両片想い



 ―2―


  結局、その後も、ツキトは志井に泊まりたいと思っていることを切り出せなかった。
  志井が出してくれた夕食は間違いなく美味しかった。ツキトの味覚に配慮しているのであろう優しい味付けは勿論、皿や盛り付けのセンスも際立っている。やはり志井は何でもできる。いつものことながら尊敬しっぱなしだ。恋人関係になっても、ツキトには未だに志井に対して、遠い存在のような、憧れの念のようなものがあり、それが、ほんの時折ではあるが、ツキト自身を苛むことすらある。…以前は「それ」が志井の方にあったというのだから、ツキトにしてみたら恐れ多いし、驚愕なのだけれど。
  しかし今は正直、「そんなこと」はどうでもよかった。
  食後のデザートも出てしまったし、美味しいミントティーも飲んだ。互いの近況も一応は語り合えたし、こうなると後はもうツキトが「じゃあ」と言って席を立つのを待つばかりだ。
  ……と、志井に思われているのじゃないか、とツキトは思う。何せ志井ははじめから門限のことを気にしていたから。けれどツキトは帰りたくないわけで、だからと言って志井に「そろそろ帰らなくていいのか」と言われるのも嫌だし、だったら自分から帰ると言った方がマシだし。いやいやそもそも、帰りたくないのだから、素直にそう言えばいいだけではないか―――。
「ツキト」
「えっ」
  ツキトがそうして一人悶々としていると、隣に座っていた志井が不思議そうな顔で覗きこんできた。
「どうした? 大丈夫か、何か…神妙な顔になっているが…」
「えっ、え!? いや別に…」
「本当か? 具合悪くなったりしていないか?」
「全然平気だよっ。ごめん、大丈夫! ちょっと考え事してて…!」
  ツキトは慌ててかぶりを振り、志井に向き直ると無駄に両手も振って取り繕おうと必死になった。志井に心配をかけたことが申し訳ない。それに折角の2人きりに気もそぞろとなっていたことも悪いと思った。
「本当に大丈夫か? お前、俺には気を遣うところあるからな」
「遣ってないよ!? それを言うなら志井さんだって!」
「俺!?」
「そうだよっ!? だって今日だって、こんなお客様扱いでいっぱい色々してくれるし! ごちそう作ってくれて、俺は志井さんに、もてなされるだけで何もしてないし!」
「なっ、そんなことないぞ! だってな、これは俺がやりたくてやっていることなんだから! あ、でもそれでツキトが却って窮屈な想いしていたなら悪かった!」
「そっ…!? そんなことないよ!? ぜんぜん! ごご、ごめん、変なこと言って!」
「あ、いや俺こそ悪い! こういう言い方したらツキト気にするよな…!」
「……っ」
  しん、と。 
  互いがひとしきり謝りあった後、2人の間には妙な沈黙が走った。ツキトはだらだらと冷や汗を掻いたが、どうやらそれは志井も同じらしかった。いつもはクールな印象なのに今はその陰もない。ツキトも変わったかもしれないが、志井はもっとだった。それはツキトにも容易に感じられる変化だった。志井はいつでもツキトを想い、ツキトに尽くそうとする。そしてちょっと顔色が悪いとどうした、大丈夫かと心配し、ツキトがそれに恐縮すると、逆にそんな風に思わせてごめんと謝るのだ。
  志井が自分を大切にしてくれているのがツキトには分かる。それは以前、右手が動かなくなった時に献身してきた志井と重なることもあって、ツキトは少しだけ胸が痛くなる。泣きたくなるくらいに嬉しいけれど、そんな志井に、やはり自分は何も返せていない気がして。
「志井さん…」
  しかも、そんな志井に対して依然として思っていることは、「志井に甘えたい」だから始末に負えない。ツキトは急にそんな自分が恥ずかしくなった。こんなに優しくていつでも心配りをしてくれる志井に、ああして欲しい、こうしたいと望むばかりだ。しかもそれをうまく言えないからと一人で勝手に塞ぎこんで、また志井を困らせてしまった。
  居たたまれなくなって、ツキトは思わず立ち上がった。
「あの…今日はありがと。俺、そろそろ帰るね?」
「あ…ああ、そうか。送ってく」
  すると志井もハッとしたようになって時計を見ると自分も立ち上がり、傍にあった車のキーを掴んで無理に笑った。ツキトはそれに一瞬「いいよ」と断ろうとしたが、寸でのところで思いとどまり、「ありがとう」と自らも必死にほほ笑んだ。もしここでそんな遠慮をしたら、それこそ志井を困らせてしまうことは明白だったから。
  部屋の隅に置いていたカバンを肩にかけて、ツキトはさらに「今度の作品、できたらまた1番に写真撮って送るね」と努めて明るい声を出した。それに志井が何か返したようであったが、よくは聞こえなかった。自分が焦っているから志井の声すら遠くなったかと、ツキトは何となく耳を押さえようとし、その時初めて黒い影が近づいてくることに気がついた。
「あ…? ……んっ…!」
  それは勿論志井で、志井は音も立てずにツキトに近づいてくるや否やそのまま顔を寄せ口づけをしてきた。ツキトは瞬時にどきんと心臓を鳴らしたが、耳へやろうとした片手を掴まれてそのまま壁に身体を押しやられてキスされたものだから、ただ面食らって硬直してしまった。お陰で志井の唇の感触もよく分からなかったほどだ。
「志井、さん…?」
  それでもやっと、したいと思っていた口づけをしてもらえて、ツキトは内心異様な喜びを沸き立たせながら志井を見上げた。志井はそれに少しバツの悪いような、照れたような顔を見せたが、ツキトの不思議そうな呼びかけには応えず、再度近づくと、今度はゆっくりと確かめながら唇を重ねてきた。
「ふ…んっ…」
  何度も触れ合ってから志井のそれは徐々に激しくなった。ツキトがそれに呼応するようそっと唇を開くと、志井もまた急くように舌をねじ込んできた。とてつもなく熱く、けれど背筋はぞくぞくして、ツキトは足先から全身が震えるような快感を抱いた。特に下半身に熱が集まる。当然のことながら、志井とのキスなど初めてではない。それでも堪らなく恥ずかしく、そして嬉しかった。志井に片手を押さえられているのが惜しかった。だから本当は両手でしたかったのに、せめてと、残っている片方で志井の肩先に触れた。
  何度も口腔内を行き来する志井の舌と、それに絡めとられることへの喜びに、ツキトは段々と感極まり涙腺が緩んできた。ひたすら熱い。身体の迸りを止められずに、それでもそれに気を取られている暇がないほどキスが続いて、さらに志井がより身体を擦り付けてきたものだから、ハッとして目を開いた拍子、涙がこぼれた。
「あっ…」
「ごめんなツキト…」
「な、何で、あやまっ…?」
「こんな…ダメだろ。分かってたんだ、一度触れたらこうなることは…。けどつい…帰したくないと、思っちまって…」
  本当にダメだ俺はと言って志井は苦笑してから、必死の体という風にツキトから離れた。ツキトはそれにぎょっとしたが、志井はそれを見ておらず、「さあ行こう」と鍵を持ち直して玄関へ向かった。
「そんっ…」
  けれどこれにボー然としたのがツキトだ。一瞬あっけにとられ、本当に身動きが取れないくらいだったが、それでも志井が外へ行ってしまうと視認した時は、もう走り寄って後ろから抱き着いていた。
「つっ…!?」
「俺も! 俺も、帰りたくないっ!」
「ツキト!?」
「何で!? 何で謝るんだよ、でもごめん、俺も謝る! 俺が本当は言いたかった、ずっと言いたかった、志井さんのとこ、いたいって! 帰りたくないって言いたかったのに言えなくて!」
「ちょっ…ツキ、お前ちょっ…」
  ツキトの方へ振り返ろうにも、強く後ろから羽交い絞めにされて志井は思うように叶わず、ツキトの手を引き離そうとした。しかし夢中になっているツキトは案外力が強く、なかなかはがれない。志井は戸惑ったように言った。
「気まずくなったから帰ろうとしたんじゃなかったのか?」
「違うよ、うまく言えないで悶々としているのを志井さんに誤解されて、謝られて…!  申し訳なかったから! それに、言いたいこと言えない俺自身にイラついていたから…だから!」
「ツキト…けど…」
「いたい! ダメ? いたいよ一緒に…!」
「ダメなわけが…ないだろ…。俺こそ…」
  志井が力なくそう答えるのを聞いて、ツキトはそこでようやく目を開いてそっと両手を離した。ほっとしたからというのもあるが、そう言ってくれた志井の顔をきちんと確かめたかった。
  案の定、解放された志井はすぐに向き直ってくれ、ツキトの目線に合わせるように身体を曲げ、ツキトの頬に優しく触れてきた。ツキトはその志井の度アップに途端赤面したが、ようやく言えたことに嬉しくて、照れながらも思わずといった笑顔を浮かべた。
「ツキト」
  だからその後またすぐ志井がキスしてくれたことが嬉しかったし、もう言葉を介さなくとも良いのだと分かったのも嬉しかった。
  そして不思議なことに、言わなくても良いのだと安心した途端、それは口をついて出てきた。
「ずっと…こうして欲しいって思ってたんだ。俺、志井さんと…こうして…」
「ツキト、悪い」
「え? 何――」
  何でと問おうとした途端、再び志井からのキスはやってきた。しかも、それはひどい焦燥が感じられる勢いのあるもので、志井はツキトが戸惑うまま、ツキトの身体を締め付けるように強く掻き抱いた。
  そうして最早少しの自制も不要とばかりに、志井は急くような様子でツキトの衣服に手をかけてきた。
「ん…っ」
  またさらに噛みつくようなキスがくる。となると、ツキトももう場所のことなど気にならなかった。すぐ目の前に「帰り」を示唆するドアがあって、さっきまではそれが嫌で仕方なかったのに、今は全く気にならない。ツキトはただ応えるように志井の作業を手伝い、服を脱ぎ棄て、また自らもねだるように口づけを返して、志井の服に手をかけた。すると志井も了承して上着を脱ぎ、ツキト同様その裸身を晒した。
「はっ、ん…」
  キスをしながら膝をつくと、促されるようにツキトはその場に押し倒された。すぐに志井が覆いかぶさって尚も口づけが続く。冷たい床も気にならない。ただ早くと逸る気持ちしかない。志井もそれは同じようで、ツキトの身体を撫で擦りキスを落としながら、ズボンに手をかける。ツキトも腰を浮かして、自らそれを下へずらした。多少の羞恥はあったが、それ以上に早く志井と抱き合いたかった。こんなに欲しいという気持ちが盛り上がる自分に、ツキトは少し驚いた。以前は「欲情」など、ただひたすら恐ろしかったのに。今はもう全くない。ただ早くと、それしか考えられなかった。
「志井さん…っ」
「……ああ」
  キスの合間に呼ぶと、志井は律儀に返してきた。それでももう、志井の大きな手はツキトのものを包み込み、扱き始める。しかもツキトがそれに敏感な反応を返すと、その息すら飲み込まんとまた口づけが落ちてきた。そのあまりの激しさに、ツキトは横たわっているはずなのにぼうとした眩暈を感じるほどだった。
  けれどそれがまた、堪らなく気持ちよかった。
「あっ、はぅ…ん、んっ…」
「ツキト……」
「あっ、い、いい、から…! 志井さん…!」
  自分のことばかり慰めてくる志井が気になり、ツキトは乱れながら必死に口を開いた。けれどそれもまた塞がれた。熱を持った舌が何度も口の中をまさぐり、歯列をなぞってくるのだ。ツキトはそれだけで身体中さらに熱くなり、その後は見るも簡単に射精してしまった。志井に触れられ扱かれてキスされただけで。とんでもない快感と少しの罪悪感。複数の想いが波のように寄せては返し、白濁を発した後のツキトの気持ちを激しざわめかせた。
「ひゃっ」
  ただ一息つく間もなく、急に志井が頭を下げて胸を舐めてきたものだから、ツキトは思わずおかしな声をあげてしまった。ハッとし目を開くと、志井が困ったような、けれどとても嬉しそうな顔をしていて、それから再度見せつけるようにツキトの尖った乳首に歯をかけてきた。ツキトはそれでびくっと背中を跳ねさせた。
「いっ…」
「あ…痛かったか…?」
「ちがっ…あ、でもっ…」
「でも…?」
  急にまた顔が近づきチュッと音の出るキスをされて、ツキトはカッと赤面した。
「は、恥ずかし、かったから…」
「ツキト。可愛い」
「可愛く…っ」
  ないと言いかけて、けれどまた胸を吸われてツキトは「ひあっ」と悲鳴を上げた。そこばかり集中してキスされる。そして食まれる。恥ずかしいと訴えたことで余計に面白がられたのか。それなら少し意地悪だと思いつつ、それでもツキトは志井に離れてもらいたくなくて、志井の髪の毛をまさぐり、きゅっと抱きしめた。
「ツキト…好きだ…」
  志井が言った。ツキトはその声に震え、「うん」としか返せなかった。自分も言いたいと思ったが、依然として胸を吸われているし、合間に太腿を撫でられ、使われる奥を弄られる。その度に身体が反応して仕方がない。どうしようもなく疼いてしまう。志井が欲しくて堪らない、志井とひとつになりたい、志井を中に迎え入れたい。
  別れた後、再び元に戻れてから初めて抱き合えたあの時のように。
「志井さん…俺、もうダメ…」
「ん…」
  訴えると志井が自らも熱に浮かされたような声を漏らした。そうして、ツキトの奥を開かせながら、さらに口で再度ツキトの性器を慰め始める。何度も吸っては激しく出し入れするそれにツキトは再び絶頂に近い感覚に襲われ、あられもない嬌声を上げた。志井に全てを持っていかれる。きちんと正視していたいのに志井がそれを許さない。志井におかしくされる。指で奥を弄られ、口では中心を刺激されて迸りの液が零れはじめる。
「ひぁ、あッ、あんっ…」
  優しく徐々に、志井の指によって自分の中が拡げられていくのがツキトには分かった。痛いはずなのに痛くない。ただ、じんじんと頭の奥が鈍い音を鳴らし始め、全身にキンと尖ったような、それでいて震えるような快感が迸った。そしてもっとと。早くもっと熱い刺激が欲しい、志井のモノで思い切り突いて欲しいという浅ましい欲求が脳裏を過ぎった。ツキトはもう完全に志井と繋がりたいと、志井が欲しいと、それしか考えられなくなった。だから荒く息を継ぎながら、必死に「志井さんっ」と呼んだ。もう無我夢中だった。
「早く、お願いっ…志井さん!」
「ツキト…」
  志井の呼応する声も熱っぽい。それだけでツキトは再びぶるりと震え、涙を零しながら懇願した。
「もう挿れて。お願い、志井さんが欲し…欲しいから…!」
「ああ…! 俺も…」
  志井が吐息を漏らす。ツキトが何度も瞬きしてようやっとそちらを見ると、志井がツキトの足の間に身体を割り込ませるところが目に入った。そうしてツキトは、自らの片足が志井の手によって掲げられ、より志井を受け入れやすい体勢になるところも直視した。その時は不思議なくらい静かな気持ちでそれを見ていた。見ていたいと思った。
「志井さ……んぅ、は、はぁっ、ああッ…!」
  ゆっくりと自分の中へと侵食していく志井のモノを目にしてから、ツキトはきゅっと目を瞑った。残像が残る。そしてずくんとくる衝撃と共に、さらに志井が奥に入り込んでいく感触を直に感じた。ツキトは志井を手にしたのだ。嬉しさでツキトは知らず知らず涙を零した。
「ツキト…全部…入ったぞ」
  ツキトの膝裏を抱えたままの志井が少しだけそこを撫でてからそう言った。
「う、ん…」
  ツキトが返事をして目を開くと、「また泣かせてごめんな」と志井が申し訳なさそうな顔をした。しかしツキトがそれに驚き、これは違うと言おうとすると、志井が不意に腰を揺らして衝撃を与えてきた。
「ひぁっ!」
「悪いな…謝るのはもう癖だ…。諦めてくれ…」
  これからちょっときついのも、と。志井はそう言って、突如激しく動き始めた。
「んあぁッ」
  激しい振動にツキトは自然と大きな声が出て、慌てて口を閉ざした。
「んっ、んぁっ!」
  それでも揺さぶられる度に声が漏れ、全身も揺れる。恥ずかしい。でも気持ちよくて嬉しい。それを訴えたいのに苦しそうな声しか出ない。それがもどかしくて、ツキトは志井の律動に翻弄されながらも、何とか志井に伝えたくて再び目を開いた。
「あっ」
  するととうにこちらを見ていた志井と目が合った。
「志井さっ、あっ、あ、あんっ」
  また深く奥を突かれて言葉がかき消される。
「あ、あっ、志井さっ…んあ、やっ、ん! ま、待っ…て!」
  言いたいのに。けれどツキトが何か言おうとすればするほど志井の動きは速くなり、また力強くなった。
「ひぁッ、あっ、あん…んぅっ!」
  絶え間ない抽挿に、ツキトはただ揺さぶられ喘ぐことしかできない。そしてそれによりツキト自身もまた大きく勃ち上がり始めた。すると志井はすぐにそれを察して、腹にまできているそれをさらりと手の平で撫でてきた。
「ひんっ…」
「……大丈夫」
  志井が優しく言った。驚いてツキトが目を向けると、志井はそれを待っていたかのようなタイミングで再度腰を振った。
「ぁんッ…」
  当然ツキトは声を上げたが、志井はそれに「悪い」と全く反省の色がない平淡な声で返し、「けどもう分かったから言わなくていい…」と囁くような音で言った。
「えっ…あぁッ…あっ、ん…っ」
「ツキト…ツキト…!」
「アァッ!」
  再び志井の動きが加速した。ズクンという衝撃に似た音がツキトの頭の中で響いた。熱い。志井が自分の中を使い激しく己を扱いてくる、そのことがツキトを堪らなく興奮させた。だから志井のその動きに合わせて、ツキトもまた自ら積極的に動き、攻められ続けるその場所に意識を集めた。じんじんする。奥が熱い。それでも志井の動きはなかなか止まず、長くツキトの中を擦り続け、大きく蠢いた。
「あッ、あ―ッ」
「ふ……ッ…!」
  そうして遂に志井がツキトの中で弾けた瞬間、ツキトもまた同じように自らの精を吐き出した。
「……ッ」
  白いそれはツキトの腹を汚し、また最後までそれを慰めていた志井の手も汚した。ツキトはそんな志井の手を咄嗟に掴みたいと思ったが、驚くほど身体が動かず、腕が重くなっていた。掲げられていた片足も感覚が乏しい。志井が中から抜け出てゆっくりとその足を撫でてきた時も、片膝を立てたままゆらゆらと揺れるそれを他人事のように眺めることしかできなかった。
  射精した後、2人は互いに息を弾ませ、暫しそのままの状態でいた。
「ツキト」
  先に動いたのは志井で、汗ばんだツキトの額にキスをし、ツキトの精液がついた手のひらでツキトの頬を撫でてきた。ツキトがそれに反応して目を開くと、志井は苦笑しながら深く唇をあわせてきた。
「ん…」
  ずっとしたかった口づけを、今になってこんなに何度もしてもらえるとは思わなかった。そしてその何度も貰えるキスにそのたび幸せな気持ちがして、ツキトはハッと息を吐いた。思えば2人して裸で、玄関前の床に横たわっているなど、何とも異様だ。それでも立ち上がる気がしないでいると、志井が先に立ち上がって「風呂入れてくる」と浴室へ消えた。ほどなくして戻ってきた時には下着だけは身に着けてきていたので、ツキトはそこで初めて「一歩リードされた」などと考え、苦い笑いを零した。
「何だ?」
  志井がそんなツキトの頭を撫でながら自らもまたしゃがみこんできて訊ねた。ツキトはそんな志井の手に触れながら「ううん」とだけ返した。また沈黙。けれどそれは明らかにさきほどの静寂とは違う、心地よいものだった。
「もう今夜は泊まっていくだろう」
  志井が言った。
「うん」
  それにツキトは嬉しくなって笑い、頷いた。そうして未だ志井の手を掴みながらゆっくりと身体を起こし、思い切って志井のその手にキスをした。
「ツキト?」
  案の上、志井はそれに驚いた顔を見せたが、ツキトがまた恥ずかしそうに赤面すると、すぐに笑顔になって自分もまた、ツキトの手首にキスを返した。そうしてツキトの顎先を掴むと半ば強引に顔を上げさせて口づけをする。ツキトはそれが嬉しくて、自分もまた身体を寄せてそれに応えた。
  何度繰り返してもまだ足りない。
「志井さん…好き…」
  だから言わなくてももう伝わったと言われたけれど、やっぱりと思って口にした。
「ああ…俺も…」
  すると志井はやはりそれに殊の外嬉しそうな顔をして、再度ツキトの唇を掠め取り、何度も頬を撫でてから額を寄せた。
「気が狂いそうだ。幸せ過ぎて」
「俺も…志井さんにしてもらえて…」
「…ああ」
  志井はややうわ言のように返してからツキトを抱きしめた。それはどこか切なさを感じさせるもので、ツキトはハッとして顔を見ようとしたが、志井はそれを良しとしなかった。
「志井さん…」
  だからツキトも問うのはやめて、ただ志井の胸に鼻を擦りつけ、目を瞑った。
  そして言った。
「俺……志井さんのベッドで眠りたい」
「………」
「いい…?」
「駄目なわけない」
  一度沈黙した志井は、再度問われて今度はきっぱりとそう応えた。そして今度はツキトを見る為に腕を離し、「本当に今夜はもう帰さないからな?」と念を押した。
「うん」
  だからツキトもすぐに頷き、また志井に強く縋りついた。それから何度もその存在を確かめるよう身体を擦りつけて、そこでやっと、「ああ良かった」と安心した。




…了…


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