びんぼっちゃまの呪い



  ―2―


「だだだ、大丈夫でしょうか、剣さん家の台所勝手にお借りしても…!」
  完全にびびりまくっている那智に、雪也が「後で謝っておきますから」と苦笑しつつ宥めている。
  ここは、大学生の独り暮らしには贅沢に過ぎるマンション。剣涼一の住処である。
  しかし今、その豪華な住まいの持ち主は大層不機嫌だった。本来は広いはずの部屋も狭く感じる。全てはぎゅうぎゅうと辺りにひしめいている邪魔な男ども(一人だけ女性もいるが)のせいであり、またそんな彼らを思うがまま追い出せない己の「身体」のせいだった。
  涼一は――…何故かお子様ミニサイズに変身中だが、実に不服そうに腕を組み胡坐をかいた格好で、ぶす〜っとしかめ面を作りながら、ひたすらキッチンにいる雪也の背中を眺めていた。そうでもしていなければ、また怒りで頭が爆発しそうだったからだ。

  マンションに集ったのは、当人である涼一を除けば総勢六名。
  恋人である雪也。
  その幼馴染である護。
  レンタルビデオショップ淦の創と、その従姉である那智。
  それから大学の友人、藤堂と康久である。

  現在、那智と雪也は人数分のお茶の用意をしている。
  何でも、最初にここへ来たいと言ったのは、意外や那智であった。
  昨日は家の都合で店を閉じてしまったが、そのせいで那智は突然の腹痛にうめく寛兎の看病が出来なかった。そしてその寛兎の面倒は雪也が請け負う事になった。別に寛兎の腹痛は那智のせいではないし、彼女が世話をする義理もない。しかも、雪也が付き添いのピンチヒッターを買って出た事とて、何も那智が頼んだわけではない。
  けれど那智はその事をまるで自分の罪のように深く捉え、「剣さんに申し訳ない、折角桐野さんと約束していたのに…!」と、昨夜は全く眠れなかったらしい。
  ――で、彼女はその夜一晩かけて、最近凝り始めているお菓子作りに精を出し、「お詫びのしるしに」と、それを涼一の元へ届けたいと申し出た。まったくもって彼女の「改善」は目覚ましいものがある。これまでなら絶対に考えられない事であろう。一昔前の彼女なら、精々が創か雪也に頼んで涼一に渡してもらうなり、涼一が淦に来た時にふるまうなりで終わっていたはずだ。それなのに。
  けれどそんな前向きな(そして間違った方向へ突っ走った)那智の思考は、従弟である創を無駄に大喜びさせた。
  そして彼は嬉々として言ったものだ。

「那智姉さんがそこまで言うなら、それなら俺も一緒に剣君に謝らないとね。ああでも、どうせなら桐野君も一緒に行ってもらえると助かるんだけど、ダメかな?」
「いや、俺も涼一の所へは行こうと思っていたから。それなら一緒に行こう」

  ……そんな流れ。

  しかも、更にどんな偶然なのか。その時「たまたま」雪也に連絡をしてきた護がその話を聞きつけ。

「何? みんなで涼一の所へ? はは、そりゃちょうど良かった、それなら俺も一緒に行かせて。実は、雪と2人で会わせてくれたこの間のお礼がしたいと思っていたんだ、それを持って行くからさ」

  ――と、この訪問に便乗してきたのだ。

  因みに、「暇だったから遊びに来た」という藤堂と、「桐野がいるかもしれないと思ったから来た」という康久の2人は、「たまたま」マンション前で雪也たち4人と鉢合わせしただけである。その偶然に康久が大喜びしたのは言うまでもない。
  そんなこんなで、この中でびくびくしている那智と戸惑い気味の雪也を除けば、後の面子はニコニコしている。何せ涼一の部屋に来るなど滅多に出来ないし、その煩い家主はどうやら留守! みんなでこんな風に雪也を囲んでだべっていられるなど、面白過ぎるにも程がある。……約一名、何故だか不機嫌極まりない「生意気なガキ」がいるのは気になるけれど、彼らにしてみれば、まあせいぜいが足下の小石。さしたる問題はないのだった。
「み、皆さん、お茶が入りました」
「おぉー! 何これ、スゲー! おいしそう!」
  すっかりティータイムの準備を完了させて部屋に戻ってきた那智たちに、康久がまず歓喜の声をあげた。次いで藤堂もよだれをたらさんばかりに、紅茶と一緒に出された色とりどりのお菓子に目を輝かせている。
「凄いな! どうしたんだよぉ、これ!」
「あ、これは那智さんが作ってくれたんだ。一晩で……凄いよね」
  雪也も心底感心したようになりながら小さく笑う。
  皆が驚くのももっともで、テーブルにずらりと並べられたケーキやお菓子は実に十種類近くにものぼった。チョコレートケーキ、チーズケーキ、アップルパイ。レーズンやフルーツがたくさん刻み込まれたパウンドケーキに、数種のクッキー。見ているだけで楽しくなるようなラインアップである。
「スッゲエー! これ全部食っていいの!?」
  藤堂が身を乗り出して、既に言いながらケーキを鷲掴みしている。少しは自制しろと頭を叩く康久は、しかし自らもクッキーをつまんで「うまあい!」と大喜びだ。
「あ、あの…その、少しは、その、剣さんの分も、残して…」
「ああ、いい、いい! いないあいつが悪い! めいっぱい食っちまおう!」
  オドオドとそう言う那智にぶんぶんと片手を振りながら康久は我が者顔で言う。傍の小さな子供がぴしりと空気を割らんばかりの冷気を放ったのにも気づいていないらしい。
  その隣では創も悠々と出されたお茶に口をつけており、その器を見ながらため息をついた。
「しかし、剣君も贅沢な生活しているよな。このカップだって相当の品だよ。本人、分かって揃えてんのかな」
「ああ〜、涼一んちは金持ちだからなあ。ガキん頃から良い物もいっぱい食ってるし。何で太らないのか不思議だぜ!」
  もぐもぐと口を動かしながらそう発言したのは藤堂。しかも彼は雪也に対し、「桐野、おかわり!」などと空のカップを掲げたり、完全に給仕扱いしている。雪也は雪也で、そんな藤堂に甲斐甲斐しく世話を焼くから堪らない。
  ……怒りでマグマが地表から溢れ出る。まさにそんな感覚を地肌で実感しているちび涼一だ。
「リョージ君、だっけ?」
  その時、ちょいちょいと沸騰中の涼一の肩を突つく人間がいた。何をする!と、ぎっとした眼を向けると、そこにはそんな睨みオーラなど何ほどの事もないという風の護がいた。しかも、自分の手を乱暴に振り払って殺気立つ涼一にもニコリと人好きのする優しい笑顔を浮かべて見せる。
「何だよっ」
  余裕のあるそんな大人な表情に、ちび涼一の「殺したいリスト」の順位はすぐさま変動した。先週までは創が一位だったが、今この瞬間、護が堂々のトップ賞だ。
「君は涼一の従弟?」
「だったら何だっ」
  先刻、不意に「この子が涼一では?」と言った護の呟きは、その場にいた全員から「まーさかー」と笑われて終わってしまった。それきり護も特に何も言わなかったのだが、実はまだ訝しんでいるところがあるらしい。涼一は警戒した目を向けながら、じりと護から距離を取った。
  実は護からその指摘を受けた時、涼一はまたあの喉を締め付けられるような苦痛に襲われたのだ。それですぐに察した。どうやら「呪い」は自分から「俺が涼一だ!」と名乗る事を禁じている上に、相手からその正体を見抜かれても駄目らしい。絶対に気づかれてはならない。それに痛みうんぬんとは関係なく、こいつ(護)にバレるのは何とも癪に障る。
  意地でも秘密を守り抜く!と、涼一は己の心に堅固な鍵をかけた。
「さっき雪のこと《雪》って呼んでたけど。リョージ君は涼一から雪の話を聞いてたのかな?」
「……まあな」
  ふいとそっぽを向き、涼一は努めて素っ気なく答えた。
「俺、君とは一度も会った事なかったけど、そうなんだ」
  すると話を聞いていたのだろう、雪也が寄ってきて護の傍に座った。雪也には全く他意はなかっただろうが、涼一にはそれがまた猛烈に面白くなかった。寄り添うような2人(という風に涼一には見える)を何とか邪魔したくて、涼一はぐいぐいと雪也を引っ張りながら、無理やり自分が護と雪也の間に割り込んで座った。
  護がそれにクスリとした笑みを漏らす。
「雪のこと、好き?」
「悪いかっ」
「ちょっ…護?」
  護のちび涼一への質問に雪也が驚いたような声を出す。
  けれど護は構わなかった。
「悪くないよ。それじゃ、きっと君もこれが見たいだろうな」
「?」
  護が自分の脇に置いていた紙袋に触れながらそう言うのを涼一は怪訝な顔をして黙りこくった。
「護、それ何なの?」
  どうやら雪也も知らなかったらしい。興味深そうにその紙袋に目をやりながら、「そういえば」と先を続ける。
「電話口でも涼一に渡したい物があるって言ってたけど……それ?」
「そう。ほら、この間2人で、昔よく遊びに行った児童遊園に行っただろ。それで涼一が凄く怒ったって聞いてさ。『俺には雪との思い出の場所なんてないのに!』って。そう言ってたんだろ?」
「う、うん」
「それでさ」
「なになに!? それ何なんですかあ、お兄さん!?」
  その時、不意に康久が話に割って入って来て、雪也の目の前にどっかりと胡坐をかいた。何と、いつの間にか「紅茶タイム」が「酒盛りタイム」になっており、彼の手にはビールの缶が握られ、菓子が並んでいるテーブル付近では、一升瓶を手にした藤堂と、それに無理やり付き合わされてアップアップの那智、独りで静かに晩酌モードの創の姿があった。
「あーっ! そ、それ…!」
  しかも!
  ちび涼一は藤堂が抱え込んでいる酒瓶にぎょっとして声を上げた。
  それは酒の弱い雪也でもきっと美味しく飲めるに違いないと、わざわざ涼一が通販で取り寄せた超高級酒だったのだ。
  知らない間に勝手に栓を抜かれている……。
「て、てめ……!」
  身を乗り出して藤堂を蹴りに行こうと腰を浮かしかけたところで、しかしちび涼一は既に出来上がっているハイテンションな康久から頭をむぎゅっ!と押さえつけられた。
「ぐっ!」
「で、で、何の話してたんですかあ、お兄さん!? 俺にも教えて下さいよーっ!」
「お、逢坂、何で護をお兄さん…?」
  雪也の実にもっともな疑問。
  しかし当の康久はふにゃっとした照れた笑いを浮かべつつスラリと答えた。
「えー? だ〜って護さんは桐野のお兄さんなんだろ? 桐野のお兄さんは俺にとっても将来の《お義兄様》だからあ! わはははは!」
  涼一がいないと何を言っても許されると思っているらしい。アルコールの力も借りて思い切って大冒険な康久はさり気なくそんなアピールをした後、すり寄るようにして護に近づいた。
「お義兄様、涼一なんかに土産なんて必要ないのにぃ! 何あげようと思ったんです?」
「うん、これはアルバム」
  しかし護は傍迷惑な酔っ払いにも律儀にそう答えた後、袋から三センチほどの厚みのある青い無地のアルバムを取り出した。
「これ、うちの親が趣味で作っていた物の一つなんだけど。雪の子どもの頃の写真」
「え…」
「ええーっ!?」
  雪也の戸惑いの声は康久の絶叫によって掻き消された。
  因みに康久に頭を押さえられてもがいていたちび涼一は、その体勢のままフリーズし、石化している。
「俺や俺の家族が写っているのは涼一も嫌だと思ったから極力排除してさ。純粋に雪が単体で写っているのを俺がまた編集。ははっ、懐かしかったから、その作業も凄く楽しかったよ。今も勿論可愛いけど、小さい頃の雪はまた格別可愛かったからね」
「ま、護……そんなのっ」
  さらっと誉めた護に雪也はカッと赤面していたが、幸いにしてその顔をちび涼一が見る事はなかった。彼は今それどころではない。
「雪は恥ずかしがって嫌がると思ったけど。でも雪は普段から涼一にも写真を撮らせないって聞いたし、きっとあいつはこういうのに飢えてるだろうと思ってね。お礼としては最強だろ?」

「よよよ、寄越せ〜!!!!!」

「ん?」
  その時、じたじたと短い腕をばたつかせながら涼一が叫び声をあげた。どうやら石化は解けたらしい。
  未だそんな涼一を押さえつけたままの康久が「いたのかこいつ」と言わんばかりの様子で下を向いた。
「何だこのガキ。うおっ、急に暴れ出しやがって、このこの!」
「寄越せっ、護! それ早く見せろ、見せろ〜!」
「煩いガキ! 何でお前が騒ぐんだ! 大体、俺が先だ俺が! 俺が1番に見るんだ!」
「くっ、くそ、康久、てめ、後で覚えてろよおぉ〜〜〜!!!」
「なになに、桐野の子どもの頃の写真だってえ? 俺にも見せてくれよ!」
「俺も是非見たい」
  すると2人の格闘から藤堂と創まで話を聞きつけて一斉に声を上げ始めた。
  因みに那智は既にグロッキーで、創の隣でぶっ倒れている。
「ふざけんな! 俺のだそれはっ! 誰にも見せるな護!!」
  幼い声で涼一が叫ぶ。もう怒りの感情を通り越して訳が分からなくなりそうだ。

  康久からの拘束なんて普段なら簡単に退けて蹴っ飛ばしてやれるのに。子どもとは何と不便な存在か。最初こそ雪也に甘えてやろうと嬉しかったが、今はもう嫌だ。非力で、情けない。周りのもの全てが大きく見えるし、何も手に届かないと感じる。
  雪也もあんなに遠い。

『子どもの苦労が分かったか、バカめ。お前がいつもしている事だぞ』

  不意に脳天にそんな声が降りかかったような気がして、涼一はぎくりとして動きを止めた。まさかと思いながら、それでも動ける限りで辺りをきょろりと窺ってしまう。
  ここにあのバカうさぎはいないのに。
「見せたいのはやまやまだけどね。でも、やっぱりこれは涼一に一番に見せてあげないと」
  その時、護が不意にそう発言して、涼一はハッと我に返った。
「残念だけど、今日涼一に会えなかったら、これは持って帰るよ」
「えっ!」
「え〜、そんな〜。見たいのに〜。ったく、あのバカ、一体どこほっつき歩いてんだ!」
  康久はそれでようやくちび涼一を放し、「あいつに電話してみる」と自分の携帯を取り出して急いで電話を掛け始めた。携帯は電源を消したままだから当然の如く繋がらないのだが。
「護…!」
  一方、それでやっと自由になったちび涼一は、ハアハアと息を継ぎながらも急いで護の目の前に立ち、ふるふると震える手で目的のアルバムを指さした。
「あ、会えなくても、ここに置いていけばいいだろっ!」
「ん〜、でも折角だから、俺も涼一の喜ぶ顔が見たいんだよね。だから、やっぱり会えなかったら、これは持って帰るよ」
「でも護…そういえば、明日からまたアメリカじゃなかった?」
  雪也が思い出したように言った。
  ぎょっとする涼一をよそに、護は「うん」と頷いた。
「そうなんだよ、だからどうしても今日会いたかったんだけどね。まあ仕方ない。次回に持ち越しって事で」
「嫌だーっ!」
「え」
  護が驚いて目を見開くのも、ちび涼一は見えていない。ぎゅっと目を瞑ってただひたすら絶叫する。欲しいおもちゃを買ってもらえず、店の前で駄々をこねる子どものように。
  ぎりぎりと両手を握りしめて。
「見たいッ! 物凄く見たい、見ないと死ぬ! 雪の小さい頃の写真〜!!」
「……リョージ君にそう言われてもなあ」
  すぐに平静さを取り戻した護が苦笑しながら言う。そうしてアルバムを撫でながら、「これは涼一のだから」と。
「……………ッ!!」
  ちび涼一はもう我慢ならなかった。

  この部屋に人がたくさんいる事も。藤堂があの酒をあけてしまった事も、康久が護を「お兄さん」なんて呼ぶ事も。雪也が護の隣に座った事も。
  そして、このアルバムが見られない事も!

「お、俺がりょ……りょりょりょ……!」
  呼吸困難になる。苦しい。けれど涼一は踏ん張った。例えこれで息絶えても、アルバムが見られない今より悔いが残る事なんかないと血迷うくらいに、涼一は「とにかくアルバムが見たい」と、ただもうその一心だった。
  その一心で、涼一は呪いを跳ね除け、声を上げた。

「俺が、俺が……、俺が涼一だ、バカ野郎〜!!!!!」

  そうして。
  その後涼一は、ばったりと意識を途絶えさせた。



***



「う…?」
  目が覚めると、涼一は元の青年の姿に戻っていた。
「頭いて……」
「あ、涼一、おはよう」
「! 雪!」
  寝室からリビングへ出ると、雪也が当然のようにそこにいて、頭を押さえる涼一にいつもの優しい笑みを浮かべた。
「雪……お前……」
  けれど涼一は驚きと同時にどこかぽかんとしてしまって、そろそろと遠慮がちに傍へ寄ってその場に座りこんだ。
  そして視界に映った物を認めてまた驚いた。
  雪也の手元には、あの青いアルバムが収まっていた。
「そ、それ!」
「これさ…護がくれたんだ。涼一と一緒に見たらって」
「え?」
  きょとんとして思わず聞き返すと、雪也は恥ずかしそうにそのブルーの表紙を手のひらで撫でながら、どこか遠い目をして言った。
「写真なんて嫌いだよ。今のも、勿論昔のも。……でも、不思議だな。今なら、笑って見られる。護もそれが分かったから、これをくれる気になったのかも」
「そ、それ……俺に……」
「え?」
「それに、他の奴らは!? 創とか康久とか、藤堂のバカは!? 那智さんがそこでぶっ倒れて……!」
「涼一?」
  雪也は何の事か分からないような顔をして首をかしげた。
「………夢?」
  涼一はボー然としながらも暫し動きを止めていたが、ふと傍にあった一升瓶を見つけて目を剥いた。
「こ、これ! やっぱり空になってる!」
「え? 涼一が自分で飲んだんじゃないの? 俺が来た時はもう空になってたけど」
「え……」
  涼一にはもう訳が分からない。まともに反応を返す事が出来ず、這いずるようにしてひっつかんだその酒瓶も、再びその場に転がしてしまう。
  それから改めて、雪也の手元のアルバムを見つめた。
「……それ、雪の子どもの頃の?」
「うん。涼一が見たいか分からないけど……一緒に見てもらおうかなと思って」
  昨日の約束なしにしちゃって悪かったし、と。
  雪也は心底申し訳なさそうに謝った後、台所を見やって「何故か那智さんがそれのお詫びだってお菓子をたくさんくれたから食べよう」とも付け加えた。
「………やっぱ俺がガキになるなんて、あるわけないか」
  お茶の用意をしようと立ち上がる雪也を目で追いながら、涼一は何気なく呟いた。
「え? 何?」
  雪也が聞き返すのに「何でもない」と答えた後、涼一は忽ちハッとして、その場に放置されたアルバムを急いで手に取った。
  そしてそれをぎゅっと抱きしめ、感極まったように頬ずりまでする。
「よ、よっしゃあ〜…!」
  さざ波のように襲うざわりとした感動。
  遂に自分の手元に来た。これまでの事は全く理解不能だけれど、とにかくあの邪魔者は全て消えているし、傍には雪也とこのアルバムだけが残った。万事めでたしめでたしだ。戻るべくして戻った自分の「宝」。それがただただ愛しく、涼一は暫しそれに頬ずりする事を止められなかった。
「よ、よし、見るぞ…!」
  そうしてスーハーと何度か深呼吸した後、涼一はドキドキしながらそのアルバムをゆっくりと開いた。まずは1ページ目から……冒頭だから、きっと赤ちゃんの頃の雪也だろう。きっと物凄く愛らしい赤子が写っているはずだ。間違いない!
  ついさっきまで「全世界の子どもが憎い!」と唸っていた同じ人間とは思えない浮かれようである。
  けれど、その直後。

「…………おい」

  涼一はひくりとひきつった。
  何故って、そこには決してあってはならないものが貼りついていたから。
「あ、涼一」
  その時、雪也がはたと思い出したようになって台所から振り返った。
「そのアルバム、昨日寛兎の看病している時に護がアメリカ行く前にって置いていってくれたんだよっ。だから、念のため断っておくけど、護と2人きりで会って貰ったとかじゃないから――」
  雪也の慌てて付け足したようなその台詞は、しかしこの時の涼一にはまるで聞こえていなかった。
「………ッ!!」
  涼一はふるふると怒りに震えながら、狼のように天井へ向けて咆哮した。

「あンの……クソガキ〜〜〜〜ッ!!!!!」

  そこには、明らかに隠し撮りであろう、何やら非常に嬉しそうな雪也と、その隣でアルバムを見ている護の穏やかな横顔とが写った一枚が、「激写!ラブラブな2人!」という余計な説明付きでのっぺりと貼られていた。
  しかもその下には、「怪盗H、ここの写真は頂いた」と言う殴り書きと共に、うさぎがピースサインをしているイラストも添えられていたのだった。








雪も写真がすり替えられている事には気づいていなかったようです。

あと、もう康久は当然のように2人の関係に気づいてる設定になってますね。
でも、メロンパン星人は気づいてませんから。