ブリキのおもちゃ
―某男子学生らの夏祭り―




  大学の友人、剣涼一の一言には絶大なパワーがある。
  何と言ったら良いのか…そう、彼が言い出したことには誰も逆らえないような。別に剣は暴君じゃないし、普段からとても良い人だから、こんな言い方をすると誤解を生んでしまうかもしれないけど。まぁ、常人にはない迫力があるのは事実だ。
「俺、日本の夏祭りって行ったことないかも!」
  だからこの時も彼のそんな何気ない一言によって、僕らは急きょ、某商店街が主催する夏祭りへ「みんな」で行くことになったのだった。



******



「おー、倉敷! お前、浴衣似合うなぁ!」
「逢坂こそ。すごい、決まってるよ」
  待ち合わせ場所はH神社の鳥居付近。
  商店街の有志で結成された神輿チームは大人と子どもの2手に分かれて、それぞれ大小の神輿を担ぎながら大通りを練り歩く予定になっているらしい。その神輿のスタート地点がH神社で、剣が「始まりから見たい」と言ったことで、待ち合わせ場所もそこに決まった。
  でも、約束の時間に来たのは僕と逢坂の2人だけだ。
  逢坂は「駅前のデパートで適当に買った」という紺色の浴衣を実に自然に着こなしていた。男性用浴衣によく見られるスタンダードなたて絣と縞模様のやつだけど、これが驚くほど様になっている。
  その逢坂は、通り道で貰ったのだろうか、商店街の名前がプリントされた団扇で生温い風を作りながら、呆れたように言った。
「ったく、駅前で待ち合わせの方が楽だったのに、あいつがどうしてもここがいいっつーからそうしたんじゃんか、なぁ? それで遅れるってどういう了見だよ」
「浴衣選ぶのに時間かかっているのかもね」
「あいつは何でもいきなり過ぎんだよ!」
  逢坂はフンと鼻を鳴らして通りを見ながら、「でも」と急に声のトーンを落とした。
「涼一はどうでもいいとしてだ…。桐野の浴衣姿は、ちょっと楽しみだよな」
「桐野?」
「あ…えーっと。桐野って和風美人じゃん? 多分相当似合うんだろうなーって」
「ああ、うん。そうだね」
「あ、これって別に変な意味じゃないからっ!」
「え?」
「いやいやいや……」
  逢坂は一人で焦った風になりながら団扇をバタバタし始めた。一体何なんだろう?特におかしなことは言っていないと思うけど。
  これまでの桐野は、いつも剣たちの陰に隠れて「目立たない」ってイメージがあったけど、最近の僕はそれとは真逆の目で彼を見ている。気づくとつい目で追ってしまうこともザラだ。それと言うのも、僕がバイト先の教え子からラブレターを貰っていろいろ悩んでいた時に、桐野が僕のことを分かってくれて、それが凄く嬉しかったってことがあったからなんだけど……ああ、やっぱり、僕ってスイの言う通り、「寂しがり屋の猫」なんだな。ちょっと親切にしてくれた人にはすぐこうして懐いてしまうから。
  でも、だからというかで、僕も桐野の浴衣姿は楽しみだ。勿論、逢坂同様、そこに「変な意味」なんかないけど。
「あ…子どもチームのお神輿も行っちゃったね」
  そうこうしているうちに、先ほど出発した大人チームに続いて、小神輿を担いだ子どもチームも神社を出発し、大通りの方へ進んで行ってしまった。剣はこれが見たいと言っていたのに、残念だ。まぁ後からでも見られるとは思うけど。
「うおー。暗くなってくると提灯、余計に綺麗だなぁ」
  不意に、後ろを振り返った逢坂が感動したように声を上げた。それで僕も神社の方へ目を移す。
  奥の境内にまですっと長く続いているのは、色とりどりの提灯だ。三重に並べられたそれはとても壮観で、その下には、通路を挟んで左右両方に夜店が並んでいる。もう沢山の人がそれらを見物していて、凄く賑やか。石畳には、先ほど出て行った神輿に気合の声を掛けていた人達が景気づけに放った水の跡が滲んでいて、心なしかキラキラと光っている。やっぱりあれを剣にも見せてあげたかったなと思う。
  出来ることなら、スイにも。
「2人とも! 遅れてごめん!」
「あ」
  その時、桐野が息せき切ってやってきた。
「うお、桐野! すげー! 浴衣!」
「本当にごめんっ!」
  逢坂の歓声も聞こえていないみたいだ。桐野はしきりに頭を下げながら、その走りづらい浴衣姿でどこから走ってきたのか、未だ苦しそうに息を吐いていた。僕たちは彼が少し遅れたことなんて全然気にしていないのに。
「はぁ…待ったよね…? 本当にごめん…!」
  桐野は白生成りの浴衣姿だった。元々男性の浴衣姿ってあまり見ないけど、この色の浴衣がこんなに似合う人って珍しいんじゃないか。思わずまじまじ眺めてしまうと、その白生地にはさり気なく有名な観世水とゆるやかな菖蒲模様が細縞で美しく表されていた。
「綺麗だなぁ…」
  それで僕が思わず呟くと、それに乗じたように逢坂がぐんと桐野に近づいた。
「まさしく! 桐野、マジやばい。綺麗過ぎるし!」
「え、えぇ…? いや俺、こんなの着慣れないし、本当は嫌だったんだけど涼一が…」
  僕たちに一斉に誉められたせいで、桐野は照れまくって俯いた。可愛いなあと思う。綺麗だし可愛いしなんて、反則じゃないか。また角帯が波模様を配した赤紫色というのも憎い演出だった。桐野は剣の名前を出しかけていたけど、剣が選んだってことなのかな?さすがだなぁ。
「涼一の奴、強引に『全員浴衣で集合!』なんて決めやがって、なめきってると思ってたが、これなら“浴衣会”も悪くないな! あー、目の保養」
「ちょっ…逢坂、おかしいよ? 誉め過ぎ!」
  桐野がいよいよ困ったように逢坂から距離を取ろうとした。あ、でもまたすぐにくっつかれてる。でもどうしたんだろう、心なしか逢坂の顔が赤い?しかも桐野への視線が熱過ぎるような気がするけど…まぁ無理ないか。桐野、本当に綺麗だし。
  ……もしかするとスイの好きなタイプかも、なんて。嫌な想像までしてしまう程だ。
「ん? ところで涼一は? 一緒じゃなかったのか?」
  ひとしきり興奮した後、ようやく思い出したという風に逢坂が訊いた。
  すると桐野は途端ウンザリしたように渋面を作った。
「うん、一緒だったんだけど、もう置いてきたよ…。いい加減にしないと遅れるって何回も言っているのに、全然動かないんだ。俺のも散々煩く言っていたけど、自分の分を選ぶ時も『あれがいい、これも着たい』って。一向に決まらなくて」
「さすが浴衣会の会長…」
  逢坂が苦笑しながら呟いた。
  夏祭りを経験したことがないという剣は、「どうせなら形から入ろう」と、自分だけでなく、僕たち全員にも浴衣を着てくるようにと「命令」した。しかし、「浴衣なんて持っていない」と文句を言った逢坂や藤堂には、「俺が買ってやる」とお金まで出してきたから、彼の本気を拒絶できる者はもう誰もいなかった。
「そういや藤堂は? 涼一と一緒?」
  逢坂の問いに桐野は首を振った。
「藤堂も俺と一緒に出てきたけど、途中ではぐれちゃったんだ。何せこの人だから……電話にも出ないし」
「まぁあいつのことだ、浴衣姿の可愛い女の子を目に留めちゃ〜、あっちにフラフラこっちにフラフラしてんだろ」
  放っておくべし!と断言し、逢坂は急ににやりと笑うと、また桐野に近づいた。
「というわけで! 涼一のことも放っておいて、もう3人でどっか見に行かねえ!?」
「え?」
「いいの? だって剣が言い出したことなのに」
  桐野と僕がほぼ同時に戸惑った反応を返すも、逢坂は全く動じなかった。
「いいんだよ! どうせあいつのことだから、俺らがいなけりゃいないで、後で連絡してくるだろうし。いつまでもこんな所で突っ立っているのも時間の無駄じゃん? な、この面子だけで遊んだこともねーし、行こうぜ!」
「な、何か逢坂…張り切ってない?」
  前のめりの逢坂に僕がやや引き気味に言うと、逢坂は満面の笑みで「だって嬉し過ぎるんだもん!」と語尾に音符マークが出そうなほどはしゃいだ声で答えた。
「じゃあ俺がいたら、さぞかし邪魔なんだろうな」
「え?」
「げっ」
「スイ!?」
  三者三様の反応に無感動な様子で佇んでいたのは、まさしくスイだった。
  スイは剣からこの祭りの話が出た時、「あんな人ごみに突っ込んでって何が楽しいんだよ」と文句を言ったし、だから一緒に行くとは言っていなかった。行かないとも言わなかったけど…。
  でもスイが来るとは思っていなかったから、僕は思わず凝視の体でその姿を見つめてしまった。スイは剣が指定したような浴衣姿じゃなかったけど…でも、ここに来てくれただけでも凄く嬉しい。だから、露骨に嫌な顔をする逢坂や、スイとは接点がなくて戸惑った顔をしている桐野とは裏腹に、僕だけがやたらと浮かれた顔をしてしまった。
「お前、来るなんて言ってなかったじゃん」
  高校時代からの付き合いという逢坂は、あけすけな物言いでスイに責めるような目を向けた。逢坂は、僕が大学の人たちから酷い中傷を受けるのはスイのせいだと思っているし、スイが僕を「いいように利用している」と思っているから、スイに対して当たりが強い。勿論、僕はその度にそれは違うと言うのだけれど、そうやって僕がスイを庇えば庇うほど、彼の中でスイの株は下がるみたいなのだ。
「俺らはこれからお前の大嫌いな人ごみで祭りを満喫するんだから、お前は来んなよなー」
「お、逢坂…」
  桐野が遠慮がちに逢坂の袖口を引っ張った。折角来た大学の友人にその態度はないだろうと言いたいのだろう、桐野は優しい。
  でもスイは逢坂の言葉にまるで関心がない風にそっぽを向き、代わりに僕のことを見た。
「キミ。お前浴衣なんて持ってたの」
「うん。何故か」
「ふっ…。何故かって何だよ」
  スイがちょっと笑ったので、僕も嬉しくなって笑った。
「うち田舎だからさ。夏祭りなんていったら、昔からスゴイ力入れるから、盆踊りも屋台の手伝いも必ず強制招集なんだけど、うちは母さんがそういうの全然やらないだろ? だから代わりに働いていた僕に、近所のおばさんが毎年ご褒美みたいに新しい浴衣を作ってくれてたんだ。これは去年貰ったやつ」
  僕の浴衣は黒を基調にした格子柄で、帯は束ね熨斗がライン状に入っている鼠色がかった白色のもの。桐野が着ているような高価な浴衣ではないけど、着心地が良くて気に入っている。他にもこげ茶色とかダークグレーの浴衣とか、貰ってまだ着られるやつは全部東京に持ってきている。
「楽だから、時々家でも着るよ」
「へえ…そんなカッコ、見たことないけど」
「うん」
  だってスイが来る時は着ないもんな。何だかバカにされそうだし。
「ふうん」
  スイは何を考えているのか読み取れないような顔で僕の浴衣姿ををじろじろ見た。お子様だなとか、似合ってないとか言われたら嫌だなと内心ドキドキしたけど、予想外にスイは何の感想も述べなかった。
  そしておもむろに、「あっち見に行こうぜ」と声を掛けて先に歩き出した。
「え、ちょっと」
  僕は逢坂と桐野を気にして足が止まったけど、スイは止まらない。振り返りもしない。
「はぁ〜。相っ変わらず勝手な奴だよなぁ」
  逢坂が頬を膨らませて不平を零すので、僕は思わず「ごめん」と頭を下げた。
  すると桐野が慌てたように両手を振る。
「倉敷が謝るのはおかしいよ。それに、大勢の方がいいじゃない、こういうのは。涼一もいつ来るか分からないし、一緒に行こう」
「えー。でも桐野、スイと話したことある?」
「あんまり…というか、全然ないかも」
  桐野はおっとり笑って、訊いてきた逢坂ではなく、僕の方を見た。僕はその眼差しに一人勝手に焦って、自然早口になった。
「スイはちょっと誤解されがちだけど、いい奴だから。口悪いとこもあるかもしれないけど、気にしないで?」
「倉敷は梶取と仲がいいんだ?」
  桐野のその問いには、僕が答えるよりも先に逢坂が口を出した。
「倉敷は人がいいから、スイみたいのに付け込まれんだよ! 桐野も気をつけた方がいいぜ? あ、桐野の場合は、すでに涼一に捕まってるけど!」
「はは…また逢坂は…。俺、別に涼一のことで困ってないって」
「いーや、絶対苦労させられている! なぁ倉敷、桐野はお前同様お人よしだからさ。スイが変なことで絡んでこないように、ちゃんと見張っててくれよ!」
「う、うん」
「それおかしいって。ごめん、倉敷」
「えっ、いや…!」
  そうこうしている間にもスイはどんどん奥へ行ってしまう。僕たち3人は急いでスイの後を追った。
「これやりたい」
  僕たちが追いつくと、スイはぴたりと足を止めていたある店の前から振り返ってそう言った。まるで子どものような口調で。
  射的だ。懐かしい。
「やりゃいいだろ」
  冷たく言い放つ逢坂に、しかしスイは別段気分を害する風もなく、それどころか悪戯小僧みたいな顔でにやりと口角を上げた。
「康久、勝負しようぜ」
「えー。まあいいけど」
  スイに誘われて逢坂もその気になった。
  しかし次のスイの言葉で一悶着だ。
「キミ、金貸して」
「え、うん」
「おいちょっと待て! 倉敷もそんなあっさり金出そうとすんなよ!」
「でも3百円くらい大した額じゃ…」
「駄目だ駄目だ! テメエ、スイ! 自分で払えよ!」
「財布忘れた」
「お、お前な…!」
  逢坂の血管がキレそうだ。桐野もハラハラしているが、どうにも言えずにいる。
  僕もどうしようと逡巡した。スイに小銭を貸すなんていつものことだし、僕自身は何とも思っていないけど、傍から見るとやっぱりこういうのって心配なんだ。逢坂の気遣いはありがたい。でも、スイを不機嫌にするのは嫌だ。それに僕は、「スイの財布」でも全く構わないんだ。スイに何か出来るのは嬉しいから。
「俺が出してやるよ」
  でも僕がそれで財布を出しかけた時、その凛と通る声はいきなり掛けられた。
「涼一」
  桐野が驚いた声を出した。声は桐野のすぐ後ろから放たれたもので、そこにはまさしく剣が立っていた。……何だろう、派手だ。ダークグリーンのラメ入り。いや、だからといって特別どぎついわけじゃない、それほど明るい色合いでもないし。そのはずなんだけど…でも、剣が着るとどんな浴衣も輝いて見えるのかも。
  ただこの大きな和柄……波のようにうねる龍紋を着こなせるのは、やっぱり剣だけだろう。下駄姿もいやにしっくりキマっている。普段はおよそ「日本男児」という風体でもないのに、長身でスタイルがいい男っていうのは、何でも似合ってしまうものなのかもしれない。
  それにしても、剣は華奢な桐野と並ぶと、また一際カッコよく見えるから不思議だ。
  それはともかく、「古代の皇帝も好んだ」と言われる龍を従えたその剣涼一は、気前の良いことを言ってくれた割に、どこかしら不機嫌そうだった。
  そして。
「雪、何で先に行くわけ?」
  桐野をじろりと睨んで一言。ああ、置いていかれたことが不満だったのか。でも確かに、普通は剣を置いて行くなんて出来ないよな。剣もそういうのに慣れてなさそう。いつでも周りに人がいるような人だし。そう考えると、桐野って凄いんだな。
「涼一が遅いからだろ。俺は先に行くって言った」
  その桐野はこれまた不機嫌そうな涼一に一歩も引くことなく、それどころか僕たちを待たせたことを謝るべきだと説教まで始めそうな勢いだった。
「俺は悪くない。こいつらだって昔はよく俺のこと待たせた!」
「そういうことじゃないだろ」
「ああもう、分かったよ! じゃあこの問題は後で話し合いな? 今はとりあえず祭り!」
  よほど祭りを堪能したいのだろう、剣はそう言うと、自分を責めかけた桐野に「めっ」なんて仕草をした後、さっさと前へ進んで行ってスイと逢坂の間に割り込んだ。
「俺もやるぜ!」
「は? 邪魔なんだけど」
  すると今度はスイが氷みたいな声で眉をひそめてそう言った。スイはあくまでも逢坂と2人で勝負がしたいらしい。それが何でなのかは分からないけど。
「涼一は後でやれよ」
「黙れ、俺もやると言ったらやる。お前らの分も払ってやるんだから、文句言うんじゃねえよ」
「涼一、お前射的やったことあんのか」
  逢坂が実に面倒そうな顔で訊いた。
  剣も面倒そうに答える。
「ない。日本の祭りは未体験だって言ったろ。だから何でもやってみたいの」
「はーあ。分かった分かった」
「雪、何欲しい?」
  剣が振り返って桐野に訊いた。先ほどの喧嘩紛いの言い合いは何だったんだってほど、あっさりとしたにこにこ顔で、だ。これには桐野の方が普通に面喰らっていて、「え」と驚いた後、「別に何でもいいよ」と素っ気なく返していた。
「景品か…」
  ただ僕は剣のその言葉で、ずらりと並ぶ様々なおもちゃに意識が向いた。自分が「どれを欲しいか」と訊かれたわけでもないのに、棚のおもちゃをあれこれ見て、唐突に懐かしさがこみ上げて、笑みまで浮かんだ。
  地元の祭りの手伝いは、大変なことも多かったけど、楽しいことも結構あった。大人に交じった打ち上げでは浴衣をくれたおばさんのように親切にしてくれた人もいたし、屋台の手伝いでは、帰りに手伝い賃と称してヨーヨーを貰えることもあった。
  射的も時々だけど遊んだことがある。あの時は、棚に並ぶどんなおもちゃも物凄い宝物に見えた。でも狙った物はことごとく外れて、結局手に入らなかったっけ。
「あ…」
  そんなことを考えながら見ていたら、1つのおもちゃに目が留まった。
  別に何てことはないものだけど……赤と青の帽子をそれぞれ被った対の小人フィギュア。木造りの、本当に小さなただの飾り物だ。多分子どもならあっちのプラモデルやお菓子の方を欲しがるだろう。
  でも何となく、僕にはあの小人が一番可愛くて「欲しいな」と思った。あの小人が1人だけだったら、きっと目につかなかっただろうけれど。
「倉敷、すっごいガン見じゃん。何か欲しいもんあったの?」
  その時、逢坂が目ざとく僕の様子に気づいて訊いてきた。
「あ、うん。あれ…」
  僕が素直に小人を指さすと、逢坂が何かを言う前にスイが鼻で笑った。
「あんなの欲しいの。キミって相変わらずよく分かんねぇな」
「何を欲しがろうが、人の勝手だろ!」
  むっとして逢坂が文句を言ってくれると、スイはじろりと突き刺さるような眼で逢坂を見て、それから僕のことも見た。
  何だか気まずい…。
「康久、何か賭けようぜ」
  スイが渡された玩具の銃を構えながら逢坂に言った。
「勝った方は負けた方の言うことを何でも聞くっていうのはどうよ」
「はぁー? お前、卑怯なことしてきそうだしな」
「しねーよ」
「金貸せとかは嫌だぞ」
「お前、最初っから負ける気かよ。自信ねーの?」
「むかつくー! わーったよ! やりゃいいんだろ!」
  逢坂はスイの挑発に見事乗って自らも銃を構えた。因みに、剣はもうとっくに始めている。
 与えられた弾丸は3発。勝負は、その3発中どちらが1番多くのおもちゃを倒せるかで決まる。どれも小さいおもちゃだし、一見簡単そうでどんどん倒せそうだが、これが案外倒れない。弾も思ったほど飛ばないものが多いから、棚まで行きつかないこともザラだ。
  案の上、逢坂は僕の為に小人を狙ってくれたけど、どれも掠らず命中0で終わってしまった。
「うわあ…地味に悔しー」
「でも逢坂、ありがとう。あれ狙ってくれて」
「いや結局取れなかったし。ごめんなー」
「逢坂、優しいな」
  僕たちの一連の会話を聞いていた桐野がふっと近づいてきてそう言った。にこにこしている。さっきまで剣とのことで憔悴していた風だったのに、どうやら桐野もここにきて復活していたらしい。逢坂の僕への親切も、自分のことみたいに喜んでくれている。
  でもこの発言に最も喜んだのは、そうして誉められた逢坂だった。
「桐野見てたの!? い、いやいや、まあ…ははは! そうだけどな! 俺はかなり優しいけどさッ!」
  スイのことでぶすくれていた逢坂のテンションはダダ上がりだ。逢坂は桐野のことが本当に好きらしい。それが僕みたいな人間と同じ種類の「好き」なのかは分からないけど、この時僕は何となくそう思った。
  でもスイはそういう風に感じなかったみたい。
「俺の勝ちだな」
  スイは3発中、1発。小さなブリキのロボットを1体、見事倒してゲットすることに成功していた。
「要らね」
  でもそのおもちゃ自体には興味がなかったようで、スイはそれをぽんと僕に投げて寄越した。どんな物だってスイがくれるものなら嬉しい。僕はそれを両手に持って見つめたまま、秘かに有頂天となった。
  レトロタイプのかくかくした真四角ロボットは、目や口も四角だ。頭に丸いアンテナがついていて、そこだけが赤い。あとは錆びた青緑の着色で、お腹に「1号」って書いてある。ビームも出そうにない弱々しいロボットだけど、何だか愛嬌があって、物凄く愛しく感じた。
「ありがとう、スイ」
「別に欲しくないだろ」
「ううん。絶対欲しい。今さら返せって言っても返さないよ」
「はっ、要らねーし」
「で、勝者のスイ様は俺に何を命令する気だよ。ちゃんと出来そうなやつにしろよ。祭りなんだから」
「分かってるよ」
  逢坂に急かされてスイは一瞬僕らから背を向けて天を仰いだ。
  それから数秒後に。
「そうだな…。――俺が退けって言った時は、退けよ」
「あん?」
「それはまだ言わないけど。……いつか言うかも」
「何だそりゃ?」
  逢坂は頭の上にハテナマークをたくさん浮かべていた。それは傍にいた桐野もそうだったし、勿論僕もだ。
  スイは何を言いたかったんだろう。
  でも、近くにいるからよく分かる。今のスイは、現れた当初よりは機嫌も悪くなくなっている。
「おい、勝者はスイじゃなくて俺だろうが」
  その時、両手にたくさんの景品を持った剣が僕たちの前に立ちはだかってそう言った。
「涼一…。それ、どうしたの」
「どうしたって、今ので取ったんだよ。1発で1個のを取ろうとするのがそもそも不経済だ。横並びなんだからドミノ倒しの要領で倒せばこんだけ取れるだろ?」
「いや…お前、射的初めてなんだよな?」
  桐野に引き続き、逢坂が引きつったような笑いでそう突っ込んだ。これには僕も言葉がない。やっぱりどんな遊びだろうと、剣って何でも出来ちゃうんだ。
「雪がどれ欲しいか言わないから、とりあえずこんだけ取ってみた」
「お、お店の人に迷惑だから返しなよ」
「は!? 何だよそれ!」
「声が大きい!」
  桐野は耳を赤くして剣を避けつつそう言った。何だか剣は桐野が傍にいるとちょっといつものクールな感じが消える気がする。迷惑そうにその場を離れようとする桐野を必死に追いかけて、「夏の思い出だろ」とか何とか言って無理やりおもちゃを渡そうとしている。本当にすごい量だ。
  でも僕にはやっぱり、このブリキのロボットが一番のお宝に見えるけど。
「スイ。これのお礼にラムネ奢ってあげる」
「は、ラムネだけ?」
「じゃあ焼きそばもつけるよ」
「いいね。行こ」
  珍しくスイが素直だ。だから僕は嬉しくなって、申し訳なかったけれど、未だに射的の前で何やら激しい言い合いを始めた剣と桐野、それを止めようとしている逢坂を置き去りにして、スイと2人で夜店の続く境内の奥へと歩き始めた。賑やかな人のざわめきと、遠くで聞こえる太鼓の音に心地良くなる。
  だからちょっと。
「スイ」
  僕は調子に乗って、スイの手にちょこんと触れてみた。これだけの人だ、そうそう目立った行為でもないようにも思えて。
  でもスイは怒るかな…?
  ドキドキしていると、スイはちらりと僕を見てほんの一瞬だけ眉をひそめた。
「……なーにしてんだよ」
  でもそれ以上のお咎めはなし。
「どうせなら繋げっつの」
  それどころかスイはその後、自分の手に触れただけの僕の手を黙ってぎゅっと握ってくれた。
  最高の夏休みだ。
  僕は嬉しさで叫びたくなるのを必死に堪えて、くっとその手を握り返した。スイの顔を見たい、でもまだ見られない。そんな葛藤を抱えながら、僕は提灯が誘う道を「ずっと終わらないで欲しい」と願いつつ、スイと二人、賑やかな境内をゆっくりと歩いた。











あら、藤堂さん出せなかった…。きっとメロン色の浴衣でナンパでもしてんでしょう。
男性用の浴衣は基本地味なものが多いので、スゴイ色々京都の老舗呉服店などを検索して調べました…(笑)。
一応どれも今年の売上ランキングに入っているのとか、やたら高いのとかを基準にして選んでいます。
というわけで、王様ゲームの指定4人は、キミ、雪、涼一、康久でした。