揺れる光 |
この世界では女性が絶対である。 国を治める王も女なら、その側近や兵士も女性。王宮を囲むようにして存在する城下街の住民もすべてが女だ。 唯一の例外として、高位の王族や貴族の女に気に入られた「ペット」の男が後宮という名の石塔に入れられるが、そこですら長期の滞在は認められない。どんな男も、基本的には城下から離れた集落に住み、女たちとは一定の距離を取ることが求められる。そうして上からお呼びがかかった時や、規定の手順に則った手続きが踏まれた時にのみ、王の住む都へ入ることが許された。 都では煌びやかな衣服に身を包んだ女たちが豊かな暮らしを営んでいたが、反して男たちの集落は貧しく、狭い土地で育てる作物や自然の中から作り出す生活道具も、そのほとんどが王への供物として徴収された。女たちから取られずに済む物は、ペットとして都へ上がった時に、彼女らが「秘密裡」に与えてくる贈答品だけだ。 だからシュウイチのいた集落でも、ライナスの“稼ぎ”はとても重要だった。そもそも、ライナスが女たちの求めに応じなければ、集落の存在自体が危うくなる。…従って、ライナスが執心するシュウイチを集落の男たちが厄介払いしたがるのは当然の帰結だった。 ********** シュウイチは「元いた世界での記憶」を日々失っていた。 “最後の風景”だけは鮮烈に覚えていたが、それも今では断片的なものになりつつある。 強烈な光と、見知らぬ子ども達の姿。 それが、映画フィルムの一コマとして本当に僅か、チラチラと脳裏を過ぎ去って行く…それだけ。 そして時を経るごとに、シュウイチは自分と深い関わりのあった人々―両親とか友人―の顔を、はっきり思い出せなくなっていた。 そうして、ただ酷い頭痛に悩まされる。 「シュリ。水を汲みに行こう」 朝が来て、ライナスがそう声をかけてきた。シュウイチとしてはまだ寝ていたかったが、フラフラしつつも何とか立ち上がった。水汲みとは言っても、ライナスが自分に仕事をさせる気がないことはもう分かっていた。ただ、死人のような青白い顔をした自分に、日の光を浴びさせたいだけなのだろうな、と。 「今日は良い天気で良かった。シュリ、嬉しいか?」 「うん…。雨よりは晴れの方が嬉しい」 この世界へ来た当初、シュウイチは彼らの言葉がまるで理解出来ず相当難儀した…が、今では共に生活する上で会話に困ることはほとんどない。それはシュウイチの、というより、ライナスの辛抱強い働きかけのお陰と言える。ライナスが心を閉ざすシュウイチを見捨てず何度も話しかけ、努めて言葉を教えようとしてくれたからこそ、彼はこの世界の言語を聞き取るだけでなく、自ら話すことも出来るようになったのだ。 無論、細かいニュアンスや長い話にはついていけないが、そこは現況、この2人にとってさしたる問題ではない。 「暑い…」 鬱蒼と茂るジャングルの中、ライナスとシュウイチは2人きりだった。 ライナスは170pのシュウイチより遥かに長身の、恐らくは200pはあろうかというほどの大男である。屈強なその体格に纏っているのは腰布だけで、手には木の枝を削って作った大きな弓矢が握られていた。一つ手に縛られた黒髪も背中にまで届くほど長く、彼のその姿は、一見するとシュウイチが昔社会の教科書で見た原始人のいでたちを彷彿とさせるものだった。実際、シュウイチが初めてライナスや、ライナスの集落に住む男たちを見た時は、何か大昔の時代を描いた映画の撮影現場にでも紛れ込んだのかと思ったほどだ。ライナスはその長い黒髪こそニホンジンであるシュウイチと同じであったが、瞳は鮮やかなブルーであり、彫りの深い、映画俳優のような端正な顔立ちをしていた。 頬にある深い切り傷にさえ目を瞑れば、という条件付きだが。 「シュリ。手を」 のろのろと歩いていたシュウイチに、ライナスが振り返ってそう言った。 歩幅が合わないからどうしても遅れを取る。それに、シュウイチは疲れきっていた。ライナスもそれが分かっていたから手を差し伸べたのだろうが、だったらもう少し眠らせてくれれば良かったのにと不満な気持ちが頭をもたげ、シュウイチはすぐにその手を取ることが出来なかった。 ≪お前は、森の泉で倒れていたんだ。どこから来た? 余所の集落の者か?≫ シュウイチがライナスと知り合ったのは約1年前だ。 つまり、シュウイチがライナスのいる“異世界”に紛れ込んだのも1年前ということになる。 ライナスは気絶し倒れていたシュウイチをすぐに「どこか異端」と感じて、いろいろ尋ねたらしいが、無論、当時のシュウイチにその言葉の意味は分からない。 “あの日”の午後。 シュウイチは高校の卒業式を前日に控え、学校で卒業式の予行演習をした帰りだった。 式のリハーサルなど何ということもない、それは酷くつまらないものだったが、その「仕事」を終えて、シュウイチは帰り道の河原沿いで何となく寄り道をして、何となく見知らぬ子どもたちが草原の上で遊ぶ姿をぼんやりと眺めていた。 そして、本当に平凡な中学、高校3年間だった――と思った。 特に幸せでも不幸でもない。普通、だ。きっと来月進む大学でも平々凡々な4年間を過ごすに違いない、そう確信していた。そしてその後はどこかの会社に就職して、そのうち結婚もして。あそこにいる子どもみたいな子どもを得て、きっと何事もない人生を全うするのだろうな……などと。シュウイチはおよそ18歳にしては老けたことを考え、しかし恐らくは果てしなく呑気な気持ちでその場に居座っていた。 “光”がシュウイチを襲ったのは、その直後だ。 それが本当にただの光だったのか、或いは別の何かだったのか。シュウイチには分からない。ただ、身体全部が物凄い力に引っ張られる感覚に襲われ、その衝撃に昏倒して――気づいた時には巨体のライナスに見下ろされていた。 そして、見知らぬ土地の、見知らぬ男たち。 ライナスがシュウイチを見つけて介抱してくれなければ、そのまま森の泉とやらで獣にでも喰われたか、或いは“異端”を恐れる集落の男たちに殺されていただろう。 そうならなかったことをシュウイチはライナスに感謝すべきなのか恨むべきなのか……未だ分からずにいる。 「シュリ。疲れていない?」 シュウイチの手をぎゅっと握ったライナスが訊いた。 シュウイチはこんな時いつもこっそり思う。ぼくの名前はシュリなんかじゃない、と。ただもう、それを訂正するのも疲れた。だから黙っている。恐らく「修一」という名前は彼や彼の国の人には言いにくいものなのだ、だから仕方がないと思う、けれど。 ライナスにそうやって違う名で呼ばれる度に、シュウイチは自分が自分であったあの世界での記憶を一つ、また一つと失っていた。 ≪シュリは無害だ。だからこの集落に置く。俺が面倒を見る≫ ライナスは集落で絶対的な力と発言権を持っていた。 ほとんど突然と言って良い体で現れたシュウイチを周りの「原始人」たちは当然のように恐れ、警戒したが、力のあるライナスが庇ってくれたことで、シュウイチはよその集落から捨てられた子として生かされた。 女性が圧倒的な力を持ち全てを支配するこの世界では、男性は見事なまでに無力だ。女は跡継ぎを作る為、或いは余興の為に気に入りの男を都へ呼んだが、基本的には使い捨てであり、同じ男を何度も呼ぶことは基本好ましくないと避けられていた。作った子どもも、男児であった場合はすぐに各集落へ捨てられるか、酷い時は殺されることもあった。 そのような男性蔑視の世であったが、ライナスのような美丈夫は頻繁に都へ上がるよう命じられるので、そういう時だけは彼も女が寄越した着物を纏って、貴族のような様相で出掛けて行った。自分を「ペット」と呼び、犬のように扱う女たちを、ライナスはじめ都へ呼ばれる大抵の男たちは嫌悪していたが、中には良い暮らしをさせてもらえると好んで着飾り、必死に媚びる者もいた。ただいずれにしろ、それらの行為が、自分や集落の生活を維持する為にしている「仕事」であるという認識は一致していた。 だからそのライナスがある日突然都行きを拒絶し、頬に傷を作ってまで身を守ろうとした時。 そのきっかけを作ったであろうシュウイチのことを、男たちは苦々しい想いで見つめやった。 「シュリ、着いた。ここで少し休んで行こう」 ライナスが泉の前で言った。やっと手首を離してくれて、シュウイチは心底ほっとした。ライナスの力はいつもとてつもなく強い。……しかし、逆らうことは出来ない。彼はシュウイチを大切にしてくれる唯一の人間だったから。 「シュリ。口づけを」 言って、ライナスはシュウイチの身体を引き寄せた。それから草地に胡坐をかいた自分の上に乗るようシュウイチのことを誘導する。シュウイチが素直にそうすると、直後、待っていられないというような激しい口づけが始まった。 ライナスはシュウイチの唇を激しく吸った。 「……ッ」 いつもの激しいそれに、シュウイチはついていくだけで精いっぱいだ。でも、少しでも嫌なそぶりを見せるとライナスが気にする。だから我慢しなくてはいけなかった。 「シュリ、シュリ」 ライナスの息遣いが激しくなった。彼は自分がシュウイチに着せた薄い衣服の中に手を入れ胸を撫で、その突起を執拗に擦った。シュウイチがそれに反応することがライナスにはもう分かっていた。と同時に、その行為に自身の身体がどんどんと高まっていくことも。 シュウイチが目を瞑り耐えるような息を漏らしたことで、ライナスは興奮したように自らも嘆息し、やがてシュウイチの服を乱暴に引きちぎった。そうして露わになった胸に直接唇を当て、ちゅうと赤ん坊のように吸い上げ、歯を立てた。 (痛い…) シュウイチは咄嗟にそう思った。ああもうダメだ、またこれが始まるんだ。そうも思った。それでも痛みだけは少しでも緩和したくて、シュウイチは堪らず「ライナス」とその名を呼んだ。 「……ああ」 するとライナスは安堵したように息を吐いた。普段そうやって呼ばれないから、ライナスはシュウイチが自らの名を呼ぶ時にはとても嬉しそうにした。 「ライナス」 だからシュウイチがもう一度呼ぶと、ライナスはぶるりと身体を震わせた。すでに彼の雄を示す象徴は信じられないほど昂ぶっている。上に乗っているシュウイチにもそれは分かり過ぎるほどに分かり、だからこそ余計に恐ろしかった。いつもの事とは言え、こんな猛ったモノを彼はシュウイチの中へ入れたがるのだ。そしてそういった行為に対し、シュウイチは彼を従順に受け入れ、彼を満足させねばならなかった。ライナスに全てを蹂躙される。なのに、逆らえない。 ≪お前が他の男たちも咥えたとなれば、ライナスもお前を嫌って、お前を女たちの元へ差し出す気になるだろう≫ それが彼らの言い分だった。 シュウイチが異世界での暮らしに慣れてきた頃、集落の男たちは、シュウイチを都の女たちに差し出してはどうかと、日々、ライナスに持ちかけるようになった。シュウイチは屈強な肉体こそ持たなかったが、白く透き通る肌に整った容貌を持ち併せており、都にはその手の器量に興味を示す女は多く存在していた。 シュウイチが貴族の女の何人かにでも気に入られれば、その分、集落へ送られる物資もより多くなる。 この提案に反対の意を唱えたのはライナスだけだった。シュウイチ自身ですら、集落の為なら仕方がないかなと思えた。自分だけが“タダ飯”を喰らっている状況が気まずくもあったし、正直なところ、都というものがどんな所か見てみたいという気持ちもあった。 男たちが話す都のイメージから、そこは如何にも恐ろしい所に思えたが、一方で自分が生きていた世界にまだ近いのではないかという印象も持っていた。 けれども、そうすることをライナスは決して許さなかった。 この頃、周囲からはもうとっくに「シュリはライナスの愛人」として認識されていた。当然だ、ライナスのシュウイチへの執心は誰が見ても明らかだったから。ただ、この時のライナスはまだシュウイチに触れることなど一切なかった。シュウイチを目に見えて大切にはしていたが、ライナスはシュウイチの指先一つ触れることをしなかったのだ。 だからシュウイチの初めてを奪ったのは、集落の乱暴な男たちだ。 ≪そもそもお前のせいでライナスは顔に傷をつけ、それで女たちから呼ばれる回数も減ったんだ。だからその分、お前が働け≫ 彼らの言い分はもっともだ、とシュウイチも思った。ライナスの自傷の責任まで取らされるのはどうかという気もしたが、本心から都へは差し出されてもいいと思っていた。…男たちに好き勝手身体を弄られるまでは。 ライナスの留守を狙って、男たちはシュウイチの身体を順繰りに犯した。もともと男だけの集落で、女との純粋な営みは禁忌とされている世界である、男を抱くことに何の抵抗もなかったに違いない。 男たちは初めてのシュウイチの態度を訝り、「随分と狭い穴」で、「ライナスは毎日可愛がっているわけではなかったのか」等口々に言い合った。そして、まるで奉仕の出来ないシュウイチを責め立てた。 訳の分からぬまま貫かれて、シュウイチは怒りと悔しさで頭がおかしくなりそうだった。多分、狂ってしまっても何ら不自然な状況ではなかった。第一、そうした方が楽になれるに決まっていた。 それが出来なかったのは、先に「狂われてしまった」からだ。 最初は獣の咆哮かと思った。 地面を揺らすほどの衝撃を感じた。実際揺さぶられていたからというのもあるかもしれないが、シュウイチはぐらぐらと揺れる視界の中、その悲痛過ぎる大声を聞いたことで、意識を失うことも出来なくなった。 ライナスはその場にいた集落の男たちをみんな殴り殺してしまった。 そしてぼろぼろになった裸のシュウイチを担ぎ、彼は泣きながらその集落を出て、もう二度とそこへ戻ることはしなかった。 「シュリ…綺麗…シュリ…可愛い」 ライナスはシュウイチの身体を舐め回しながら頬を染めてそう言った。まるで子どものような純粋な目で呟く。シュウイチは彼に抱かれ、その瞳を見ながら、ふと“あの最後の景色”を思い出した。無邪気に遊ぶ子どもたちの姿。何ということもない、日常のあの一コマを。 シュウイチにあの日々が取り戻されることはもうないだろう。この大きな男に抱かれて、そして抱き返して。2人だけの世界でこの生をまっとうするに違いない。 あの光がシュウイチを吸いこむことはもうないのだ。 「シュリ……」 ライナスがシュウイチの腰を浮かし、自らのモノをシュウイチの尻の中心に宛てがった。 「くっ…」 ゆっくりにとは言え、そそり立つ巨大なそれが中へズプリと埋め込まれる。再び上へ座るよう腰を落とすよう導かれて、シュウイチは「うあ…ッ」と悲鳴を上げた。その質量に耐えきれない。自然、涙が零れる。 「シュリ…!」 ライナスがはっとしてシュウイチを心配そうに見やった。そして同じように、自分もぽろりと涙を零した。あの夜と同じだった。男たちに次々貫かれて、ボー然と空を仰いでいたシュウイチを、彼は泣きながら、しかしあの男たちと同じように犯してきた。血だらけの手でシュウイチの頬を撫で、必死に謝りながら。そのくせ、シュウイチの足を思い切り開かせて、全てを貪るように。 月の光だけが頼りの、夜の森の中で。 「ライナス…痛い…痛い、から…」 彼が乱暴に腰を揺らしてきた為、シュウイチは思わず懇願した。ライナスははっとして、こくりと頷き、シュウイチの頬を撫でた。あの時の月夜ではない、むしろ陽光が降り注ぐ美しい泉の傍で。シュウイチにとっては真夜中にいるのとさしたる違いはなかったが。 そうして何も見えないと思っているうちに、シュウイチはライナスに犯されたまま体位を変えられ、濡れた草地に背中を押しつけられた。いつも隠されるようにして深い洞の奥にいるから、昨日の夜に雨が降ったことなど知らなかった。背中がチクチクして痛いとシュウイチは思った。 「シュリ……一緒にいこう」 ライナスが言った。シュウイチが薄っすら目を開けると、自分に覆いかぶさっているライナスと目があった。素直に頷くと、彼は痛々しい傷をつけた顔で、しかし綺麗に笑った。 「あ、あ、あっ…!」 ライナスの動きが速くなり、その振動に呼応するようにシュウイチは喘ぎ声を上げた。空を掴むようにしてからライナスの肩を掴む。それから、己の奥を突き続けるライナスを必死に見つめた。いつしかシュウイチのモノも腹の方にまで勃ち上がっている。ライナスはそれを認めると、あの大きく強い掌で一旦包み込むようにしてから、シュウイチの雄を勢いよく扱き上げた。 「ああぁッ!」 それでシュウイチがあっさり白濁の汁を噴き出すのはいつもの儀式。 それが行われることによって初めて、「許可」を受けたと言わんばかりに、ライナスが己のものをシュウイチの内部に吐き出すのである。 「あッ……ん…ッ…!」 中で達せられて、ぱちぱちと光る。 それはあの時とは違う光。 「ハァ…シュリ…シュリ……」 ライナスが荒く息を継ぎながらシュウイチを呼んだ。しかし応える前にもうその激しい口づけは始まった。 (ああ……また………) 何度も吸われては離れ、そしてまた塞がれる唇。シュウイチは虚ろな眼でライナスを見つめながら、やがて何ともなしにその傷ついた頬をゆるりと撫でた。 それから全てを受け入れ目を瞑る。すでに彼は再び勢いを得てシュウイチの身体を揺さぶり始めていた。もうライナスにされるがまま、だ。 何だっけ。 ライナスに抱かれながら感じる、ゆらゆらと揺れる眩しい光。それはもう強烈なあの光ではない。あれとは違う。 ただその光に当てられながらまた一つ、シュウイチはシュウイチである証明を忘れてしまうのだった。 |
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かずみんさん、企画参加ありがとうございました!