幸せな時間
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友之が「沢海が桜乃森女子高校の2年と付き合っている」という噂を聞いたのは火曜日。風邪を理由に欠席した翌日の事だった。 「 この間拡、うちの代表で英語のスピーチ大会出てたじゃないか。そこで知り合ったコらしいよ。綺麗どころの多い桜乃森の中でも特に美人の娘だって」 「マジで? あ〜、でも確かに沢海君ならあたしらみたいのよりそういうコと付き合いそうだよね」 「嘘〜。何かショック」 「くそう、いいなあ。あいつばっかり…」 もうすぐ朝のHRが始まるが、ざわついた教室内に当の沢海本人はいなかった。まだ部活の後片付けをしているところなのかもしれない。最近は特に間もなく始まる都大会に向けチームも気合を入れているというから、練習にも熱が入っているのだろう。 友之はぼんやりと未だ空いている沢海の席を見つめながら、クラスメイトたちが好き勝手話している「拡が選んだ子」とやらの話を耳に入れていた。会話の流れから言っても、どうやらこの噂話は友之が休んでいた週の初めからされていたものらしい。 昨日遅い帰宅をした沢海は布団に潜って丸まっていた友之にそんな話は一切してくれなかった。 「………」 周りが楽しそうに盛り上がれば盛り上がるほど、友之は何だかとても不安な気持ちになった。そうして手持ち無沙汰のように、そっと制服の襟に隠れた首筋に手をやった。 付き合い始めてからというもの、沢海は週末になると決まって友之の事を抱きたがった。勿論、紆余曲折を経て結ばれたばかり、おまけに「お盛んな年頃」の若者としては、休みに関わらずちょっとしたきっかけで事に至る日もあったが、それでも沢海は基本的には友之の身体をとても大切にしているのでそれ程の無茶はしない。恋人同士になっても沢海の友之に対する過保護っぷりは変わらず健在であった。 けれど一昨日の日曜日、友之は沢海から信じられないくらい乱暴に抱かれた。 何度も「もう嫌だ」と言ったのに沢海はやめてくれなかった。 「んっ…ん、ん、あっ…!」 「はぁっ…。友之、友之ッ…」 耳元で荒い吐息と共に何度も囁いてくる沢海は、友之が苦悶の表情でふるふると弱々しく首を振っても先刻からずっと激しいその動きを止めてはくれなかった。 「はあ…はあっ…。友、之…!」 「やぁッ、あっ、あん、ひろッ…!」 「うっ…!」 「ひんぅッ…」 全く衰える事のない沢海の雄は友之の奥を絶えず突き貫いて、既にもう何度目かの精を吐き出していた。それでも沢海は行為を終えず、友之が小さく悲鳴を上げひくひくと薄い胸を上下させても、ただ慰め程度の小さなキスを降らすだけだった。 「……はぁ…友之…」 ちゅっちゅと軽い口付けをしながら沢海が呼んだ。 「………」 友之は意識の混濁した虚ろな視線を何とか正面にいる沢海に向けた。電気の消えた暗い部屋の中とはいえ、冷静に自分の姿を認めてしまうともう居た堪れない。友之は仰向けに沢海を迎え入れ、両足はその沢海の両肩にそれぞれ乗せられ、大きくその股を開かされていた。 「……っ」 見てしまうとより一層強く感じる。自分の奥にきっちりとはまっている沢海の質量ある熱の塊を。 「ひろ……」 「ん…」 「も…中、いっぱい……」 掠れた声でそう言うと、沢海は友之のその台詞にすうっと目を細めた。同時、ゆっくりと差し出された片手が慰めるように友之の前髪をかき上げる。その手は、何度か友之の額を行き来し、やがて頬へと移された。 友之は黙ってされるがまま、ただじっと沢海のほんのりと汗を掻いているその整った顔を見つめた。 「友之」 先に沈黙を破ったのは沢海だった。 「…そうだね。今日はいっぱいしちゃった」 「もう…苦し……」 「………」 「明日…学校…」 「動く、よ…?」 「え…やっ…!?」 やっとこちらを向いてくれたと思ったのに。 友之の仄かな期待はあっという間に打ち砕かれ、中に入ったままの沢海のモノは再び大きさを取り戻し活動を開始した。 「あっ、あっ…」 「……っ。友之っ!」 沢海は何かに取り憑かれてしまったかのようにただ規則正しく上下に動き、友之の身体を揺さぶった。ゆさゆさと良いように下半身を攻められ突かれている友之は、両足が高く掲げられているせいでその自由も全く効かない状態だった。 「あッ、あッ…。ひろッ…ひろ……やぁッ!」 「友之…可愛い…可愛いよっ…」 「い…! あ、ひ…ひんっ」 しゃっくりのような声が友之のひくつく唇から漏れ出る。けれど沢海には聞こえないのか、それともそれにより余計に熱を昂ぶらせたのか、一向に止む事なく、それどころか更に腰の動きを加速した。 「やあぁッ!」 「友之も…イッて…!」 そして沢海は言いながら友之にも射精を強要しようと、こちらも既に何度目か分からない手淫でその小ぶりのモノを捕まえた。何も身に着けていない友之の白い裸体。沢海はその中心になる友之の性器を握り扱いて、自らと同じように成長させ欲望を吐き出させようとした。 「やぁ…ひ、んぅ…!」 けれどそれらの快感より、この時の友之には痛みの方が勝っていた。また、あられもない姿で沢海に何度も痴態を晒したという事もその苦痛を増長させた。 「うっ…くっ…」 友之はとうとう耐え切れずに泣きじゃくった。元々こういった行為自体に抵抗がある為、幾ら沢海の事が好きだと言っても過剰なこのセックスにはさすがについていけなくなってしまったのだ。 「やあ…。もうやだ…拡…拡…っ」 「……」 「離し…抜いて…痛いよ…」 「………友之」 「痛……ひっく…」 「ああ…泣かないで友之…」 沢海の瞳にようやく正常の色が戻ってきた。 初めてまともに友之の涙に濡れた顔を見たのだろうか。沢海自身もくしゃりと顔を歪め、ゆっくりと友之の身体から己をずるりと引き出した。同時にどろりと沢海の精が友之の中から内股へと流れ出た。友之がそれを嫌がってより一層泣き出すと、沢海は困ったような顔で慰めるようにその頭を何度も撫でた。友之が傍のタオルケットを引き寄せて顔を隠してしまうと、何度も「ごめん」と謝った。 「ごめん…友之…ごめん…。今日は…どうしても…」 「ひっ…。ひっ…」 沢海の謝罪の言葉は聞こえたけれど、友之はまともな返答ができなかった。肩を震わせ顔をタオルで隠しながら、暫くの間はずっとそうやって泣いていた。 沢海が身体を優しく拭いてくれながら何度謝罪の言葉を吐いても、友之は沢海をまともに見る事ができなかった。 そして結局。 友之は翌日の月曜日、学校を休んだ。とてもではないが動けなかったのだ。 「友之」 昼休みになり、沢海が友之の傍にやってきた。 朝のHRギリギリにやってきた沢海はその後も休み時間の度に部活の先輩やら生徒会の仕事やらに呼び出しをくらい、教室にいる事がなかった。必然的に友之との会話の機会もなかった。 そもそも月曜日も「あんな事」があった翌日だったからロクに話していない。そして今朝も沢海は部活の練習で早くに寮を出てしまっていた。 つまり2人は沢海の強引過ぎるセックスの後、まともに口をきいていないのだ。だから昼休みになって沢海が迷いなくやってきた時、友之はその場でカチンと固まって顔を強張らせた。 「……昼ごはん食べに行こう?」 そんな友之に沢海はちらと眉をひそめたもののそう言った。 「………」 友之は無言のまま頷いた。 「 よう拡〜。今度新しい彼女の事聞かせろよ」 「拡! お前、桜乃森の子、俺にも紹介しろよ!」 「写真見せろ写真!」 「沢海君、嘘って言ってよ〜!」 「………」 何処で何を食べるとも言わず黙って先に教室を出た沢海の後をついて行くと、行く先々で沢海は同級生から先輩後輩、あらゆる人間に声を掛けられていた。さすがに有名人なだけの事はある。しかも皆話し掛けてくる内容がその「付き合い始めたらしい」桜乃森の子の事ばかりで、友之は背後につきながらどんどん暗い表情になる自分を抑えられなかった。 そもそも沢海は適当に笑いながら交わしているだけで、その噂が本当だとも嘘だとも言わない。そのせいか余計に気持ちが落ち込んだ。 「………」 友之はまた自分の首筋にそっと触れた。沢海の唇に強く吸われたところが妙に疼いているような気がした。 「ここなら人が来ないから」 そう言って沢海が友之を連れてきたのは、校舎3階の一番奥にある資料準備室だった。地学や生物の実験道具なども置いてある研究室だが基本的に進路指導などに使用される以外、生徒の出入りは少ない。そんな準備室だが、沢海はここを管理する教師にでも信頼されているのか、何故かそこの鍵を持っていた。 「……お昼は?」 「お腹空いた?」 「あ…ううん…」 遠慮がちに首を振ると、沢海は少しだけ笑ってから「大丈夫、パン買ってあるから」とだけ言って先に中へ入ると、すぐ傍にある椅子を引いた。 「座って」 「………」 「どうした。座れよ」 「……っ」 多少強めに言われた事で友之はびくんと肩を揺らし、中へ入って扉を閉めると大人しくそこへ腰をおろした。 「んっ…!」 しかしその瞬間、椅子を引いた沢海に背後から出し抜け唇を重ねられた。 「ふ…んぅっ…」 ぐっと強く友之の肩を抱いた沢海は、もう片方の手で頬を掴み固定するとそのまま良いように口づけをし始めた。友之の薄い唇に吸いつくようにしてキスを続ける沢海は一昨日のどことなくイラついた様に近いものがあった。ぶるりと反射的に背中が震えた。友之は沢海が時折ひどく陰鬱的な眼をして自分を見据えてくると、途端に萎縮して不安な気持ちになった。 どうしてだろう。何か怒らせるような事をしたのだろうか。 「友之」 するとやがて唇を離した沢海がそっと友之を呼んだ。まだすぐ近くにその顔はある。吐息がじんじんと熱くなっている唇にかかり、友之は恥ずかしくて咄嗟に顔を逸らせようとした。 「……こっち見て」 けれど沢海はそれを許さなかった。やや強い口調で言い、自分を見るよう促す。友之がおとなしく言う事をきくと、沢海はようやくぽつと話を切り出した。 「聞いてくれないんだ?」 「え……」 「噂のこと」 「あ……」 友之が半ば絶句して後を続けられずにいると、沢海はどことなく悲しそうな顔をして目を伏せた。 「噂…本当だって言ったらどうする?」 「え……」 「俺が友之より女の子の方が好きになっちゃったって言ったら、友之はどうする?」 「………」 「日曜日…。かなり意地悪したよな俺。あれ、友之に嫌われる為にわざとやったって言ったら友之は――」 けれどそこまで言いかけて沢海は顔を上げ、はっとして口を閉じた。 「友…」 声を失い、みるみるうちに狼狽する沢海の顔を友之はぼんやりと見つめた。けれどおかしい、そんな沢海の困惑したような顔は、友之には何故かぼやけて見えた。意地悪な沢海も驚いている沢海も、どうしてだかはっきりと見えないのだ。 「友之!」 「……っ」 すると沢海がそんな友之の両肩を掴み、半ばヒステリックな口調で声を上げた。 「ごめんっ。ごめん、友之、嘘だよっ。そんな事あるわけないだろ!? 本当に…! 意地悪言って、ごめん…!」 「……拡?」 何を慌てているのだろうと友之は思ったが、直後ああ、自分が泣いてしまっているからだという事に気がついた。 知らない間に涙が落ちていたのだ。 「友之が…っ」 無意識に泣いていた友之の頬を必死に撫でながら沢海は言った。 「友之が昨日口きいてくれなかったから…。俺、すごく不安になってたんだ。イライラして…。ごめん、ごめんな?」 「……怒ってないの?」 「え? 怒っているのは友之だろ? 俺があんな無茶な抱き方したから」 「……ううん」 「友之…」 ほっと肩で息をする沢海に、けれど友之はさっと俯くとしゅんとして言った。 「でも一昨日の…嫌われる為に…あんなにしたの…?」 「……そうじゃなくて」 沢海ははあと深く息を吐き出した後、自分も傍の椅子に座ると自棄のように言った。 「俺、その日…。ほら、スピーチ大会で帰りも遅くなっただろ? あの日さ、その今噂になってる奴に無理やり迫られたんだ。いきなり付き合ってくれとか言われてさ。断ったら無理やりキスしてこようとするから思い切り突き飛ばして帰ってきたんだけど…」 片手を顔にやってそれを半分隠してしまっている沢海は、その時の事を思い出しているのか心底げんなりしているようだった。 「気持ち悪くて、さ…。ホント、ぞっとしたんだ…。俺、もう友之以外受け付けられないんだよ…。それで…そういう自分自覚しちゃったら…あの日はもうめちゃくちゃだった…」 「拡……」 「そんな最低な事になっちゃって、翌日友之ぐったりしててずっと寝てただろ? 俺とは口きいてくれないし…。それに今日だって午前中ずっと目もあわせてくれなかったから」 「そんな…」 それは沢海が休み時間の度に教室からいなくなっていたからではないか。やんわりとその事を言ったが、沢海は「俺は授業中に何度も見たのにこっちを見てくれなかった」と言い張った。 「………」 一通り話し終えて2人は同時に黙りこくった。 友之は黙って沢海を見つめながら考えていた。あの噂を本気にしたわけではないけれど、一瞬でもそれで不安になった自分がいたのは事実だ。そして沢海もその事で暗い気持ちになっていた。ほんの数日言葉を交わさなかっただけでこんな風に怒ったり悲しんだりしてくれた。 「拡…」 目の前の沢海の事を想い、友之の胸がぽっと温かく灯った。 ああ、沢海のことがやっぱり好きだと友之は思った。 そしてそう思える自分が幸せだと。 「拡…一緒にご飯食べよう?」 だから精一杯の笑顔を見せて友之はそう言った。こんな風に気まずいのはおかしい。自分は沢海が好きで、沢海もそう想ってくれている。 幸せなのだから。 「あ…うん」 すると沢海も最初こそそんな友之の態度に驚いたような顔をしものの、すぐに笑い返し頷いてきた。それは力のないものだったが、友之の心意は分かったのだろう。はっと気持ちを入れ替えるように息を吐いた後、沢海は今度は真っ直ぐに友之を見つめ、その髪の毛にさらりと触れてからはっきりと言った。 「好きだよ友之」 そのもう何度聞いたか分からない台詞に、けれど友之はこの上なく嬉しそうに微笑んだ。 それは無理のない、心からの幸福に満ちた笑顔だった。 |
了 |