無色透明



  友之が学校を終えてそのまま「アラキ」へ行くようになってから、もう半月にはなるだろうか。
「おうトモ、お帰り。今日は早いな」
  店に入ると、いつものようにマスターこと修司の父が明るく出迎えをしてくれる。これにも大分慣れてきた。最初の頃は「こんなにしょっちゅう入り浸って悪いだろうか」と遠慮していたのだけれど。
「5時間だけだったから…」
「そうかそうか。ほら、座りな。何か飲むだろ?」
「修兄は…?」
  狭い店内をきょろきょろ見回す友之に、マスターは軽く肩を竦めた。
「さあなあ。あいつが出先を言って行くなんてほとんどないから。気づくといつもいないよ。けどまぁそのうち帰ってくるさ。最近はめっきり減ったから、蒸・発」
  ははと軽い笑声を立てながらマスターは友之の為にオレンジを絞ってくれた。
  いつも穏やかな人だが、最近はより笑顔が増え、機嫌も良い。それは本人の言葉通り、息子である修司の家に居つく回数が各段に上がったからだろう。
「トモのお陰だな」
  カウンター席に座る友之にマスターがおしぼりとコースターを差し出しながら言った。
「この頃よくうちに来てくれるだろ? トモに会えるから、あいつはここを出て行かないわけだ」
「……そうかな?」
  友之の自信なさ気な返答に対し、マスターはうんうんと頷いた。
「そうだよ、もちろん。けど、トモは大丈夫か? まぁお前たちは前から仲が良かったかもしれないが、最近本当に一緒にいるだろ? あんなゴロツキと遊び回っていて、トモの成績が下がらないか心配だよ。コウもよく思ってないんじゃないか」
  マスターの早口に圧倒される形ながらも友之は慌てて首を横に振った。ここへは友之が修司に会いたくて来ているのだ、迷惑なんてことはあるわけがない。勉強も、気紛れな修司だから毎日は無理としても、気が向けば教えてくれるし……ほとんど答えを教えているだけのそれだが。ともかく、友之は修司といる時間が大切で愛しい。マスターが心配するようなことは何もないと思う。
  ……ないはず、だ。
「あいつ、自分の将来のことをトモに話す?」
  ぴかぴかのグラスに注がれたジュースを友之の前に置いてから、マスターはさり気なくそう訊ねた。
「将来?」
「うん。将来就きたい仕事のこととか。どうやって生きていくのか、とか。そういうこと」
「……あんまり」
  友之が困ったように口ごもると、マスターは予想していたとばかりに何度も頷き、「いいんだ、いいんだ」と片手を振った。
「ああ、悪い悪い。トモがそんな顔することはないよ。ただ、最近は本当に家にいることが増えたから…ちょっと、期待しちまっているんだ。でも、そうだよな。あいつがそんな話をするわけがないよな。……まったく、いつまでフラフラしているつもりなんだか」
  最後は独り言のように呟いたマスターの苦笑いを友之は戸惑いながら見つめた。父親だ、息子の先を心配するのは当たり前なのだ――…きっと。そういう理想の父親像とでも言うべきものを友之自身は想像するしかないが、この大らかな店主と接する度に友之は不思議な気持ちになる。
  どうして修司はこんなにも優しい父親のことが嫌いなのだろう、と。

「別に嫌いじゃないよ」

  修司はいつもそう答えるのだが、友之にはどうしてもそう思えない。
  小1時間ほど待った頃、ふらりと帰還してきた修司と修司の部屋へ向かい、友之はベッドに座る自分に「お土産」とハスキー犬のぬいぐるみを渡してきた修司を見上げた。
  見上げながら、先刻の質問を浴びせてみた。
  それに対する答えが、先のもの。
「トモはしょっちゅうそれ訊いて何か泣きそうな顔するけど。何がそんなに心配なの」
「心配っていうか…。心配は、してないよ。ただマスター…時々、寂しそうだから」
  貰ったぬいぐるみの頭を何となく撫でてみながら、友之はぽつぽつと答えた。こういう時は修司の顔をまともに見られない。修司がこの手の話題を好まないことは知っている。怒られるかもしれない、不機嫌になってしまうかも。そう思うからだが、かと言って訊きたいことを我慢して胸のわだかまりを放置したまま修司と面と向かうことも難しいから(修司がすぐに異変を見抜く為)、結局友之に逃げ場はないのだった。
「寂しいのかなぁ。別にあの人は寂しいなんて思っていないと思うけど」
  そうして修司はさらりとそう返して、おもむろに友之の隣に自らも腰をおろした。その重みでぎしりとベッドが揺れ、友之は犬から目を離して隣の修司を見つめた。瞬間、唇を合わされ口づけられた。戸惑う暇もなかった。
  友之が修司の「恋人」となり、「付き合う」ことになってから。
  こうしてキスすることが増えた。
「修兄…っ」
「俺はもう君のお兄ちゃんじゃないでしょ」
「…っ」
  服の中に手を差し入れられ胸を探られてびくりと身体が震えた。キスだけでなく、修司がこうして身体をまさぐり、行為に及ぼうとすることもここ最近本当に増えた。
  好き同士なんだから当然でしょ、と。修司は軽く言うのだが。
「だっ…駄目だよ、修兄…!」
「何で」
「だっ…んっ…んぅ、ふ…」
  訊いてくるくせに修司は友之に答えさせない。強引に唇を塞がれ、友之はあっという間に息を詰まらせ目を瞑った。何とか引き剥がそうと背に手を回して服を掴むも、修司はびくともせず友之の唇を何度も角度を変えては奪い、制服のシャツを脱がす為そのボタンに手を掛けた。
  友之の心臓の鼓動はそれでどんどんと高まり、より一層焦燥した。
「下…下、マスター、いるから…っ」
「そりゃあいるでしょ。うちだもん」
「だからやだ!」
  ほんの一瞬の隙をついて自分のめいっぱいで訴えた。
  修司にこういうことをされるようになってから、しきりに行為を迫られるようになってから、友之は毎回修司とどう向かい合えば良いのか、何を言えば良いのか分からなくなった。修司を好きだと思う。だから修司から「付き合って」と言われてイエスと答えたし、こうして毎日修司に会いにも来る。友之は修司に嫌われたら生きていけない。修司を手放すのは嫌だ。
  けれど、ここ最近の修司の態度は、どうにも友之がこれまで認識していた修司とは違う感じがするのだった。
  だからもっと話がしたいと思うのに。
「そうやってでかい声出してたら、余計にバレると思うけど」
  修司が呆れたように言った。それでも一応動きは止めてくれたので、友之は慌ててボタンを繋ぎ止めながら膝を立て、修司から距離を取ろうと身体をずらした。
「修兄はバレてもいいの」
「もちろん。だって付き合っているんでしょ、俺たち。違うの?」
「………」
「あれ、ホントに違った? だったら、こんなんして悪かったけど」
「ち、違わない…っ」
  修司はいつもこうだ。
  あっさりとしていて、平気で友之を突き放す。友之の切迫感に反して、修司にとって友之は何ということもない存在、いなくても平気な存在なのだろう。実際、修司は友之がいなくとも生きていける。と、友之は思っている。
「違わないけど…修兄のこと、好きだけど…」
「けど、とか言われると傷つくんだけど。でも、まあ。俺もトモのこと好きだよ?」
  だからしたいんだけど、と微笑まれて、友之は思い切り顔をしかめてしまった。まるっきり軽いその態度に反射的に抵抗を覚えたのかもしれないし、それ以外の複雑な感情が咄嗟に芽生えそうになった自分自身に苦みを感じたのかもしれない。
「……好き同士だと……いつもこういうこと、しなきゃいけない…?」
  多分、1番訊きたかったことはそれではなかった。それでも友之は何となくその言葉を紡いで、それから恨めしそうに修司を見上げた。修司は友之のすぐ傍にいて同じように友之を見つめ返していたのだが、この時の友之には、そんな「兄」の存在がひどく遠くに感じた。
  それは彼がもう友之の「兄」ではなくなったからなのか。
「はは…。いつも…だと、さすがに大変だから、それはしなくていいよ」
  随分と間があったような気がした。反応があったことにはほっとしたが、未だ腑に落ちない気持ちで、友之は自然表情を曇らせた。
「でも修兄…毎日しようとする」
「それはアレだよ、数撃てばってやつ。だって実際今日みたいに失敗する日の方が多いでしょ? かと思えば、何かのタイミングで一昨日みたいにうまくいく時もある。だから俺は一応毎日試しているだけ。それで3日に1度やれたらラッキーかなって」
「………ラッキー?」
  何だか物凄くひどいことを言われた気がしたが、友之は深く考えるのをやめてただただ修司の顔を見つめやった。本気なのか冗談なのか、こういう時の修司は本当に分からない。元々分かりやすい人ではないけれど、「付き合う」ようになってからの修司はさらに一層掴みどころがなくなった。
  傍にいる回数を増やせば、もっと理解出来るようになるのだろうか。
「トモ、怒ってるの?」
  黙りこくっていたせいだろうか、修司がそっとそう訊いてきた。友之の頬を優しく撫で、それから唇にその指先を当ててくる。友之はそれだけでびくりと震えて、そんな自分の反応にまた驚いて、さらに全身を震わせた。
  嫌だと言っておいて、修司の温もりを求めているのは自分のような気がして。
「怒らないでね、トモ。トモに嫌われたら生きていけないから」
  そう考えていた矢先、修司がそんな風に言うものだから、友之は途端むっとした。心を読まれて、からわかれたと思った。
「嘘だよ」
「何が嘘?」
「修…修兄は、僕が嫌っても、いなくても…生きていける」
「あら」
「僕がいなくても平気でしょ…だって…」
「だって?」
  すかさず訊かれてぐっと詰まった。それでも必死に立ち向かう。
「だって…そうだから。修兄はいつも何でも平気って顔してる。それに……いつもどこか、行くし」
「へえ…」
  何言ってんだろね、この子は……と、少しだけ距離を取った修司の口から、空を舞うようにその呟きが飛び出て消えた。修司の横顔には相変わらずの笑みがある。それでも不穏な空気は依然としてあるから、友之は縋るような想いで「修兄」と呼んだ。
  修司はすぐにそれに呼応し友之に目を向けた。
「修兄の方が怒ってる」
「何で? 俺は怒ってないよ、不機嫌なのはトモでしょ。眉間の皺、癖になっちゃうよ?」
  からかうように指先でその場所を突つかれて、友之はいよいよ嫌だという風にそれを振り払った。そうしながらすぐさま「怒っていない」と返したかったが、それは明らかに嘘だし、修司の意地悪な言い方や態度には腹を立てて当然だとも思った。それは友之にとってとても珍しい荒ぶった感情だったが、もしかするとこの数日くすぶっていた修司へのわだかまりがどっと出てきたのかもしれなかった。
  このところの友之は、いつも修司に会う為にアラキへ来ていた。そして実際こうして会ってはいるのだけれど……ちっともそんな感じがしない。修司とまともに接していない。修司は相変わらず、否、もしかすると「付き合う」ようになってから余計に、ふわふわとして正体の掴めない、意図して友之を寄せ付けない孤高の雰囲気を漂わせている。トモのこと好きだよ、愛してるよ、抱きたい、と。そんな言葉は気軽にほいほい投げてくるのに、いざ友之が修司の心の奥に踏み込もうとすると、片手を出してそれを制する。ただそれの繰り返しだ。
「トモ。今、何考えてるの」
  すっかり黙りこくった友之に修司が訊いた。
  友之は何故かそんな修司に顔を上げられず、けれど完全に無視することも出来ず、「分からない」とだけ答えた。
  すると隣で微かに笑んだ空気が伝わってきた。
「前のカノジョの話なんて聞きたくない?」
「……え?」
「でもしちゃう。あのね、俺が人からよく言われる台詞ベスト3。“あんたってホントよく分かんない”、“もう疲れた”、“あんたは私なんていなくても平気でしょ”」
  驚いて顔を上げた友之に、修司はいつの間にか自分が手にしていた犬のぬいぐるみを渡してきた。友之がそれを反射的に受け取ると修司は続けた。
「早速トモにも言われちゃったな。そのうちの1つ」
「それ言ったの裕子さん?」
「んー、裕子さんもそうだけど、あの人の場合は、そんなに俺のこと本気じゃなかったし。他の、もっと俺にのめり込んじゃってた人たち。一生懸命俺と向き合おうとしてくれた人たち」
  修司の言葉をじっくり噛みしめながら聞いた友之は、ややあってから頷いた。
「………僕も、修兄の考えていることは分からない」
「おぉ、おぉ。トモも言うねー」
「でも、疲れたりはしないよ」
「そうかな? 今、結構疲れた顔してるけど?」
「疲れてないよ」
「でも今むっとしてたじゃん。俺がここ触ったら振り払ったし」
「だってそれは…修兄が意地悪だったからっ」
  友之が頬を膨らませると、修司は可笑しそうに目を細めた。
「そりゃそうだよ。俺は意地悪な男だもん」
「違う」
  慌てて否定したものの、修司は「違わないでしょ」と言って、再び犬のぬいぐるみを使って友之の顔をわしゃわしゃと攻めた。
「しゅっ…」
  柔らかい素材のぬいぐるみだ、顔を擦られたくらいでどうということはない…が、それがやっぱりふざけていてしつこいので、友之はムキになって先刻と同様、乱暴に手で払ってそれをやめさせた。そしてはっきりと、今は鏡を見なくても分かる、きっと自分は修司に対し眉間の皺をより深くして怒った顔を見せていると思った。例え修司がそれをわざとやっていると知っていても、冷静なフリをして、「そんな意地悪ちっとも堪えない、平気」などという風にはとても言えないとも思った。
「どう? 俺のこと嫌になった?」
「ならない…」
  それでも、そう訊かれたらそう答えるしかない。だってそれが真実だ。
「俺のこと好き?」
「うん…」
  ただその答えの声は限りなくか細かった。いざ好意を口にするのは照れ臭いものだし、今は怒っているのだし、そもそもこういう形で無理やり言わされるのは何だか違う気もして。
「じゃあ。キスして。トモから」
  しかし修司は待ってくれない。急かすように彼はそう言った。友之が「えっ」と顔を上げるのも知らぬ風だ。その微笑は相変わらずで、穏やかで意地悪で。
  でも今のは間違いなく、冗談ではない。
「………っ」
  友之はそろりと上体を伸ばすと、修司の肩に手を置いて顔を近づけた。キスは毎日していたが、いつも修司からしてもらっていて友之からすることはめったに、というより、一度もなかった。
  そんなことに今さら気がつきながら、友之は未だこちらをじっと見据える恋人から必死に視線を逸らし、その唇だけを見つめて、そこに触れるだけの口づけをした。
「もっと」
  すると修司がすかさず友之の腰を抱いて引き寄せながらそうせがんだ。
「え?」
  修司の上に跨る格好で座らされ、友之はがっつりと掴まれ動けなくなった状態に途惑いながら訊き返した。
「今のだけじゃ物足りないから。舌入れて舌」
「わ、わかんない」
「分かんないじゃないでしょ、いつもやってあげてるじゃん。ああいう風にやればいいの」
「やだ…」
  あまりに恥ずかしくて思わず拒絶すると、修司は大袈裟にがっくりとして見せながら「あ、そう」と答えて友之の髪の毛をがしがしと撫ぜまわした。
「じゃあどこかで誰かとしてこよ。トモがしてくれないなら、浮気してくる」
「えっ…」
「いいの? 浮気してくるよ?」
  駄目だという風に友之がぶるぶる首を振ると、修司はわざと友之の腰を掴み直し、自らの半身を揺らした。友之がそれでひくと反応を返すと、修司は尚哂った。
「じゃあトモから言ってくれたら許してあげるよ。俺にキスしてって言ってみな。俺に抱いて欲しいって言って。俺のが欲しいって、挿れてって言ってみな」
「修兄…」
「兄貴じゃないよ。もうそういうのはやめたの。そういうのを望んでいるなら、お前は俺じゃなくて、コウを選ぶべきだったね。あいつならトモに全部くれただろうけど…俺は違うから」
「修兄」
「しつこいね。口塞いで欲しい? どう?」
  修司が顔を近づけて友之に訊いた。もうその瞳は笑っていない。友之はぞくりと身体が泡立つのを感じた。
  呑み込まれる。ふっとその言葉が頭に浮かんだ。
「トモ」
「修…」
「友之」
「……っ」
  修司の命令に、友之はもう逆らえなかった。元々修司の意向に反することなど出来るわけがない。修司の背中を追おうと決めてから、それはもう揺るぎのないものだ。この空気のような人を捕まえることなど出来はしない。けれど、修司は友之にとっては絶対に大切で離してはいけない相手。何故って修司こそがあの時、友之と同じ場所にまで降りてきて、あのどうしようもなかった暗闇から引きずり上げてくれた人だから。
「……キスして欲しい」
  消え入りそうなほど小さな声で、しかし友之はそう言った。
  修司からの返答はない。すぐさまくれると思ったキスも。
  だから焦りが湧いてきた。それで今度はもう少しい大きな声で伝えた。
「修兄に、して欲しい…。修兄のを、僕に、挿れて…」
  恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かったけれど、修司に腰を掴まれているせいで身動きが取れない。視線からも逃れられない。ちくちくと刺さる視線がただ痛い。
  けれどそんな状況に追い込まれたからこそ、友之は逆に勢いがついて急くように続けた。
「でも…でも、お兄ちゃんじゃなくても、いい、から。だから、これからも…しゅ、修兄のこと、修兄って、呼んでも、いい?」
  修司はまだ無言だった。
  ただ友之のことは見つめていた。どこか仄暗い、けれどどこまでも澄んだ綺麗な瞳で。俗世間から逃れ続けている分、あいつはいつまでも子どものような男なの、と、いつだったか裕子がぼやいていたことが思い出された。兄の光一郎も折に触れため息をついていた。いつまでもガキみたいな奴だ、あいつの駄々に付き合っていると、時々無性にむかついてくる、と。
(でも、修兄って……)
  本当に綺麗だなと友之は思った。
  無視をされても意地悪を言われても。こんな目を出来る修司のことがやっぱり好きだと友之は思った。
「うん。いいよ」
  そうやって見つめ合う時がどれくらい続いたのだろうか。
  不意に修司がそう言った。
  はっとして友之が瞬きすると、修司は今日初めて本気で困ったように苦笑した。
「トモにだけ俺の言うことを聞かせるなんてフェアじゃないもんな。いいよ、修兄って呼んでも。それに、時々はホントにトモのお兄ちゃんでいられるように頑張るよ」
「本当?」
「うん。俺は、コウ兄ちゃんほどうまくはできないだろうけどね…」
「……良かった」
  友之がほっとして笑うと、修司はいよいよ困惑して友之の唇に何度も啄むようにキスしてから「ごめんね」と謝った。
「何で謝るの?」
「ん…。トモに甘えてばっかりだから」
「え?」
「俺も大人にならなきゃな。コウ君や、トモみたいに」
  ふっと息を吐いて、修司はもう一度友之の唇にキスをした。
  ただもうその日はそれ以上のことをしようとはせず、修司は友之の頭を何度も撫でると、「今度は外でデートしよう」と清々とした様子で言った。
  友之はそんな修司に逆に戸惑ったが、この時はただこれからも「修兄」と呼べる許可が下りたことが嬉しかった。良かった、まだ修司は自分の兄でいてくれるのかと、そのことで胸がいっぱいになるほど安心した。
「修兄…!」
  だからどこへ行きたいかと問われたことにもあまり真剣に考えられず、友之は「修兄の行きたい所!」とだけ返すと、後は自分から修司の胸にドンと勢いよく抱きついた。



 


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