揺れる光2 |
シュウイチは、そこにライナスがいなくて驚いた。 「………?」 いつもライナスはシュウイチが目覚める時には必ずいた。日中は「待っていて」と言い残して何処かへ出掛けて行くことがあったが、少なくともシュウイチに何も言わず姿を消すことはなかった。 「ライナス…」 予想していなかった状況に置かれたことで、シュウイチは思わずライナスの名を呼んだ。 しかし深く暗い洞の中で、その声は虚しく反射するだけ。近くに「恋人」の気配は全く感じられなかった。 シュウイチとライナスが、ライナスの元いた集落からずっと離れたこの場所―深い洞窟の中―たった2人で暮らすようになってから、もう大分経つ。何日、何か月が過ぎたのかはシュウイチにも分からなかったが、集落にいた頃は首筋にかかるくらいの長さだった黒髪が、今では肩に触れる程度にまで伸びている。ライナスはそれをよく「キレイ」と言ってしつこく触れてきたが、シュウイチにしてみれば、伸びた髪は自分がますます「女」になったようで嫌だった。 だからほとんど無意識にではあったが、最近は無造作に抜毛する癖がついていた。 「痛…」 ゆっくりと動いたつもりだったのに、上体を起こした拍子にズキンとした痛みが全身を巡った。頭も痛い。ライナスはシュウイチの寝床だけはいつもとても丁寧に整えてくれたが、ごつごつした岩肌から身体を守ることができても、ライナスからの求め自体がなくなるわけではない。シュウイチの身体はいつでもひどく疲弊していた。 そう、シュウイチにとってライナスとの度重なるセックスが、そもそもストレスの一つだった。もう慣れた行為だと割り切っているつもりだし、実際今は男同士とか何だとかは全く気にならない――と、シュウイチ自身思う。けれども、ライナスの執拗なまでの愛撫や、達するまでの異様なほど長く感じられる時間は、やはり「嫌だ」と感じていた。ライナスはしつこい。ライナスの執着が怖い。自分のことをひどく気に入ってくれているのだろうことはシュウイチにも痛いほどに分かる。また、シュウイチ自身にとって、ライナスという存在が日に日に大きくなっているのも事実だ。けれど――。 シュウイチは心からライナスを受け入れられない。だからこそ、身体だけでなく、いつでも心が痛かった。 ただ、シュウイチにはライナスしかいない。 (……ならライナスは? 俺がいなくても、平気かな…) 独りきりの洞で、シュウイチはぼんやりとそれを思った。 この未知なる世界において、シュウイチの命綱はライナスだけだ。実質的に彼がいなければシュウイチは生きて行けない。狩りも出来ないし、作物を育てる知識も、道具もない。それを作り得る技術もない。何より、この深い森の中で身を守るだけの力がない。 けれどライナスは違う。「そういった点」において、彼は別段シュウイチがいなくとも生きて行ける。元々は大きな集落でそこに棲む男たちをとりまとめていた実力者だし、例え身ひとつでも、生き抜く術はいくらでも心得ている。 また、女性優勢とするこの世にあっても、ライナスはその女たちに気に入られ、優遇されていた。シュウイチのせいで彼はその特権すら捨てようとしたが、恐らくはあの大きな頬の傷を見ても、まだ彼を大切にしようとする貴族の女は少なくない。 その証拠に、ライナスは時々こうして姿を消しては、その後には決まって、森の中では手に入れられない豪華な食事を運んでくる。ライナスが夜のこの時間にいないことが初めてだったから目覚めた直後こそ戸惑ったけれど、きっと都へ行っているのだろうことはシュウイチにもすぐに察せられた。そしてそのことを……恐らくはそこで行われるであろうライナスと女たちとの営みを、シュウイチは当然のこととして受け入れている。 そう、むしろ、ライナスがずっとここでシュウイチとだけ向き合う暮らしを選んだとしたら、きっとシュウイチは今よりもっと耐えられない。ライナスが集落を、長く共に暮らしてきた仲間を捨てたのは、自分のせいだとシュウイチには分かっている。だから、あのまま彼が他人との繋がりを一切断ってしまったとしたら――…それはとても恐ろしいことだと、シュウイチは率直に感じていた。 (けど……夜に独りって、さみしいもんだな……) それでも、膝を抱えてそこに顔を埋めたシュウイチは、そうも思った。 いつもはライナスを鬱陶しく感じることもあるし、あまりに近づかれるとあの大きな体躯を恐ろしいと思うのに。いざこうして、温かなあの抱擁がないと思うと、「さみしい」と感じる。我ながら勝手なものだと思って、シュウイチは自嘲した。 それからシュウイチは暫し考えた後、洞を出てみることにした。もう一度横になることも考えないではなかったが、このまま心細い想いを抱えてライナスを待ち続けることを思うと憂鬱だったし、何より目覚めてしまった今、汚れた身体を洗いたかった。いつも行為の後はライナスが近場の泉から水を汲んできてシュウイチの身体を拭いてくれるし、実際今夜もそうしてもらったようだったが、ふと目についた一つの鬱血痕に、「偶には自分で身体を清めたい」という気持ちが高まった。 傍にあった薄布を腰だけに纏い、シュウイチはおぼつかない足取りながら洞の外へ出た。 まだ夜明けまで間があるかと思っていたが、遠くの空はもう大分明るくなっている。シュウイチはほっとした。ライナスはいつも折に触れ、森の中を独りで歩いては駄目だと言っていたけれど、これなら独りでもあの泉へ行くくらいは出来るだろうと思った。泉までは然程の距離もないはずだ。 ――そう、思っていたのに。 「………バカだ」 幾らか歩いてみたところでシュウイチはぴたりと足を止め、呟いた。 目的の場所は一向に見えない。思えばここは、ずっと同じような木々に囲まれ、道らしい道もない。普段とて周りを意識して歩いたこともない。いつもライナスに手を引かれて受動的に動くだけだった。そんな状態で、どうして簡単に行きつけるなどと考えたのだろう。 いよいよ空が明るくなり始めた頃、ようやくシュウイチは自分が完全に道に迷ったことに気が付いた。 「バカみたいだ…」 同じ言葉をもう一度、シュウイチは実に平板な口調で繰り返した。迷子になったことに対する焦りや途惑いはない。「困ったな」とは思うが狼狽はない。そんな気持ちを他人事のように確認していると、遠くから微か自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、シュウイチはハッとした。 正確に言えば、それは本当の自分の名ではなかったが。 「シュリ!」 それは気のせいなどではなかった。 全く何というタイミングであろう。ちょうど迷ったことを自覚して立ち止まったシュウイチに呼応するように、その声の主はあっという間にやって来て、もう一度「その偽りの名」を叫んだ。それはひどく切羽詰まった「音」で、けれどシュウイチを見つけられたことに心底「安堵」する響きもあった。 「シュリ! 良かった!」 物凄い勢いで突進してきたライナスに、シュウイチはドキンッと心臓を鳴らして反射的に後退した……が、その全ての動きを封じる力で、ライナスはシュウイチを抱きしめた。 「シュリ! どこへ行こうとした!」 息が詰まるほどの抱擁。シュウイチを己の懐にぎゅうと閉じ込めて、ライナスは吐き出すようにそう言った。 「……っ」 シュウイチは抱き殺されるのではという圧迫感で息を詰まらせながらも、何とかライナスの背に手を回してバンバンとそこを叩いた。ライナスはいつも興奮すると子どものように加減を知らない暴走を見せる。そういうところがシュウイチには嫌だし、怖いのに。 もっとも、ライナスは長く自我を通さない。シュウイチの抗議に気づくと、やや不服そうではあったが、素直に身体を離してきた。 それからシュウイチの両肩を擦り、改めて「シュリ」と自分がつけた名で呼びかける。 「一人で外へ出たら駄目だと言った」 怒った風ではないが、どこかいじけた気配は漂う。シュウイチはライナスから本気で怒られたことがない。軽く注意されることはあっても、基本ライナスはシュウイチの良いようにしようとする節が見られる。 ただ、今のように勝手に独りで行動するのは当然のようにNGだ。ライナスは未だに「あの時」、シュウイチを集落で独りにしたことを悔いているから。そうはっきりと口にしたわけではないが、それくらいはシュウイチにも分かった。ライナスは時々ひどく思いつめたような顔でシュウイチの頬を撫で、口元だけを微かに動かす。何と言っているのかは分からない。元々こちらの言葉にまだ十分慣れていないというのもある。長い言い回しや、そもそもライナスが教えてくれない言葉の意味はいつまで経っても分からない。 ただ、予想はできる。恐らくは謝っているのだろう、そんな空気をよく感じる。 「シュリ。戻ろう」 何も言わないシュウイチにライナスが言った。少し焦れた風ではある。ぐっと掴まれた手首に痛みを感じ、シュウイチはここで初めてむっとした顔でライナスを見上げた。 そして唐突に、ライナスに逆らいたくなった。 そんなことをしては「生きて行けない」と分かっているのに。 「俺……戻りたくない」 「シュリ?」 「手、痛い! 離せ!」 乱暴に振り払って、シュウイチは叩きつけるようにそう言った。無論、そんな所作で本来ならばライナスからの拘束が解けるわけはない。それは偏に、シュウイチの意思を組んでライナスが手を離してくれたからこそ叶った解放だ。 それも承知の上で、シュウイチは再度ライナスを睨んでから、黙ってその横を通り過ぎた。 「シュリ。どこへ行く」 ライナスが背後から戸惑ったように訊いた。後をついてくる。それが癇に障って、シュウイチは「ついてくるな」と言った。ただその声は思った以上にか細かった。やはり迷子になっていたことに幾分か不安を感じていたのかもしれない。だから、ライナスに「ついてきて欲しくない」と思っているくせに、「目を離して欲しくない」とも思った。 そんな情けない自分が分かって、シュウイチはますます居た堪れなくなった。 「シュリ」 そんなシュウイチの不安定な心が読めたのだろうか。ライナスも同じように不安そうな声で「どうした」と問いかける。 「……なにが」 シュウイチは振り返らないままに、その声を拾って訊き返した。 するとライナスはすぐに答えた。 「シュリ、怒っているのか? 俺のことを怒ってる?」 「……怒ってないよ」 「じゃあ何故。どこへ行く気だ?」 「……分からない」 「分からない?」 「だって俺は……どこへも行けない。この世界の、どこへ行くこともできない」 この森からすら出られない。 泉に行くくらい簡単だと思ったのに。それすら迷って、嫌いなはずのライナスが探しに来てくれたことに本当はほっとした。でもそんな自分を認めたくなくて、腹が立っているから、そのライナスにこうして八つ当たっている。ウンザリだ。こんな自分はもう見たくない。 「あの世界」のことだけでなく、自分自身のことまで全部忘れてしまえたらいいのに。 ぶつり、ぶつりと。 知らぬ間にまた髪の毛を引き抜き、シュウイチは指に絡んだそれらを疎ましく思いながら乱暴に手を振った。 「シュリ」 その後も闇雲に足を動かし続けるシュウイチに、ライナスがやや強い口調で呼んだ。恐らくはライナスを無視して歩き続けていることだけではない、今の行為を咎めてもいるのだ。 ただ、シュウイチを強引に捕まえようともしない。そうして暫く後をついて歩いた後、ようやっとライナスはまた口を開いた。 「この先はもう崖しかない。行き止まりだ。戻ろう、シュリ」 「戻る? どこへ?」 「俺たちの家だ」 きっぱりとしたその応えにシュウイチは失笑した。 「あんな所は家じゃない。俺は熊や狼じゃない。あんな暗い洞窟の奥でずっと暮らすなんて嫌だ」 「シュリ」 ライナスが驚いたような声を出した。今までシュウイチがそういった生活面での不満を述べたことがなかったから意表をつかれたというのもあるかもしれない。これまでとて、ライナスは事あるごとに、シュウイチに今のねぐらの居心地を聞いては、シュウイチさえ望むなら集落にあったような家屋を造ってもいいし、都近くの隠れ家へ連れて行ってもいいという話をしていた。ライナスは良くしてくれている女から集落とは別の家を貰っていて、以前はそこで独りの時間を過ごすこともあったというのだ。…ただ、ライナスの本心としては、シュウイチがその申し出を受けずに、今の暮らしを選んでくれたことは素直に嬉しかっただろう。隠れ家とは言え、ライナスは都近くにシュウイチを連れて行くことは嫌だろうから。 実際、シュウイチに食事や棲み処のことで不満などなかった。今さら文明の近くに行きたいとも、屋根のある家に住みたいとも思わない。 だから言ってみれば今のはただの愚痴だ。ライナスを困らせたいが為の。 「俺はライナスと一緒にいるのが嫌だ」 シュウイチはぴたりと止まって一気に言った。ライナスが言う通り、突き進んだ先は切り立った崖の上で、その先はなかった。遥か下方には細く緩やかな川が流れているのが見えたが、恐らくここから落ちては命がないだろう。 それを見下ろして薄く笑いながら、シュウイチは後ろにライナスの気配を感じつつ、尚言った。 「近づいたら、ここから落ちる」 そうしてくるりと振り返り、シュウイチはショックで目を見開きその場で固まっているライナスを見て泣き笑いのような顔を見せた。 「俺が死んだ方がライナスも肩の荷がおりるだろ。集落に戻るなり、都へ行くなりすればいい。その方があんたは幸せだ」 「……シュリ?」 「俺と一緒で何が楽しい? 俺はあんたに何もしていない、何であんたが俺に執着するのか分からない…。ただ毎日セックスして、キスして。それだけだ…それだけ。何か意味あるのか? そんな毎日に意味がある?」 もう忘れてしまったかと思った「向こうの世界」の言葉がすらすらと口をついて出た。ライナスは眉をひそめている。何を言っているのか分からないだろうから当然だろう。 ただ、シュウイチが情緒不安定に何事か乱れているのは見ていたら分かるのだろう、ライナスは不用意に近づくことはせず、ただゆっくりと腕を差し出して「おいで」とだけ言った。まるで聞き分けのない仔犬を呼ぶような優しい眼差しで。 「シュリ。帰ろう」 「帰らないって言っただろ…。あんたも帰ってこなければ良かった…」 「やっぱり、何も言わずに離れていたことを怒っているんだな。すまなかった。よく眠っていたから起こしたくなかった。もうしない」 「どうでもいい…そんなこと…」 「シュリ」 「いなくていい! もう俺の傍にいなくていいから!」 「シュリ!」 「何でいる! もう近づくな、もう来るなよ! もう…嫌だ!」 「シュリ」 「嫌だ……」 倒れ込んで頭を抱えるシュウイチにライナスがすかさず歩み寄って抱きしめてきた。シュウイチはそれにめちゃくちゃ暴れて「触るな!」と叫んだが、ライナスは頑として言うことを聞かず、それどころかより一層強く抱きしめて、無理やりシュウイチの唇を自らのそれで塞いだ。 「…ん、んぅ…っ」 シュウイチは腕を振り上げてライナスを叩こうとしたが、それも叶わない。無理やりされた口づけで余計に頭がカッとなった。 それでも多分、待っていたのはこの抱擁だった。目が覚めた時、ライナスがいなかったことなどどうでもいいと思っていたはずなのに……こうして強く求められることに、どこかで泣きたくなるほど安心していた。 まだ自分の意味があるような気がして。 そんなものは錯覚だと思うのに。 「……いやだ」 そっと唇を離されて、シュウイチはようやくそう言った。涙が滲んで、きっと情けない姿を晒している。その自覚はあったが、ぼやけた視界を必死にライナスの方へ向け、シュウイチは嗚咽を漏らしながらライナスに「もういやだ」と訴えた。 「シュリ」 ライナスは必死に額を撫で、そこにもキスをして、赤子をあやすように背中を擦りもした。そうしてまた慰めるようにキスをしてくる。違う、そうじゃないと思うのに、シュウイチはもうそれに逆らうことが出来なくなって、ただ「いやだ、いやだ」と駄々をこねた。 それでもライナスは止めなかった。まるでシュウイチの本心はそうじゃないだろうと確信しているように。シュウイチにしてみればとんだ自惚れ屋だ。どうして愛されていると思えるのだろうか、こんなにも冷たくして、こんなにも拒絶しているのに。否、もしかするとこの男にシュウイチの意思など関係ないのかもしれない。ただ自分がそうしたいからしているのかも。それをちらと思って、けれどもシュウイチはふっと自嘲して目を瞑った。 多分それも正解ではない。ライナスはいつでもシュウイチの様子を窺ってから触れてきていた。あの集落にいた時だって、シュウイチが男たちに手を出されるまで、ライナス自身はシュウイチに指一本触れてくることはなかったのだ。 それでもずっと優しくして、傍にいてくれた。 男たちに蹂躙されたあの夜だけ、狂ったようにシュウイチを求めてきたあの夜だけ。あれは確かにシュウイチが望むものではなかったけれど。一方で、あの獣達の痕を消して欲しいとシュウイチが願っていたのもまた確かなことのように思われた。 そう考えると、ライナスはこれまで全てシュウイチの良いようにしか動いていなかったとも言える。そんなわけはない、この男は酷いと。そうも思おうとしているのに、今のシュウイチにはその思考が働かない。 全く不可解な男。分からない男。ただそれだけを思って、シュウイチはライナスの愛撫に溺れる。 「シュリ」 ライナスがシュウイチを呼びながら腰布に手を当てた。それはいとも簡単に取り払われて、シュウイチはあっという間に丸裸となる。キスをされながら性器に触れられ、身体のあちこちにライナスの舌が這う。 「んっ…や…」 乳首を執拗に舐られ、シュウイチは眉をひそめた。するとライナスは一旦離れてシュウイチの鼻先に軽いキスを降らせた。シュウイチがそれに薄っすら目を開けてライナスと視線を交わすと、ライナスはやはりどこか泣きそうな顔をしていたが、やがて綺麗に笑い、今度は唇を深く合わせてきた。 「ふ…ん、ん…」 許可していない、自分はそんなものは許可していない。 シュウイチはそう思うのに、ライナスの求めに呼応するように、自らも舌を差し出した。 深く絡め合って夢中になっていると、またライナスが身体を擦りつけてきた。シュウイチの性はそれに伴い熱くなり、ライナスの手を退けて自分で慰めようとした…が、それが叶う前に、シュウイチはライナスからその場に押し倒されてぐいと片足を掲げさせられた。いつもの儀式だ。そのままひざ裏を掴まれ、身体を折り曲げられる。ライナスに全てを見られ、暴かれる。シュウイチはライナスの猛った雄に、勢いよく自らの深奥を貫かれた。 「アアァ―ッ!」 最初の衝撃こそ凄まじかったが、昨晩散々慣らされていたせいか、シュウイチはライナスをいとも簡単に飲み込んだ。 「イッ…あっ、あ、あっ!」 その後はもうライナスに託すだけ。もうライナスの為だけの器のようだ。 「ひっ…やっ…あ、あんっ」 奥を散々に突かれ、身体全部を激しく揺さぶられた。しんとした森の中で、シュウイチはライナスに挿入されることによって出る粘着質な音を耳に入れつつ、自らもまたその音に併せるようにして啼いた。 「やぁ、あっ、あ、あ…!」 「フッ…ハッ…シュリ、シュリ…!」 ライナスの息も荒い。それでもライナスは止まらず、しきりに見事な巨漢を揺らし、その腰を性急に動かし続けた。そんなライナスにひざ裏を掴まれているせいで、シュウイチは逃げることもできない。ただ揺さぶられまくるだけだ。 「ひあ! アんッ、あ、あンッ!」 ひっきりなしに漏れ出る声に、何より全身を貫かれる衝撃に、シュウイチは頭が爆発するかと思った。もう何も考えられない。ただ、ライナスだけ。ライナスだけが自分の身体を全て浸食してくる。全部を喰われてしまう。怖い。 でももう、どうでもいい。 心も全部、この男に預けてしまえたら。 「――……ッ!」 そう感じた瞬間。 しきりにライナスによって扱かれていた性器が限界に達し、シュウイチは中にいるライナスよりも先に白濁の汁を勢いよく散らした。 「ハァ…ハァ…あ、あ…? あっ、ライナス…ッ!」 「シュリ――ッ」 そして、その後に。ライナスが小さく呼んで、直後微かに呻いたような気がシュウイチにはした。いつもと同じだ。シュウイチが果てることによって、ライナスもようやく許されたようにその性をシュウイチの中へと注ぎこむ。熱いそれは、まさに際限がないようだ。 こんな行為。 「ハァ……本当に……バカ、みたいだ…」 一筋の涙を零して、シュウイチは吐息と共にそう言った。 そうだ、こんなこと。まるで意味がない。 「…………」 ただ、そう思うのに、思っているはずなのに。シュウイチは自分の上に覆いかぶさる大男をじっと見つめた。 「……シュリ」 ライナスの方はとうにシュウイチを見つめていた。そしてその端正な顔はゆっくりとおりてきて、シュウイチの唇を再度捉えた。しきりに口を吸われ、中にも何度となく舌を入れられる。シュウイチがそれを押し返すようにすると、ようやくその長い口づけは終わった。 「……もういいだろ。早く抜いて」 シュウイチが未だ自分の中に入ったままのライナスに言った。ライナスはそれに残念そうな顔をしたものの、すぐに言うことを聞いて、そのままシュウイチを抱き起こし、自らの懐へ抱えこんだ。それからシュウイチの首筋に鼻先を埋め、「シュリ」と愛おしそうな声で呼んだ。 「シュリ。機嫌は直った?」 「………なにそれ」 首筋にキスをされながらシュウイチはライナスの言葉に力なく笑った。 ライナスはそんなシュウイチを愛しそうに見ながらも真剣な口調で訊ねた。 「俺から離れたいなんて、もう言わない?」 「………」 「言わないな?」 「言うよ」 むっとして言い返すと、ライナスは困ったようになってから、再度シュウイチの唇にキスをした。シュウイチがそれを嫌がるようにして顔を背けると、ライナスは、今度はやや強引に、シュウイチの顎先を摘まんで自分の方へと向かせた。 シュウイチがそれに驚いて目を見開くと、ライナスは首をかしげた後、やはり優しい目をして言った。 「俺はシュリといるのが幸せだ」 「……え」 「シュリの国のことばを、俺も覚えよう」 「何、言ってる…」 驚いて掠れ声しか出せないシュウイチに、ライナスはゆっくり手を握ると、その指先にとても真摯なキスをした。 そして誓った。 「大丈夫。どこへも行かない」 「何…何を…」 「大丈夫」 尚も戸惑うシュウイチにライナスはさらに力強く告げた。 「シュリ。もし俺に何かあっても、必ず戻る。必ず戻って――シュリを殺してから、俺も死ぬ。だから安心しろ」 「………」 思わず絶句し、シュウイチはライナスを凝視した。自分の瞳をじっと食い入るように覗きこむ、その目の前の男の顔を、息することも忘れて。 そうしてシュウイチは、ややあって一言。 「……怖いこと、言うね」 ようやくそれだけ言えた。 「怖いか?」 「…………いや」 けれど、確かに。 確かに、その方が安心かもしれない。 今の自分が持ち得る唯一の「安心」。 「うん…。じゃあそれでいいよ…それで…」 だからシュウイチはこてんとライナスの胸にしなだれかかり、はっと息を吐いた。そうか。その方が安心なのか。ポッと浮かんだ思考を胸に、シュウイチは目を瞑り、涙を堪えた。 ライナスの背に手は回さなかった。けれどライナスがぎゅっと抱きしめてくるその逞しい腕を、シュウイチはもう振り払うこともしなかった。 |
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