終えてきてから今さら永がTシャツを脱がしてきた時も完全に無抵抗だった。剥かれた薄い胸を上下させながら、類はただ永と一緒に昂ぶれた余韻に浸り、目を瞑った。
「はぁ…隣……聞こえちゃったかな」
「気にするな…」
  永が前髪をあげながら類の額にキスし、そう言った。だから類も「うん」と微笑み返して永の頬に触れた。またどちらからともなく口づけを交わす。さらに永が類の舌をとって深く絡み合わせ、曝された胸に触れてくると、類は再度自らの性器が興奮し勃ち上がるのを感じて赤面した。
「俺…どんだけがっついてんだろ」
「俺もだ。もっと類が欲しい」
  Tシャツを脱がせたのはそのせいか。小さな胸の粒をしきりに指先で捏ねてくる永に類は照れながら苦笑し、それを隠すように両腕を永の首に回した。
「俺、夢でも見てんのかな? ん……永とさ……こんな風に、抱き合って」
「……夢じゃない」
「んっ…永…」
  言葉を継ごうとするも、すぐに口づけられてそれは消える。ただそれも永が自分を求めてくれている証拠だと思えば嬉しいと思いこそすれ、決して嫌ではない。
  しかも永がさらに欲して類の後ろを使いたがってきた所作を見せても、類はそれを嫌だと思えなかった。永とのことを想像していた時、男同士でするそうした営みの中では、何となく自分が挿れられる方なのだろうと予想もしていた。
「う…んっ…永…っ…」
  何度も尻を割られ中に指を差し込まれる。互いに向き合う状態でそれをされ続けるのに限界を感じて、類は自ら身体を横向きにして永に後ろを差し出した。すると永はさらに互いの精液で濡れた自身のものを擦りつけ刺激を与えながら、なお深く類の奥へと指を滑り込ませた。そしてそれを何度か繰り返した後、永は後ろから類を抱え込むようにして腰を抱き、類の項にキスの雨を降らせた。
「気持ちい…永…」
「類……類……」
  永が何度も呼ぶ。嬉しくて類は思わず涙を零した。もうどうでも良かった。今ここで永と繋がれるのなら、後のことなどどうでも。その想いだけで、類は自らも腰を浮かし、四つん這いの格好になって永に「早く」と強請った。
「永……早くきてよ、永…!」
「類、好きだ…!」
「うん、俺、もっ…ん、あッ、あッ、んぅ…っ!」
  永のものが徐々に類の中を浸食していく。それを後ろから感じ取って類はきゅっと目を瞑った。視界は真っ暗だ。それでも永の声は聞こえていて、永の温もりが身体に凄まじい衝撃を与えているは分かる。ずくんと内臓を圧迫する永の性は、深く重く抉るようにして類の中を犯してくる。
「ひぁッ…あ、んぅ、んー!」
「類……」
「永…! はっ、はぁ、はぁ……や、ん…」
「動くぞ…いいな?」
「う、う…。ひさ……やっ! ゆっく、り…!」
  頼むと永は「分かっている」と律儀に返して、本当に優しくゆっくりと動き始めた。
「んあぁッ…」
  それでもその振動が直接全身に響く。下半身にも熱い血を甦らせる。ほとんど無意識に類は自身の性器に触れた。と、永もまた同じようにその手に触れきて、共に類のものを慰めるように指先を動かした。
「永……俺の、はいいから…!」
「一緒にいくんだろ?」
「う、ん…。でも……あっ、やっ!」
「類……可愛い。お前の声……俺が動く度に…そうやって反応してくれるお前の声だけで……もう、いきそうだ」
「あっ、あ、だって……あっ、永ぃ…! あ、あんっ…はや…!」
  肌の打ちつけ合う音が激しくなる。永が暴走したように動きを速める。その度、類の奥は永の蠢く雄に掻き混ぜられ、類の思考をめちゃくちゃにした。恐ろしく気持ちがいい。痛いはずなのに、その痛みすら快感に近い。弾ける、と思った瞬間、それはシンクロしたようにまさに同時に起こった。類と永は二人同時に白い精を放った。
「悪い……中に……」
  永が息を乱しながら謝る。類は自分を支えるので必死になりながらも強くかぶりを振り、その後でくったりとうつ伏せた。自然その上へ一緒に折り重なってきた永は気遣うようにそんな類から抜け出してから、優しい所作で類の身体を抱きしめ、首筋に甘いキスをした。
「類の顔が見たい」
「ん…」
  希望の通り首を捻って顔を見せてやる。永が誘うように身体も同じように曲げ、仰向けになる。そこから再び口づけをした。何度も唇を合わせあって、身体を擦りつけ合う。すると永がまた子どものように強請る所作を見せて、類の両足を左右に割った。
「何…?」
「今度は前から抱きたい」
「えぇ…? はは……永、元気ぃ」
「駄目か?」
「ううん」
  類の了承で永要望の二度目はすぐに始まった。前から抱き合うと互いの顔がよく見えて余計に興奮した。しかも二度目に挿入された時、類はその痴態を直視することで余計に実感してしまった。永にこういうことを許す自分は、もうとっくに「世間が許さない」と思うことを望んで、世間なんてどうでもいいと思っている。ただ永に求められて受け入れられることだけが望みなのだと。
「永っ…はッ、あッ…す、好きっ…好きだよ…!」
  永に奥を突かれ、揺さぶられている最中なのに、必死の想いでそう言った。――と、その類の声に呼応するように永の雄はより大きな欲望を見せた。類はそれが嬉しくてまた泣いた。「もっと」と言うと永は従順にそれに応え、そして類にこれ以上ないほどの優しいキスを何度も落とした。
  だから何度も何度も抱き合って、類は生まれて初めて、心から安心できるものに包まれている感覚に浸ることが出来た。





「やっばい…。俺、バイト行かないと」
  ふらふらしながらTシャツを着ようと手さぐりで周囲を探る類に、横で寝ていた永がすかさず手を取って「やめろ」と言った。
「行けるわけないだろう。今日は一日おとなしく寝ていろ」
「無理…。だってバイト穴開けるわけにいかないもん」
「お前の代わりに誰か行かせるから、お前は心配しなくていい」
「えっ、何言って…」
  けれど類がそれで戸惑っている間に、永は電話一本で類の代理を決めてしまい、「これで安心だろう」と偉そうに言った。
「永って…俺のバイト先のことも知っているの?」
  それでも身体がだるいのは事実だったので、類は永の誘いに乗ったまま再びもぞもぞと永がいる布団の中へと戻った。永はそんな類を引き寄せ抱きしめながら「お前のことなら何でも知ってる」と言った。
「だから、お前が黒沢という男に言い寄られていたことも知ってる」
「え?」
  そして突然そんな話をし始めた。
「だから来たんだ。もう限界だった。物分かりの良いフリをして自分が自立するのを待っていたら、お前を誰かに取られるかもしれない。外から圧力をかけているだけじゃ、気が済まなくなったんだ」
「ちょっと待って。永、何を言っているんだ?」
「言い寄られていただろう?」
「黒沢さんに…? そりゃあまあ、そうだけど」
  かと言って類が黒沢を受け入れる気がなかったのは明白だ。自分のことを調べていたのなら、そのこととて分かってくれていても良さそうなものだけれど。
  ああでも、手紙の返事も寄越さない人間に信じて欲しいも何もないかと思い留まる。
「類。俺もお前と同じだ。あんな親でも親だ。俺は家を捨てられないから、だからお前と離れていることにも甘んじてきた。もともと家の商売が好きだからって理由もあるけどな。けど、手紙にも書いていただろ。俺がきちんと自立して好き勝手出来るようになったら、そうしたら絶対お前を迎えに行くって。今回は、それが少し早まっただけだ」
「………」
「何だよ。そこでそんな迷惑そうな顔するな」
  黙り込む類に永が膨れた顔を見せた。
  だから類も困ったようになりつつ、急いで首を振って「違うよ」と苦笑した。
「迷惑とか、そんなわけないけど…。でも、現実を思い出しちゃうと、やっぱりね」
「だから、お前がそういう心配をしなくても済むようにする。一刻も早く」
「ねえ、ところで…。俺にちょっかいかけるなって、永が黒沢さんに何か圧力をかけたってことなの? 家の力を使って?」
「……さぁな。ただ、類はこれ以上のことは知らなくていい」
  永はそう言って類の頭をまるごと抱え込み、髪の毛にキスを落とした。

  金持ちなんざ、ロクでもねぇ奴ばっかりだ。

  大して怒ってもいないような軽い口調ではあったが、あの時の黒沢はそう毒づいていた。きっとあれは、「こういうこと」だったのだろう。自分の意に添わないことは、金の力で何とでもする。それに対抗できない者は、力のあるその者に屈服するしかない。……本来それは黒沢のような人種のやることだ。しかし、それをも上回る巨大な力。そのことを深く考えていくと、類としては不本意ながらも「黒沢の言ったこと」に同調せざるを得ない。確かにロクでもない、と。それに類は自分が貧乏な暮らしを強いられてきた分、恵まれた人間を殊の外羨んだり、嫉妬もする。だから余計に「ロクでもない」という気持ちが大きくなってしまう。
  大体、自分の都合で何でも思い通りにしてしまえる身分など、何かが間違っている。
  本来なら、類の最も嫌いな人種だ。
「怖いな」
  ただ、類は何気なくそう呟いた後、自分のその台詞に眉をひそめた永に気づいて破顔した。その後すぐさま「何でもない」と言って、誤魔化すように自らの頭を擦りつける。
「何でもないよ」
  そしてもう一度言う。永に寄り添って目を瞑る。
  永の胸の鼓動が聞こえた。それは自分と何ら変わりのない音だった。それを聞いて類は、「でも多分、1番怖いのはこの音を失うことだ」と思った。もう掴んでしまった。だからもう諦められないし、物分りの良いフリも、きっと出来ない。
「永」
「ん…」
「俺……だから……他の怖いことには、見えないフリをする」
「……………」
  類の意味不明な台詞に、永はすぐに答えなかった。
「類。もう1度寝ろよ」
  ただ、それは確かに伝わっていた。それに種類の違う「怖さ」なら永もとうに持っているに違いない。甘えるように寄り添う類を永は再度強く抱きしめ、もう何十回したか分からないキスを仕掛けてきた。
「永。好きだ」
  だから類も、もう何十回言ったか分からない告白を繰り返して永に抱きつき返した。
「好き…」
  その言葉を重ねる度、ただ、その言葉を言うだけで。自分の中に潜む怖さも、段々と薄れていくような、そんな気がしたから。