占い


 貴方にはとことん男運がありません。


「何これ…?」
 何となく迷い込んだ占いサイトで断定されてしまったその一文。
 ツキトは思わず呟いた。
「男運って……」
 先日、ツキトは志井からノートパソコンを買ってもらった。志井は何かというとツキトに色々な物を買い与えたがるが、ここ1週間の中ではこれが1番の高額プレゼントだ。

 勿体無い。自分にはパソコンなど必要ないのに……。

 そんな本心がぐるぐると胸の中を行きつ戻りつしていたのだが、当然のようにその思いを志井に告げる事はなかった。だからツキトはその日も何とか「元を取る為」に、大して目的もないまま電源を立ち上げ、見るでもなくネットの波を漂い彷徨っていたわけだ。
 そこで目にしたのが先の一文。

 貴方にはとことん男運がありません。

「……どこかで入力間違ったかな」
 ツキトは首を捻り、もう一度誰に言うでもなく独りごちた。
 確かに自分は男である志井と付き合っているが、普通の占いサイトで男に対して男運がないなどという判定を下すわけがない。
 否、よしんばそういう占いがあったとしても、自分に男運がないなどと、そんなわけはない。
「くだらない」
「何が?」
 余程ツキトのぶつぶつとした独り言が気になったのだろう。
「あ…!」
 声を認識したと同時に慌てて振り返ると、ツキトの背後にはいつの間にか志井が立っていて、パソコンの画面に映ったものをじっと見やっていた。
「………男運」
「あの、これはさっ」
 別に慌てる必要はないのに、ぽつと声を出した志井にツキトは何かを取り繕うようにあたふたと声をあげた。こんな占い、勿論信じてなどいないが、志井にとっては不快かもしれない。この占いサイトはツキトに「男運がありません」ときっぱり断定しているだけでなく、更に後の文で「もしも恋人がいる場合はすぐに別れる必要があります。貴方にとってその彼は猛毒でしかないからです」とまで書いているのだ。
 猛毒。ただの毒ではなく、猛毒である。
「ギャグだよ、こんなのっ」
 ツキトが唾を飛ばして言ったその台詞に、志井は途端驚いたような視線を寄越した。
「ギャグ?」
「そ、そうっ。だってここまで言うかって程のコメントじゃない、これ。俺は男だからいいけど、もし俺と同じこの星の女の子がこれ見たらさ、きっとショック受けるよね。真面目な占いサイトじゃないんだよ」
「………」
「志井さん…?」
 まさか志井が占いなど信じるとは思えないが、どうにも反応が気になる。ツキトは恐る恐るしんと静かな志井の顔を窺い、尚も口を開いた。
「志井さん…どうして黙ってるの…?」
「ん……」
 声を掛けられて志井はすぐに喉の奥だけで反応を示したものの、やはりすぐには言葉を出さなかった。しかも依然として画面の文章を舐めるように読んだかと思うと、その直後には「はあぁ〜」と実に大きなため息を漏らしたのだ。
「し、志井さん…?」
 そのあまりに落ち込んだような様子にツキトがますますぎょっとし途惑うと、当の志井は「何でもない」と言った後、おもむろにツキトの頭に手を乗せた。
「……?」
「何でもない」
 そうして不思議そうな顔をするツキトにもう一度そう言うと、志井は誤魔化すような笑みを浮かべながらぐしゃりとツキトの髪の毛を撫ぜ回した。
「……気にしてないよね?」
 ツキトが再度訊くと志井はぴたりと動きを止めた。
 当然ツキトはそんな志井の態度に困り果てた。
「し、志井さん…? 気にしてないでしょ、こんなの全然当たってないし」
「………」
「気に……」
「………」
「……気にしてるの?」
「してる」
「!!」
 きっぱりと言う志井にツキトは思わず驚愕で目を見開いた。やはり目の前の志井はどことなく沈み、精彩を欠いている。
「志井さん…」
 ツキトはまるで自分が悪い事をしてしまったようにしゅんとし、項垂れた。こんなサイト見なければ良かった。見たとしても、口に出して感想など言わなければ良かった。そうすれば志井に気づかれずに済んだのに。
「…ごめん。こんなの見ちゃって」
 だから素直に謝った。志井が自分と視線をあわせるように屈みこんできたのを感じながらそれでも顔を上げられず、ツキトはただ必死になって言った。
「でも俺、本当にこんなの信じてないよ。志井さんは俺なんかには勿体ない程凄い人でさ…。どっちかっていうと男運がないのは志井さんの方で――」
「ツキト」
「……ッ」
 顎先を志井の指で捕らえられたからキスされるとすぐ分かった。
「んっ…」
 けれどツキトは未だ慣れないその所作に思わず眉をひそめ、逆らうように志井の肩をぐっと掴んだ。それでも重ねられた唇は離れる事はなく、ツキトは角度を変えながら摘まれるように責めてくる志井の口付けに暫し翻弄された。
「んっ、ん…」
 鼻でうまく息を吸えなくて顔が赤くなる。やっと解放してもらえた時、思いきり吐息してしまい何だか恥ずかしかった。それでも宥められるように頬を撫でられ髪の毛を梳かれて、ようやくツキトはすぐ目の前にある志井の顔を真正面から見つめる事ができた。
 志井の方もとうにツキトを見据えていた。
「……志井さん」
「どうしても」
「え……」
 ツキトの濡れた唇を指の腹でなぞりながら志井は言った。
「どうしても離れられない。もうお前と一時でも離れていたくないんだ」
「そん……」
「だから。……もう諦めてくれ、ツキト」
「何を……んぅっ」
 今度は後頭部を支えられながらの有無を言わせぬ強引な口づけ。ツキトはそんな志井の所作にただただ面食らいながら、今の台詞は絶対におかしいと霞む思考の中でぼんやりと思った。
 志井といる事を、そうしていられる幸せを「諦めろ」と言われてもピンとこない。
「それ…おかしいよ…?」
 だから唇が離れた隙に何とか言い返したのだが、半ば予想していた通り返事は返ってこなかった。
 ただ志井が時折見せるその悲痛な顔が悲しくて、ツキトはそれを暗に責めるようにぎゅっと自分から抱きついてみせた。身体が微かに揺れて途惑っているのが分かったけれどツキトは離れなかった。
 離れたくないのは自分の方なのだ。志井は分かっていない。
「全然当たってないよ…」
 だからもう一度、ツキトは搾り出すような声でそう言い、志井の温かい胸にしがみ付いたまま目を瞑った。
 今夜は絶対一緒に眠りたいと思った。