冬木立
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「おぉ。こたつで丸くなってる子猫ちゃん、見つけた」 いやにすっとした声が下りてきて、友之はぼんやりしていた思考を無理に奮い立たせ、顔を上げた。 寝転がっている自分の傍で悠然と立ち尽くし、笑っているのは修司だった。今まで何処へ行っていたのか、厚手のジャケットに黒っぽいジーンズを履いたその格好はどことなく薄汚れて見えた。 「修兄…」 「トモ君おねむ? でも愛しの修兄ちゃんが折角会いに来たんだからさ。お土産もあるし、ちょっと起きな」 「うん…」 素直に頷き、のそりと起き上がった友之に修司は口許だけの笑みを見せた。それから肩にかけていた大きめのボストンバッグを足元に置き、胡坐をかきながら煙草を取り出す。 「コウ君は?」 旅先から帰ってきた修司がまず真っ先に口にすること、それは決まって兄・光一郎の事だった。咥えた煙草にマッチで火をつける修司を何となく眺めていた友之は、それで途端に落ち込んだ。 「……バイト」 とは言え、何も言わないわけにはいかない。 迷った挙句にそう答えたが、しかし修司にはあっという間に「バレて」しまった。 「何。どうした?」 「な…にが?」 「光一郎と喧嘩した?」 「………ううん」 ああ、やはり分かってしまった。 首を振ってすぐにそれを否定したものの、友之はぐっと唇を噛み、両膝の上に拳を作った。 「喧嘩じゃない…。コウと喧嘩なんかしない」 「どうせトモはいつも負けちゃうもんな?」 くっくと笑い、それから修司は悠々と煙草を吸ってふうと白い煙を吐き出した。 ゆらゆらとした紫煙が友之の眼前から天井へと上っていく。 「それで? いじけて不貞寝? 可愛いな、トモ」 「そんなんじゃない」 むっとして口を尖らせたが、修司には何という事もなかったようだ。依然涼しい顔で友之の本音を待っている。 「修兄…」 修司はいつでもそうだった。友之の言葉を待ち、友之自身も気づけない内なる感情を呼び起こしてくれる。 複雑な家庭環境故か、友之は不登校になった中学から高校に上がるまでの間、この修司以外の人間とまともな会話を交わす事が出来なかった。兄という責任をとうに上回る程の、それこそ友之の身の回り全てを世話してくれている兄・光一郎でも駄目だったのだ。光一郎だったから余計に、とも言えるけれど、とにかくあの頃の友之は修司以外の人間を誰も信用する事が出来なかった。 何故修司だけは平気だったのか。 あー、お前が光一郎の弟か。 何、お前友達いないの?じゃあ俺が遊んでやるよ。 子どもの頃、本当は兄や兄の友人達が熱中していた野球チームに入れてもらいたくて仕方なかったのに、姉の異常な束縛のせいでその願いは全て打ち砕かれた。 そんな世の中の人々全てから忘れ去られそうになっていた友之を見つけてくれたのが修司だった。 似てないなあ、コウ君とは。 でも、似てなくて正解。可愛い顔してる。 何でそんなに隠れるの?…修司はからかうように言っては、友之に機会ある毎、そんな甘い言葉を掛けてきた。あいつはそんないいもんじゃない、お前が思っている程優しい男じゃないと周りは皆言ったけれど、たとえ「そう」でも構わなかった。 友之は修司の事が好きだった。 「トモ」 その時、ずっと黙っていた修司が沈黙を続ける友之にやっと口を開いた。 「自分でもさすがと思うくらい、俺には今のお前の考えが読める」 「僕の…? 本当?」 「うん、分かるよ。『優しい修兄ちゃん、大好きー!』って。思っただろ?」 友之が何も答えずにいると修司はただ笑った。 「でもなぁ、トモ。お前が俺に何を期待していてもさ、俺は何も与えてやれないよ。せいぜい、自分が逃げてきた証をお前に見せてやるくらいだ」 「証…?」 「はい、今回のお土産」 そう言って修司が傍のカバンから取り出してきたのは、数十枚からなる写真の束だった。 「あ……」 テーブル上にばらりと放たれたそれに、友之は思わず声を上げた。それはいつも突然フラリと姿を消す修司が、行った先々で撮ってきた旅の軌跡だ。 「……嬉しい」 思わず素直な気持ちが口をついて出ると、視線の隅に映る修司の顔が少しだけ綻んだように見えた。 友之はテーブル上の写真に手を添え、それら一枚一枚を実に丁寧に眺めた。 修司は何故か人物を撮らない。いつものように、見知らぬ土地の見知らぬ風景だけが綴られている。 「あ…これ…」 「ん?」 「これ、すごい……」 「…ふうん? トモはそういうのが好き?」 写真は冬を迎えて葉をすっかり枯らせ落とした細い立ち木だった。モノクロームの写真に一本だけぽつりと写っているそれはひどく寒々しく、他の空や道などを写した作品とは明らかに一線を隔していた。 「綺麗」 「何でこれ? 暗くない?」 「暗い…?」 自分がこの写真を気に入ったと言った事を修司は良く思っていないのだろうか。何となく不安な気持ちがして表情を翳らせると、修司はそんな友之を察して、忽ち茶化したような明るい声を出した。 「それ、夢も希望もなく絶望に身を委ねて立ち尽くしている図、だよ。トモはそういうのが好きなんだ?」 「……そんな風に見えない」 「じゃあトモにはどういう風に見えたの?」 「………」 言葉で説明するのは、友之には無理だった。 ただそう感じただけ。感じた事を表現するのは難しい。だから友之は写真が好きなのだ。 特に多くを語らぬ修司の写真が。 「……分からない」 だから友之はごまかすようにそれだけを言い、その写真をぐっと手にしたまま俯いた。 修司はそんな友之を面白そうに眺めていたが、やがて自分から視線を外している「弟」の髪の毛をさらりと梳いた。 「修兄…?」 その所作に友之が驚いて顔を上げると、修司は当にそんな友之を見つめていた。 そして何でもない事のように言った。 「なあトモ。修兄ちゃんとキスしようか?」 「え? …っ」 応える前に、質問の意味を理解する前に、友之は修司に唇を塞がれた。不意に後頭部を掴まれ引き寄せられたと思った瞬間、だ。 「…ふ…ッ」 角度を変えついばむように繰り返される優しいキス。 「んっ、ん…」 友之は肩をいからせたまま目を閉じ、何かの魔法にかけられたかのようにそのままの姿勢で固まった。 頭がぼうっとした。 「……やっぱり可愛い」 悪戯をした後のような軽い口調。修司はキスをやめると友之の唇から数ミリと離れていない所で微笑んだ。 「何でだろうな? トモの事、いつも苛めてやりたいって思うのに、出来ない。可愛がりたくて仕方ない」 「修…っ」 「しーっ」 騒ぐ子どもを寝かしつけるような所作で、修司は自分の指先を友之の唇に当てた。 そうして当然のように友之の首筋に唇を這わせる。 「ひ…ッ」 舐めるように寄せられたそのキスに再び身体が震え、友之は悲鳴のような声を喉の奥から漏らした。どくどくと高まる心臓の鼓動にいよいよ混乱し、友之は懇願するように修司へか細い声を発した。 「や…やだ、修兄…ッ」 「俺とこういう事するの、嫌?」 「分からなっ…。あ、やだ…」 「あらら。そうハッキリ言われてもなぁ」 別段傷ついた風もなくそう言うと、修司はふとキスをやめて友之と目を合わせてきた。 「震えない、怖くない」 そうしてびくつく友之の頬をゆっくり優しく撫でてきた。友之はそれでやっと安心した。 「なあ友之」 けれど修司は直後、何でもない事のように友之の寝間着のボタンを片手でひょいひょいと外していった。 「修…兄?」 「お前さ。どうしてそれがいいって言った?」 「それ…?」 「それ」とは友之が修司とのキスの間も手にして放さなかった、冬木立の写真だ。 葉のない、枯れ木。 色のない、風のない。 「どうしてお前はそうなのかな。いつも俺はそれで驚くんだ。いつだってさ」 「何…修兄…?」 「好きだよ、友之」 そうして修司はいとも簡単にその言葉を吐き出すと、もう一度、今度は深く重ねあわせるように友之の顎を掴み深い口付けを仕掛けてきた。 「修…! ん…ふぅ…ッ」 逆らおうとした時にはもう捕らえられていた。 素早く差し込まれた修司の舌は友之の歯列をなぞり、戸惑う舌先まで絡めてくる。 「…ぅ…っ」 何が起こったのか訳が分からず、友之はぎゅっと固く目を閉じた。好きで好きで、いつも縋っていたいと思う相手が、頼りになる兄が、この時はどうしようもなく怖かった。 久しぶりに会えて嬉しかったのに。 旅の話をたくさん聞きたいのに。 「ん…んぅ…っ」 それでも何度も攻められ気が遠くなっていくにつれ、友之は自分を押し倒しにかかってきた修司の腕にひっしと片手を差し出し掴んでいた。絹越しに修司の温度を感じた。もっととぎゅっと強く握ると、修司はようやく唇を離し、はっと息を吐いた。 「トモ…トモ、目、開けてごらん」 「………」 優しく呼ばれて言うとおりにすると、上に覆いかぶさるようにして自分を拘束する修司の顔があった。 「……あ」 修司はいつもの落ち着いた表情をしていて、とても綺麗で、そしてゾッとするほど静かな眼をしていた。 「トモ、よく見ろ。俺が怖いか」 「……修兄」 「そうだよ。いつもニコニコ、お前には甘い菓子しかやらない修兄だ。どうだ? 怖い? やめて欲しい?」 「こ、怖、い。………でも、」 「でも?」 追い詰めるように素早く聞き返され、友之はひゅっと喉を鳴らした。それでもはだけた寝巻きの間に手を差し入れられ、さらりと肌を撫でられた時にはもう言っていた。 「修兄は…修兄、だから…」 「……何?」 「いつも優しいのも…。時々、怖い、のも…」 「………」 何も答えない修司が不安だったけれど、友之はもう目を開けていられなかった。ただ、怖い気持ちと同時に「平気」という気持ちもちゃんとある。それは分かっていた。修司はいつでも友之に寛大だが、一方で酷く冷たい面もある、それを知っている。修司はいつでも親友である兄の光一郎を優先し、友之を「光一郎の弟」として見ている。だから多目に見てくれている…少なくとも友之はそう解釈していたから。 だから「こんな面」の修司を見ても、今さらショックを受ける事はない。 勿論今されている事に途惑いはあるけれど。 「本当に…」 「! や…っ」 冷たい指先がちくりと胸の突起を潰してきて、友之は再び目を開けた。気分を悪くさせたのだろうか、体 の痛みよりもそれが気になって友之は泣きたくなった。 「修兄…っ」 だから堪らず呼びかけたのだが、修司はしかし応えなかった。その上寝巻きズボンを下着ごとずるりと下げられ、むき出しになったそれに友之はカッと赤面した。 「やだ…やだ、修っ…」 「……本当に可愛い。お前はズルイ」 友之にとっては到底理解し難い台詞を吐いて、修司はどことなく馬鹿にするような笑いを浮かべた。 「コウ君にはもう見せた?」 「ひ…や、やだ、痛あ…ッ…」 外に出された性器を強く握られ、友之は悲鳴を上げた。それでも身動きができず、両手だけを力なくばたつかせた。 「友之」 修司に上に乗られたまま雁字搦めにされている。 息が苦しくなり、友之はぜえぜえと息を吐いた。ぶるぶると身体を揺らし、じわりと浮かぶ涙に視界を揺らす。 「トモ…泣かないでよ」 修司の苦笑交じりの声。 「トモを泣かせたくてやってるわけじゃない。トモを気持ち良くさせたいと思ってさ。やってるの」 「ふ、うう…。そんなの…嘘…」 「………嘘じゃない」 抗議の意を唱える友之に何故か修司は一瞬淀んだようになったが、そう答えた。そして友之への性器に愛撫を続け、身体を沈めて口にまで食むと、激しくそこに絶頂を呼び込む為の刺激を与え始めた。 「やぁ…ッ」 自分のものと修司が発する卑猥な音に動揺しながら、友之はひくひくと身体を痙攣させ、修司が与えてくる快感に溺れまいと必死にあがいた。 「ひ、はぁ…ん、んぅ…!」 けれどそれもあっという間の出来事だった。 「―ッ、ひぅっ!」 しゃっくりのような奇妙な声と共に、友之は修司の口の中に自らの精を吐き出した。 「……いい子だ」 口元を片手で拭いながら、修司は泣きじゃくる友之に顔を近づけ、その長い指先でそっと頬を撫でた。 「ひっ…く…」 その優しい感触を嬉しいと思いながらも、友之はじんじんとする頭の奥でどうしようどうしようとパニックになっていた。するとその迷いを実際口にもしていたのか、修司が「いいんだよ、何も考えなくて」と何度も言っては慰めるようなキスを繰り返してきた。 「…やだ…もうや……」 しかしその後も続く修司の愛撫に、友之も甘い口づけにだけ浸っているわけにはいかなかった。 「やだぁ…」 「だろうな」 嘆きに返ってきたそれは、とても冷たい声。 「……」 それでも友之はその台詞によって再び目を開く気になった。こんな時なのに、怖い事や恥ずかしい事よりも修司の様子がおかしい事が気になってしまったのだ。 「修兄…」 「なぁトモ…。考えた事、あったか?」 すると修司がそんな友之を真摯に見つめながら、今までで一番静かな透き通る声を放った。 「…ないなら今考えろ」 俺とこういう事するの。 「あ…」 友之が修司の囁きに反応を返そうとした時、修司はもう友之の中に指を突き入れてきた。 「や…ああぁ―ッ!」 ずくと不可解な感触に襲われて友之は悲鳴を上げた。 修司に助けを請うように両手を宙に泳がす。 「あ…ッ、あ、ぁん―ッ!」 「トモ…友之、目開けろ…」 するとその手をぎゅっと握ってくれた修司がそっと声をかけてきた。目を開く。修司ともろに視線が交錯した。 「修、兄ぃ…」 「……」 「痛い…怖…修…ぃ…」 「そんな顔するなよ…。煽ってんのか」 どことなく嘲るような声が聞こえ、友之はぶるりと身体を揺らした。ズキンと脳天にまで感じる下半身からの痛みと刺激にまた悲鳴が漏れる。 「やぁっ。何…何で、修兄ぃ…っ。い…痛ぁ…っ」 「じゃあ、ここ、は…?」 「―ッ! あ、あ―……ひぁッ!」 修司に攻められたある一点に快感を感じた。素直な反応に修司はふと笑んで、応えるようにそこを集中的に攻めてくる。 「んっん、あっ、あん…」 いつしか高く掲げられていた両足は、支えがなくとも勝手に大きく開き、中に修司自身を迎え入れていた。 修司のジーンズに付着している砂埃が行為の合間にザラリと肌を擦る。その感触にも友之は「…あ」と息を漏らした。 「ふ……」 その所作に修司が一瞬だけ笑みを落とした。淫らな自分を軽蔑したのかもしれない。それが悲しくて、友之は言い訳を紡ぐように薄い唇を戦慄かせた。 「…修…修兄…っ。僕…ぅ…んん…ッ」 しかしその行為も修司によってもたらされた口付けによって簡単に封じられる。 「いいよ、言わなくて…。俺には…お前の言葉は、いらない」 ただ、今はお前の中で溺れさせて? 「修兄っ…あ、あぁ、あぁ―ッ!」 しかし呼びかけた瞬間、更に修司が激しく追いたて、友之はその激しい揺さぶりに遂に意識を飛ばした。 温かい吐息を感じて友之が目を開くと、すぐ隣にはじっとした視線を寄越す修司の姿があった。 「お姫様のお目覚めだ」 いつからやっていたのだろう、修司は絶えず友之の髪の毛を撫で、頬を撫でながら瓢々としてそう言った。 「…っ」 友之は自分が未だ裸だという事、修司も裸だという事に堪らなくて、ただきゅっと唇を噛んだ。 「怒ってる?」 そんな友之の様子を察したのか、修司が面白いものを見るような目で訊いてきた。 「ごめんな」 そしてそう謝った。友之が驚いて顔を上げると、修司は依然として優しい眼差しのまま続けた。 「俺だけはトモを泣かせないって決めてたのに」 「え…?」 「だって周りがみーんな冷たいし怖いだろ。だから、俺だけはトモの優しい修兄ちゃんでいてやろうって。トモがコウ君と喧嘩しても、俺だけはトモの味方。俺だけはトモにとって甘いお菓子でいようってさ」 既にすっかり「いつもの修司」は、しかしやはりどこか陰があった。友之はそんな「兄」の表情をまじまじと見やりながら、やがてぽつりと言った。 「………さっきの修兄……怖かった」 「やっぱり?」 「……ど…して?」 「トモ」 その問いには答えず、修司はそっと唇を寄せると友之の鼻先に掠める程度のキスを降らせた。 そして。 「痕をごまかすの無理だからコウ君には素直に謝るとして。なあ友之、ついでに俺の恋人にならない?」 「え…」 それは酷く適当な申し出に思えたが、すぐ傍にある目は冗談を言っているそれではなかった。 「修兄が、僕の…?」 「そうだよ。駄目?」 どうして、と。 何故自分などをと問おうとして、けれど友之は黙りこんだ。修司はそんな友之にくすくすと笑い、おもむろに起き上がるとふいと視線を他所へ向けた。 明かりのついていないその部屋で、修司の姿が友之には何故かくっきり見て取れた。 逞しいその身体に気が遠くなる。 何処を見ているのだろう。修司はこちらを見ず、ただ違う所を見ている。いつだってそうだ。修司は帰ってきても、こうして傍で笑っていてくれても、何処か遠くを見ては一人で何かを考えている。 いつだってこの人は独りなのに。 あの写真に写っていた冬木立みたいに。 「修兄……」 こちらを向いて欲しくて友之は恐る恐る声を出した。 そう、どんなに怖くても、自分の釣り合わなさに恥じ入っても。 先刻まで強く抱きしめてくれていた腕や、綺麗なこの背中がとても愛しい。 「修兄……」 もう一度呼んだ。早く早く応えて欲しくて。 すると、間もなく。 「来るか、友之」 修司は友之には視線を向けず、泰然とそう言った。 ずきんと、その瞬間友之は身体のどこかが痛んだような気がした。そして堪らなく身体が熱くなった。 「行、く……」 けれど「何処へ」とも。「どうして」とも。 この時はもう訊ねなかった。ただ友之は自分にそう声を発した修司の腰に縋るように抱きついた。どくんと心臓の鼓動が跳ね上がる。それでも友之は修司に寄り添い、そうして祈るように目を瞑った。 修司はやはり何も言わなかった。 ただ、やがて差し出された腕がそっと背を抱いてきてくれて。 「……修兄っ」 何故かじわりと涙が浮かび、友之はそれを隠すように修司の名を呼んだ。 「修兄…!」 この手があるなら、何処にでも行ける。 それはどこまでもどこまでも続く、長い旅路の果てに見つけた友之にとっての憩いの場所だ。 「修兄…っ」 だから友之はその名を呼び続けた。 決してその姿を見失わないように、差し出すその手にいつでも応えられるようにと。 |
了 |