嘘
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きょろきょろと注意散漫に辺りを見回していたら、取り巻きの女の1人に「最近らしくないね」と言われてむっとした。「らしくない」ってのは、俺という人間のことを分かった上で放たれるべき台詞であって、大学に入ってから知り合ったばかりの、しかもこちらは「友達」とも思っていない人間にそんな風に言われたら誰だって頭にくる。 それでも我が家の家訓は「女には優しくすべし」だし、それが物心ついた時から身体に染み付いている俺は、「そうかな」なんて曖昧な台詞と笑顔までおまけしてやって、さり気なくその場を離れた。 今日も見風の姿は見当たらない。俺のことを避けているのは明らかだった。 「俺、お前といると蕁麻疹が出るんだよ」 そう告白されたのは、何度もしつこく飲みの誘いを仕掛けてやっとその念願が叶った夜の事だった。 「じんましん? 何だよそれ」 蕁麻疹、というそれそのものの症状の事は勿論知っている。ただ、問題はあいつが俺が傍に寄ると「それ」が出ると「思い込んで」いて、それ故あいつが俺を避け続けなければならないという事だった。 俺は見風の事は知り合った当初から凄く気に入っていた。郷里が人里離れた山奥だとかで人に対して擦れていないし、何より向学心のあるところが良かった。どうしてか俺の周りにはチャラチャラとした軽い感じの奴らしかいなかったから、見風の物静かで落ち着いた雰囲気は際立って目を引いたし、話しかけると人見知り故の途惑いを見せながらもこちらに合わせてくれようとする気の遣い方が好感度大だった。 こいつとは絶対親友になりたい。すぐにそう思った。 それなのに、見風は知り合った当初こそ親しく話し掛ける俺に笑顔で接してくれたものの、時を経るにつれてよそよそしくなり、しまいにはあからさまに避ける素振りすら見せ始めた。同じ講義で隣の席に座っても露骨に嫌な顔をする。遊びの誘いも無碍に断る。頼むから話し掛けてくれるなという風に顔を背けて無言を貫く。 ショックだった。物凄くショックで悲しくて寂しくて、正直こんな想いを抱いた事がなかったから自分自身、その精神の不安定さに愕然として食事も喉を通らなくなった。 それでも弱気な顔や落ち込んだ様子を周りに気取られるのは我慢ならない。俺は努めて冷静を装い、めげずに見風の傍へ寄った。その度嫌がられて本当に滅入ったけれど、どうしてか「だったら知るかよ、お前なんか」と切り捨てる事は出来なかった。何の非もない(と思われる)俺にこれだけ酷い仕打ちをする男を嫌いになれない。それどころか避けられれば避けられるほど、どうして、何故という想いは強くなり、見風に擦り寄る事を止められない。見風という人間が「どうしても悪い奴には見えない」という確信に近い直感が俺をしつこくさせていたのじゃないかと思う。 「お前の近くには寄れないんだ。痒くて仕方ないから」 そして、その原因が「それ」。 開いた口が塞がらないというのはまさにこの事だけれど、半分安心、半分また奈落の底へ突き落とされたような衝撃。 見風が心底俺を嫌っているというのではないというのは分かったけれど、俺が近くにいる事で痒みとやらが起きるのなら、傍に寄れない。触れられない。それは相当な打撃だった。いつでも見風の横に座ると、その白い肌や端整な横顔に見惚れていた。さらりとした黒髪にも触ってみたい。撫でてみたい。そんな欲求が湧き上がって仕方なかった。見風は後に俺のそういうのは「友情とちょっと離れている」と怯えたような目を向けたけれど、どういう種類のものであれ、俺が見風を「好き」な事は間違いがないのだから、細かい事はどうでも良かった。 とにかく。 俺は見風がどう迷惑がろうとも、見風と一緒にいたいのだ。 「何処に隠れたんだ…」 広いキャンパス内で1人の男を捜すというのは大層な手間だ。講義の時間は良いのだが、それ以外は本当に逃げ足が速くなった。俺も大概しつこいと思うが、見風は見風で酷いのだ。講義を終えるとまるで風のようにさっと離れて姿を消す。常に見風を掴んでいられれば良いのだけれど、何せ俺はカッコイイ男なので、始終女どもが何やかやと理由をつけて話しかけてくる。無視も出来ないと相手にしていると見風は消える。 最近のストレスは尋常ではなかった。 「せめて携帯には出ろよ…」 電波を通じて蕁麻疹は出ないだろう、さすがに。ストーカーのように何十回もコールしていると偶に「煩い!」と出てくれる事はあったが、最近は俺のその「鬼電」に頭にきているのか、見風は着信音が出ないように設定変更してしまっている。じゃあ次はメールだなと思って、決して悪気はないのだが(というか俺は大真面目だ)、何十通も「何処にいるんだよ」というメールを送信し続けていたら、やっと見風から電話が掛かってきた。 俺はニヤリとした。 『神薙! お前、気持ち悪過ぎる!』 開口一番見風はそう言って俺を罵倒したが、俺は見風の声が聞けて嬉しかった。にやけた顔が元に戻らず、携帯を耳に当てたまま「今何処にいる?」と悪びれもせずに訊いた。 『何で教えないといけないんだよ』 「今からそこに行きたいから」 『それが嫌だから離れてるんだろ。お前、いい加減にしてくれよ…』 ともすれば泣き出しそうな見風の声に俺はようやく笑顔を引っ込めた。「好き」な相手にそんなしょげた声を出されれば誰だって落ち込む。別に見風を苦しめたいとか思ってるわけではない、ただ一緒にいたいだけなのだ。 ただ見風の笑顔が見たい。 「一緒にいても触らないから。それなら傍にいてもいいだろう?」 『駄目。ただでさえさっきの講義も全然集中出来なかった。お前が隣にいるだけで物凄く痒い。まだミミズ腫れも引かないし…』 「………」 『お、お前が悪くないのは分かってる!』 見風は俺が度を過ぎたストーカーをすると強気に怒るが、殊勝になって黙りこんだり悲しそうな顔をすると途端弱気になってしょぼしょぼとした声を出す。別にお前は悪くない、お前の事もそんな嫌いじゃない、でもこの痒みだけは我慢が出来ないから――と、酷く申し訳なさそうな声でそんな風に俺を気遣う。 でも一緒にはいてくれないんだ。 『神薙がこの痒みの原因かって事も分からないし…。本当、酷い事してるって自覚はあるよ。嫌な奴だよな、お前が近づく度に嫌な顔してさ…。でもさ…本当に…痒みが酷くなる度に、お前の顔見るのも…最近じゃちょっと…きょ、恐怖で…』 「酷いな」 見風が言うように、あいつのじんましんの原因が俺という証拠はない。 初めて告白された時に原因を究明しようと思ってすぐさま掛かり付けの医者の元へ連れて行って色々な検査をさせたけれど、はっきりとした事は分からなかった。特に何かの病を患っているわけでもなさそうだし、見風は一見しても健康体だ。とすると疑いがあるのは何らかのアレルギーだが、その検査をするにも対象項目が1日では全て終えられないくらい膨大にあるし、あいつが「神薙が原因」と思い込んでいるから、他のものが原因かもしれないという取っ掛かりも掴みにくい。…未だ消極的に通いの皮膚科で薬を塗るだけの見風は、「お前と一緒にいなければ大丈夫だから」と言ってそれ以上の治療をしようという気を起こさない。 本当にひどい。ひど過ぎる。俺が可哀想過ぎる。 それでも見風を嫌いになれない。 「なあ見風。じゃあさ、触らないどころか、傍に寄らないから。それならいいだろ?」 『どういう意味だよ…』 「見風の半径5メートル以内に近づかない。その距離から常に話し掛けるから。それなら会ってもいいだろ?」 『そ……そんな微妙な距離から会話してる奴ら見た事ないよ…』 そんなの変過ぎるよと見風はぶうたれ、けれど俺のその発言があまりにバカっぽかったせいだろうか、見風はここで初めて電話越しに少しだけ笑った。 俺はそれだけでどうしてか物凄く幸せな気持ちになった。ああ、やっぱり見風っていいな。そう思った。 「会いたい、見風」 だから正直にそう言うと、見風はたちまち困ったような態度に戻って「でも…」と言い淀んだ。 『さっき講義で会ったじゃないか』 「講義中に話が出来るわけないだろ? それに、それこそさっきの講義の所で話したいところがあるんだ。見風じゃないと勉強の話できないし。レポートの話もしたい」 『………』 「駄目か? 俺んち、行こう? お前もこの間見たから知ってるだろ、広いからさ、半径5メートルの約束果たせるから」 『もうそれはいいって…』 思い切り苦笑したような見風は必死な俺に根負けしたようだ。「分かったよ、もう」と渋々ながら会う事を了承すると、「ホントに、触るのだけはなしだからな」と念を押して、自分の居場所を教えてくれた。 「あー、じんましんのお兄ちゃんだあ!」 無駄にでかい俺んちの洋館風邸宅に連れて行くと、小学5年の妹・真呼(まこ)が見風を見て嬉しそうな顔をした。 先だって見風を連れて家に帰った時、偶々普段は寺にいるはずの親父までもがいて家族が全員集合していたのだが、俺がみんなに見風の「病気」の事を話すと、奴らはとにかく大爆笑だった。衝撃的な初対面だった事は間違いない。 「お兄ちゃん、大丈夫? また離有ちゃんに無理矢理連れてこられちゃったんでしょう、ぽつぽつ出てない?」 「今はまだ…何とか…」 本当は既に痒そうだが、妹を気遣っての事か見風は無理に笑ってみせた。俺の家族は別段見風を悪く思っていない(それどころかそのインパクトある初対面で大変気に入った様子だ)が、見風は俺の家族に凄く申し訳ないと思ったようだった。そりゃそうだろう、誰だって自分の息子や兄弟が原因で「じんましんが出る」なんて言われた日には「普通」は気分の良いものではないだろうから。 まあ、俺の家族はちょっとその「普通」ではないのだが。 「離有ちゃんみたいなキモイ人にしつこくされたら、そりゃぽつぽつも出るよねえ? お兄ちゃん、本当に無理しなくていいよ? 今日だってどうせまた離有ちゃんが鬼電か鬼メしたんでしょ、『見風に会いた〜い』とか言って。本当、ありえないよねえ。フツーはもう諦めるって」 「真呼、お前はどっかへ行け。俺が見風と遊ぶんだから」 うちの家族はどうにも皆お喋りだ。見風は俺の友達なのに、何やかやとこの間だってなかなか離れようとしなかった。幸い今日は姉貴や両親はいないようだが、この生意気な妹がいたのは計算外だ。 それでも真呼は俺のここまでの苦労は一応分かっているのか、俺が財布から黙って万札を差し出すと、お菓子を置いた後は割とあっさり引き下がった。現金な奴だ。 「改めて見ると本当に大きな家だな…」 見風は俺の部屋を見回して感心したようにそう言った。 成金坊主の先祖と親を持ったお陰で、俺は今まで金に困った事がない。家も車も見風が言うには「常識外れだ」というくらいに持っているし、そのせいで無駄に群がる人間にもたくさん出会ってきた。もし俺が勝手で「俺様」な性格だというのなら、きっとそんな異常な生育環境が原因には違いないと思う。決して俺自身のせいではない。 「こんな広い所だと却って落ち着かなくて眠れなくない?」 見風は何処に座ったらいいものかと思案した後、ようやく白いソファの隅、ぴかぴかに磨かれているフロアに直接腰を下ろし膝を曲げて、体育座りのような格好を取った。何でソファに座らないんだとか、そんなに広いなら何でわざわざ膝を曲げて座るんだとか色々不可解なところはあったが、特にそこには突っ込まずに俺はテーブルの上に妹が持ってきたお茶を置いた。 「俺は何処ででも眠れるよ。眠れない事ってあんまりない」 「ああ…。まあ、そんな感じ」 「見風はあるのか? 眠れない事とか、落ち着かない場所とか」 「あるよ。こっちに来たばっかりの頃は新しい布団に慣れなくて眠れなかったし、落ち着かない場所っていったら神薙の隣だな。痒くなるから」 「……お前な」 「あ! ちょっと! そこから先は来ちゃ駄目だって。5メートル以内になるぞ!」 「いやもう、3メートルは切ってるから」 幾ら俺の部屋が広いからっていつまでもそんな端と端でお喋りをなんて真似が出来るか。 ああ言ったのは見風に何とか居場所を割らせる為であって、「あんな約束」、そもそも守る気なんてさらさらない。 もっと近くで見風を見ていたい。 「なあ」 とはいえ、折角家に呼ぶ事が出来たのにあっさり嫌われて帰られたのでは敵わない。努めて平静を装いながら、俺は見風と適度な距離を取った状態で話し掛けた。 「見風の家はどんな感じなんだ」 「俺んち?」 出されたお茶に一口だけ口をつけ、見風は訊かれた事を反芻して首をかしげた。 ああいいな、あのグラス。俺もあのグラスでお茶が飲みたい。見風を見つめながら全く会話と関係ない事を思い浮かべる。 「別に、普通の一軒家だよ。…あ、でも今時、藁葺屋根の家なんて普通じゃないのかな…」 「まあ、普通じゃないな。さすが田舎」 「むっ! …でもな、囲炉裏で餅を焼いたりさ、石釜でご飯炊いたりするんだ。あ、コンロも炊飯ジャーもちゃんとあるんだぜ? けど、休みの日とか時間に余裕のある日はそういう昔ながらの生活を送るんだ。両親の趣味は家庭菜園だし、野菜なんか殆ど買った事なかったよ」 「へえ…凄いな」 あまり想像の出来ない世界だ。それに見風が故郷を懐かしむように嬉しそうな顔をするのが俺も嬉しい。 「あとな、風呂とかも近くに天然の露天風呂があるんだぜ? へへ…羨ましいだろ?」 「露天風呂!?」 「そ。ちょっと歩くから冬なんかは寒くて勿論入れないけどさ…。猿とかも普通に入ってくるし、夜空の星を眺めながら入る風呂はホント最高だったなぁ…。今じゃ狭いユニットバスだし」 「お前…。そんな、お前の裸を惜しげもなく野外に晒すなよ…」 「は? 何言ってんだよ」 「そんなに広い風呂に入りたいなら俺んちの貸してやろうか? うちの風呂なんかライオンの口からお湯が出るんだぜ」 「はあ?」 俺の発言の意味がイマイチ分からなかったのか、見風は露骨に胡散臭そうな顔をした。 しかし別に俺は嘘なんか言っていない。何せ両親は成金趣味の悪趣味夫婦なのだ。 「だから。王宮貴族が入るような浴槽を造らせたんだよ、ここの家建てる時。だから、まあ普段は水道代かかるからってケチって別の風呂使ってっけど、だだっ広い大浴場も別にあるんだよ」 「……お前んちって明らかに金の使い道を間違えてるだろ」 やっぱり変なのと呟いた見風は、それでも興味は湧いたのか、面白そうに目を細めて笑った。その笑顔! やっぱり「好き」だ。 「よし! なら早速風呂沸かしてくる! ちょっと湯が溜まるのに時間掛かるけど、別にいいよな?」 「えっ? あ、い、いいよ、そんな。人んちの風呂借りるなんてさっ」 俺が本気だと思って急に焦り出した見風は、腰を浮かしてぶんぶんと両手を振った。 しかし俺は是が非でも入りたい。見風が喜ぶ顔を見たいし、見風と一緒に入りたい。 「遠慮するなって。やっぱ親友同士なら裸の付き合いってやつを早々にやらなきゃな! 背中流してやるし! あ、どうせなら熱燗とかつけようか? ほら、露天風呂にはそういうの付き物だろ? うちは露天じゃねえけど」 「……は? あの、お前、もしかして……」 「ん?」 「もしかして…一緒に入ろうとか言ってる?」 「そうだけど?」 俺が平然と答えると、見風は急にカッと赤面して今度は立ち上がった。 「な、何バカなこと言ってんだよ、お前はっ! 誰が入るかッ!」 「は? 何で?」 「な、何でじゃないッ! ありえないだろ、そんな…何で…!」 わなわなと怒りに震える見風も可愛いなあと思いながら、しかし俺ははははと軽く笑い飛ばして安心させるように言ってやった。 「あー、安心しろって。ほら、湯煙でそんなお前のぽつぽつなんて見えないだろうし。それに、ちゃんと5メートル離れててやるから」 「嘘つけ、お前たった今、背中流してやるって言ったじゃないかよ!」 「見風。お前、細かいこと気にするなよ」 「細かくないっ……って、わわわ」 急に腕をまくり始めた見風は、対角線上に向かい合っていた俺から避けるように背中を向くと、激しくぽりぽりと腕を掻き始めた。あ、じんましんだ。俺は近づいていないのに、興奮して噴出したらしい。 しかしあまり掻き過ぎるのはあいつの肌にも宜しくないだろう。俺はむっと眉を寄せてから見風に接近してその手を取った。 「あっ…」 「あんまり掻くな。傷出来るぞ」 「お、お前が…っ。離せよ!」 「離したらまた掻くだろ? いいから落ち着けって」 「これが落ち着いて…うう、痒…痒いーッ」 「心頭滅却すれば痒くねえって」 「他人事に言うなー!」 無茶苦茶に暴れ出した見風を、俺は強引に抱きすくめるようにして余計強く拘束した。見風はそれで余計パニックになったようだが、俺は一度触れてしまった見風のその身体の感触に酔って、むしろ「絶対離さない」と決意を強くして奴の項に強く唇を押し付けた。 「ひっ」 見風が首を竦めて小さな悲鳴を上げた。構うものか。俺は絶対に見風を手に入れる。震えられても怯えられても、俺は頑として見風を抱きしめた腕を離さず、しきりと背後からのキスを繰り返して最後には見風の耳の中に舌を捻じ込んでやった。 「やっ…」 びくんと反応を返した見風が愛しい。堪らなくて俺は力が抜けたような見風をそっと誘導するように屈みこませると、向かい合わせになって顔を寄せ、その震える唇にもキスをした。 「…っ」 見風はぐったりとして目を瞑っている。たったこれだけの事で生気を奪われたみたいになってる。俺は自分が吸血鬼にでもなったような気分で見風の蒼白な顔を覗きこみ、「見風」と囁くように呼んでみた。 「神薙……」 長い睫がそっと上向いて見風が俺を見つめる。ゾクリと全身に電流が走ったようになる。我慢が出来なくてまた二度三度と見風に口づけをし、何とか避けようと顔を背ける見風の頬を片手でぐっと固定した。 「や…神…」 「キス…嫌?」 「と、友達同士で…こんな事、しないよ…?」 見風は「嫌」とは言わなかった。ただ触れた腕に鳥肌は立っている。不快になって自然と眉根が寄ったが、声には出さずにもう一度見風の唇を奪い、無理に開かせてその中にも舌を入れた。 「ふっ…んっ…」 「見風…っ」 仄かに染まる目元が可愛い。恥ずかしがっているのが分かる。ああ、見風のこと全部欲しいな。そう思って、でも見風が遂に泣き出してしまったものだから。 俺はそこまでで諦めて、見風の頭をよしよしと撫で付けた。 「ごめん、見風」 「もうやだよ…」 「もうしないから」 「嘘だ…」 確かに俺は嘘つきだ。何とも言えずに思わず黙りこむと、見風はじんわりと潤んだ瞳を俺に向けてからもう一度ぶるりと身震いをし、俺の胸に手を当てた。俺から離れようと遠慮がちにした所作だった。 「……離れたくない」 だから俺は見風の両肩を掴んだままそう言った。 「見風とこうしてたい」 「だから…駄目だって…」 「見風は俺のこと嫌いか?」 「だ、だから…そういう問題じゃ…」 「嫌いかよ?」 そうだなんて言われたら立ち直れない。 それでも俺は見風が決してそんな酷い突き放し方をしないのを知っていた。たとえ俺を受け入れる気持ちがなくとも、こいつはそんな風に冷たく人の手を離せない。 俺とは違う生き物だから。 「嫌いじゃないよ…」 案の定だ。見風はそう言って、けれど困ったように俯いた。 「でも…でも、こういうのは困る。本当に…神薙は、時々怖いよ…」 「前にもそう言ったな」 「だって…突然、目つきも変わるしさ」 「そうなの?」 自覚なし。見風が不意に見せる心細そうな表情って、そのせいなのか。 俺は自分自身の事がよく分からなくて首をかしげた。 「見風の事になると必死だからかな」 「……神薙」 「よく分からないけど。俺は見風が好きだから、見風といつでもこうしてたい」 見風が嫌でも、そうしていたい。 「見風。だから。もう諦めてくれな?」 見風は俺の何気ないその言葉にまたびくんと震えて、そして再び泣き出しそうな顔をした。そんな見風を見る事は辛かったけど、でも俺はやっぱり見風を離したくなかった。 「なあ。風呂が無理なら、それは諦めるから」 だから俺は見風にもう一度、触れるだけのキスをしてから努めて優しい笑顔を作った。 「でも、俺に内緒で何処かへ行くのはやめて?」 でないと怒るからなと言うと、見風は何事か不平を述べたそうな顔をしたけれど。 多分、俺のことを「怖い」というのは本心なのだろう、この時は「とりあえず」黙って素直に頷いた。 それが俺のしょっちゅう紡ぎ出す「嘘」だったとしても、俺も「とりあえず」は満足した。 だって俺と見風とは、まだ始まったばかりだから。 |
了 |