★★同じ人を好きって事は。★★ |
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「ねえねえ、あの人誰なんだろうね?」 橋本が不思議そうな顔で友之に囁くようにそう言ったが、問われた友之の方も何だろうという風に首をかしげた。 友之と橋本、それに沢海。 放課後、珍しく3人で下校していた時のことだ。橋本が2人に、駅前のフルーツパーラーでお茶していこうと誘い、沢海は友之が行くなら行くと答え、友之はそれに「行きたい」と答えた。 だから3人はこれからそこで穏やかで楽しい時を過ごすはずだった。 けれど実際店に入ったのは友之と橋本だけだ。そして2人が見える窓の外では、何やら見知らぬ女性と話す沢海の姿が。 「う〜ん、沢海君の態度からして知り合いって感じじゃなかったし。あの女の人、綺麗だけど、どう見てもアラフォーって感じだし。それでまさか沢海君を逆ナンって事はないだろうしねえ、あははっ」 頼んだいちごパフェをぱくぱくと口に放り込みながら橋本は興味津々に言った。基本的には沢海のことはどうでもよく、こうして友之と2人きりで店に入れた事を喜んでいる橋本なのだが、単純に野次馬的な関心が沸いてしまう事は止められないらしい。友之は友之で橋本に言われるまでもなく、どこか戸惑った風の沢海の横顔が気になったし、どうしても2人の姿を凝視してしまった。 「あ! 来た!」 それから暫くして、女性と別れた沢海は心底疲弊したように友之たちがいる店内にやって来た。 「ねーねー、何だったの、誰あの人! 名刺とか貰ってなかった!?」 「無理やり渡されたんだよ」 表情だけでなく、その声を聞いただけでも本当に沢海がうんざりしているのだというのが分かった。友之は自分の座っていた場所を詰めながら「あの人誰?」と橋本と同じように質問した。疲れているようなら訊いては悪いかとも思ったが、まるでなかった事のように知らんフリするのもおかしいのではないかと思い直したのだ。 「ん? うん……まあ、誰って程の人でもなかったよ」 けれど沢海はそんな友之に対し珍しく言い淀んだ風になってから、注文を聞きに来た店員にチョコレートパフェを注文した。たぶん、自分でそれを食べるつもりはないだろう。友之が橋本と同じいちごパフェを頼んでいるのを見て「気を利かせて」そうしたに違いない。 けれどそんな風に変わらず友之に「至れり尽くせり」の沢海が、友之の今の問いに明快に答えない事は何とも違和感だった。 「それって全然意味分かんないじゃない。沢海君の知り合い?」 代わりに橋本が口を挟んだ。自分でも訊きたかったからだろうが。 「いや」 「だよね、知り合いに名刺なんか渡さないか。じゃ何なの。知らない人が沢海君に何の用事? まさかホントに逆ナンだったとか」 「は? 何言ってんだよ…」 「違うの?」 「違うよ」 「じゃ何」 「煩いなぁ、お前は。関係ないだろ?」 「拡……言いたくないの? 訊かれたくなかった?」 「えっ」 邪険にしたのはずけずけ訊ねた橋本に対してだけだったのに、友之が横から心配そうにそう言ったものだから、途端沢海は明らか動揺して身体を退いた。 そしてすぐに「違う違う」と友之に向き直ってかぶりを振る。そんなあたふたとした姿を目の前でしらっと見ている橋本などは全く無視して。 「友之は別に訊いたっていいよ、それに、そんな言いたくないってわけじゃなくて、まあどうでもいいって言うか。何かよく分かんないけど、さっきの人、俺に『芸能界とかに興味ないか』なんて言ってきてさ」 「え?」 沢海のその言葉に素早く反応したのは橋本だ。手にしていたスプーンには大きないちごがのっていたのだが、それがぽろりとテーブルに落ちる。 「何それ!?」 けれど橋本はそのいちごに構う事なく、身を乗り出すようにして沢海に目を剥いた。 「そ、それってもしかしてスカウトってやつ!? 沢海君、芸能関係者の人に声掛けられたの!?」 「大きいんだよ、声が。煩い」 沢海はそれにあからさま眉をひそめて橋本を窘めたのだが、橋本は尚止まらない。わーわーとやたら興奮したような顔をしながらしげしげと沢海を見やり、えへへへと不気味な笑いを浮かべた。 「私さあ、沢海君が芸能界に入ったら、サイン頼みたい役者さんがいるんだけど! 友だちのよしみで引き受けてくれるよね?」 「お前何言ってんの。大体、誰が芸能界入るって言ったよ。興味ないか訊かれただけだって言っただろ。興味ないでこの話は終わりだよ」 「ええ〜何それ! バカじゃないの!」 「どっちがバカだ」 はあと余計疲れたような顔をして沢海はこれみよがしに大きなため息をついて見せた。その時、ちょうど注文していたチョコレートパフェがやってきて、沢海の前にコトンと置かれる。豪華なパフェだ。山盛りのチョコレートアイスに更に大粒のチョコチップがまぶしてあって、バナナだのみかんだのクラッカーだのが器いっぱいにこれでもかと添えられている。 けれどいつもだったらそのド派手なパフェに目を奪われるはずの友之も、この時ばかりは未だ沢海の方をじっと見やっていた。 「拡、テレビに出ないの?」 「え、ええ…? ちょっ、友之まで何言って――」 「ねえ、そう思うよね、北川君も!」 すると橋本は強力な仲間を得たとばかり、再び勢いを取り戻してどんとテーブルを叩いた。それは大して強いものでもなかったが、鼻息荒い彼女がやると通常よりも大きな音が響いたように思えるから不思議だ。 「人間何をきっかけにビッグになれるか分かんないんだしさ。たとえ一回こっきりだったとしても、誘われたんならやってみればいいのに、もったいない」 「お前、テレビとか出たいの?」 「私? 私は別に出たくないけど」 「何だそれ!」 「でも、知り合いが出てたら面白いよね、何か。いつも見てるドラマとかに沢海君が出てきたらさ。そりゃあ笑っちゃってしょうがないだろうなあって」 「お前は……」 思わずひくついた沢海に、けれど友之はふと、自分にとってはまるで異質な世界、画面の向こう側の世界で別人になっている沢海の姿を想像して似合うかもしれないと思った。 「拡は格好いいから人気が出るよ」 だから思ったままそう言ったのだが、それにぎょっとして声を失っている沢海に橋本が「うーん」と偉そうに腕を組みながら眉をひそめた。 「ま、ね。あんまり認めたくないけど、まあカッコイイ方なんじゃないの? 沢海君、既にうちの学校の女子の間じゃアイドルみたいな感じだし。まぁ、私はそんな沢海君より北川君の方が断然素敵だと思うけど……ふへへ……」 「気持ち悪い声で笑うな。そしてさり気ない…っていうか、あからさまなアピールするな」 「むっ! ああ、でもさ。カッコイイって言ったら、私は断然、北川君のお兄さんの方がカッコイイって思うなあ」 「え?」 友之が橋本のうっとりした物言いに顔を上げると、反応を返された橋本は更に力強く頷いた。 「断然カッコイイよ! しかもさ、あれだけ美形なのに全然奢ったところがないって言うか、偉ぶってないって言うか。それにさ、あんなにカッコイイ人がいつも近所のスーパーとかで買い物とかしている主婦な姿を想像すると微笑ましくなっちゃうよね。そんな地味に生きてる姿も様になってるとこが凄いっていうか!」 「お前、それって光一郎さんのこと誉めてるんだよな?」 「は? 当たり前じゃない!」 何を言っているのかというような不快な顔を沢海に見せた橋本は、しかしすぐにくるりと表情を変えて友之に向き直ると、好奇心丸出しの顔で「ねえねえ」と弾んだ声を出した。 「北川君のお兄さんはさ、こういう風に声掛けられる事ってないの? 芸能界入りませんかーっみたいな」 「えっ…。ない、と思う。そういうの、聞いた事ないし」 「あってもいちいち言わないだろ、光一郎さんは」 「あー、そうだよねえ、何かさらっとかわしちゃいそう。でもホント、モデルとかやったら凄いだろうなあ、あんな背も高いしさあ。絶対カッコイイよねえ! 私、お兄さんが出ている雑誌だったら買いだめしちゃうかも!」 「橋本って、そんなに光一郎さんのファンだったのか」 呆れたように言う沢海に橋本は逆に不審な顔をした。 「あのねえ、ファンじゃないって言う方がおかしいでしょ、あんなカッコ良くって優しいお兄さんだよ? しかもあの超一流大学に行っててさあ、しかも北川君のお兄さんでさあ」 「友之のお兄さんだったらどうなんだよ」 「あ、お兄さんの事はね、秘かに由真ちゃんと2人だけのファンクラブも作ってるから! とりたてた活動があるわけじゃないけど」 沢海の質問は軽く無視して橋本は嬉々としてそう言った。 確かに橋本は以前にも友之にそんな事を言っていた。年齢こそ一つ違うが、いつだったか友之の家で知り合った橋本と由真は互いに気が合ったのか、それ以降2人だけでも割とよく会って一緒に遊ぶ仲になったらしい。 友之は2人がそうして自分の知らないところで光一郎を誉めたり憧れたりする姿を想像すると単純に嬉しいと感じる。光一郎の事がより誇らしくなって、自分でもよく分からないのだけれど、胸がどきどきと高まって身体の底の方が熱くなる。 大好きな光一郎を大好きな人たちが認めてくれるのは最高に幸せな事だ。 「でもあれだろ? 由真さんって、確か光一郎さんの親友の……えっと、荒城さんって人が好きなんだろ?」 その時、不意に沢海が思い出したようにそう言った。 途端、橋本と友之はどちらからともなく互いに顔を見合わせた。 「何? 何だよ、俺何か悪いこと言ったか?」 「………別に。けど、由真ちゃんの前で荒城さんの話はしちゃダメだから」 「は、何で?」 「何でも! それに、好きな人と憧れる人は別なの! そんな事言うなら、私だって荒城さんの事もカッコイイなって思うもん。写真でしか見た事ないけど」 「お前、カッコイイって思う人多くない?」 「煩いなぁ、だから好きな人とは別の話だってば。ねえ北川君?」 「えっ?」 「突然友之に話を振るなよ…」 沢海は橋本の露骨アピールに牽制するような視線を向けたが、橋本の方はまたもってスル―だ。基本的に仲の良い(ように見える)2人ではあるが、時々こんな風に挑み合うような態度を見せる事があって、友之は展開についていけない。 「あっ…修兄もスカウト、された事あ、あるって」 だからと言う事もあって、友之はふと頭に浮かんだ事を口にした。バッティングセンター「アラキ」でも、そして光一郎からも耳にした事のある話題だったが、これまではあまり気に掛けた事はなかった。けれど沢海が声を掛けられたというきっかけもあり、その時に話題に上った女性の名前すら友之は思い出す事が出来た。 「木嶋さんって女の人…。修兄は、拡と同じでやっぱりそういうの興味ないって断ったけど、その人は何回も諦めないで、家まで来たって。住所も教えてないのに」 「うわー、そうなんだあ、それってストーカーみたいだね。でも芸能界のスカウトマンってそれくらいじゃないとダメなのかも……って、どうしたの、沢海君?」 「木嶋さんって…さっきの人だ」 「え?」 「ほら、ここに」 沢海は先刻女性が無理やり渡してきたという名刺をテーブルの上に出した。木嶋玲子。確かにそう書いてあるその名前は、友之が以前光一郎が見せてくれたものと全く同じものだった。 「えーそうなんだあ、凄いね。ここらへんを根城に活動してるのかな。こんな大した都会でもない町なのにねえ、そんなに美形率高いのかね?」 橋本は呑気にそんな事を言って驚いているだけだったが、沢海の方は「家の住所とか探られたら嫌だな」と思い切り引き気味になっていた。 友之はその2人のどちらのテンションにもついていけないまま、ふっと「修兄は今どこにいるのだろう」と思った。 この木嶋なる女性が、実は修司、沢海だけでなく他にも触手を広げている事が判明したのは、橋本たちとパーラーへ寄ったその日の夜であった。 その夜は未だどこぞへ「失踪中」で地元にいない修司をこれ幸いにと、正人がいつもの如く缶ビールとほか弁持参で北川兄弟宅を訪れていたのだが、その場には珍しく早い帰宅をした光一郎もいた。元から2人で飲む気だったらしい。正人は3人分ある弁当には手をつける事なく早速友之に酌をさせながらの酒盛りを開始した……が、そこで友之がそれとなく本日あった事――沢海のスカウトの件と木嶋の話――をすると、正人は機嫌の良かった眉を急にすっとひそめて「芸能人なんて」と毒を吐いた。 「ロクなもんじゃねえ。そのお前のダチはちゃんと断ったみたいだけどな、それが利口な奴のやる事だ。あっ、だからって修司が利口だと言いたいわけじゃねーけどな!」 「いちいち付け加えるほどの事か?」 これには光一郎が呆れたように苦笑して言い添えたのだけれど、正人はフンと鼻をならして手元のビールを一気に煽った。 「第一、あの木嶋って女! もう結構な年齢みたいなのに、かなりおかしいよな。まぁ、芸能界のスカウトなんてやっている奴、まともな性格のわけないんだろうけど」 「え? 正人、お前も木嶋さんの事知っているのか?」 光一郎が意表をつかれたような様子でそう問うと、正人は手元のスルメをぶちっと噛み千切ってから、つまらなそうに頷いた。 「お前の所にしか来てないと思ったか? あのオバハン、俺はあんな奴とはオトモダチでも何でもないっつーのに、やたら纏わりついてきてよ、修司がどんな奴かってそりゃあ根ほり葉ほり聞き出そうとしやがったよ。――で、俺が露骨にうざがったら、今度はアラキに行ってチームの連中に探りを入れてんだろ……ホント、何ちゅーか、凄い執念だよな。ある意味すげーわ。お陰でマスターは完全にその気になっちまったし。つか、あの木嶋って女に惚れたかも」 「まぁ、確かにそんな感じはするな。修司にモデルやらせたい気持ちも強いみたいだし」 光一郎が他人事に笑って同意すると、正人はそれに一緒に笑うでもなく、何故か更に眉間の皺を深くした。 「あのおひとよし親父、前からフラフラしてるバカ息子に何でもいいから仕事させたいって思ってたみたいだしな。しかし……あいつがモデルって、かッ! あのバカがカメラの前でにやけた面してるとこ想像しただけで寒気するぜ」 「お前って、本当に修司のこと嫌いだな」 「あぁ? 今さら何言ってんだ? 好きだった事なんてただの一度もねーよ」 「何で?」 「は?」 突然口を挟んだ友之に、正人は意表を突かれたようでくっと顔を向けてきた。それからどこか不安そうな友之の顔にたちまち苦虫を噛み潰したようになる。以前なら修司の悪口などもっと吐いて捨てるほど発していた正人だが、最近は「これ」のせいでその勢いも弱い方だ。友之は修司が悪口を言われるというだけでなく、正人という自分にとっての「もう一人の兄」が修司を嫌っているというその事に傷つくのだ。 それを正人はもう痛い程に分かっているから。 「何で……修兄のこと、嫌いなの?」 恐る恐るながら友之は再度問いかけた。友之自身に自覚はないが、こんな風に真っ向から正人に物を尋ねられるようになるなど、実に偉大なる進歩である。昔だったらこうはいかない。以前までなら、訊いてみたいとは思ってもその後確実に降り落ちる正人の雷に怯えて、友之ははなから訊ねようとすら思わなかっただろうし、正人は正人で、今ほど友之に対しての気遣いはうまくないから、お互いに悲惨な展開になる事は火を見るより明らかだった。 だからこれまでなら、2人の中で修司の話題は禁句ですらあった。 それなのに。 「理由なんか知るかよ。昔からむかつく野郎だったからな。合わないってこったろ」 ぼそぼそとそう答える正人に、友之は不思議そうに首をかしげた。 「合わない?」 「そ。相性ってやつだな。水と油ってやつだ。お前にもそういう奴いるだろ? 学校によ。特にこれって理由を問われると分かんねーが、何となくむかつくって奴」 「そういう人、別にいない」 「……そりゃお前がいい子ちゃんだからだ」 「水と油って、どっちが水でどっちが油なの?」 やたら立て続けに質問する友之に、正人は珍しく調子が狂ったようにがくりと身体を傾けた。 それでも律儀に答えてやろうとするところが、正人の友之に対する変化なのだが。 「どっちがって……ったく、んなの、どっちだっていいだろーが。……けど、まぁ…うん、水は俺だな。修司の奴が油だ」 「何で?」 「何でって、そりゃあ、あっちの方が何となくギトギト脂ぎってる感じがすんだろ?」 「しないよ」 「てめ! じゃあ、俺の方があいつより脂ぎってるってのかよ!?」 「……っ」 最近コレステロールだの何だのを気にしている正人がムキになってそう怒鳴るものだから、友之は思い切りびくっとして肩を竦めた。途端、光一郎が耐え切れなくなったように噴き出した。そうして「バカらしい」などと呟くので、途端2人は呆気にとられ、「確かにどうでも良い話だった」と我に返る。 特に正人の方が先に立ち直ってごほんと咳き込んだ。 「ま、まあ、ともかくだな、何でこんな話になったんだ!? あ、そうだ、木嶋だ、木嶋って女の話! それでよ、そいつ、何考えてんのか、隆にまで声掛けてやんの!」 「え?」 友之がはたとしてようやく我に返ると、正人は手元のつまみをポイと口に放りこみながら嫌そうな顔で胡坐をかいていた足を組み直した。 「だからアラキでの話だ。その場にいたアホな椎名と蕗島が『自分たちはどうだ!?』なんてアホな営業かけてたが、まるで相手にされてなかったな…ハッ! まぁともかく、あのオバハンにとっちゃ、修司のいないあの場で目についたのは隆の奴らしいぜ。あんな如何にもヤンキー崩れみたいな金髪野郎をなぁ、意味分かんねーわ。で、隆の奴も何を思ったのか、『幾ら貰えるんですかぁ』なんて真面目なフリして訊いてよ。結局あの後どうなったのか知んねーけど」 「そういえば昔、木嶋さん、悪っぽいのがいいんだって言ってたぞ。そういう意味では隆なんてぴったりじゃないか?」 光一郎が思い出したようにそう言った。確かにそんな話があったのは友之も知っていた。修司から聞いた事があるのだ。何故木嶋は修司にばかりラブコールをかけて傍にいる光一郎には目もくれないんだとは、実は修司だけでなく友之も不思議に思った事があったから。 それに対し、修司が以前「あの人はコウ兄ちゃんみたいな優等生はダメらしい」と話してくれた事があった。 「隆は悪っぽいんじゃなくて本物のワルだぞ。今でこそネコ被ってるけどな……そうか、悪っぽいのがいいのか。それで、修司と、隆か。納得だな」 正人がうんうんと頷く。 しかし友之の方はここでまた首をかしげた。 「でも拡は、全然悪っぽくないよ? 真面目だし…」 「あ? 誰だ? あー、お前のダチの話か。真面目じゃねーんだろ、実は。そいつも、きっとネコ被ってんだ、お前の前では」 「え?」 「正人。お前、酔っぱらってんのか」 「酔ってねーよ。例え俺には全然声がかかんなくても、いじけてもねーからな」 「お前なぁ…」 冗談か本気か分からない親友のその台詞に光一郎はどう答えたかものかと一瞬迷ったようだった。それでも、横で友之が未だ正人から言われた「実はネコを被っている拡」についてはてなマークを飛ばし始めたせいか、すぐに弟の方に意識を向けてぽんぽんとその頭を叩いた。 「トモ、お前は余計な事考えるなよ」 「え?」 「拡君が真面目か、そうでないかなんてこと」 「拡は……真面目だと思う」 「ならそれでいいだろ」 「うん」 光一郎にそう言われると妙に納得した気になり、友之ははっと息をついて自分もようやっと傍の弁当に手をつけ始めた。 木嶋という、あの女の人。 フルーツパーラーの窓際からちらりと見えただけ、しかもその時は「修司にも声を掛けた事があるあの人」という意識もなかった。ましてや、自分が大好きなアラキにも行って、正人やマスターや他のチームの人たちとも話して、隆のこともスカウトしたりして。 けれど今、そうした事実を知って改めて思い出すと、あの通りで嬉々として沢海に何事か熱心に語る横顔にどこか不思議な想いがした。友之には全く関わりのない人物には違いない。恐らく、これからもないだろう。けれど自分の知っている人たちの周りをくるくると浮遊して、そうしてその人のたちの価値を認め声を掛ける木嶋という女性は、彼女にとって友之が無関係な人であっても、友之自身にとっては全く関係のない人には感じられなかった。 それは今日の昼間、沢海と橋本が光一郎を誉めてくれた時のように、やっぱりどこかくすぐったく、嬉しい気持ちがするもので。 「木嶋さんって人……また、アラキにも来るかな?」 「ん……?」 不意にそんな事を口にした友之を光一郎が不思議そうに見やった。正人もおやという顔でビールに手をかけていた動きを止める。 友之はそんな兄2人の様子には気づかずにやや頬を赤らめた。 「また見てみたいな…。もっと近くで」 「どうして?」 「何か…、良さそうな人だなって」 「どこがだ!?」 正人はこれにはむっとして思わず声を荒げたのだが、はたと違う方向へ思考が飛んだのか、どこかびくついたようにと友之を凝視した。 「お前まさか……、お前まで芸能界に興味あるとか言わないだろうな?」 「え?」 どんとグラスとテーブルに叩きつける正人に、友之は驚いて目を見開いた。 「トモ! お前、俺は絶対ェそんなの許さないからな! いいか!? 大体、チームの連中が好き勝手ほざいて、お前のことを推薦するだ何だ言ったのを俺がぶっ飛ば……とにかく、薙ぎ払っておいたのに、当のお前が乗り気だとか言ったらびびるぞ!? お前なんかが芸能界になんか入ったら――」 「ま、正兄…?」 「落ち着け正人。トモ、何の事か分かってないから」 「はあ!? 本当だろうなぁ? ……ったく!」 ぶちぶち文句を口元で呟く正人は、何やらいよいよいじけたような顔でビールを煽っていたが……その直後、よせばいいのにまた友之が天然風味に、「もしアメリカ行ってる数馬がそこにいたら、きっと数馬もスカウトされたよね」などと言い出すものだから大変だった。 何故かその時ばかりは助け舟を出してくれない光一郎を後目に、友之はその後さんざっぱら正人から訳の分からない説教を頂戴し、「木嶋に会いたい」という言う事と、「数馬を誉める事」に関して、絶対的な禁止令まで出されてしまったのだった。 そのせいなのか何のか、木嶋という女性はその後もアラキに来たり沢海を追いかけ回したりとしていたらしいのに、友之が彼女と顔を合わす機会は全く訪れなかった。 |
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完
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「好き」の意味が全然違いますが、今回このタイトルしか思い浮かばなかった…。
要は、自分の好きな人を同じく好きでいてくれる人がいるって嬉しいなあって事です。
恋愛の好きでかぶっちゃったら勿論大変でしょうけどね(笑)。
あと木嶋なるスカウトさんが現れる時間軸が本編と微妙に矛盾するように感じられるかもですが、そこは見逃して下さい。