予言と現実 |
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俺の名前は逢坂康久。年はハタチ。彼女いない暦1年…と、ちょっと。趣味はスポーツ全般。その中でもテニスとボードに関しては結構自信がある。家族構成は両親と父方の祖父母。あと、生意気な妹が1人いる。まあつまりは、俺ってどこにでもある平凡な家庭で育ったんじゃないかと思う。 ただ俺の妹は一昔前の「ヤマンバ」そのままで、未だに気色の悪い化粧を塗ったくっているような奴だ。だから高校生にして既にその肌はボロボロ。頭も悪い。俺が化粧の濃い自己主張むき出し女が苦手なのは、この妹の影響によるところが大きいような気がする。 で、その妹(どうでもいいが名前は華<ハナ>という)が昨夜、俺に金を借りようと勝手に部屋に入って来て、いきなり言った台詞がこうだった。 「 や〜ナニこの人! キレイ〜。タイプ〜」 妹がそんな黄色い声で指差した先には、以前サークル仲間とで撮った写真があった。俺がこの間必死の思いで探し当てた珠玉の1枚だ。何といっても「あいつ」が写っている物はその1枚しかなかったから。 あいつ…。そう、それはつまり俺が最近気になってしょーがない相手、桐野雪也の事なんだが。 「 ねーねーアニキ! この人ってアニキの友達ぃ!?」 そして妹がその写真で真っ先に目をつけたのが、事もあろうにその桐野だったのだ。血は争えないというか何というか…しかし桐野があいつの好みのタイプだとは思いもよらなかった。 「 お前…この中じゃ、こいつが1番タイプなのか?」 俺が訊くと妹は目をキラキラさせて頷いた。 「 うん、ダントツで1番! すっごいキレイじゃん。肌白いし〜。超触りた〜い」 俺は心の中だけでこの愚かな妹を「俺ですら触った事ないのにふざけんな!」と怒鳴りつけ蹴り飛ばしていたのだが、如何せん本音を晒して弱味を握られても事なので、努めて冷静なフリをして違う奴を指してみたりした。 「 俺らの間じゃコイツが1番モテるんだけど」 桐野の隣に写っている涼一を指差すと、妹は「あーあー」と納得したように頷いたものの、すぐに首を横に振った。 「 それはもうそうだろうなって思ったけどぉ。この人ちょっとカッコ良過ぎだよ。目立ち過ぎ。何てーの、芸能人みたいなオーラがあるじゃん。アタシそういうの苦手なんだよねえ。もっとさあ、奥ゆかしい感じの大人しい男の子が好みってゆーかあ」 「 ………」 マジで恐ろしい。俺は妹と自分は全く正反対の人間だと思っていたが、案外好みが似ているのかもしれないと思った。 しかしこんな頭もキンキラ、服もびらびら、気色悪い化粧尽くしのこいつが「派手過ぎ」も何もあったもんじゃねえよな…。 「 ねーねーアニキ、この人紹介してよー」 「 駄目だ」 そろそろアホな事を言い出すかと思ったが案の定だ。俺は0.1秒の速さで妹の願いを突っぱねた。 「何でよー、この人彼女いるのー?」 「 ……そうだ」 彼女というか彼氏というか…。いや、それも俺のただの推測かもしれないが(でもほぼ9割の確率でこの予想は当たっていると思うが…)。 「 彼女ってどんな人? アタシ当ててあげようか。全く正反対のタイプでしょ」 「 なっ…何でだ?」 何故か俺がぎくりとしてしまうと、妹は得意気に写真を手に取り言った。 「 キレイだけどさ、この人見るからに気が弱そうだもん。押しの強い女に言い負かされて、流されるままに付き合い始めたってところじゃないの?」 「 お前…鋭いな…」 確信はないが、それは俺もそうだと思う。きっと桐野は涼一に強引に迫られ唯々諾々と付き合いを開始したに違いないのだ。あいつは優しいから「涼一は大人しい自分をフォローしてくれている」なんて良い方に解釈してるみたいだが、俺に言わせれば涼一は桐野の優しさにつけこんでいい気になってるとしか思えない! そんな心の中だけで力説・握り拳の俺に、妹は珍しく聞き捨てならない事を言った。 「 でもダイジョーブ。そんな関係は絶対そのうち破綻するって」 「 何…?」 俺はまるで縋るような目をしてそう言った妹の顔をまじまじと見てしまった。 「 何で…そう思うんだ?」 「 んー。この人は善行を積んでそうなので〜。いつまでもそんな不幸な関係は続かないって思うわけ。近いうちにこの人をその悪いコイビトの魔の手から救い出す新しい人が現れるんじゃないかなって思うわけよ。思うってか…予言?」 「 ………」 「 そういう人、案外近くにいそうじゃない?」 「 ……そうだな」 「 で、アニキ」 妹はそれから不意に この部屋に来た目的を思い出したとばかりに「2万ほど貸して」とか言ってきやがった。 しかし俺は思わず何も言わずに奴に2万を与えてしまった。どうせ返される事なんかないのに。しかし妹の根拠のないその「予言」は俺を猛烈に奮い立たせた!! 本当にそんな気がしてきたのだ。 桐野を涼一という魔の手から救い出す人間! それってつまり俺の事じゃねえ!?と…。 で、次の日。 「 逢坂」 昼時、俺がサークル仲間がたむろっているだろう食堂へ向かおうとしたところに、何と桐野が声をかけてきた! 丁度同じ構内で授業を受けていたようだ。やたらと分厚い講義本を何冊か胸に抱えていた桐野は俺にあのいつもの癒し系笑顔を見せてきた。うう、初めて桐野から声をかけてもらえたって事だけで既にテンション上がりまくりなのに、俺のこの大好きな顔が間近に〜! 「 き、桐野」 嬉しい不意打ち攻撃を食らった俺は不覚にもどもってしまった。たぶん、かなりお間抜けな顔もしていたと思う。 しかし桐野はまるで不審がる様子も見せず、「探してたんだ」と信じられない発言をしてきたのだ!! 「 さ、探してたって…! お、俺を!?」 「 そうだよ」 にっこりと笑い、桐野は肩に背負っていたリュックから綺麗なノートを取り出すと俺に差し出した。 「 もうすぐテストなのに、逢坂この講義全然出てなかっただろ? この間ノート貸す約束してたじゃないか」 「 あ、ああ…」 それは俺自身も知らなかった桐野と俺「だけ」が取っている講義のノートで。 俺は感動で暫し動けなかった。大袈裟じゃない。真面目に感動だった。しかも馬鹿妹の根拠のない予言で気を良くしていただけにその喜びは一入だった。 「 コピー取るだろ? それに返すの、別に今日じゃなくてもいいよ」 「 えっ。でもそしたら桐野が困るだろ?」 「 平気」 やんわりと笑んで桐野はそう答え、俺に再度ノートを差し出す。 俺はあまりの嬉しさについ両手でそのノートを取ろうとした。 「 あ…」 すると俺の手は、その勢いでノートを掴んでいた桐野の手に見事に触れるカタチとなってしまった。 ラ、ラッキー! 意図せずラッキー!(注:決してわざとではない!!) 「 あ、あの…逢坂?」 「 桐野!」 「 えっ?」 突然叫んだ俺に、桐野は「手を離してくれ」と言いそびれたようになって目をぱちくりやった。俺はそんな桐野に調子こいて、まだ手に触れたまま真剣な顔をして言った。 「 桐野、あのな!」 「 う、うん…?」 何にせよ、俺は桐野を剣涼一という悪魔から救い出すヒーローだから、こういうチャンスの時は強気でいかなければなるまい。 「 この…ノートの礼、したい」 「 え? 礼?」 「 ああ。メシでも奢らせてくれ。あ、昼飯じゃなくて夕飯な。昼飯じゃ安くついちまうしさ。どっか行こう! そうだ、今日の晩は…!」 「 お、逢坂、別にそんな気を遣わなくても」 「 気なんかまるで遣ってない。そうしたいんだ! 俺が! 是非に!」 「 は、はあ…?」 桐野は気合入りまくりの俺に多少引いている感もあったが、別段迷惑そうな顔はしていない。よし、もう一押しだ。 「 な、桐野。桐野は俺と2人でどっか行ったりするのが嫌なのか?」 「 え…そ、そんな事…」 「 なら行こう? 今日! 絶対今日! 涼一も藤堂もナシ! な、いいだろ?」 いつになく強気な俺。俺、偉い! 俺、頑張ってる! 「 俺、今日バイトが…」 しかし桐野は申し訳なさそうにそんなつれない事を言った……う、うぐぐ。 し、しかし!! しかし何と言っても今日の俺は一味違うのだ! 俺はもうノートそっちのけで桐野の手にしっかと触れると、勢いこんで口を切った。 「 それじゃ明日。明日の夜は空いてるだろ?」 「 明日…?」 「 何かあるのか? バイトは?」 「 な、ないけど…」 「 じゃあ空いてるんだな!!」 「 ………う、うん」 「 よっし、決まり! 明日! 明日の夜な! 場所は俺が決めとくから、時間は―」 「 あ、あの…」 途惑いまくっている桐野には構わず、俺は押して押して押しまくった! こういう時「大丈夫?」だの、「付き合ってくれるよな?」などと言った相手の顔色伺うような聞き方は逆効果だ。やっぱ何事か為す時ってのは多少強引なくらいでないと駄目だと思うんだよな! そう、強引で……って、あれ? しかし俺が何か引っかかるものを感じ、考え込もうとしたその時だった。 ガッツーン!! 「 いってー!!」 突然俺の後頭部に激しく固い物がぶち当たってきた。俺は思い切りつんのめって危くその場に倒れこみそうになったのだが…。 足元にごろんと転がった物が視界に映った。 俺の頭にジャストミートしたらしきそのブツは、六法全書。 「 ってーな、何す…ッ!」 しかしガバリと振り返って猛然抗議をしようとした俺の時間は、そこで止まった。 「 涼一…!」 桐野の声を聞いたのと悪魔のように恐ろしい顔を見たのと、ほぼ同時だった。 「 ……お、逢坂、大丈夫…?」 そしてすかさず心配そうに俺の顔を覗きこんでくる桐野の顔が。あ〜悪魔の後に天使を見ると心が和む…っと思ったら、またすかさず悪魔涼一の度アップが…。 「 康久…。お前今…何してた…?」 その恐ろしいくらい静かな声が却って不気味だ。俺は思い切りぶるってしまった。 「 な、な、何って…何だよ…?」 「 …雪の手握って何してたんだって訊いてんだよ?」 「 え…そ、それはまあ、そのう…」 メシ食おうって誘ってた。 ……そう言えばいい事だが、それは絶対に言えん。んな事したらコイツまでついてきちまうし、大体、この約束自体ぶち壊される可能性大だ。 しかし俺が口篭ると、さっきまで冷静な声を出していた涼一が突然大きな声で怒鳴り出した。 「 雪、嫌がってただろーがっ! お前、迷惑がってる雪に構わずまた強引に何か無理な事言ってたんだろ!?」 「 な、何言ってんだ、俺はだな…!」 「 雪、来いよ! お前もいちいち甘い顔見せるからこんな目に遭うんだぞ! こんなのの相手しなくていいんだから!」 「 ちょ…涼一、でも…!」 「 でもじゃない。いいから、行くぞ!」 「 ………こら、おい」 俺は半ば呆然としながら、俺から掻っ攫うようにして桐野を連れて行ってしまう涼一に声をかけた……が、怒りに燃えた奴を止める術はない。ああ…どんどん遠ざかって行く。 ぽっつーん。 おかしい…俺は桐野を魔の手から救うヒーローのはずなのに。涼一という呪縛から桐野を解き放つ救世主のはずなのに。 何でこうなっちゃうんだ。 「 よお康久〜」 そんなショックで動けなくなっている俺のところに、アホが来た。 アホはアホな顔をしたままで呑気な声で言った。 「 お前、今見てたぞー。な〜にやってんだよ。こんな天下の往来で桐野の手なんか握っちゃって、何か強引に頼み事してただろ? 桐野、可哀想に断れないでいるよーって思ったら、まあ涼一が助けてやってたから良かったけど。お前、桐野が大人しいからってあんま無茶するなよー?」 「 ………」 ………こいつは…一体何を言ってるんだ……。 俺が強引に桐野に何をしてるって…? 助けてやったのは涼一って…それって…それって…。 「 ん? おい、どうした?」 「 悪者は……」 「 は?」 「 悪者は俺の方かよ…」 茫然と呟く俺に、アホが呆れたような声を出した。 「 はあ? おい、一体何ぶつぶつ言ってんだ、大丈夫か? お前最近ヘンだぞ?」 「 ……るせえ…」 「 あ? 何? だから悩みがあるなら俺が聞いてやるって言っ…」 「 成敗(蹴)!!」 「 いてえっ!!」 結局。 ……俺はその日、残りの講義も何もかもうちゃって、家に帰って不貞寝した。 馬鹿な妹が帰ってきたら昨日の2万は返してもらおうと思いながら…。 |
★ |
【完】 |