「きみのは」(おまけ)



  その夜、同じ「はじめ」である創に「名前呼び」を懸けてチェス勝負をした藤堂は、さらに打ちのめされることになって心身ともにズタボロであった。創がチェスを趣味にしていることも知らずに「君の好きな物で勝負してやる!」などと格好つけたのがそもそもの間違いなのだが、未だに繰り広げられている宴会から一人とぼとぼと出てきたのも、いい加減疲れてしまったからだ。
「藤堂」
「桐野…?」
  その時である。
  後ろから慌てて追ってきた雪也の存在に、藤堂は不思議そうに首をかしげた。よくやたらと絡む涼一から離れて来られたなと単純に不思議だった。
「どうしたんだ?」
「あ、あのさ。何か今日はごめんな。その…大丈夫?」
「はは……平気さ。打ちのめされることには慣れているんだ」
  それは藤堂の卑屈でも何でもない単なる事実だったのだが、お人よしな雪也に衝撃を与えるには十分だった。
「本当にごめん! その、涼一も悪気があるわけじゃなくて、その、創……あ、あっちの創だけど。ちょっと相性が悪いというか何というかで……」
「別に桐野が謝ることじゃないだろ。でも知らなかったよ、あいつがあんなに嫌う人間がいるなんてさ。しかも、俺と同じ名前の創さんだろ? それで俺をはじめと呼ぶのが嫌だなんて、あいつも無茶苦茶なんだよなぁ」
「うん…。あの、それでさ。俺は、嫌じゃないし。藤堂さえよければ、これからは名前で呼んでもいいかな?」
「え?」
  雪也の突然のその申し出に藤堂は目を丸くした。
「本当か? ……けど、やめた方がいいぞ。涼一がまたどんだけ怒るか分かんねーし」
  あいつ何だってあんなムキになるのかなと藤堂は苦笑しながら呟いたのだが、それによって雪也は余計急いたようになって珍しく強引な口調で言った。
「大丈夫だよ、涼一には俺から言っておくから。だから藤堂……じゃ、なかった。えっと……、はじめ?」
「う、うーん……」
「な、何?」
「うん。あのさ、桐野って、あの創さんのことを創って呼んでいるだろ? だから何かやっぱり被るし。今呼ばれても、あの人を呼んでいるみたいな感じがするんだよな」
「そ、そっか…」
「だから俺は呼び捨てじゃなくていいや」
「え、じゃあ、何て呼べばいい?」
「『はじめちゃん』とかどうかな?」
「はじめちゃん」
「うん。もっかい呼んでくれるか?」
  藤堂のこれら一連のやり取りに悪気やおふざけは全くない。
  本当に「はじめ」と呼ばれてもぴんとこなかったのだ。散々、涼一の部屋で雪也が創を「創」と呼んでいるのを聞いていたので。
  だったら家族も普段からそう呼んでいる「ちゃん」呼びの方がしっくりくるのではと思っただけである。
「うん、いいよ。はじめちゃん、だね。はは、何か照れるね」
「いやあ、嬉しいよ。さんきゅうな、桐野」
「そんな、これくらい。じゃあ、また明日。――はじめちゃん」
「うわっほい! す、凄くいいな! 今の!」
「え? そ、そう?」
「もう一回言ってくれるか?」
「ええ? う、うん、分かった。えっと……、はじめちゃん?」
「きゃっほー! いいねいいねえ! ダチに名前呼び! ちゃん付け! 何かこう、浮かれた気持ちになるな!」
「ほ、本当? 良かった」
「うん! 何かこう、この暗闇の中ぱあっと光が差し込んだような!?」
  街灯と月明かりの下、藤堂がおどけたようにそう言って雪也に笑いかける。
  だがしかし。

「そんなに浮かれた気持ちなら、東京湾に沈めても浮かんでくるな」

「……は?」
「りょ……!」
  ……さっきまで神々しく明るいとすら感じていた夜の月光が、不意に暗い雲によって隠されたのはその後すぐのことであった。
  暗闇の中、突如藤堂たちの前に立ちはだかったのは暗黒王子・涼一。
「こんな夜道で雪と2人……しかもお前は……ちゃ……ちゃん付け……!」
「!!!!!」
「涼一!!」
  未だ状況が呑み込めない藤堂の耳に、雪也の切羽詰まった声が響く。

 ――この後藤堂はじめちゃんがどうなったのか……それは闇のみぞ知る。




今度こそ終わり


雪也に「はじめちゃん」って呼んでもらえたからいいよね;;
え?ダメ…汗?


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追伸…今回の企画「君の名は」で藤堂の名前を考えて下さり、トップ賞になられたロビン様へ。
もし小説のリクエストがあるようでしたら、企画終了1年後の2012年5月15日迄にご連絡頂けますと幸いです。
ご連絡がない場合はリクエスト権は消滅しますので何卒ご了承下さい。