「俊史が一度も嫌な想いをせず幸せになれる方法を模索して書いてみて今度こそ成功したと思う話」
|
俊史は歩遊の笑顔が何より好きだ。というか、歩遊のことが「大好き」だ。 歩遊本人にその想いを直接告げたことはないし、そんな恥ずかしいことは絶対言えないと思っているが、好きだと思う気持ちは一生、いや、死んでもなくならないという自信がある。 その代わりと言っては妙だが、俊史は自分のことがあまり…というか、全く好きではない。はっきり言って「大嫌い」だ。我ながら最悪な性格をしていると思う。何をもってここまでひねくれた人格が形成されたのか、自分自身でもよく分からない。 けれどそんな嫌な自分でも、無垢で素直な歩遊の傍にいて、歩遊の眩しい笑顔を見ていると、それだけで内にある黒く淀んだ感情が綺麗に浄化されていく気がする。 「魚も見えそう! 凄い、こんな透明な海、初めて!」 純粋な歩遊の瞳に吸い込まれる。よく分からないけれど、救われた気持ちになる。 歩遊がいなければ生きていけない。 「あ、島! 俊ちゃん、あれがそう?」 だから俊史は今、幸せだった。 幸せの絶頂にいた。 「うわあ、凄過ぎる! 現実じゃないみたい!」 しかもこの嬉しそうにはしゃぐ歩遊を見つめているのは自分だけ――否、今はまだこのボートを操縦しているガイドの男がいるけれど――あの島に着いたら、名実共に2人きりだ。歩遊のこの笑顔を完全に独り占め出来る。歩遊の全てが自分のものとなるのだ。 そう思うと俊史はもう高鳴る期待を抑えるのにただただ必死だった。 ******* 「何だよ、これ……」 「あげる」 それは今から一週間ほど前のことだ。 俊史は突然来訪してきた秋から一通の白い封書を渡された。 相変らず互いの親から自分たちの「交際」に難色を示される日々を送っていた俊史は、友人にも、おどおどびくびくと周囲の顔色を窺う「恋人」の歩遊にも当たり散らし、それでまた自己嫌悪に陥るという、悪循環な生活を送っていた。 秋がふらりとやってきたのは、そんな不機嫌最高潮の時だ。 「あげるって何だよ。お前から何か貰う言われはない」 「中身を見もしないで突き返す気? 君にとってもおいしい話なのに?」 悠々とそんな喋り方をする秋は「あの時」の秋だった。明らかに「普通の大学生」であるという本来の秋ではない。俊史は歩遊と違ってシュウという存在をまともに信じたくないという気持ちが強いが、かと言ってあの別荘地での不思議な体験や、こうしてどこか不敵な秋の瞳を見ていると、完全に目を逸らして知らぬフリをすることも難しい。 だから結論としては、歩遊は勿論、自分自身もこんな気味の悪い奴とは極力関わり合いになりたくない、のだが。 「無駄だよ。歩遊が幸せになるのを見届けるまで、俺は消えない」 俊史の心を読んだ風にそう先取りして秋はふふっと笑った。それから再度、その何もかもを見通してしまう眼で俊史に渡した封書を見るように促す。 抗うことが出来なくて俊史はそれの中身を機械的に取り出した。 「≪夢の無人島ツアー≫…? 何だこれ」 「特別優待チケットだよ」 封書から取り出した二枚のプラチナチケット。それを不審気に見やる俊史に秋は得意気な様子で言った。 「青い海、白い砂浜。周りには色とりどりの花々に美しいコテージ。無人島というだけあって周りには誰もいない。そんな夢のような楽園で大好きな歩遊と2人っきりで過ごせるスペシャルツアーだ」 「何を言っているんだ…?」 「知らないの? 結構流行っているんだよ、無人島ツアー」 「だ……けど、何でお前がそんなこと」 容易には信じられない話だけれど、俊史の声は自然に上擦った。封書の中に収まっていたチケットには、確かにどこぞの南国リゾートのような美しい景色の写真と共に、「恋人と夢のようなひとときを…!」という如何にも胡散臭いキャッチフレーズが印字されていた……のだが、逆にそれのお陰で、このチケットが示唆するツアーの目的は分かり過ぎる程に伝わった。 確かに、そんなツアーが本当にあるのなら恋人同士にとっては夢のような話だ。 週末という僅かな期間とは言え、歩遊と誰もいない場所で過ごせる? 「……信じられるかよ、こんなの」 けれど、そうだ。そんなおいしい話を簡単に信じる程俊史は愚かではないし、幸せ慣れもしていない。 第一、 この話を持ってきているのがこの秋ならばなおさらだ。 「確かに俺は俊史の幸せを願っているわけじゃないけど」 するとまた心を読んで秋が言った。 「言ったでしょう。俺は歩遊の幸せについては誰よりも強く願っているんだ。歩遊の守り人だからね、俺は」 「何を……」 「だから、俊史のことは癪に触っても、歩遊が嬉しいことはしてあげるというだけのことさ。……お前の最近の仏頂面に歩遊が心を痛めていないとでも思うのか?」 不意に真面目な声色でそう言われて、俊史の肩先はぴくりと揺れた。 すると秋の表情は途端緩やかになる。 「行っておいでよ。お前が幸せなら、歩遊も幸せになれる。それだけだよ」 そうして秋はそれだけを言うと、まるで流れてきた風にさっと身を隠すようにして俊史の前から姿を消した。あっという間に消えてしまった。 不可解な、そして用心しなければならない甘い誘惑。 「無人島……」 けれどキラリと光るチケットに目を落とす俊史の心はもう決まっていた。それが例え秋という、否、シュウという謎の存在が仕掛けてきた「罠」だったとしても。 それ以上に魅力的なこの話に、乗らずにいられるわけがない。 ******* 「凄いなぁ、こんな大きな島を独占できるなんて」 船の操縦士は俊史たちを降ろすと明日の夕刻迎えに来るからと言ってすぐに引き返して行った。俊史はそのどこか異国人のような風貌をした船頭を「シュウの仲間か」と随分警戒した思いで見ていたのだが、歩遊に無駄に関わることもなかったし、本当にここまで案内をしてくれただけだった。 きょろきょろと珍し気に砂浜の周囲を見回している歩遊を暫し眺めた後、俊史は手にしていた楽園パンフレットをくしゃりと握りしめた。もう余計な事は考えまい。何故って今は歩遊と2人きりなのだ。僅かな間だけれど、その時間をめいっぱい楽しもう、そう思った。 「俊ちゃん、泳いでいい?」 「まず荷物置いてからな」 「あ、そうか。うん、そうだね。今日泊まるとこってどんな所?」 「写真だと割と小奇麗なコテージだけど」 しかし写真と現物というのは大概異なるものだ。パンフレットの写真では大分期待できると思っていたが、歩遊に期待だけさせて後で落胆させるような真似もしたくなかったので、俊史はなるべく控え目に「どうせ大した事ないだろ」と素っ気なく応えておいた。 その判断が正しかったのか否かというと。 「何だ、これ……」 「うわ、凄い!」 ボー然とする俊史と比べて、歩遊は驚嘆したような声を上げて周りをぐるぐる歩き回った。 その巨大な大木は昔2人の落ち合い場所であったあの木を連想させた。そのせいか、歩遊はとても嬉しそうに「こんな所で寝られるの!?」と感動しきっているのだが、反して俊史の方は顔の引きつりが治まらない。 「これのどこがコテージなんだ……。完全に詐欺じゃねーか!」 そう、それはまさに無人島に似つかわしい、「木の上の家」だったのだ。 家、というよりは小屋だが。 「雨とか降ったら一発でアウトだろ、こんなの!」 「えー、大丈夫だよ! 大きな葉っぱが屋根になってるし! 凄いよ、『トムソーヤの冒険』に出てくるハックの家みたい!」 「ぼろいぞ…」 「僕は全然平気! ねえ俊ちゃん、上ってみてもいい?」 「梯子が腐っているかもしれないから、まず俺が行く」 「えー、僕が一番に上りたいのに!」 「駄目だ」 珍しく自己主張した歩遊だったが、事が事なので俊史はきっぱりとそう言い、大木に吊る下がっていた粗末な縄梯子をぎしぎしと登って行った。足下がおぼつかない。随分と身体を揺らしながらようやっと小屋のある大枝の部分にまで辿り着くと、意外や意外、目の前に認められた空間は思いのほか広く、洒落たアジアンテイストな装飾と家具がさらりと施されていた。それは散々心の中で不平不満を呟いていた俊史が思わず目を見張る程立派なものだ。 「俊ちゃん!」 「うおっ!」 「あのね、こっちにもっと頑丈な梯子があったよ」 「それもっと早く気づけよ……」 どうやら大木の中は空洞になっており、その中に立派な木の梯子が取り付けられていたらしい。恐らく、この精巧に造られた木の上の小屋は、元々ここにあった本物の大木を利用して出来たものではない。あくまでも「無人島にある木の上の家」を演出する為に用意された、一つの施設のようだ。 「無駄な所で凝らなくていいから、もっと普通の家用意しておけよな…」 「僕は断然こっちの方がいいよ!」 疲れたようにその場に座りこむ俊史の傍に寄って行って歩遊ははしゃいだようにそう応えた。 俊史はそんな歩遊を間近でまじまじと見やり、まぁ歩遊がこんなにも喜んでいるのならそれでいいかとあっという間に思い直す。 それに確かに、この家はなかなかに快適だ。ふわふわの綿が中に収められているのが一目見て分かる白いマットレス、これがベッドの代わりのようだ。傍には木造の洒落たミニサイズの本棚があって、「無人島サバイバル術」とか「アウトドアの食事」等々、如何にもな書物がぎっしりと並んでいて、それだけで場が盛り上がりそうな笑いを誘う。天井には歩遊が指摘していた巨大な葉の屋根に、長い蔓草に彩られたアンティークランプがぶら下がっている。 そして、サイドボックスの上には「ゲスト様ようこそ」というカードと共に、色とりどりの美味しそうなフルーツがどんと洒落た大皿の上に盛られていた。 「凄いよ、凄い! 凄いって言葉しか出ない!」 お陰で歩遊のテンションはうなぎのぼりである。 わくわくと辺りを見回して頬を上気させ、「こんな所で寝られるんだね」とか、「遠くまでよく見えるよ」などと感動しきりだ。元々歩遊は海が好きだし、磯城山のような場所で秘密基地を作っては自然の中で昼寝をするのが好きな、意外にアウトドアな性格でもある。昔、互いの家族で車を出してキャンプやバーベキューをしに山や河原へ繰り出した時も、歩遊は始終嬉しそうにニコニコしていた。 来て良かった。そう思った。 「歩遊。泳ぎに行くか?」 「あ、うん! 行く!」 歩遊は俊史のその誘いにもすぐに頷き、急いでバッグからタオルや水中眼鏡を取り出した。水着など出掛ける前から服の下に着こんでいる用意の良さだ。 俊史は、本来なら歩遊が泳ぐことは勿論、海水浴場それ自体に連れて行く事もしたくないと思っている。 「俊ちゃん、早く!」 「ああ……」 待ちきれないというように砂浜へ向かって走り、後からゆっくりと後を追う俊史にぶんぶんと手を振る歩遊。それでもやはり最後までは待てなくて一目散に波打ち際へと駆けていく歩遊の後ろ姿を俊史はぼんやりと見つめた。 そうだ、本当ならこんな眩しい歩遊をいつだって見ていたい。歩遊がこんなに嬉しそうに笑うのなら、歩遊が望むだけ海だろうが川だろうがプールだろうが、連れて行って泳がせてやりたい、そう思う。 けれどやっぱり。 最終的にその想いが掻き消されて、「やっぱり連れて行きたくない」と思ってしまうのは、まさにこんな歩遊の姿を誰にも見せたくないと思うからだ。 「気持ちいいー! 俊ちゃん!」 「今行くよ」 歩遊はいつもの大人しい様相をすっかり消し去って驚くくらい大きな声を出している。そして屈託なく笑って俊史に手を振っている。 だから俊史も本当に嬉しいと思う。幸せだ。けれど「やっぱり」になってしまうのだ、こればっかりはもうどうしようもない。 何故って、こんな上半身を思い切り晒した水着姿の歩遊なんて、誰かが見たらと思うと想像しただけで足の沁から冷たくなる。 我慢ならない。 歩遊の水着は脚の自由度が高いブリーフ型のビキニタイプ。たくさん泳ぎたい歩遊にとってはその型を選ぶなら競泳用の物が良かったのだろうが、それはどちらかというとファッション性を重視したタイプで、生地面積が少なく、サイドラインもとても細かった。当然、露出度が高い。勿論俊史が選んだ物だが、自分はデザインの凝ったショートボクサータイプの水着で、歩遊に与えたタイプを自分が着けたいとは思わないし、歩遊にもこの旅行限定の、いわば最初で最後の一着のつもりで買った。こんな姿が衆人に晒されたらきっと大変な事になる。自分で身につけさせておきながら俊史はそんな想像をして密かにハラハラした気持ちになった。元々それほど大したモノを持たない歩遊だから、特別股間が際立つ事もないが、それでも十分扇情的なのだ。小ぶりの尻が強調されるようなぴっちりとしたその水着姿は、あまり見過ぎていると波打ち際でもうっかり溺れてしまいそうだ。 それでも俊史は歩遊から目が離せなかった。早く一緒に泳ごうと言われても、ついつい歩遊の身体だけをぼうっと追ってしまう。 どこか誇らしげな気持ちを抱きながら。 「俊ちゃん、あっちまで行っていい?」 「ああ…ラインのあるところまでな。遊泳禁止の方には行くなよ」 「うん!」 まぁあのシュウが歩遊を危険がある場所へ導くとは思えない。大丈夫だろうと思いながら、俊史はそれでも歩遊の後を追って自らも泳ぎ始めた。 そうして暫く2人で散々に泳ぎ、波と戯れて、ようやく満足したらしい歩遊が砂浜へ上がったのは、昼も近くになってからだった。 「俊ちゃんはやっぱり速いなあ!」 何を競っても必ず負けてしまう事を歩遊はいつも当たり前に捉えるが、泳ぎにだけは自信があるのだろう、俊史を称えつつも今回の勝負による敗北には少しばかり悔しそうだった。 俊史にしてみれば歩遊に負けるものが一つでもあってはいけないとそれこそ必死なわけだが、歩遊は呑気なものである。相変らず「俊ちゃんは凄いなあ」とベタ誉めで、それから俊史が敷いたビニルシートに座って差し出されるままにジュースを飲んだ。 「美味しい!」 「ちょっとは休めよ。疲れただろ」 「うん」 ごろんと横になって歩遊は素直に目を瞑ったが、けれどすぐに俊史の方を見るとへへと笑って「ありがとう」と言った。 「俊ちゃん、こんなに泳いだの久しぶり。凄く楽しい。ありがとう、ここに連れてきてくれて」 「……別に、たまたま懸賞で当たっただけだろ」 「でも俊ちゃんの運のお陰だもん。やっぱりありがとうだよ」 「あんまり日に焼けるなよ。パラソルの下に入ってろ」 「うん。でも僕はもっと日に焼けたいんだけどなあ」 白い足を投げ出して目を瞑った歩遊は、そんなことを呟いた後、本当に疲れたのだろう、すぐにすうすうと眠り始めた。 俊史は歩遊のその身体を見つめながらハアーッと息を吐いた。 何だかペースを乱される。2人きりになったら散々これまでの鬱憤を晴らすべく歩遊を好き勝手してやろうと思っていたのに、歩遊があんまり楽しそうに嬉しそうにするものだから、キスの一つも仕掛ける暇がない。そういう事をして歩遊が戸惑ったり嫌がったりしたらどうしようと、らしくもなく怯えた気持ちになっている。 ただ、今日はそんな我慢も何となく心地が良い。きっと、やっぱり、歩遊がとても嬉しそうだからだ。 だから自分もこんな風に満たされていて幸せで、気持ちにも余裕があるのだろうと納得する。 「……だからって無防備過ぎるだろ」 とはいえ、歩遊の殆ど裸体に近い姿がこうもあからさま目の前に差し出されていると、俊史とて身体の欲求に勝てはしない。大体いつもが「物凄い」禁欲生活なのだ。 そろりと歩遊の腕に触れ、それから髪の毛を何度か撫でた後、俊史は顔を近づけて歩遊の唇にキスをした。 「ん」 歩遊が鼻先で寝言のような反応を僅かに返す。俊史はごくりと唾を飲みこんだ後、歩遊の海水着に手をかけ、それをそうっと下へずらした。 やや横向きの格好でいた歩遊の尻が少しずつ露わになっていく。その白く柔らかなものが姿を現して、俊史はいよいよ自分の身体が熱を帯びてくるのを感じた。 「歩遊」 起こそうかどうしようか悩んだが、小さな声のせいで歩遊は目覚めない。俊史はどんどん悪戯心が沸いてきて、遂に水着を全て下へずらしてしまうと、それをそっと足から抜いてその場に放った。 ころんと横になる全裸の歩遊は何も知らずに俊史の前で熟睡中だ。 その姿を散々堪能した後、俊史はふと思い出して、持ってきていた手荷物バッグから、この旅行の為に用意していたローションを取り出した。歩遊が甘い匂いを好きだからと、フルーツの香りがするものを選んで買っていた。それが入った瓶の蓋をなるべく音がしないように開けて、俊史はその中味ををそろりと歩遊の身体にかけた。 「んー…」 歩遊がくぐもった声を出した。それでもこの時にはもう構わず、俊史は歩遊の尻に指を宛がい、ゆるゆると中を探りながらローションを塗り込んでいった。それへの反応なのか、単なる反射的なものなのか、歩遊が身体を捻らせ寝返りを打った。仰向けになった歩遊の裸体が改めて俊史の前に晒される。もう我慢など出来るわけがなかった。 「歩遊……」 「んん…」 呼びかけながら唇に軽いキスをした。それからローションをへそから性器にかけても注いでいく。トロトロになった歩遊の身体がなまめかしく俊史を誘う。控え目な小さな胸の粒にしゃぶりつくと、歩遊が初めて「ふっ…」と感じたような声を出した。 「気持ちよくしてやる…」 散々吸い付くように歩遊の胸を弄った俊史は、やがて未だ反応の僅かな歩遊の性器をやんわりと包みこむように扱いた。と、「あん…」と歩遊が唇を震わせて喘ぎ声のような音を漏らした。それに気を良くして、俊史は尚も手淫を速めながら、空いているもう片方の手でぐいと歩遊の太腿を割り開いた。そして素早く自分の身体も挟みこむ。下半身に集まる熱がじりじりと俊史の額の方にも汗を呼んだ。 「あっ…! …ん…?」 その時、ようやく歩遊がゆっくりと目を開けた。最初こそ迫りくる快感に困惑したように眉をひそめていただけだったが、割とすぐに目の前の俊史に気づいたようだ。 「歩遊」 俊史もそんな歩遊をじっと見つめ返し、その一瞬の表情も見逃すまいとしながら、歩遊の中に自らのそそり立つモノを挿入した。 「あ……?」 歩遊にしてみればそれは本当に突然の事だっただろう。寝ぼけたような目がみるみる驚きで見開かれる。 「い―…ッ! あっ、あ、あぁッ…や、やぁ、ひぃ…!」 「歩遊」 「俊ちゃ……あ、やぁーッ!」 歩遊はすぐにきゅっと目を瞑った。足が引きつったように少しだけ上がり、俊史はそれに乗じて膝頭を掴むと歩遊の片足を持ち上げ、更に深く腰を進めた。 「やあぁッ…俊、俊ちゃあっ!」 「歩遊……!」 「あぁっ! やんっ、やッ……やあぁッ、あぁんッ!」 ぐいと奥をまさぐるように掻き混ぜると歩遊があられもない声を出した。うまい具合に感じる場所を突いたらしい。 「あっ、あっ……」 ただ歩遊は目元を真っ赤にしながら再度目を見開くと、俊史を驚きと困惑の目で見つめた。ゆさゆさと身体が揺らされているのに必死に俊史を追おうとしているのが分かる。 と、所在なく浮いていた手が俊史の方へ伸ばされた。同時にばちんと互いの視線が絡み合った。 「俊ちゃっ…あっ、あ、俊ちゃん……」 「悪い……我慢、出来なかった…っ」 「やっ! あ、あっ。そっ…やん、やっ……」 「歩遊…っ」 「あ、あんっ、俊ちゃッ、俊ちゃあ…!」 激しく腰を動かし中を突きまくると歩遊の嬌声は更に上がった。攻める度に歩遊が自分の名を呼んでくる事が俊史には堪らなく嬉しかった。俊史は極まった気持ちで歩遊が差し出していた手を掴むとその甲に優しいキスをした。 「俊ちゃ…」 すると歩遊がはあっと大きく息を吐いた。そして言った。 「すっ…好き…」 「………え?」 歩遊は息も絶え絶えだった。だが、確かに「好き」と言った。俊史は一瞬の間の後、どこか抜けた反応を返してしまったが、歩遊はカッと顔中を赤くしながら尚も唇を震わせて続けた。 「こ…怖…。でも僕っ……、はっ……俊、俊ちゃんが、好き…」 「……怖いのか?」 「う、うん……。で、でも」 俊史がほんの少し腰を動かしただけでも歩遊は酷く感じたように一旦言葉を切って恥ずかしそうに自らも身体を揺らした。 それでも必死に後の言葉を継ごうとする。 「だ、だって、ね…。奥、あ、熱い…熱いの……から……でも、俊ちゃん好き…っ」 歩遊はそこまで告げると、ひくっとひきつったように喉を鳴らした。目じりにも涙が滲んでいる。苦しそうだ。 「歩遊……」 けれど、心底拒絶している風はなかった。それどころか歩遊は暫し自分を見つめているだけの俊史に気づくと、力なく笑い返しさえした。怖いと言ったのに。眠っている間に突然こんな風に行為に及んだ俊史を責めても良いはずなのに、それなのに歩遊は俊史を「好き」とすら言った。 「歩遊…っ」 だから俊史は何度もそんな歩遊にキスを落とし、歩遊を犯すべく歩遊の小さな蕾を突いて割り拓き、そうして中に吐精した。歩遊の全部が欲しい。その代わり、自分の全ても歩遊にあげたい。そう思いながら、俊史は歩遊の中を何度も何度も行き来し、想いのこもったキスを続けた。 「俊ちゃんっ……あっ…好き……大好き………」 そしてもう一体何度目か、歩遊がにこりと笑ってそう発したのを聞いた時。 俊史は今までに味わった事のない、至上の幸福を全身に感じた。 特別な島。 誰もいない無人の島という状況が、俊史だけでなく、ことによると歩遊の心の中にも何か特別な変化をもたらしたのかもしれない。 歩遊は家や学校でいる時とは異なり、俊史に対して身体を開く事に本当に従順だった。しかも真昼間の砂浜で散々抱かれたせいか、その後も俊史がどんな風に歩遊を抱こうとしても逆らわなかったし、自ら身体を預ける事にも躊躇いを見せなかった。 「あ、あ、あっ……俊ちゃ…俊ちゃん…」 俊史はぐったりした歩遊を木の上の家に連れ帰った後も際限がないくらいに抱いた。 最初こそ近場の水際で身体を洗ってやり人心地ついた歩遊に、折角たくさん泳ぎたいと楽しみに来ていたのだから、昼食の後はもう自由に遊ばせてやろうと、少し休ませた後は本当に歩遊の好きにさせてやろうと、確かに俊史は思っていたのだ。 それなのに。 「あっ、ん! も、も……ダメ…もぉ、俊ちゃんがっ…!」 「俺が…っ、何、だよ……?」 「や! あぁッ! そん、や、やッ……あぁッ」 きゅうっと固く目を瞑りながら首を振る歩遊が可愛くて、容赦なく腰を進め続ける快感が堪らなくて、俊史は何度奪っても足りない、何度突いてもまだ苛めてやりたいと、歩遊を前から横から、そして背後から何度となく攻め続けた。 だから。 「はぁ……はぁ……俊ちゃ……」 とうに限界を超えた歩遊がごろんと仰向けになった拍子、俊史を涙の溜まった目で見上げてきたのを認めて初めて、俊史はようやく、ここでようやっと。歩遊の身体を離してやる事が出来たのだった。 けれど気づけば辺りはもう夕暮れ時。鳥たちが巣に帰ろうと羽ばたき、穏やかな風もやや冷たくなりかけている。 力なく横たわる歩遊を見下ろす格好で久方ぶりに少しの距離が出来た。そのお陰で俊史もその周囲の変化と時間の経過に気付いたわけだが……冷静になれた分、さっと顔から血の気が引いた。 (ありえねえ……俺、どんだけサカッたんだ……?) 貧相な胸を上下させる歩遊がじっとこちらを見つめているのが分かって俊史は思わず目を逸らした。暴走し過ぎるにも程がある。さすがに歩遊に責められても文句は言えない、そう思った。歩遊はきっとこの後もう歩く事すら出来ないだろうし、大体、たとえ元気だったとしてもこんな時間から海で泳ぐなんて無理だ。 しかしそれでは、まるでこの島にただヤりに来ただけではないか。どのあたりから間違えてしまったのだろうか。午前中の少しの時間、一緒に泳いでいたあたりまでは、歩遊のあの水着姿や笑顔を見てもまだ平静に遊べていたはずだ。たぶん。いや、しかしやはりあの砂浜で寝転んだ歩遊を見たからか。 「俊ちゃん?」 「はっ!」 その時、不意に歩遊が思いのほかしゃんとした声を出してきて、俊史はらしくもなくびびったような反応を示した。慌てて瞬きなどで誤魔化しながら自分の真下にいる歩遊を見る。歩遊は相変わらず潤んだ目をしていたが、狼狽しているような俊史の方こそを心配したような様子で、そっと腕を上げてきた。 俊史はその手を反射的に掴んだ。 すると歩遊が言った。 「俊ちゃん。凄く……お腹空いた……」 「……は?」 「俊ちゃんは空かない?」 「え? あ、ああ……そうだな……」 あまりに「普通の会話」を仕掛けてくるものだから俊史はすっかり意表をつかれてしまった。てっきり身体がだるいとか、何故ここまでしたのとか愚痴めいた事を言われると思っていたから。無論歩遊が強い口調で自分を責めることなど出来るわけがないが、けれど折角の旅行の大半が「これ」だったのだ、歩遊には怒る権利がある、珍しく俊史はその考えを心の中で繰り返した。 けれど歩遊は俊史の握ってきた手を自らもきゅっと握り返し、ふにゃりと笑った。 「凄い……。俊ちゃん、葉っぱの屋根の隙間。やっぱり、雨が降ったら大変だね、ここ」 「屋根が……?」 「うん。でも、星も見える」 歩遊が言うままに俊史が振り返り仰ぎ見るように視線を上げると、なるほど猛スピードで落ちて行く夕日の代わりのように、空にはまるで作り物のような白い星々が、雲一つない無限の空一面にキラキラとちりばめられていた。 「もっとちゃんと観たい」 歩遊が言いながらゆっくり起き上がった。しかしやはり身体が辛いのだろう、一瞬辛そうな顔をしたので、俊史は慌ててその身体を支えながら上体を起こす歩遊を手助けした。 「大丈夫か?」 「うん…。あのね、途中からはもう、怖くなかったよ」 「え」 「だって俊ちゃん、ずっと優しくしてくれたもん」 「そ……」 そうだっただろうか。 自分の事のはずなのに、まるで自信がないと俊史はぴたりと身体を止めて暫し思案した。歩遊の方は相変わらずゆったりとした動作で俊史の身体にこてりともたれかかっていたが、やがて小さく息を吐くと再び空を見上げて微笑んだ。 「凄いね、綺麗だね、俊ちゃん」 「………」 「僕、ここに来られて良かった。……俊ちゃんは?」 「俺……?」 「うん。あの……僕とで、良かった……?」 歩遊が視線を俊史に戻してきた。 俊史は何の濁りもない、けれどやっぱりどこか気弱そうな歩遊のその瞳を見つめて、不意に胸が痛くなる想いだった。苦しい痛みではない、それは堪らなく甘美で、そしてこみ上げる幸福感に満ちた痛みだった。 この歩遊が自分だけのものなのだと実感できた、それは俊史にとって最高の一瞬だ。 「バカ。当たり前だろ……」 だから俊史は言葉では相変わらずの不遜な物言いをしながらも、もう我慢できなくなって歩遊に深く口づけた。すると歩遊は自らも唇を突きだすようにして素直にそれを受け入れ、また嬉しそうに笑った。 だから俊史もまた堪らなく幸せになり、思わずと言った笑みが漏れた。それにつられてまた歩遊も笑う。2人で微笑みあって、それから何故か声に出しての笑いが零れた。 こんな風に2人で笑いあうなど、いつ以来だろう? 「俊ちゃん。お腹空いたぁ…」 「はっ……分かったよ」 そうしてやがて歩遊が甘えたようにそう言って縋りついてきた時には、もういよいよ笑う事を抑えようなどというバカな考えもなくなって、俊史は歩遊に微笑みかけてそのさらりとした黒髪をゆっくりと撫でた。 「食材は何でも揃えられているらしいからな。美味いもんいっぱい食わせてやる」 そう、まだ夜の時間があるから。 「その後いっぱい星も観ような」 俊史は歩遊の頭を何度も撫でた。そしてそれに幸せそうに笑う歩遊にもう一度だけ軽い口づけをすると―ー。 そこだけはいつもの日常のように、さて歩遊にどんな食事を作ってやろうかとわくわくした気持ちで立ち上がった。 見知らぬ夢の島は俊史たち以外誰もいない。 けれどその夜は信じられないほど弾んだ笑声と2人の笑顔に包まれて、誰も知らない夢の楽園は日の光が訪れる翌朝までずっと光に照らされたかのように明るかった。 |
Fin
|
戻る |
あまりにありえん設定なので宴のページに収納…。
しかしそうでもしなければこのお題はクリアできません(笑)。
俊は歩遊への独占欲を消せない限りは基本的に苦しまざるを得ないです。多分。