白鳥の湖



  昔むかし、ある国に、アークフリードという、とても美しい王子がおりました。年頃になった王子は王妃様から「次の舞踏会で結婚相手を見つけるよう」言われていましたが、「自分はまだ結婚などしたくない!」と思っていたので、とても憂鬱でした。
  そんな折、気晴らしに出掛けた白鳥狩りで、王子は信じられないものを目にします。
  王子が狩ろうとしていた白鳥たちは、森の奥の湖で羽を休め始めたのですが、日が落ちて辺りが暗くなり、その闇夜に月光が煌々と照らし出されたと思った途端、皆が皆、一斉に人間の姿へと変わったのです。
「これは一体…!」
  あまりのことに王子が驚き立ちすくむと、その姿に気づいた一人の老婆が近づいてきて、言いました。
「もしや貴方様は、ムゼーウス国のアークフリード様では…?」
「そ、そうですが…。貴方たちは…?」
  王子が老婆に問うと、彼女は悲しそうに、自分たちは隣国アウグストの者だが、ある時、悪魔アストロッドによって昼は白鳥の姿、夜は月の光が出る時だけ人間に戻る呪いをかけられたのだと言いました。
「わたくし達はともかく…国のご両親様から引き離されたテッド様がお可哀想で、おいたわしくて…」
「テッド?」
  王子が聞き返すと、「ばあや! 呪いのことを口にしては駄目だよ!」と慌てて駆け寄ってきた青年がいました。王子は思わず息をのみました。青年は自分と同じ年ごろのようでしたが、王子が今まで出会ったどの人間よりも美しく、これほどまでに惹かれる人を見たことがなかったのです。
  その青年は王子の前にまで来ると、すぐに頭を下げました。
「王子様、私の乳母が大変失礼を致しました。ですがどうか、一刻も早くご自分のお城へお帰り下さい。ここは冥界の入口。悪魔アストロッドが支配する呪われた領域です。深く踏み込めば貴方様にも呪いの禍が降りかかるやもしれません」
「で、ですが、貴方…いえ、貴方がたは? こちらの方のお話では、本当は皆さん人間なのに悪魔に呪いをかけられたと…」
「テッド様の美しさに嫉妬した悪魔がこの様な仕打ちを…! オウオウ…!」
「またばあやはそうやって泣いて僕を困らせる…。もう諦めなさいと言ったでしょう。見方を変えれば白鳥の姿も、あれはあれで楽しいじゃないか」
「テッド様は諦めが良過ぎます!」
  老婆は怒って走り去ってしまいました。テッドと呼ばれた青年はそれに深くため息をつきましたが、王子を振り返り見ると苦笑しながら無礼を謝りました。その一つ一つの仕草に王子は見入ってしまいます。これは一体どうしたことでしょう。何だか胸もドキドキします。
  その後もテッドは早く帰るよう王子を何度も急かしましたが、王子はもっとテッドと話したかったので頑として帰りませんでした。そうこうしている間に周りの人間たちも集まってきて、先ほどの老婆と同様、自分たちが白鳥になった最たる原因はテッドが悪魔にその美しさを妬まれて呪いをかけられたこと、自分たちはテッドの侍従だから彼と共にいられればそれで良いが、あまりにテッドが不憫だと口々に言いました。
「呪いを解くにはその悪魔を倒すしかないのですか」
  王子が訊くとテッドは驚いたように目を見開き、「人間が特殊な能力を持った悪魔に敵うわけがありません」と暗に危険な考えは持たぬよう釘を刺しました。
  それでも王子はテッドを何とか人間の姿に戻したいと思いました。王子はもうテッドに猛烈に惹かれていたのです。
「悪魔を倒さずとも呪いを解く方法は一つだけありますじゃ…」
  すると、先ほど去っていったはずの老婆が、またのそりと現れて王子に囁きました。
「テッド様が、これまで誰も愛したことのない者から永遠の愛を誓われれば良いのです。さすればテッド様も我々の呪いも解けると、アストロッドは言っていました」
「これまで誰も愛したことのない者から…?」
「でも、ここはアストロッドの息がかかった呪われた森の湖でしょ? テッドの姿を見ればどんな子も恋に落ちることは間違いないのだけれど、この森に迷いこむような華憐な乙女がそうそういるわけもなし、人間界へ戻れる昼間は白鳥になっているから、誰もテッドに振り向いてくれないの」
  老婆の言葉を付け加えるように、テッドの従姉を名乗る女性がため息交じりに言いました。
「で、では私が…私がその、愛を誓う者になります!」
  王子は思い切って言いました。辺りがシンと静まり返ります。王子は言った後、思わず赤面してしまいましたが、テッドがそれを取り繕う風に笑いかけ、首を振りました。
「王子様、お気持ちはとてもありがたいのですが、貴方も私も男ですよ」
「条件は、誰も愛しことのない者から≠ニいう1つだけでしょう? それなら私が当てはまりますし、ちょうど私も、母から望まぬ結婚をさせられるところだったのです。ですから今度の舞踏会へいらして下さい。その時、私は貴方に求婚します!」
「いやちょっと待って下さい、王子様…。貴方は一国の王子様で――」
「アークフリードと呼んで下さい、テッド! 僕は貴方のような美しい人と一緒になりたい!」
「結構暴走気味の王子様ね…」
  従姉が楽しそうな顔でぼそりと隣の老婆に囁きました。老婆もにやりと笑い、「こりゃー面白いことになりました」などと呟きます。先ほどの悲壮感はどこへやら、周りの者たちも一斉に、それはいい考えだ、テッド様、ここは王子様のご厚意に甘えましょう!などと言い出します。
  テッドだけが困惑して、「みんな、何を考えているの!?」とあたふたします。
  しかしそんな周囲の後押しもあり、王子はこの突然の決断にも意気揚々となり、高らかに宣言しました。
「皆さんもこう言ってくれているのです、テッド! あぁもう、舞踏会など待っていられない、今! 今言います! テッド! どうか私からの永遠の愛を受け取って下さい! 私は貴方を愛しています! どうですか、これで呪いは解けましたか!?」
「王子様、残念ながらこの湖で言ったことは無効よ。ここは人間界ではないから、ここから出た所で言って頂かないと」
「あ……そ、そうなのですか」
  王子は冷静に指摘するテッドの従姉にカッと頬を赤らめましたが、一度言ったことでより勇気が湧き、未だ戸惑っているテッドの両手を握りしめると熱っぽい視線を向けて繰り返しました。
「ですが私の気持ちは今お伝えした通りです。どうか私からの愛を受け取って下さい。舞踏会へは必ずお越し下さい。僕はずっと待っていますから!」
「あ、あの王子様…ですが私は――」
「待っていますから!」
  テッドの話を聞かず、王子は再度念を押すと颯爽と踵を返し、去って行ってしまいました。老婆は依然としてニヤニヤ笑い、テッドの従姉をはじめ、他の者たちもにこにこニマニマしています。テッドは呆れた風にそんな仲間を見渡しました。
「みんなどうしてあんなことを? あの人は大国の王子様なんだよ? 男同士で結婚なんて、許されるわけがないでしょう?」
「そんなことないわよ。愛は性別も家柄も超えるわ」
「そうでございますよ。そもそも、テッド様とて元はアウグスト王国の栄えある第十三王子様なのですから、あちらの王子様ともそこまで見劣りすることはございません」
「もう百年も前のことだし、とっくに死んだことになっているし。現役だったとしても大国の第一王子と小国の十三王子とじゃ、どのみち見劣りしまくりさ」
「もう、そんなことどうだっていいの! あたし達はただ、この事態を打開したいだけ! いつまで私達はこんな状態でいればいいの!?」
「そうですじゃ、テッド様! そろそろお目覚めなされよ!」
「み、みんな、いつもは別に白鳥の姿でもいいって言っているじゃないか。実はこの呪いにかけられたこと、ずっと悲しんでいたの?」
「そうじゃないわよ、本当に貴方はオニブさんと言うか何というか…」
「粗方話は聞かせてもらったぞ」
  その時、低く荘厳な声が聞こえて、テッドはじめ、周囲の人間たちはさっと黙りこみました。月夜を覆い、辺りが漆黒の闇に染まっていきます…。
  それでもその男の迫りくる影はくっきりと見ることができました。テッドは深く嘆息をし、その名を呼びました。
「アストロッド…」



  人間界に戻ったアークフリード王子は、あれほど嫌がっていた舞踏会の準備を嬉々として進め、「やっと妃を選ぶ気になったか」と母である現王妃を喜ばせました。その相手が隣国の(元)王子とは言え、男だったと知った時の落胆はいかほどでしょう。しかし浮かれている王子にその想いは至りません。
  舞踏会が始まり、様々な王族の姫や貴族の娘たちが王子からの踊りの誘い、つまりは求婚されるのを待ちましたが、王子は誰とも踊ろうとしません。ヤキモキする王妃にも、「もう心に決めた人がいるから、その人が来たら紹介する」の一点張りです。
  その時、あれほど晴れやかだった空に黒雲が覆い、一瞬、煌びやかな場内すら真っ暗になったかに思えました。そうして人々の視界が遮られたと思った直後、パっと再び辺りは華やいで、宮殿の入口に独りの騎士と美しい黒のドレスを纏った艶やかな姫君が現れました。王子は一瞬戸惑いましたが、その姫の姿を改めて認め、その美しさにハッとしました。ドレスを纏い、誰が見ても女性であるこの「姫」は、しかし変装したテッドに違いないと思ったのです。
  王子は急いで駆け寄ると、妖艶な笑みを浮かべる姫に一礼し、「私と踊って頂けませんか」と言いました。途端、周囲の人間たちがざわめきます。それを言うということはつまり、この姫こそが王子の想い人だと誰もが悟ったのです。
「わたくしの名はディールと申します。わたくしは貴方がお待ちしているテッドではございませんよ?」
  美女は丁寧にもそう言いました。しかし王子は激しく首を振ります。ディールなどと、それはこの姿に似つかわしくない男性の名前でしたし、テッドが照れ隠しで偽りの男性名を使ったとしか思えなかったのです。
「いや、君が私の待っていた人だ、間違いない。どうか私と踊って下さい。そして私からの永遠の愛をお受け取り下さい!」
  しかし王子が膝をつき、感極まったように逸った愛の言葉を紡いだ瞬間――。
「……ククク。バカな男」
 ディールと名乗ったドレスの女性はあっという間に溶けてなくなり、宮殿内は闇と嵐に包まれました。人々が悲鳴を上げ、そのあまりの豪風にまともに目を開けられない中、空を舞った、あのディールと共に現れた黒騎士が高く嘲り、王子に言い放ったのです。
「ハハハハ! 所詮貴様の愛などその程度のものだ! テッドではないと言っただろう!」
「お、お前はまさか…!?」
  驚愕する王子に黒騎士は高らかに宣言します。
「俺の名はアストロッド! 愚かな王子よ、ディールは俺がテッドに似せて作ったデク人形だ! お前は偽物に愛を誓った! これで俺がかけたテッドへの呪いをお前が解くことは永遠にない!」
「なっ…何だと…! あ…!」
  王子はハッとし、目を見開きました。宮殿内に巻き起こる嵐で視界は遮られているはずです。しかし王子の目前には、アストロッドの背後に広がる冥界の湖が透けて見え、そこから、この一部始終を見ていたであろうテッドが悲し気な顔で笑っているのが見えました。
  そうして、こうなることは全て分かっていたという風に王子へ向けて手を振り、テッドは背中を向けました。
「そんな、テッド! 私が悪かった、待ってくれ! うわあっ…!?」
  王子は叫びましたが、アストロッドが一息吹いただけの風でいとも簡単に吹き飛ばされます。剣を向けようにも、立つことすらままなりません。
  黒騎士の悪魔は嘲るように言いました。
「たかが人間がこの俺に勝てると思うか? 死にたくなければ、テッドには二度と構うな。次にその忌々しい顔を見せたら、この国ごと吹き飛ばしてやるからな!」
  アストロッドは王子だけでなく、国王・王妃をはじめ、宮殿内の人々にも言い聞かせるよう叫ぶと、そのまま風の中に消えて行ってしまいました。後に残ったのは恐ろしいほどの静寂と、悪魔が作ったという今や小さな、テッドを模したディール人形だけでした。
  王子は己の犯した過ちに後悔し、激しく打ちひしがれましたが、時すでに遅しです。



  一方、冥界へ戻って来た悪魔アストロッドは、その森の奥にある湖へ直行し、月光を浴びて人間の姿に戻ったばかりのテッドを見て口角を上げました。
「今回もお前の救世主は現れなかったな。いい加減に諦めたらどうだ?」
  アストロッドがそう言いながらテッドの横にどかりと腰をおろすと、湖の水辺に座って足を伸ばしていたテッドはその両足を擦りながらため息をつきました。
「別に僕は何もしていないよ。それより、どうしていつもあんな意地悪なこと、わざわざしに行くの? 僕ははなから舞踏会へ行く気なんかなかった。僕への求婚なんて一時の気の迷いなんだから、放っておけばあの王子様だってそのうち諦めてくれたのに」
「ふざけるな。俺の妻をかどわかしておいて、タダで済ませると思うか? あれでも大分優しい処置だ。宮殿を一つ、ぶっ壊して脅しをかけただけなのだからな」
  アストロッドはそう言ってテッドの肩に腕を回します。
  テッドはそれに心底嫌そうな顔をして腕を解こうとしますが、なかなか思うようにはいきません。それもそのはず、相手は絶対無敵の悪魔なのですから。
「もう百年も聞いているから、アストのそういう意地悪な冗談にもいい加減慣れたけど、君こそ、誰か綺麗な悪魔を御后に貰ったら? 毎日僕のところへ来るけど、気紛れで呪いをかけた人間に、よくこんな風に構い続けて飽きないね?」
「……お前もよく百年も一緒にいて、この俺の気持ちに気づかないな?」
  言いながらアストロッドはテッドのこめかみにキスしますが、テッドはいよいよそれを嫌がって、「だから、そういうからかいは嫌だってば!」と身体を必死に離そうとします。
  テッドの侍従や従姉たちは遠目からそれを慣れた目で観つつ、ハアァ〜と深いため息をつきました。
「今回も失敗でしたな」
「まったくあの王子、クソの役にも立たないじゃない! テッドのことを見間違えるわ、アストロッドには微塵も敵わないわ…! せめて決闘くらいにまでは持ち込んでもらいたかったけど、あの弱さじゃ、再びこの湖に辿り着くことすらできそうにないわね」
「毎度白鳥の姿になる度、めぼしい人間を誘い込みますけど、テッド様の美しさに誰もが骨抜きになっても、最後にはアストロッドに一撃でやられて終わりですからね」
「別にやられるのはいいけど、あの2人の仲をかき回すくらいの存在にはなってもらいたいのよね! 今回もテッドが恋に目覚める余地全然なかったじゃない!」
  テッドの従姉が地団駄踏んで悔しがります。乳母の老婆もヤレヤレと首を振ります。
「例によってヤキモチを妬いて、テッド様への想いを再確認したのは冥界の悪魔だけですからな…。そもそも、あの悪魔がとっとと素直にテッド様へ本気の求愛をすれば済むものを…」
「そうよ、元はアストロッドがヘタレなのがいけないのよね! テッドに一目惚れして無理やりここへ連れて来たくせに、まともな告白も出来ずに、いつまでもツン発言、意地悪なことばっかりしているから、テッドも悪魔の気紛れ、嫌がらせくらいにしか思っていないし!」
「テッド様も満更ではないと思うのですがなぁ…」
  見れば、確かにアストロッドが無理やり抱きしめるのを、テッドは「暑い、くっつきすぎ! また嫌がらせ!?」などと言いながらも、最後には諦めて抱きしめられています。一見、いちゃいちゃラブラブカップルです。
「こんなもんを百年も観させられて、まだくっつかない2人に付き合わされる私らの立場も考えて欲しいわよ、まったく」
「まぁ、お心もお姿もお美しい、我等にとって神に等しいテッド様が、あの王族の陰惨な政権争いに巻き込まれず、昼は自由な白鳥、夜も美しいこの湖の畔でのんびりお暮らしになれたことは良かったと思いますけどね」
  湖の傍で咲き誇る花の手入れをしながら、元王宮庭師が呑気に言いました。その近くでバーベキューの準備をしているコック長も同意とばかりに頷きます。
「ついでにあたしらも、あの悪魔さんから永遠の命を貰って、テッド様にずっとお仕えさせて頂ける栄誉に与りましたしなぁ。あんな王宮にいるより、こっちの方がよっぽど水にあってまさあ。料理の研究も続けられますし、ありがたいですわ」
「あたしたち侍女も、ずっとテッド様のお傍でテッド様の御髪を梳かせて頂いたり、お洋服を作ったり、幸せですわ」
「そりゃ私だって、こっちの世界の方が面白くて性に合っているけど…」
  でももどかしいのよ〜!と。唯一テッドと対等に口をきける従姉は歯がゆいとばかりに再びダンダンと足で地面を蹴ります。
  悪魔アストロッドは「テッドが寂しがらないように」と、テッドが心を許したこの従姉や乳母をはじめ、限られた人間数名を選んで呪いをかけたのですが、実は皆、そのことをとても感謝しています。
  しているのですけれど。
  いつまで経っても結ばれない、へたれな悪魔と鈍感な(元)王子の仲がとてもじれったいのです。
「おい、テッド。今夜は俺の新しい城へ連れて行ってやる。面白い仕掛けがたくさんあるんだ、どうだ、行きたいだろう? ありがたく思え?」
「え、別に僕、行きたくないよ。みんなと湖にいる方が好きだし」
「……! いいから来い! お前は俺がいつでも良いようにできる奴隷だ! 言うことを聞け! さ、さもなければ、あいつらにも酷いことをしてやるぞ、いいのか!?」
「……あぁ。またあの悪魔めが、ドツボにハマった発言しておりますぞ」
「脅さないでテッドをうまく誘う方法、この間教えてやったばっかりなのに!」
  乳母と従姉が呆れたように言い、またため息です。
  しかしそんなやりとりは、アストロッドには聞こえても、ただの人間であるテッドには距離があり過ぎて聞こえません。皆に酷いことをされてはたまらないと、テッドは渋々アストロッドを見上げます。
「分かったよ、行くよ。だから皆に酷いことはしないで?」
「……俺が一度でもあいつらに何かしたことあったかよ…」
「え、何? そうと決まれば、ほら行こうよ。君がいると、いつも皆がざわざわして不安そうだからさ」
「俺たちを観て野次馬根性出しているだけだ」
「ねえ、お城に行くのはいいけど、あんまり乱暴なことはなしだよ? アストはいつも強引だから」
「お前が素直になれば、優しくしてやる」
「僕はいつも素直だよ」
  テッドは少しふくれたような顔をしつつも、直後すぐに、ふっと笑って見せました。実はテッドはもうとっくにアストロッドを好きなのですが、やっぱりうまく言えずにいるだけなのです。
「ねえアスト。いい加減、冥府と人間界の境界線を閉じてしまえば? そうすれば人間が迷いこむこともなくなるからさ」
「駄目だ。お前が白鳥となって人間界へ行くことができなくなる。俺は飛んでいるお前を見るのも好きなんだ」
「ふーん。そうか」
  テッドはアストのこういう時だけ発する「好き」と言う言葉に嬉しくなります。
  けれどやっぱりそれも言えず。
「それじゃ、行こう?」
  テッドがすっと手を差し出すと、アストロッドはそんなテッドを抱えて飛び立ちました。その表情は悪魔とは思えぬほど緩く腑抜けています。

  こうして一人の悪魔と一人の人間の青年は、時に「人間界のモラトリアム男子」を巻き込みつつも、周りに祝福されながらいつまでも幸せに暮らしましたって。めでたし、めでたし。




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「人魚姫」の王子も大嫌いですが、この話の王子も胸糞過ぎます。リクエストを頂いた時、昔、アニメで観た時の怒り
を鮮明に思い出しました(笑)。舞踏会で見るからに「この人じゃない」って分かるし、ニセモノもわざわざ、「わたくし、
オデットではありませんよ?」って言ってあげてんのに、「いや君に間違いない!」とソッコー求婚してんですよ。
子ども心にも「何て奴!キーッ!」と、大変むかつきました(笑)。夢見る少女が白馬の王子に幻滅した瞬間です。
そんなわけで、あんな王子と結婚させるわけにはいきませぬ(笑)。書いてて楽しいリクエスト、感謝で〜す!