その森には、姫がいた |
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―蛙の鳴く茂み― 「 王子。いつまでもそんな所で何をしているのです」 友之が指し示した辺りから一番人のいない場所ー宮廷のバラ園から更に外れた茂みの中ーを王子は正装が汚れるのも構わず探し始めました。 見かねた光一郎がため息交じりに声をかけても知らぬフリです。 「 ………いない」 「 ……小動物にでも変えられていなければ、普通このような茂みにはいないでしょう」 「 だからだ! そいつがちっさい犬に化けてたんだから、雪だってこういう人の視線の集まらない物陰に隠れている可能性が高いだろ!」 光一郎の背後でびくびくしている友之を指して王子は怒りに任せて声を荒げます。それもそのはず、魔女が宣言した0時がもうすぐそこまで差し迫っていましたから。 「 落ち着いて下さい王子」 しかし光一郎の方は冷静です。何事か考えた風になりながら友之を顧みて、改めて王子を見て言います。 「 確かにあの魔女は雪也を普段の姿とは違うものに変えたと言いましたが…。仮に王子が推測するところの人ではないモノに変えていたとしたら、もう我々には探す手立てはないのでは?」 「 ……何が言いたい」 「 あの魔女が試している相手は我々ではなく、あの雪也ではないかと思えるのです」 「 は…? 言っている意味が分からない」 怪訝な顔をする王子に光一郎は自分に縋り付いている友之を見下ろしながら言いました。 「 友之。お前を助けてくれた雪也は、どういう人間だった」 「 す…すごく、優しくて、良い人…」 「 他には?」 「 他に…?」 「 雪也は何故お前を町まで送ろうとしなかった? 森の外までは連れて行ったというのに」 光一郎の問いかけに友之は暫し黙りこんだ後、遠慮がちに王子の方を見やりました。 そしてたどたどしいながら声を出します。 「 あ、あの…。雪也のお兄さん、何度も町まで行ってあげられなくてごめんなさいって謝ってくれた…。で、でも、町には行きたくな…行けないって」 「 何故だ?」 これには王子が問いかけました。途端びくついた友之ですが、この時は割とすぐに返答をしました。 「 雪也お兄さん、普段は塔から出るのもとても勇気が要るって。魔女のお母さんは早く外に出ろ、出て行けって何度も言うけど、お兄さんは…人と接するのが怖いって。自分に…自信がないから」 「 自信がない? 確かにあいつはオドオドとしていて如何にも他人と関わるのを恐れているという風だった。しかし何故なんだ? 雪はあんなに綺麗で、初対面の俺ですらこんなに惹かれた。あいつが自信を失う事なんか何1つないじゃないか」 「 ……そう言ってくれる人間が今まで彼の周りにはいなかったのでしょう」 友之の頭を撫でてやりながら光一郎はそう言い、一方で聞こえるか聞こえないかくらいの声では「いつも人から誉められてばかりの王子には分からないでしょうが」などと呟きました。 そうです、王子には分かりません。 思えば涼一王子と雪也青年はまさに正反対の環境で全く正反対の性格を持ち合わせた違う種類の人間と言えました。 「 ったく、しかしな、今はどうでもいいんだよ、そんな事は!!」 そうして雪也青年とは違い、ゴーイングマイウエイな暴走王子は、じりじりとした声でそう言いながらダンダンと地団太を踏んで更に声を荒げました。 「 今の話が雪を見つける手立てになるのか!? ならんだろ! あーお前らのせいで時間を無駄にした! もうすぐ0時だってのに雪らしき影なんかまるで見つからないじゃないか! 時が来たらあの鬼ババは雪を連れて二度と俺の前には姿を見せないと言ってるんだぞ! 俺と雪が二度と会えなくなったらどうしてくれる! そうなったらお前らの事も引き離しにかかるからな俺は!」 「 ……王子、今の台詞もかなり時間を無にしたかと」 「 あーホントだ! くそう、おい友之!!」 「 は、はい!」 王子はさっと光一郎の傍にいた友之の腕をぐいと引っ張ると、自分の方に引き寄せ、物凄い顔で凄んで見せました。 「 本当にこっちでいいんだろうな? 間違ってたらタダじゃおかないぞ!」 「 ……っ」 「 王子、乱暴しないで下さい」 「 お前もさっきから普通の顔してんじゃねー! もう少し焦ろって!」 「 ですから、最早彼を見つける方法は雪也自身に勇気を出して出てきてもらう他ないと」 「 そんなのどうやってー!」 「 ……友之」 「 ほ、本当に…?」 「 ああ。さっき言った通りにしなさい」 「 ……ぅ……」 「 何だ? 何の話だ、お前ら?」 何やら互いに目配せしている2人に王子が不審の声をあげました。見ると自分が腕を掴んでいる友之はだらだらと悪い汗を掻いていて蒼白、対する光一郎はしれっとした顔をしています。 そんな様子の2人に王子が更に問いかけをしようとした時でした。 「 友之、お前だって雪也に出てきてもらいたいだろう?」 「 −…ッ!!」 光一郎のその一声で友之の意も決まったようでした。 ガブリ。 「 〜〜〜〜〜!?」 それはあっという間の出来事で、「被害者」の王子にすら何が起きたのか最初はよく意味が分かりませんでした。 しかし。 「 い…いってー!!!」 「 〜〜〜!!」 王子が悲鳴をあげたのも無理はありません。友之は自分の腕を掴んでいた王子の手に思い切り強く噛み付いたのです。あまりの事と、当然の事ながら肌に突き立った痛みとで王子は思わず飛び退りました。 「 お、お、お前…! 一国の王子に何しやがんだ…!」 当然の事ながら王子は大層頭にきています。くっきりとついた歯型に更に怒りは心頭で、1度は離れたもののまたあっという間に友之の胸倉を掴むとぶんぶんと振り回さん程の勢いで締め付け始めました。 「 ……っ」 「 このクソガキ…! お前、やってくれんじゃねーかよ! この忙しい時に頭くる事しやがって!」 「 王子、乱暴はおやめ下さい」 光一郎は一応注意していますが何故か止めには入りません。 「 それ以上締めると死んでしまいます」 「 うるせー!! …って、お前はホントに止める気があるのか!? 明後日の方向向いてやがって!!」 王子が突っ込むのももっともです。光一郎は実に平坦な声で、しかも何故か茂みの方を向きながら王子を止めようとしているのですから。また首を締め上げられている友之の方も、最早声を出すのも苦しいはずなのに、律儀にも「殺される〜」などと無理な悲鳴を上げています(実際殺されそうなのですが)。 しかし、そんな異様な光景が繰り広げられていた時です。 突然。 ゲコ!! 「 ………は?」 突然、王子の足元で何かが潰れるようなしゃがれた声が聞こえました。 『 ゲコゲコゲコ!! ゲゲゲコ〜!!』 「 ………何だコイツ」 王子の足元にしがみつかん程の勢いで鳴いているのは、茂みから出てきたらしいヒキガエルでした。いぼいぼのついた緑の小さな身体は贔屓目に見ても汚らしく醜く、自らの足に纏わり付かれた王子は思わず足蹴りしてやりたくなってしまう程でした。 『 ゲコゲコゲコ〜!!』 「 …………」 けれどそのカエルの何やら必死な声に王子はぴたりと動きを止めました。そうして自分が締め上げている友之を見やり、もう一度カエルを見下ろして。 「 お前、もしかしてコイツ放せって言ってんのか…?」 『 ゲコ!!』 「 ……コイツを助けたいって?」 『 ゲココッ!!』 「 ………」 王子がさっと青くなりながら光一郎を見やると、忠実な側近はさっと歩み寄り王子から友之を引き剥がすと自分の後ろに隠してしまいながら言いました。 「 王子、もうすぐ0時ですが」 「 ……ていうかさ。あのババア、魔法解いてくれんだろうな? これじゃ求愛の言葉も様にならんぞ」 「 王子。私には魔法の事はよく分かりませんが、いつの世も呪わしい法を解くには接吻と相場が決まっています」 「 はあぁ? お前っ、まさかこの俺にこのイボイボヒキガエルとキスしろってのか!?」 「 雪也ですよ」 「 雪也じゃなかったらどうすんだ!!」 「 ……カエルは踏みつけられるのを覚悟で人の足に縋りついたりしませんよ」 「 ………」 「 ましてや自分を好いてくれた相手にこんな姿を晒したのです。王子、この勇気を今度は王子が返してあげなければ」 「 お前に諭される謂れはないっ」 光一郎を叩きつけるように叱った後、王子は改めて足元に視線を落としました。 「 !?」 しかし、カエルはもうそこにはいませんでした。 「 なっ…!?」 ぎょっとして辺りを見渡すと、カエルは…いえ、カエルの姿をしているのであろう雪也は器用にもじりじりと後ずさりをしながら王子の元から離れて行こうとしていました。 「 な…こら待てカエル!! お前、何逃げようとしてんだ!!」 『 ……ッ』 王子の焦ったような声に、カエル雪也は更にびくついたようになって今度はぴょんぴょんと素早く跳ねて茂みの中へ消えようとします。王子が怒鳴ったのが恐ろしかったのか、それともこの姿で人前にこれ以上いられなかったからか。 いずれにしろ王子は先刻までの躊躇など何処吹く風で、慌てて逃げるカエル雪也を追いかけました。 「 こら待て! 待てというのに!」 『 ゲッ、ゲッ…!』 「 嫌だじゃねー!! 言う事聞かない奴は…!」 『 ゲコ〜〜!!』 小さくてすばしこいカエルを捕まえるのは難儀です。それでも王子はカエルが跳ねるタイミングを見計らったかのような勢いで自らもジャンプし、そのまま地面にスライディングするような格好で飛びかかると、両手でがっしりとカエル雪也を捕まえました。 『 ゲコ〜〜!!』 「 はっ…! やったぞ、捕まえたぞ! 何で逃げるんだお前は!!」 『 ゲ…』 「 俺はなっ。お前が気に入ったんだ! そう言っただろう、あの森で!」 『 ………』 カエルの背中に語りかけるように王子はそう言い、そうしてそのイボイボの頭にちゅっと唇を当てました。 ボーンボーンボーン……。 その時、0時を知らせる鐘の音が城中に響き渡りました。 そうして。 「 ……どうして逃げた」 「 ………」 鐘の音と同時に元の人の姿に戻った雪也を背後から抱きしめた格好で王子は静かに問いかけました。 「 ……こ、こんな姿で」 雪也は掠れた声ながらあの時王子が好きだと思った雪也の声で言いました。 「 う、嬉しかったんです…。あんな風に言ってもらえて…私と話をしたいと言って下さって…とても嬉しかった…。で、でも……」 「 怖かったのか?」 「 ………」 黙って頷く雪也に王子はひどく愛しいものを見つめるような眼差しになると、ぎゅっと抱きしめる腕に力をこめ、今度はその項に唇を当てました。 「 ……っ」 「 0時前に俺たちは会えた。今宵からお前は俺のものだ、雪」 「 ……お、王子……」 「 これからは俺がお前を誉めてやる。あんな森にいたのでは一生聞く事が叶わないくらいのたくさんの愛の言葉を掛けてやるからな。だから、お前は俺の傍にいるんだ。分かったか」 「 ………」 「 分かったのか、どうなんだ!?」 「 あ、あの…その前に……」 「 王子」 「 ん?」 ふと光一郎の呼ぶ声と共に王子が振り返ると。 そこには光一郎たちだけでなく、城に招いていた大勢の客たちが真っ赤な顔をして王子たちを凝視していました。 それもそのはず、魔法の解けた雪也はあの時の友之同様何も身に着けていない姿だというのに、そんな雪也を王子は背後から羽交い絞めにしていたのですから。 人の気配のしない茂みの傍で。 「 王子…は、恥ずかしくて死にそうです…」 消え入る声で言う雪也に、王子は暫しぽかんとしていたものの、やがてにやりと笑うと言いました。 「 なあにお前もこれからは一国の王の妃となるのだ。これくらいの人目を気にしていてはこれから先保たないぞ?」 「 そういう問題では…」 「 しかも公然の事実まで作ってやった。誰も俺たちの邪魔はできないぞ!」 「 やれやれ…」 この時、光一郎の深いため息と呟きを聞いていたのは、傍にいた友之だけでした。 こうして。 我がままで自分勝手な王子様・涼一は、これによって控え目で美しい自分好みの「姫」・雪也を妃とする事が出来ました。そうして剣の王国は王子と姫、正反対の性格をもつ2人が治めていくことで、ますます栄えていくことができましたって。 ……ただ、あの《錆びついた森》では、その後も時折若い男性が行方不明になって三日三晩帰らないという事件が起きたそうです。 |
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【おわり】 |