望み



  幼い時ならともかく、月人は中学生になっても兄の太樹にまとわりつく、「超」がつくほどのブラコンだった。
  普通なら年頃の、しかも男子中学生ともなれば兄弟にべたつくことなどなくなるはずだ――が、月人は良くも悪くも世間ズレしているところがあったし、周りを気にするほど外に友人という友人もいなかったから、そのことをおかしいとか恥ずかしいとか思う機会もほとんどなかった。おまけに、大分常識外れで身勝手な両親からほとんど養育放棄の体で見放されていたとなれば、唯一構って優しくしてくれる太樹に月人がべったりになってしまうのも、ある意味では致し方ないと言えた。

  ただそんな月人自身ですら、今の関係が異常であることは承知している。

「兄さん……」
  熱っぽく呼ぶと、声の代わりに大きな掌がそっと頬を撫でてきた。月人はそれが嬉しくて目を細め、息を継ぎながら改めて両手を兄の首に絡めた。そのまま強く掻き抱きしがみつくと、すでに下肢の方で繋がっている部分には新たな熱が孕んだ。
「あっ、あっ…」
  短く啼きながら月人は自らもその律動に合わせて腰を揺らした。もうこの行為も随分と慣れた。これまではベッドに縫い付けられたまま抱かれることが多かったが、今夜のように月人が積極的に動く体位で一晩を過ごすことも珍しくない。逞しい体躯を持つ太樹に対して、月人は如何にも華奢で細い。それでも自分だけがただ慰められるだけでは嫌だと強く感じる今日のような夜は、ベッドへ行くのも待てずに月人から強請って身を晒し、ソファに座る太樹の上で腰を振った。
「にぃっ…あん、あ、あっ…も…もっと…!」
  互いの接合部が擦れる度に淫猥な音が漏れる。明るい部屋の中でそれはひどく異質だったが、月人は構わず声を上げて太樹を求め、その合間に、縋る身体を浮かせては口づけも交わした。
「ん…ふ、んっ…」
  して欲しいと思うこととを、太樹は何でも察しやってくれた。身体を揺らしながら太樹の唇と触れ合い、舌を絡ませる。勿論、下の口でも太樹を受け入れる。
  それが自分の幸せなのだと、この頃の月人はもう完全に信じ切っていた。
「はっ…ん、ふ…」
  呼吸する間もないくらいの長い口づけ。
  丸裸の月人と違い、太樹はまだ仕事から帰ってきた時と同じ格好だ。シャツが多少乱れ、月人を貫く為に下肢を寛がせている以外は、完全に外用の姿。一日中この「秘密の」マンションに引きこもっている月人とは違い、太樹には外との繋がりがある。別の生活があるのだ。対して、月人には太樹しかいない。だから太樹が帰ってくると構ってもらいたくて堪らず、我慢も出来ない。
「あん、あッ、あ、あんっ…!」
  これではあの子どもの頃より酷い。
  そう分かっているのに、月人は太樹が帰ってくるやすっ飛んで行って纏わりつき、それこそ今夜のように、何を置いてもまずは抱いて欲しいと求め続けた。そして、太樹は太樹で、そんな風に豹変し「退行」したかのような月人に何も言わない。月人から絵を取り上げたのは太樹だ。けれど以前は、月人がそれを頑なに守ろうとする姿に眉をひそめ、突然美術館のチケットを渡してきたり、自分も付き添うから外へ出て絵を観に行くかと誘ってきたりもした、それなのに。
  月人がそれに対しいっそ怯えにも似た激しい拒絶を見せると……、いつしか太樹もその手の話題には一切触れず、ただ月人とこの空間での蜜月関係を黙々と続けるようになった。
  だから月人は幸せだ。
  もう太樹から妙なプレッシャーをかけられることもない、ただこうして愛してもらい、何にも煩わされることがないから。
「ん…はあぁッ!」
  激しく奥を突かれ続け、遂に太樹が月人の中で弾けると、月人自身もその後ろの刺激だけで頂点に達した。飛び散った精液がじわじわと太樹のシャツを汚す。それは終わりの合図でもあった。月人が短く息を切りながらぐったりとしてしなだれかかると、太樹はその背を優しく撫でた。
「兄さん…」
  月人はそれが嬉しく、自分も同じように腕を回してその抱擁を強めた。尻はまだ太樹を咥えたままだ。太樹を色濃く感じる。それに満たされる想いがして、月人はもう一度はぁと息を吐いてから「もう一回…」と甘えた。
「月人」
  すると初めて太樹が諌めるような声を出した。呆れているようでもある。疲れているから嫌なのだろうか、少し不安にもなったが、それでも月人は負けずにきゅっと太樹の首に縋りついた。
「だって…まだ兄さんから離れたくない。まだこのままがいい」
「今日はもう遅い」
「…明日も早いの?」
「ああ…」
  太樹が肯定するのに酷くがっかりしながら、月人はここでようやく太樹を見つめる為に体勢を立て直して正面を向いた。太樹はすでにそんな月人のことを見つめている。月人は何となくそれにバツの悪い想いがして、誤魔化すように唇を寄せた。
  太樹はそれに応えるように、自らが先に月人への口づけを仕掛けた。
「ん…」
  何度か唇を重ねあわせて、月人は再び下半身がずくんと疼くのを感じた。それを誇示するように兄に身体を摺り寄せてみたが、それでも今夜の太樹は月人の過度のおねだりには応じてくれなかった。
「風呂に入るぞ。それから食事にしよう」
「……分かった」
  残念だな、と。口元で呟く月人に、太樹はここでようやく苦い笑いを浮かべたように見えた。月人はそれが嬉しくて再び太樹に抱き着き、それからやっと自分から太樹との繋がりを解くべく腰を上げた。
「んっ…」
  太樹の質量あるそれが己の中から失われて、月人はやはり惜しい想いがした。そんな風に思う自分はとんでもなくいやらしく浅ましい。それを自覚しても尚、今の月人には他に何もないのだった。他に考えるべき何物もなかった。
  バスルームへ行って身体を洗った時も、湯船につかっている今も、月人は太樹にしがみついた。月人は浴槽で向かい合いながら太樹に外の話を聞いたり、自分自身の特に波風立たなかった一日のことを報告するのが好きだった。
  キスしをながら交わす、そんな他愛もない会話が幸せだった。
  ただ、その日は少しだけいつもの平和に変化があった。
「出張?」
  それは太樹が仕事の関係で海外のある事業部へ視察に行くという話だった。月人は途端不安になって、さっと表情を曇らせた。
「何日くらい行くの? その間、僕は……」
  どうしていたら良いのかと問いそうになって、月人は思わず口を噤んだ。どうするもこうするもない、ただここで大人しく太樹を待つ他はない。月人にはそれしかやることがないのだから。
  それでも思わず俯いてしまうと、そんな月人の身体を撫でてやりながら、太樹が実に何気なく言った。
「どちらがいい。ここにいるのと、一緒に行くのと」
「え?」
  あまりに自然に言われたので、月人にはよく意味が分からなかった。ここにいる以外の選択肢など示されたことがない。だから分からない。
  外を意識する何かを示されたことそれ自体も久しぶりだった。だから分からなかった。
  それを察したのだろう、太樹はゆっくり言い直した。
「ここでいつものように俺の帰りを待つのと、一緒に行くのと。お前の好きな方を選んでいい」
「な、何で…?」
  月人がびくびくしながら訊くと、ややあって太樹は静かに答えた。
「……今回は他の支社も回るから戻りが遅い。支倉も一緒に行くから、お前の面倒を見られる者が典子しかいない」
「………別に、それでも」
「構わないか?」
「………うん」
  月人は太樹の顔をまともに見られなかったが、何とかそう答えて俯いた。
  心臓がどきどきしている。鼓動が速い。一緒に行くというのは、それは何だ。太樹は以前、ここで俺を待てばいいと言ってくれた。ただそれで良いと。それは余計なことは考えずとも良いということだ。何て楽。何て苦痛のない世界。
  そのはずなのに。
「月人」
  太樹が呼んだ。思わず顔を上げると、顎を掬い取られるようにされ、そのまま口づけされた。殆ど反射的に月人はそれを喜んで迎え入れ、その後は自分から率先して身体をつけて太樹の唇を吸い返した。湯の中で触れ合う互いの性器にも熱が灯った気がして、月人は半ば自棄のように太樹のそれに手を伸ばし、己の下肢へ誘い込もうとした。
「月人」
「しよう…ねえ、しよう…?」
  月人は必死に頼んだ。今すぐ太樹を自分の中に挿れたい。空っぽだから。身体に隙間風が吹くようで心細い。
「駄目だ。もう上がるぞ」
  けれど太樹は無碍もない。月人の手首を取り、自分から放してしまおうとする。
  月人は一気に泣きそうになった。
「やだ、いやだ。ねえ、してよ。しようよ。まだ足りない、お願い。兄さんが欲しい」
「月…」
「ねえ!」
「月人」
  強く呼ばれて、月人は途端ゾクリと震えた。
「ごっ…ごめ…ごめんなさいっ。で、でも、でも怖い…怖い、から…」
「……何が怖い」
  太樹がため息交じりに月人の頭を撫でた。宥め言い聞かせるようなゆっくりとした動作だ。月人はそれをもどかしく思いながら太樹の唇へ必死のキスをして、わざと己の性器を太樹のそれに擦りつけた。湯船が荒く揺れて波立ったが、そんなことはまるで気にならない。夢中でキスを仕掛けていると、太樹が何度目かでそれを止めてきて、「何が怖い」ともう一度訊いてきた。
  だから考えたくないのに、月人は考えねばならなかった。
「兄さんと離れるのが怖い」
  そして少し考えてから、そう答えた。それは的を射た回答のようにも、何かが少し違うような違和感も両方あったが、今の月人にはそのことを突き詰めて考える力はなかった。
「それなら一緒に行けばいい」
「……それも怖い」
「外が怖いのか。それとも、俺と外に行くのが怖いか」
「……何を言っているのか分からない」
  どんどん不安な気持ちが高まってきて、月人は拒絶するようにそう返した。しかも、先刻までは散々自分からしがみ付き、太樹に密着していたくせに、月人はサッと逃げるようにして先に浴槽を出て、そのまま早足で寝室まで駆け込んだ。真っ暗な部屋の安全地帯であるベッドに入るまで、月人は一切呼吸しなかった。
「月人。きちんと身体を拭け」
  間もなく太樹が後を追ってきてそう注意した。恐らくその手にはバスタオルがあるに違いない。それが分かったが、月人はうつ伏せにタオルケットを抱え込んだまま頭を隠し、「大丈夫」とくぐもった声で返答した。
「大丈夫なわけあるか。いいから、ともかく起きろ。身体を拭け」
「嫌だ」
  いつもは太樹の言うことなら素直にきく月人だ。月人自身、何を意固地にこんな意味のない我が侭を言っているのか訳が分からなかった。
  それでも今起き上がって太樹と対面するのは嫌だ。そうしたら嫌でも考えなくてはならなくなる。また回答を求められる。それと連動して、これまでは何ともなし、ただ暇をつぶす為にやっていたこととも向き合わなくてはならなくなる、それが分かった。
  暇潰し……月人と太樹の為にやっている、「将来」のこと。
  外の世界と関係すること。
「嫌だ…」
  月人はこのマンションにいて太樹を待つこと以外にすることがない。本当に。
  ただ、ここには「それ以外の目的」が分かるような物もたくさんあった。例えば、大学受験の為の参考書だとかノートだとか。定期的にある模試を受けに予備校へ行く為の洋服とかカバンとか。月人は「大学受験のため」にこの部屋に籠っていることになっている。そして、実際それはある意味で本当のことだ。最近の太樹は大学に関して何も言わないが、それは月人が勉強していることを知っているからこそ口にしないだけかもしれない。確かに、以前のように太樹が月人に小言を言うような隙を月人は作っていない。作る意思さえない。何故って月人は絵をやめた。絵よりも太樹を選んだのだから、もう太樹を煩わせるものを月人は何一つ持っていない。
  しかしつまりは、月人は太樹の言う通りに生きることを決めたのだから、必然的に、近い将来は外の世界へ出て、太樹が持っている「外の繋がり」とやらを自らも持つということになるのではないか。
  太樹が仕事先に同伴するかと月人に持ちかけたのは、或いはそういう意図もあるのかもしれない。
  ただ傍にいるだけではダメなのかもしれない。当然だ、それではただの役立たずだ。
「怖い…」
  それでも月人は考えるのが嫌だった。太樹に愛されて、自分も愛して、それはとても幸せなことのはずなのに、それを外の世界の住人たちに知られるのは嫌だ。恐ろしい。2人の関係を実は恥じているのかもしれない。
  それをどこかで感じ取っている時に、太樹の先ほどの台詞だ。月人は胸を抉られる想いだった。
「月人」
  太樹が呼んだ。月人はもう反応を示すことさえ出来ずに、ただ小刻みに肩を震わせた。助けを求めたいが、その唯一の相手が今は月人を苦しめている。怒りたい。けれどそれも躊躇われて、月人はただ無力にタオルケットの端を掴み、きゅっと目を瞑った。
「月人。俺は、お前の良いようにしたい」
  すると先刻とはどこか違う声色で太樹がそう言うのが聞こえた。何かが違うと感じて、月人はハッと目を開き、それから恐る恐る振り返った。太樹はすでにベッドの端に腰を下ろして、そうする月人を見つめていた。
「何を言おうが全て許す。だから安心して言っていい」
  その優しい口調と共に、柔らかいバスタオルで髪の毛を拭かれた。身体全部も包まれるような気がして、月人はほっと力を抜いた。だから自然上体も起こすことが出来、太樹と向かい合う。すると太樹は改めて月人の髪を拭き、丁寧な所作で月人の濡れた身体も拭いてくれた。それが少しくすぐったく感じられて、月人はここでようやく息を吐けた。
「兄さん」
「ん」
  その勢いで月人は素直に訊けた。
「……僕は何を言えばいいの?」
「…………」
  太樹はその問いかけに一瞬言い淀んだかにも見えたが、月人の頬をさらりと撫でて、自らも至極真面目な顔で言い含めた。
「お前の望みだ」
「僕の?」
「ああ」
「僕の望みは……兄さんといることだよ?」
「……他には?」
「他?」
  混乱して月人は困ったように首をかしげた。兄は何を言わせたいのだろうか。月人の方こそ、兄の望みが知りたかった。それが分かればその通りのことを言ってあげられるのに。
「あ……」
  しかしそこまで考えて、月人は今さらながら「そんな簡単なこと」に気づかない自分に顔が曇った。教えてもらうまでもなかった、そんなもの、自分が「太樹の仕事を手伝う」ということ以外にはありえない。
  外は怖いけれど、でも。
「に、兄さんが、そうして欲しいなら……僕、行くけど…?」
「何?」
  太樹が怪訝な顔をした。月人はそれに気づかず、唇を戦慄かせながら何とか続けた。
「そ、そうだよね。だ、だ、だってしょ、将来は、に、兄さんの仕事、ぼ、僕も、てつ、手伝わなくちゃ、いけないんだし。だったら一緒に、い、行かなくちゃ、いけないよね」
「………そういうつもりで一緒に行くかと訊いたわけじゃない」
  暫しの間の後、太樹が微か困惑したようにそう呟いた。
  月人はそんな兄の態度に火をつけられた思いがして、途端饒舌になった。
「何で? じゃあ何でそんな怖いこと言ったの? 僕は、ここにいたいって言ったのに。兄さんも前はそれでいいって。傍にいればいいって、言った。でも、そんなのずっとは無理だよね、分かってたよ。そんなのは兄さんの望みじゃないのも分かってた」
「俺の望み……」
  太樹がどこか違う所を見つめて呟くのにも気づかず、月人はまくしたてた。
「そうだよ。僕が兄さんの仕事を手伝うのが、兄さんの望みでしょう。その為に、兄さんの望む大学へ行って、勉強して。兄さんや父さんたちの会社で、少しでも役立つ人間になる」
「…………」
「違うの?」
  違うわけがない。だってその為に自分たちはこうなった。
  それなのにすぐそれを肯定しない太樹に、月人はどんどん不安になって相貌を歪めた。
「もしかして……僕があまりに出来ない奴だから、失望してる? そんなこと無理だって思ってる?」
「違う」
「もしそうなら酷いよ。僕は前から、兄さんの期待に応えられるだけの力はないって言っていたでしょう。それなのに兄さんが無理やり、大丈夫だ、僕にも出来るからって言って勉強させたんじゃないか。それなのに今さら僕の実力が分かったからって、じゃあ僕はどうしたらいい。僕には何の取り柄もないし、兄さんに見放されたら僕は――」
「月人。違う」
  もう黙れとでも言うように太樹が月人を抱きしめた。あまりに強いそれに一瞬息が詰まったが、何が「違う」のかが分からない今、月人の胸を占める不安は太樹に抱きしめられても尚消えることはなかった。
「何が違うの…」
「お前にうちの仕事が出来ないなどと思ったことはないし、俺がお前を見放すこともありえない」
「……本当?」
「ああ…」
「じゃあ……いいんでしょ? さっきの答えでいいんでしょ? …兄さんの出張には僕も一緒に行くよ」
  外は怖いけど、と。
  つい口から出そうになったのを、月人は何とか堪えて押し黙った。それを言ってしまってはまた太樹から頭が混乱する質問を投げかけられる。
  それは外が怖いのか、それとも俺と一緒に外に行くのが怖いのか、と。
「……兄さん?」
  しかし折角耐えたというのに、「模範解答」を発したはずの月人に、太樹は何も返してはくれなかった。ただどこか苦しげな顔をして月人ではない、違う所を見つめているような。
「兄さん」
  それが嫌で月人は急かすように太樹の頬を撫でた。
「……!」
  すると太樹は、ハッとしたように月人を見つめ、ややあってから、ふと息を吐いて目を瞑った。
「兄さん…?」
  兄はどうしたのだろう、自分は何か間違ったことをしているのだろうか――しかしそう思って、月人がますます心配で泣きそうになると。
「月人」
  ようやく目を見開いた太樹が、先刻までの迷いの見えた顔から、いつもの毅然とした表情になって言った。
「すまない、不安にさせたな。――少し疲れていたようだ」
「大丈夫? 僕のせい?」
「違う。仕事のことだ」
  そうして太樹はきっぱりとそう言い捨て、月人の唇に啄むようなキスを何度も与えた。
  それから、周囲には決して見せない柔らかな笑みを湛える。
「ただ、そんな心労もあと少しの辛抱だな。もう何年かしたら、月人が俺の支えになってくれるんだろう?」
「……っ!」
「違ったか」
「違わないよ!」
  すぐに月人はかぶりを振り、太樹に抱き着いた。太樹の優しく期待の籠った言葉が思いのほか胸に響き、嬉しいと感じた。
「太樹兄さん…僕、今はこんなだけど……頑張るよ。頑張るから」
「……ああ」
「良かった!」
  しっかりと背中を抱いてくれた兄の手の温もりに幸せを感じながら、月人は「太樹兄さん、大好き」と衒いもなく言い切った。
  そうして太樹が「明日は早い」と言っていたことも構わず、月人は身体に掛けてもらっていたタオルも振り払って、再度太樹を性急に誘った。
「は……可愛いな、月人は…」
  子どものようにしつこいその求めを、しかし今度は太樹も拒絶しなかった。
  月人の望むそのままに、太樹は自身もすっかりベッドに身体を入れると、そのまま激しく月人を貪り、その細い足を強引に割り開いた。
「あ…あ、あ、兄さ、兄さん…!」
  月人は胸を吸われただけで嬌声を上げ、それでも必死に太樹を呼んだ。本当はもっといろいろなことを伝えたかったけれど、それはもうまともな言葉になりそうもなかった。
  けれど恐らく、それも太樹には正確に伝わる。
  ああ、もうすぐだ。
「あ、あっ…早く…!」
  月人はその期待に鼓動を高鳴らせながら、自らも進んでその秘所を晒し、手を伸ばした。
  こうして繋がっている瞬間は本当に無心になれる。
  何も考えずにいられるその刹那の幸せを、月人はこれからも決して手放したくないと思った。







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