歪みの果て



  俊史の「ただいま」という声は限りなく小さなものだったのに、歩遊は素早く反応してキッチンから玄関へ突っ走ってきた。――とは言え、大して広くもないアパートだ、その距離はほんの数歩のものなのだけれど。
  それでもその姿が犬のようで、俊史は不機嫌だった気持ちを少しだけ上向かせた。
「おかえり俊ちゃん。ご飯ね、もうすぐ出来るよ」
「ああ…」
「かばん持つよ。雨、まだ激しかったでしょう? あ、肩濡れてる、タオル持ってくるね」
「いい。それより」
  俊史は妙に張り切っている歩遊の首に腕を回し、未だ靴も脱いでいない自分の方へ身を寄せさせた。
  そしてそのままキスをする。
  玄関先へ出迎えに来る歩遊にはいつもしていた。だからこそ、この「習慣」もいい加減覚えて、たまにはお前の方からねだってみろとも思うのだけれど、この鈍感過ぎる幼馴染兼恋人は、その恋人関係になった高校の頃から数えても、そこのところが全く成長しないのだった。
「ん…ん……」
  俊史から一度は受け取ったはずのカバンは、もう歩遊の足下に転がっている。歩遊はいつでも俊史からの口づけについていくのに精一杯で、時折苦しそうな顔すら見せる。こんな時、大抵俊史は歩遊のことをもっともっといじめてやりたくなった。もっと意地悪をしてもっと歩遊を縛り付けて、歩遊が身動き取れなくなるくらいになればいいのにと思ってしまう。
  機嫌の悪い今日のような日は尚さらだ。
「俊、ちゃん…?」
  やっと靴を脱いだのに未だ身体を離そうとしない俊史に歩遊が不審の声を上げた。
  いつもなら玄関先で何度かキスをすればとりあえずはそれで終わりだ。それなのに俊史は歩遊をぐいと押してリビングへは向かっているけれど、歩遊の身体をまさぐるのはやめないし、連続したキスも止めようとしない。
  それをさり気なく諌めようとしながら、歩遊は遠慮がちに口をついた。
「俊ちゃん、ご飯は…?」
「要らねぇ」
「で、でも! 僕、今日、僕が…」
  折角作った手料理を俊史が無碍もなく流してしまおうとするのを、さすがの歩遊も良しと出来ないようだった。すでにカーペットに縫い付けられるように押し倒されて上から覆いかぶされているのに、無力な幼馴染はじたじたと足を動かし、必死にもがきながら、「ご飯、要らないの?今日はうまく出来たんだよ」と言って抵抗した。
「……なら後で食う。今はお前」
  それでも俊史は歩遊からどいてやる気持ちが湧かず、平静にそう答えた。
  大体、本当なら歩遊は食事の支度などしなくとも良いのだ、と。そう思う。俊史は歩遊に「そういうこと」は期待していない。大学生になってからようやく念願叶っての2人暮らしとなったが、俊史はこれまでの生活スタイル自体を変える気はなかった。
  ただ、高校が大学になっただけだ。
  あとは歩遊の食べる物も、歩遊が着る物も、全部自分が用意する。歩遊を自分の目の届く範囲に置いて、歩遊が勝手なことをしないように、ただ自分だけを見つめているように、そういう状態を維持したい。それだけを俊史は考えていたから。
  それなのに、2人きりの暮らしになってもそれはなかなかうまくいかない。
  それどころか、俊史に襲いかかる日々のイライラは、もしかすると付き合い始めたあの高校の頃よりも増しているかもしれなかった。
「いい加減、暴れんのやめろ」
  服を脱がせようとしても未だ下でいやいやを繰り返す歩遊を、俊史はややドスの利いた声で脅した。そんな態度を取られたところで、こっちは頑なになるだけだ。第一、歩遊は俊史のもので、俊史に逆らうことなど絶対に許されないのに、どうしてこう学習能力なく毎度同じことを繰り返すのか。
「おとなしくしないと長引くだけだぞ」
「だ、だって……ごはん……」
  俊史の威嚇が功を奏したらしい。未練たらしく食事のことを口にはしたが、歩遊の抵抗の力は明らかに弱まった。目元が赤い。歩遊は俊史に怒られるとすぐ泣きそうになって瞳を潤ませた。心底から俊史のことが怖いのかもしれない。初めて無理やり身体を繋げた時などは酷いものだった。
  あれから、何かが崩れた気がする。
「俊ちゃん…」
  歩遊の唇は俊史からされた幾度ものキスで扇情的に濡れていた。その唇が微かに震えて俊史を呼ぶ。それでも俊史は応えない。むしろそれすら責めるように、俊史はもう何度めかも分からないような荒っぽい口づけを落とし、脱がしかけていた歩遊のズボンを下着ごと足下までずり下げた。
「ひっ…」
  小さな悲鳴が俊史の耳元で響いて消えた。おかしい。俺とこいつは付き合っているはずなのにと思いながら、俊史はまるでレイプするような気分に陥りながら無力な恋人を見下ろした。下半身だけが剥き出しになった歩遊は恥ずかしさにいよいよ瞳を曇らせ、縋るように俊史を見上げていた。
「……何て顔だよ」
  本来ならここで「可哀想」だと思っても良かった。
「やっぱお前、バカだ」
  それなのに、「早く抱きたい」という気持ちが急激に高まった。
  俊史はわざとゆっくり歩遊のズボンと下着を取り去り、両足を開かせてその間に自分の身体を割り入れた。それから上着のボタンを手荒く外す。直後、再び小さく「俊ちゃん」と呼ばれたが、それは完全に無視した。
「俊ちゃん…怒ってるの…」
  だからだろうか、ようやく歩遊が「それ」を訊いた。
「……何で」
  しかし俊史はわざと間を置いてからそれだけを応え、歩遊の露わになった胸の粒を指先で軽く押し潰した。歩遊はそれにきゅっと目を瞑り、痛みを我慢するような顔を見せたが、すぐにその胸を上下させながら「ごめんなさい」と、先刻よりさらに小さな声で謝った。
「何で」
  けれど俊史には余計腹立たしく感じるだけだ。
「何でそこで謝る? 悪いことしたと思ってんのか。良いと思ったから行ったんだろ」
「でも俊ちゃんは…ダメって言ってたのに…」
「俺が駄目だと言ってもお前は行ったんだよな? 俺に嘘までついて。お前がそうしたかったからだろ、だったら俺はもう何も言えねェよ」
「ご、ごめん、ごめんなさい! き、嫌わ――ひぁっ…」
  嫌わないで、と言おうとした歩遊の口を止めるべく、俊史は歩遊の股間に手を伸ばして、その小ぶりの性器に刺激を与えた。甚振るように激しく扱き出してやれば、歩遊の方はもうまともな人語を発することが出来ない。ひぃひぃと堪えるような呻き声を上げ、その快感だか苦痛だか分からないような感覚に戸惑って首を振る。
「……エロい顔だな」
  いよいよ俊史は歩遊を逃がす気がなくなって、力なく揺れる胸に顔を寄せると、そのままそこを貪った。
「やっ…あ…あん…あっ……」
  ぴちゃりと胸の粒を交互に舐めると、歩遊が感じ入った声を漏らした。
  歩遊の平らな白い胸は、その2つの粒だけが仄かに桃色で、女のような膨らみや柔らかさはないのに、常に甘くて心地よい味がした。そうなると俊史もどんどん興奮してきて下半身に熱が集まり、もう一刻も我慢が出来ず、服を着たまま無理に歩遊の裸体に自らのそれを擦りつけた。
「は、はっ…俊、俊ちゃっ……やっ…あっ…」
  歩遊の吐息と嬌声が断続的に届く。その乱れる様を見やりながら、俊史は焦れたようになって歩遊の後ろに指を差し入れた。
「いっ…やあぁっ…」
  歩遊が身体をびくびくと揺らした。しかし痛みと言うよりは、昨晩の快感を思い出して喘いだように感じられた。そう、俊史は昨晩も歩遊を散々良いように犯したのだ。否、昨日だけではない、その前の晩も。歩遊はもう1週間近く大学の講義をまともに受けていない。だから外に出たのさえ、今日発覚した数日前の耀との食事―耀は高校時代の歩遊のクラスメイトだ―だけだった。
  俊史は進路決定の際、歩遊には好きなことをやらせてやりたいと歩遊が希望する学科を受けさせたけれど、自分もバカみたいに同じ所を受けてそこへ進学してから――…、それから、何かが狂ってしまった。
  同じ所へ通って、同じ所に2人だけで住んで。歩遊を監視するにはこれ以上ない環境だけれど、なまじ「同じ過ぎる」が故に、偶にすれ違って歩遊が自分の知らない場所へ行ったり、誰かと接する、それだけで、俊史の心は常軌を逸するほど乱れまくった。
  だから今もこんなに腹が立っている。
「俊ちゃ…俊ちゃん、イきたいよっ。おね、お願い…!」
  行為の最中にふと気が逸れていた俊史に、歩遊が突然声を上げた。機械的に後ろだけまさぐられて前はせき止められて、いい加減耐え切れなくなったらしい。
「駄目だ。もうちょっと待て」
「やぁ! は…うぅ…俊ちゃんっ…」
  散々扱かれて白い粒も浮かび、あと少しのところだったのに俊史にそれを阻止される。機嫌の悪い時はいつもこうなるとは言え、歩遊は混乱しきった様子で折り曲げた足をじりじり左右に揺らした。俊史の挿入が済まないと自分が達することは許されないことを歩遊は知っている。だから歩遊は自ら腰を浮かすようにして早くと必死にねだる。普段なら決して見られない、それは晩熟な恋人の珍しく淫靡な姿だった。
「欲しいか…歩遊」
「うんっ…俊ちゃ、早く…!」
「どうして欲しいか言え」
「やだぁ!」
「歩遊」
「ひっ! …う、う…」
  殆ど泣きべその体で歩遊はぴたりと口を噤み、くしゃりと相貌を崩してから「挿れて」と従順にねだった。
「僕、の、はッ……中、……はぁっ…早…早く、俊ちゃ、の、挿れてッ…」
「……淫乱」
  わざと歩遊を罵って俊史は歩遊の太腿に口づけた。歩遊が珍しくそれに腹を立てたように首を振る。それを俊史は軽く流して、再度歩遊の腿に食らいついた。
  そうして、舌を這わせながら片手で歩遊の片足を持ち上げる。
「尻出せ、歩遊」
「や…後ろは…や…前から…」
「分かったから、もっと腰浮かせ…!」
「やぁ! 俊ちゃ、俊ちゃんが…!」
「ちっ…たく!」
  上体を起こした自らの腰に歩遊の半身を引き寄せようとして、俊史は握っていた歩遊の性器を手放した。――と、瞬間、待ち詫びていたような白い精がぴゅっと小さく吐き出された。仰向けの格好で放たれたそれは、俊史への僅かな抵抗のように小さな白濁を散らせたが、俊史の身体を汚すまでには至らなかった。
「なに勝手にイッてんだよ」
  無茶なことを言ってさらに相手を苦しめてから、俊史はいよいよ乱暴に歩遊の両足を開かせ、自分の眼前にその小ぶりの尻を曝させた。
「先にイッたんだから、今夜は覚悟しろよ。俺が満足するまでヤるからな」
「ご、ごめ、ごめんね俊ちゃん…! だだ、だって僕…我慢…」
「煩ェよ」
  言い訳すんなと言い捨てながら、俊史は遂に泣き出した歩遊の中に自らのそそり立った男根を差し入れた。
「ひぁッ…はッ…あ、んぅ…!」
「ばっ…動、くな…!」
「ひ、ん…ッ…!」
  歩遊が声にならない声で抗議の声をあげた。性急だったのかもしれない。いつもはすんなりと入るそれがなかなか思ったような滑りを見せずに歩遊の内壁を無駄に傷つけた。
「歩遊…ッ」
  それでも俊史は動きを止めることが出来ず、尚も強引に腰を進め、歩遊の熱い体内に自らのものを打ちつけた。
「や…やっ…あっ…ん…ッ」
  奥を突く度に歩遊の小さな声が返ってきた。身体だけでなく気持ちも高まって何度もそれを繰り返すと、やがて歩遊の方も既に慣れた行為ということもあり、徐々に自らの良いところに敏感な反応を示して、もっととねだるように身体を揺らし始めた。
「俊ちゃ…! あっ、あっ…そこぉ…!」
「分かってるよ…バカ…」
「や、あん、そこぉ、そこ、気持ち、いい…!」
「はっ…」
「俊ちゃんっ」
「好きか…歩遊…俺が……」
  いつも情けなくも訊いてしまうのはこんな時だけだった。無理やり始めたくせに、歩遊がそれに酔って自分を受け入れ始めたと分かると、俊史はようやくそれでほっとするのだ。
  だから、今度は歩遊の言葉も欲しくなって。
「言えよ…歩遊」
「うん…好き…。好きだよ、俊ちゃん…」
  薄っすらと目を開けた歩遊が素直にそう応えた。大きな目には透明の涙がぷっくり浮かんでいるのに、必死に「好き」と告げて柔らかい微笑を浮かべる。
「……ならもっと…突いてやる…」
「やッ、う、あ、あ、あッ!」
「嬉しいか、歩遊…!」
「あんっ、あっ、俊ちゃ…ッ」
  粘着質な水音と歩遊の嬌声とが混じり合い、明るい室内に淫猥な空気が蔓延した。先刻まで光を灯していたはずのキッチンの方がむしろ熱を失い、冷えた色を浮かべている。
  けれどそれは俊史にはどうでもいいことだった。歩遊にしてもそのようだ、今や夕食のことは頭にないらしく、ただ懸命に俊史の身体に縋り、俊史を頼るようにして足を揺らして喘いでいる。
「くぅっ―……!」
「ひあぁっ…!」
  そして何度かの抽挿が繰り返された後に俊史が遂に中で果てると、歩遊も直後、それに感じ入ったように声を上げた。と同時、すでに一度は達した歩遊のものが少し遅れて再度の射精に至った。今度のそれは俊史の未だ服を着たままの上半身を濡らした。
  じわりと歪なシミが作られる。
「お前だけ2回かよ…」
「ごっ…ごめん、ごめんなさい!」
  俊史が冗談交じりに言った文句を歩遊は真に受けてすぐさま謝った。俊史にはそれが堪らなくて、すぐに覆いかぶさって歩遊の唇にキスをした。何度も舐るように唇を食んでいると、もっと蹂躙したくなって口腔に舌も差し込んだ。
  歩遊の呼吸はそれで容易に奪われた。
「ん、ん…」
  歩遊の苦しそうな声も俊史には媚薬だった。すでに中で達したはずなのに再び熱が盛り上がる。歩遊もそれを認め、ハッとしたように俊史に視線を向ける。不安そうな瞳がゆらゆらと揺れていた。俊史はそんな歩遊にまた口づけをした。
「何見てんだよ」
「俊ちゃん……ごめんね」
「何についての謝罪だ」
「だっ……あ、や、や………ひぃッ…」
  歩遊が喋ろうとするのをわざと邪魔して、俊史は再び歩遊に挿入した。くんと腰を動かし、歩遊の中を掻き混ぜる。身体の柔らかい歩遊とはいえ、再度足を折り曲げられ、ぜえぜえと苦しそうに息を吐くが、俊史が中に入ったままでは身動きもとれない。歩遊は丸裸のあられもない姿でただただ力なく両手を差し出して「俊ちゃん」と恋人の名を呼んだ。
  俊史がそれに応えずただ上から見下ろしていると、歩遊はいよいよ大きく泣き出して「もう勝手しない」とはっきり誓った。
「俊ちゃんに内緒で…もう、誰ともごはん行かないし…。サークルも、入るのやめるから」
「別に入るなとは言ってないだろ」
「でも…入らない。僕は、入らないから」
  歩遊はそう言っていったんは閉じていた瞳をまた開いた。
  そしてどうにかして俊史の手を取りたいのだと片手を差し出す。
  俊史はそれを無視して、また再び歩遊の両足を抱え上げながら奥を突いた。
「や、ん…! ひっ…あ、やぁ…ッ!」
  そう、これは罰なのだ。自分の目の届かない範囲へ勝手に飛び出そうとしたこの愚かな恋人への仕置き。
  だから優しくなどしてやらない。
「好、好き…っ、はっ…あ、あッ…」
  そんなことを言っても。
「歩遊…!」
  歩遊への怒りはもうとっくに消えている。けれど何かに苛立ってそれが止まらなくて。
  結局俊史は歩遊がすっかり気を飛ばしてしまうまで、歩遊の身体を放さなかった。――否、放せなかった。



  最初は多少の行動は許してやるつもりだったのに。



「これじゃ明日も自主休講だな」
  涙の跡を頬に残したままベッドで眠り続ける歩遊を撫で、俊史は暗い室内で独りごちた。
  例え同じ学部で同じ講義を取っていても、歩遊が俊史の知らない間に音楽鑑賞のサークルに入ろうとしたり、今は別々の進路を歩んでいるはずの耀とどこかへ出かける約束をしたり、そんな「事件」は何度も起きた。……歩遊の行動範囲は、ゆっくりとだが確実に広がろうとしたのだ。
  それを殆ど反射の体で、俊史は全て潰しにかかった。それこそ全力で。
  1番てっとり早いのはこうして抱いてしまうことだった。激しく犯せば歩遊は翌日臥せっているしかなくなるし、そうすればずっとここに閉じ込めておける。
  大体、大学など、はじめから行かせなければ良かったのだ。このまま辞めさせても良いのじゃないか、未だそんな風にも考える。
(いっそのこと、この国からも出ちまいたい……)
  さらに最近ではそこまで考えが飛躍して、俊史は半ば本気で海外移住を視野に入れた仕事を模索しようと動き始めていた。しかも、なるべくなら英語圏でない、歩遊が全く分からない言葉を話す国への。人も少なくて、本当に歩遊を独り占めできるような、そんな場所。そこへ連れて行って、歩遊を知る者の1人もいない所で、歩遊と2人で過ごしたい。
  それが病的な妄想に近いとは分かっているのに、一方でそれが1番ベストな選択なのではないかと、心のどこかで大真面目に思ったりしている。
「俊ちゃん…?」
  その時、歩遊がふと目を開いて俊史を呼んだ。思わずどきりとして俊史がその返事を遅らせると、歩遊は恐る恐るという風に傍に座る俊史の手に触れ、「まだ怒ってる?」と訊いてきた。
「別に」
  つい素っ気なく返すと歩遊はひどく悲しそうな顔をしたが、それでも縋るように触れた手をぎゅっと握り、「怒らないで」と呟いて、祈るように目を瞑った。
「……怒ってねェよ」
  だから何とかそう言ってやって、俊史は掴まれていない方の手で歩遊の頭を撫でた。
  歩遊がぱちりと目を開き、それにほっとしたような息を吐く。
  だから俊史は、思わずそんな歩遊を、布団の上からぎゅっと強く抱きしめた。
「歩遊…」
  そして、絶対に言わずにおこうと思っていたことを口にする。
「けど、俺から離れたら殺すからな」
  くぐもった声で告げたそれに歩遊の髪の毛はふるりと揺れた。恐ろしいことを口走る恋人に心底震えたのかもしれないし、「そんなことはしない」とかぶりを振ったのかもしれない。
  しかしぐっと俯き、ただ歩遊をかき抱いていた俊史には、この時の歩遊がどんな顔をしていたのかも、どう想っていたのかも、何も知ることが出来なかった。
  ただ暗い暗い淵の底へ歩遊を巻き込み沈んで行くイメージだけがある。

  それを意識しながら、俊史は身じろぎもせず、ただただ無力な恋人の身体を拘束し続けた。







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もうちょっと救いのある話にするつもりだったのですが…何か暗いまま終わりました(爆)。
今のまま(=本編「鈴つきリボン」あたり)の俊史と歩遊が大学生になると、こんな感じになるのではと。