(27) 濡れた髪の毛を乾かす間、沢海は友之にずっと取り留めのない話をしていた。 やや大きめのバスタオルを肩から羽織り、部屋に敷かれた布団の上に座らされる。すると後はもう沢海のされるがままだった。いつもならさすがに最初くらいは「自分でやる」と言っただろう。けれど動転して嗚咽の止まらなかった友之は結局浴室で身体を拭かれる事も、部屋に戻って髪の毛を拭かれる事も全部沢海に任せてしまった。その時は1人裸で部屋にいる事すら気に留めている余裕がなかった。 だからだろうか、沢海の静かな語り口調はとてもありがたいものだった。 「 熱かったら言えよ」 あらかた髪の毛を拭き終わると、沢海はそう言って部屋の隅にあるコンセントにドライヤーのコードを差し込んだ。スイッチを入れる音が聞こえたのと同時に急激な熱気と優しく掬うような沢海の指が自分の髪の毛に絡まり彷徨ってくるのが分かった。それが気持ち良くて友之はようやく荒くついていた息を整え、身体に込めていた力を抜いた。 とにかく泣きまくってしまった。 抑制が利かない。沢海が混乱して何度「どうしたんだ」と訊いてきても返答する事ができなかった。ただ胸いっぱいに広がる悲しみだけが全身を満たしていて、周りの状況に気を配る余裕などなかった。 それが今はドライヤーから漏れる温かい熱と沢海の優しい手櫛とで、とても満たされた気持ちになっている。 「 よし、終わり」 やがて沢海はそう言ってドライヤーのスイッチを切った。もう終わってしまったのかと思ったけれど、最後に沢海がさらりと触れてきたその感触だけで自分の髪の毛があらかた乾いているのが分かった。振り返ると背後にいた沢海はちらと友之に笑いかけ、ドライヤーのコードを軽く巻いてからいつもの場所―デスク横の小さな箱―にそれをしまった。 友之がその所作をじっと眺めていると、沢海はすぐに友之の目の前にまで来ると自分もその場に座り真っ直ぐ目を合わせてきた。 「 それで」 沢海は言った。 「 少しは落ち着いたか」 そう訊いてきた目は少しだけ笑っていた。その優しげな瞳にまた意味もなく悲しい気持ちがじわりと湧いてきて、友之は頷きながらもきゅっと唇を横に引き結んだ。 「 友之」 そんな友之に沢海は依然として優しい目で問いかけながら、片手を差し出すと友之の前髪にそっと触れてきた。友之が何も抵抗しないと見ると更に何度か指に絡ませ、それから癖のないその黒髪を左右にかき分けながら続けた。 「 嫌じゃない? 俺にこうやって触られるの」 「 ………」 声は出せず、それでもこくんと確かに友之が頷くと、沢海の口からはやがて大きなため息がもれた。言ってはいけなかっただろうかと焦って顔を曇らせると、すぐにそれを否定するような触れるだけの小さなキスがやってきた。 「 ……なあ。友之」 寄せた唇をすぐに離すと沢海は言った。 「 俺がこうしても…嫌じゃないのか」 「 い、嫌じゃ…」 「 ない?」 最後を言う前に急かすように沢海に言われ、友之はぐっとなりながらも慌ててまた頷いて見せた。また誤解されたら嫌だと思った。 「 何で…泣いてた?」 しかし沢海は友之のその返答をまともに見ていないようだった。俯いたままくぐもった声でそう訊くだけで、後は何の反応も示そうとしない。 友之は沢海のそのたった1つの仕草だけで自分の心がまた不安定になるのを感じた。ぎゅうぎゅうと締め付けられる胸を何とか落ち着かせながら、友之は自分を見ていない沢海に向かって必死に声を出した。 「 拡が…寮を出て行くって…言ったから」 「 言ったよ」 それに対してはすぐに声が返ってきた。その多少強い口調にびくりとなりながらも友之は再度口を開いた。 「 拡が怒って…いなくなるって思ったら…」 「 悲しくなった?」 「 うん」 「 俺は怒ってないよ。友之を好きなことに変わりもない。ただ出て行くだけ。今の生活を変えるだけだよ。その方がいいと思ったから」 「 どうして…」 「 ………」 これには沢海はすぐに応えようとしなかった。 友之はそれでまた焦れた気持ちになった。同時に沢海の前に晒している身体が火照って仕方がなくなった。 「 拡、いつも一緒にいてくれて…。嬉しかった…。でも最近はいつもいなくて…話もしてなくて…。それで、今度はいなくなるんだって思ったら…」 「 やっぱり誰もいないのは不安なんだ?」 「 え…」 冷たい声で言われて友之は声を失った。驚いたまま黙っていると、ようやく俯いていた沢海の顔が上がった。冷めた目をしたその視線にどきんと心臓が激しく鳴るのを感じた。 「 近づかれ過ぎるのは怖いけど、いなくなったらなったで心細いんだ、友之は? 俺がいた方が便利?」 「 そ…」 驚きで声を出せずにいると尚も畳み掛けるような声が投げつけられた。 「 俺、少しは光一郎さんの代わりになれてる?」 「 ………」 またじわりと涙が滲んできたが、ここで泣くのは嫌だと思い必死に唇を噛んだ。じんじんと熱くなる身体が無性に腹立たしくなり、それを誤魔化すように激しくかぶりを振った。 そしてその勢いのまま言った。 「 違う…ッ」 「 違うの? 何が?」 「 コウ兄とは…違うよ」 「 ……そっか。やっぱり俺じゃ役不足だよな。光一郎さんの代わりになんかなれるわけもないしな。それじゃあやっぱり俺はとりあえず寂しいのを埋めてくれる同居人ってところかな」 「 拡…」 「 何」 容赦なくすぐに返されてくる言葉。おかしかった。いつもの沢海ではなかった。 髪の毛を乾かしてくれていたついさっきまでは本当に優しかったのに。 どうして良いか分からなかった。 それでも行って欲しくなかったので友之は言った。 「 ちがう…。拡に行って欲しくないのは、ちがう」 「 だから何が?」 「 代わりとかじゃない…。誰の代わりでもない」 「 ………」 「 あ…暁とも、違うし。違う。全然、ちがった…」 「 ……どう違う」 「 あ……」 応えようとして、けれどまた唇を重ねられた。口を開きかけたところに覆いかぶさってきたそれにすっかり息を止められて、友之は仰け反りそうになるくらい驚き身体を震わせた。 それでもすぐに沢海が背中を支えてきて抱きとめてくれたので、友之はそのきゅうと強く回してくれた腕には途端安心してもたれかかってしまった。 「 嫌じゃないのか、こんな風にされて」 「 あ…嫌じゃ……」 「 本当に?」 「 う…んんッ」 沢海は訊いてくるくせに友之の返答を聞こうとはせず、すかさずキスを仕掛けてきた。何度も舐るように唇を吸い上げてから、舌を差し込みすっと歯列をなぞってくる。 「 ふ…ん、んんぅ…」 逃げようとした舌を絡め取られて苦しくて目をつむる。それでもそんな沢海に必死についていこうと両手を伸ばしその首筋に掴まると、途端相手の動きが止まった。 「 ひ…ろむ?」 意表をつかれ驚いて目を開くと、沢海はひどく困惑したような苦しそうな顔をして友之のことを覗きこんでいた。 「 本当に…嫌じゃ、ない?」 「 ……嫌じゃない」 友之がじっと見つめ返しながら応えると、沢海は一旦固く目を閉じてからもう一度確認するように訊いてきた。 「 氷野の時は?」 「 あ…嫌だったん、だ…。あの時…」 「 ………」 友之は正直に言った。それから沢海に強くしがみつき、またこみ上げてくるものを感じながらはっきりと言った。 「 あの時、拡が来てくれて嬉しかった…。拡が手を引っ張ってくれて、ここに連れて来てくれて、それで…」 「 友之」 「 嬉しかった…。こういうの…初めて……」 「 本当に……」 呟くようにそう言った声に押されるようにして友之は続けた。 「 す…好き、なん…」 「 ……っ」 はっとしてこちらを見つめてくる沢海に驚き途中で声が途切れてしまったが、それでも友之は身体中を赤くしたまま再度「好き」という言葉を繰り返し、そうしておしまいに何故か――。 「 ご、めん」 そう謝っていた。 「 友之」 すると沢海はそう言った友之のことをそっと布団の上に押し倒すと、すぐに自分も両手をついてその身体を挟みこむような体勢からじっと真摯な目で見下ろしてきた。 「 どうして謝る」 「 わ、分からないけど…」 「 けど?」 「 拡を困らせてた、から…」 「 ………」 「 だから…」 「 ………」 そう言った台詞を聞いているのかいないのか、沢海は依然として感情の見えない目で友之のことを見据え続けていた。身動きの取れない状態でただ何も言われず見つめられ、友之はまたじわじわとこみ上げる焦燥感に耐えられず沢海に向かって口を開いた。 「 拡…寮、出てく…?」 「 ………」 「 出て…」 「 友之が」 するとようやく沢海はそう言い、それからゆっくりと身体を沈めてくるとそのまま後の言葉は続けずに友之のとうに露になっている胸の上に自らの唇を落とした。 「 ひ…っ」 驚いて声を上げると、沢海はそんな友之の乳首にちゅっちゅと何度か軽いキスをした後、試すような目をして少しだけ目を細めた。 「 友之が最後まで俺を怖がらなかったら…出て行かない」 「 拡…?」 「 嫌になったら言えばいい。俺はやめるから。友之のいいようにするよ」 「 そん…ひぁっ!」 言いかけて、しかし友之は意図せずまた突拍子もない悲鳴を上げた。沢海が再び先ほどの場所に唇を寄せ、吸い付くようにしてそこばかりを舐め始めたから。 「 あ…ぁ、ひろ…ッ」 くすぐったくて、同時に何か熱いものが内から溢れ出てくるような感覚が身体を襲って、友之は反射的に身体を捩ろうとした。 あの夜、沢海に強引にされた様々な所作にはただ恐ろしさと途惑いだけが先行していた。今も翻弄されている事に違いはないが、それでもあの時とは何かが根本的に違うような気がした。 「 あ…ひろッ…。はぁ…ッ」 「 ここ…すごく感じるんだ」 「 やぁ…ッ」 乳首を執拗に舐めてくる沢海に友之はただ情けない声を上げた。時々そこに歯を立てられて違う刺激を与えられるともう駄目だった。それだけで友之の全身は熱くなった。そしてまだ触ってもらえていない下半身までがびくびくと何かを欲求し始めてくるのを感じた。 「 ん…んん」 それでも沢海はなかなか「そこ」に触ってはくれなかった。腹から脇、内股から腿をさらりと撫でていってはくれるが、既に興奮して勃ち上がり始めているものには知らぬフリだ。そして相変わらず舌先は友之の胸の突起だけを責め続けていた。 「 ふ…嫌ぁ…」 触って欲しいと思った。 友之が薄っすらと目を開くと沢海は分かったような顔をしつつも意地悪く訊いた。 「 嫌?」 その声に友之がぶるりと震えて目元からじわりと涙を浮かばせると、沢海はそれを唇で吸ってから何度かその周辺にキスをして繰り返した。 「 嫌ならやめる。友之に…嫌われたくないから」 「 あっ…ちが…」 慌てて目を開き、微かに首を振った。通じたようだ、沢海はここで初めて心底嬉しそうな笑みを見せた。 「 あ…」 それは心底満ち足りた目だった。だから友之もそれが嬉しくて仕方なかった。 「 拡、拡……」 「 うん」 「 す、好き、だから……」 「 ………うん」 少しだけ間があった。 それでもやがて相槌を打ち、瞳でも「分かった」と伝えてから、沢海はそこでようやく友之の願いを叶えるべく片手をそこへ差し伸べた。 それはただ指先で触れるだけのもどかしい所作だったのだけれど。 「 ……ッ」 たったそれだけでも堪らなく気持ちが昂って、友之は沢海に触れられた自分のものから先走りの汁を出した。 |
To be continued… |