逢坂康久(おおさか やすひさ)心の日記

6月29日 雨のち曇り


今日は何だか妙なものを見てしまった。
梅雨のせいか天気はぐずぐずで、何となく気分も乗らなかった俺はサークルの部室にも行かず、かといって授業に出るでもなく、ただ構内をぶらぶらしていた。
だから図書館棟・隅のベンチで涼一が座っているのを見つけたのは偶然だ。俺は構内から奴の姿を見つけて足を止めた。何となく思いつめたような雰囲気。機嫌は物凄く悪そうだった。
あいつとは高校の時からの付き合いだが、どうにも昔と比べて変わったと思う。元々適当な奴かもしれないとは思っていたけど最近は特にそうで、俺らとの付き合いもなあなあ。時々ヘンな事も口走るし…。とにかくあいつは大学に入ってから何かとおかしかった。
その…こと桐野が絡むと。
………。
この事は確信がなかったので今まで誰にも喋った事がなかったが、俺は前々からもしかするとあいつは桐野に惚れてるんじゃないかと思っていた。
惚れている、そうつまりは「そういう」意味で。
昔、俺らの仲間内にいる相野って奴が「桐野はホモで涼一を狙っている」とか何とか言っていたけど、俺に言わせれば狙われているのは絶対桐野の方だった。何というか…桐野とはあんまり話す機会がないが(だって話そうとすると涼一がめちゃくちゃ恐ろしい顔で睨むから)、あいつは男の俺から見てもこう…割と綺麗だなあと思うような顔をしていた。笑った時の目元なんかが特に…いいなあと…。
……って!俺のことはどうでもいいんだけど!!
それで今日見た妙なもので、俺はこの一連の疑惑に確信を持った。
………。
…………だ。
だって!
あいつ!!
今日、あんな人目のつくキャンパスで、桐野のこと思いっきり抱きしめてたんだもん〜!!!
もろ〜!!!!!
……ぜえぜえ。
そんでもって抱きしめてキスまでしてた。多分。俺のいた角度からはそうハッキリとは見えなかったけど、顔寄せてたし、桐野が物凄く焦ってたし(顔真っ赤にしてて超可愛かっ…い、いや何でもない)、それに何より周辺にいた人たちが何か固まってたし。
………。
正直、呆然。言葉が見つからないとはこうい事を言うのかと…。それで今日は色々と考える事が多かったのだ。
そんでもって、この思いを自分1人の胸にとどめておくのがどうにも耐え切れなかったもんで、俺は思い切って藤堂の奴にこの事を話してみることにした。あいつは仲間内で一番涼一と仲が良いし、桐野ともよく話す方だったし。
で。


俺「なあ、藤堂。涼一って桐野のことどう思ってると思う?」
藤堂「は? どうって? 好きだろ?」
俺「!! そ、そうだろ?! そうなんだよな…っ。俺も前からそう思って…って、何でお前そんなに冷静なんだ?」
藤堂「何でって? だって誰がどう見てもそうじゃん。お前、あいつらが仲悪いとでも思ってたのか」
俺「……。いやそうじゃなくてさ。そういうい意味じゃなくてだよ、お前はよ…。好きってのはそういう友情系の意味で言ってんじゃねえよ」
藤堂「?? は? 何言ってんだお前? 一体何の話だ?」
俺「……だから。親友を抱きしめたりキスしたりはしないだろ!?」
藤堂「そりゃな」
俺「してたんだよ」
藤堂「は?」
俺「だからしてたんだよ、涼一が! 桐野に! 抱きしめ攻撃! キス!」
藤堂「………」


俺はこれでやっとこの鈍感野郎にも俺の言いたい事が伝わっただろうと思った。そして次に来るであろう物凄い仰天リアクションを期待した。
しかし。


藤堂「へえ〜。何なんだろうな」
俺「………は?」
藤堂「別にお前を疑ってるわけじゃねえけど。ま、何か哀しいことでもあったんじゃねえの? それで桐野に甘えてたんじゃねー? 涼一のことだから」
俺「いや…お前…それ、その解釈おかしいだろ?」
藤堂「何で? 俺はお前の見たその光景の方がおかしいと思うよ。ったく、しょーもねえ話してる暇あったら、ちったあ合コンのセッティングでもしろよな! いつも俺がしてんじゃねーか!」
俺「…………」


俺の発言は藤堂にまるで信じてもらえなかった。
そしてこうもあっさりと返されてしまうと、やはりあの時見たものは俺自身の疑惑から生じたただの幻だったのだろうかと思ってしまう。
しかしどうしても納得しかねるものを感じた俺は、その夜涼一に電話をかけ事の次第を確かめた。
すると。


涼一「……お前、そういうくだらない噂流したら殺すぞ」


……俺はこの日見た事を今後一切他言するのはやめようと思った。



【完】