白雪姫



  昔むかし、ある田舎町に、とても大きくて煌びやかな学校がありました。そこは世界屈指のお金持ちの子どもが英才教育を受けるための秘密の学校で、その学び舎において「最も美しく、賢いと認められた者」は、将来「世界を制する」とまで言われていました。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この学校で1番美しく、賢いのはだ〜れ?」
「この学校でのナンバー1は貴方です、岩嶋(イワジマ)ヨル様」 
「やっほーい! やったぜ、今日も俺が1番だー!」
「…ヨルチャン。毎日こんな遊びしていて虚しくならない?」
「煩いっ。ささやかな現実逃避じゃないか、これくらいやらせろ!」
  むうっと頬を膨らませて怒ったのは「ヨル」という名の少年。
  また、ヨルを怒らせたのは、ルームメイトの「鏡(かがみ)フシギ」少年で、共に田舎町の秘密学校に所属している中学3年生です。
「はぁ、もうすぐ卒業だって言うのに、一度も1位になれないまま終わるなんてあり得ない…。大枚はたいてこの学校へ入れてくれたクニの父さんに何て申し開きすればいいんだ…」
「2位だって立派な成績だろ。あの白雪姫≠ノ勝つのは並大抵の努力じゃ難しいんだし、いい加減諦めて、もっと気楽に過ごせって」
「嫌だ! くそー、あいつさえいなければ…白雪姫が憎い!」
  ヨルはハンカチを口に咥えて大袈裟に悔しがります。ヨルの学年には「白雪姫」というあだ名で親しまれている、超絶可愛くて勉強もできる学園のアイドル・白雪(しらゆき)なる少年がいて、先生も生徒も彼をあらゆる分野での1番と認め、慕っています。ですから、今年度の卒業生代表、つまり、この学校のナンバー1と認められ、式で答辞を述べるのも彼であろうと皆が予想していました。
「今度の学年末テストが奴を倒すラストチャンスだ…。なぁ鏡。本番まで放課後毎日数学教えてくれよ」
「3位の俺に教わるとか、いいのかそれで」
「いいんだ、大事なのは総合結果だから。俺はお前に数学では勝てないけど、怠け者のお前が得点できない暗記科目では勝てるから、当面、お前は俺のライバルじゃない。俺の敵は白雪姫、ただ一人!」
  基本、ヨルは負けず嫌いな性格ですが、彼が対抗意識を燃やすのはいつでも白雪姫だけで、他の人間には、負けても大して悔しくありません。無論、いつも白雪姫が1番で、ヨルが2番だから必要以上に彼を意識するせいですが、実はヨルが「白雪姫に勝ちたい」理由はそれだけではありません。
「あいつさぁ…。可愛くて勉強できて、皆の人気者かもしれないけど。俺には凄くイヤな奴だよな。イヤミって言うか」
「そう? どこらへんが?」
  鏡少年が面白そうに目を見開くと、ヨルはそんな彼とは反対に、苦虫を噛み潰したような渋い顔で答えます。
「だってさ、こんなにライバル意識燃やして、お前に勝つ! お前が憎い!って公言している俺に、あいつは全然感じていない風に馴れ馴れしくしてきてさ…。何というか、無駄に俺と仲良くしようとしてくるあの態度って、所詮、俺なんか眼中にないって余裕の表れっていうか、嫌味なんじゃないか?って思えてさ」
「ふーん、そうか」
「第一、あの毎度絡んでくる感じ、俺には大迷惑でしかないよ。ほら、あいつの親衛隊いるじゃん? 7人の精鋭部隊。あいつらなんか、いつも俺が白雪に変なことしようとすんじゃないかって疑いの目で見てくるし。俺はただ実力テストであいつをぶっ倒そうと思っているだけなのに」
「確かにあの7人は面倒くさいから、お前も無駄に足元すくわれないように気をつけた方がいいかもな」
  これには鏡少年も真面目な顔で同意しました。ヨルは良い意味でも悪い意味でも正直過ぎるため、その真っ直ぐな言動に反感を抱く人間も少なくないのです。
「ならヨル。白雪には必要以上に近づくなよ。俺がいない時は特に」
「そりゃ必要もないのに近づかないよ。あいつのことなんか、俺だって顔も見たくないし」
「それなら、いい」
  それでも鏡少年は少し心配に思いました。ヨルと白雪は、これまでも望まずぶつかることが何かと多かったものですから。

  そんな話をした翌日。事件は早速起こりました。

「あ、ヨル君! 一緒に縄跳びしない?」
  昇降口から靴を履き替えて寮へ帰ろうとしているヨルに、校庭から駆けてきた白雪が嬉しそうにそう声を掛けてきました。その笑顔は屈託なく、まるで小さな子どものようです。
  ヨルは呆れて白雪を見ました。
「お前な…。中3にもなって縄跳びって何だよ。やだよ、やらねーよ」
「えー、何で! 僕、ヨル君とやりたいんだよ。みんなと大繩していても面白くないし!」
  こんな調子で、いつもこの「白雪姫」は、自分にライバル心を燃やすヨルに無頓着です。ヨルにとってはそれこそが無神経で、白雪を嫌いだと思う所以ですが、彼が厄介なのはそれだけではありません。「やらないったらやらない!」と断固として断っていると、そのことに白雪が泣きそうになり、途端、彼の取り巻き7人組がやってきて、「いじめか!」「ヨル、この野郎!」と言い出したのです。白雪にはたくさんのファンがついていますが、特にこの7人の親衛隊は、「姫」に心酔し、そんな姫を泣かせる人間を決して許しません。
「わ、分かったよ。じゃあ1回だけ。1回だけだぞ…」
  7人に一斉に責められて怯んだヨルは、仕方なく一度だけという約束で白雪との縄跳びに付き合ったのですが――。
「ぐええええ」
「うわー、ヨルが白雪姫の首を縄で締めたあ!」
「ち、ちがっ! こいつが変な絡まり方したからだ、事故だ事故!」
「いーや、わざとだ! この悪党めが! とんでもねえ奴だ!」
「無実だー!」
  事実は白雪が勝手に足にもつれさせ、こけた拍子に自分で持っていた縄跳びで自らの首を絞めたのです。ですが、ヨルがやったと7人が大騒ぎした為、ヨルはその後、先生たちから職員室でこっぴどく叱られました。幸い、白雪は無事でしたが、その後暫く、ヨルは「首吊り殺人のヨル」との汚名を着せられました。

  また、事件はそれだけで終わりません。

「あ、ヨル君! ねぇ見てみて、この髪。通いの美容師さんにカットしてもらったんだけど、どうかな?」
  またまた下校しようと廊下を歩いていたヨルに白雪が声をかけた日のことです。田舎町には美容院がありませんでしたので、良家の子息たちはそれぞれ専属のヘアメイクさんがいます。白雪もその日は特別にカットしてもらった髪が嬉しくて、それをヨルに見せたくて堪らず、声をかけてきたのでした。
  しかしライバルの髪型が多少変化したところで、そんなことはヨルに何の興味もありません。
「はいはい、どうせお前は可愛いよ。この学園1可愛いのは白雪姫さん、貴方です。これで満足か? けど次のテストでの1位は俺が貰うからな!」
「ヨル君、そんな風に言わないでよ。ねぇそれより、僕、美容師さんと話していて、将来はヘアメイクアーティストになるのもいいかなって。ヨル君、僕のモデルさん第一号になってくれない?」
「は…? お前、親父の跡継いで会社やるんじゃないのかよ」
「僕はそういうのに興味がないんだ。ねえ、だからヨル君、いいでしょ? ちょっと僕のモデルをやってよ」
「やだよ、俺、人に髪をいじられるの好きじゃないし」
「同室の鏡君にはよく触らせているじゃないか。僕知っているんだよ、君の制服のネクタイって毎日彼に締めてもらっているでしょ?」
「な、何でお前がそんなことを…」
  ヨルは不器用なので未だにネクタイを巧く締めることが出来ず、ルームメイトの鏡少年に手伝ってもらっていますが、そんな恥ずかしいことは彼と自分だけの秘密だったはずです。鏡が白雪姫の美しさに目が眩んでバラしたのかと思うと、許せない気持ちでした。
「お、お前、そのこと、他の誰かに言ったりしたか?」
「言ってないよ。でも、一緒に遊んでくれないと誰かに言っちゃうかも」
「て、てめえ…。分かった。けどモデルなんて、一回きりだぞ?」
「わあい!」
  しかし白雪姫が嬉々としてヨルの髪の毛を弄ろうとしたのも束の間――。
「ぐええええ」
「わあ! 白雪姫、大丈夫ですか!?」
「お、お前、白雪姫に何をした!?」
「む、無実だっ。俺は何も知らない、こいつが勝手に…!」
  わらわらと集まってきた親衛隊7人から責められても、ヨルにはさっぱり分かりません。事実は、白雪がヨルに使おうとしたヘアーワックスを大量に出し過ぎて、その香りに酔って倒れただけなのですが、「ヨルが姫に毒を盛った!」「美容道具に姑息な仕掛けをした!」等と言いがかりをつけられ、結局、その日も、職員室へ連行されて、「テスト前にふざけた遊びをしないように」と散々怒られてしまいました。白雪はその後、何事もなかったかのように復活しましたが、一時は仮死のような状態になった彼に皆が驚き、ヨルは「毒盛りのヨル」との異名を与えられました。

  このように、白雪がヨルに近づいてくると、いつもロクなことがありません。

「だからあの姫様には近寄るなって言っただろう?」
  部屋の勉強机でぐったり項垂れるヨル少年に、鏡少年が呆れたように言いました。
「違う、俺は近づいていないんだっ。あいつが勝手に寄ってくるんだよ! くそう、何であいつ、あんな風にいちいち俺に絡んでくるんだよ!?」
「……まぁ、一応ライバル認定されているからじゃないか? あいつが1番で、お前が2番なんだし」
「そうかな…。けどあいつ、卒業しても親の会社継ぐ気ないらしいし、俺と違ってこの学校で1番取る意味なんてないと思うんだけど」
「それより、お前の父親から仕送りが来たぞ」
「ん?」
  不意に話を変える鏡少年の指した方向には、なるほど確かに大きな段ボール箱がありました。ヨル少年がそれを開けると、中からは実に美味しそうなキラキラと輝く真っ赤なりんごがぎっしりと詰まっています。
「おぉー。美味そう」
「好きなだけやるよ。数学教えてくれているお礼」
「いいのか? ふふふ、やっぱりカガミさんとしては〜、この学園で1番、綺麗で賢いのは貴方です、ヨル様〜」
「はぁ、ありがとよ…。それより俺、テスト勉強しないと…」
「りんご、食べないのか?」
「後でいいよ。お前、面倒でなかったら、他の部屋の奴らにもこれ何個か配ってやって。こんなにたくさん、どうせ2人じゃ食べきれないし」
「別にいいけど。…あの白雪姫にはどうする?」
「はぁ!? あいつになんかやるわけねーだろ! あいつ抜きで!」
「そういうことすると、またあの7人から、いじめだ何だと言われるぞ?」
「…くうっ。分かったよ、じゃあ何個かはやってもいいよ! お前に任せる!」
「はいはい」
  こうしてその日の夜は更けていったのですが――。

「大変だあぁッ! 白雪姫が倒れたー!!」

  朝の寮内、まだ殆どの学生が部屋にいるか、朝食の為に食堂へ向かおうとしている最中に、その大きな声は響き渡りました。皆が何事かとその声の方へと集まると、7人の親衛隊がオロオロしながら「白雪姫」の部屋に集まっています。ヨルと鏡も声につられて覗きに行くと、部屋の中央には、白雪少年が死んだような白い顔をして仰向けになり、倒れています。
  すると親衛隊の1人がヨル少年の存在に気づき、びしりと指をさしてきました。
「あいつだ! またあいつが! 白雪姫に毒を盛ったんだ!」
「はっ!?」
  言いがかりをつけられたヨル少年はびっくりして目を見開きます。しかし7人の親衛隊は口々に騒ぎ立てます。
「あいつ、そこの鏡を使って、昨日、姫にリンゴを寄越してきたんだ。姫はそのリンゴを食べてから倒れた! きっと毒入りリンゴだったんだ!」
「姫の人の良さにつけこんで、1度や2度ならず、3度までも! そうまで姫が憎いのか! この悪党め!」
「な、何言ってんだ、俺が知るかよ! 何が毒入りリンゴだ!? だ、大体、昨日のリンゴはこの寮の奴ら皆に配ったものだぞ!? そうだろ鏡!?」
「ああ、ただ…」
「た、ただ? ただ、何だ!?」
  何やら端切れの悪いルームメイトにヨル少年が目を剥くと、鏡少年は肩を竦めて苦笑しました。
「ヨルからのリンゴを配っている時、白雪が自分にもくれくれってがっついてきて、あいつの場合、皆の倍…いや、3倍は取っていったから」
「ん!?」
「それを全部一気喰いしていたとしたら、腹も壊すかもな…」
「はぁ!?」
「う…うーん、うーん…」
「姫!?」
  急に呻き始めた白雪姫に、親衛隊たちが驚きます。てっきり死んでしまったとばかり思っていた姫ですが、実はお腹が痛いと途中までもがきながらも、姫はそのまま眠ってしまったようなのです。そして今また目が覚めて、「お腹が痛い」と呻いているわけですが…。
  皆は白雪姫を「人騒がせな」と怒るよりも、「余計な差し入れをした」ヨル少年を責め立てました。何せ白雪姫は学園のアイドル、絶対的な存在なのです。それは生徒だけでなく、教師も、寮母も、みんなです。
  そんなわけで、ヨル少年は朝っぱらから、また親衛隊を中心に生徒たちからひんしゅくを買い、寮母にも怒られ、ついでに騒ぎを聞きつけた学園の教師からも叱られる羽目になりました。

「もう嫌だ…」

  夕暮れの校舎で独り、ヨル少年は悲しみに暮れ、項垂れました。
  この間、先生たちからたっぷりと絞られて勉強する時間がなく、周りからもひんしゅくを買いまくったヨル少年のメンタルはどん底で、結局、学年最後のテストも散々なものになってしまいました。まだ結果は出ていませんが、1位どころか、きっと2位の地位も危ういでしょう。
「ふっ…そして最後の最後にこんな虐めか…」
  昇降口で自分の下駄箱を見てヨル少年は自嘲の笑みを浮かべました。朝も上履きに画鋲が入っていましたが、今も自分の靴が赤いペンキで塗りたくられ、外側も内側もべとべとになっているのです。
「はあぁ〜」
「どうしたヨル」
  深いため息をついてその場にへたり込むヨル少年に、背後から鏡少年が声を掛けてきました。すぐに事態を把握した彼はさっと表情を曇らせましたが、努めて明るくヨル少年に近づき、すぐさま自分もしゃがみ込みます。
「こんなくだらなねぇ学校、さっさと卒業しておさらばしようぜ」
「うん…」
「白雪姫はこのままエスカレーターでこの学校の高等部に残るわけだし。外部組の俺たちは、もうあいつと関わることもない」
「俺、本当は1位を取って、この学校に残りたかったんだ。1位を取ったら奨学生扱いで学費も免除されるだろ。うちは、会社の社長って言ってもお前等みたいにでかい企業ってわけでもないし、ここのバカ高い学費を払ってもらうのも3年が限界っていうのは最初から聞いていたし」
「うん。だから1位を取りたかったんだもんな」
「ああ、鏡には言ったことあったっけ。でも、結局一度も1位を取れないまま終わっちゃった」
「お前はずっと俺の1番だよ」
「ええ…? はは、何だよそれ?」
  しょんぼりする自分を慰めてくれているのかと思い、ヨル少年はちょっと笑ってみせました。すると鏡少年もすぐさまニコリと笑ってヨル少年を見返し、不意にいつもの手鏡を取り出すと、「いつものやってみろよ」と言い出します。
「えー。もういいよ。だって1位はもう…」
「いいからやれって」
  鏡少年があまりに強くせがむので、ヨル少年も「こんなバカな遊びももう最後だから」と思い、一度息を吸い込むと、仰々しく言いました。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この学園で一番美しくて賢いのは誰だ?」
「この学園で一番と言われているのは、かの有名な白雪姫です」
「おっ、お前なぁッ! 最後にそのオチかよ!? いつもは俺って言ってくれんのに!」
  予想と反する答えがきて、ヨル少年はガクリとします。それに鏡少年は苦笑して、「まぁ待て」と制しました。そうしてまた仰々しく、「鏡の精」を演じます。
「確かに学園で1番と言われているのは、あの白雪姫です。……しかし、私にとって、この鏡にとって、この世で1番美しく可愛いのは……断然素敵なのは貴方です、岩嶋ヨル様」
「お……おぉ……べた褒めじゃないか。さんきゅ。でも今、賢いってのが抜けてたぞ?」
「お前さぁ、あのおとぎ話の『白雪姫』に出て来る魔法の鏡は正直者で通ってんだよ。知ってるか?」
「ん?」
「それから、あの話に出て来る人間不信の悪い魔女な。あの魔女は昔から誰も、それこそ、結婚した王様だって信じられない中、自分が持つ魔法の鏡だけは信じていたんだ。鏡は嘘をつかないことを知っていたから」
「はあ…」
「俺も、今まで一度だって嘘ついたことないぜ」
「ん?」
「俺はいつだってお前が1番だと思っていたからさ」
  鏡を向けていた鏡少年はぱっと自分の顔を見せてヨル少年に笑いかけました。
  ヨル少年はそんなルームメイトの言いたいことが今イチ分からず、最初こそキョトンとしていましたが、やがて「あっ」と言う顔をしてから、途端に顔を赤らめました。
「な、何言ってんの? 何その…何ていうかその…急に変なこと言うなよっ」
「変なことって何だよ」
「だって、お前、いっつもあれ、遊びだって」
「遊びって言ってたのはお前だけ。俺はいつも真剣に答えていたよ。この学校で一番美しいのはヨル、俺にとって賢く尊い存在なのもヨルだけだよ?」
「それ…それ、何か…っ。告白、みたい、なんだけど!」
「告白だけど?」
「ななな…」
  突然のことにヨル少年はびっくりして仰け反り、そのままどたんと後ろに倒れ込んでしまいました。あまりの事態にびっくりです。確かに鏡少年は、いつも一番はヨル、ヨルが一番美しいと言い続けてくれていましたけれど。
「俺は、白雪なんかに可愛いお前を渡したりしない」
  仰向けに倒れ込むヨル少年の上に覆いかぶさって、鏡少年はそんなことを言いました。ヨル少年がそれに眉をひそめると、鏡少年はふっと微笑み、どこか遠くを見つめました。
  その先には、同じくずっとずっとヨル少年を好きで、けれど毎度空回りしてしまって嫌われてしまった可哀想な白雪姫がいることを、ヨル少年は知りません。
  鏡少年はその白雪姫に意地の悪い笑みを一瞬だけ向けた後、再びヨル少年に向き直りました。白雪の本当の気持ちをヨルに教える気などはさらさらありません。
「ヨル。こんな学園の1位なんてどうでもいいよ、意味ないさ。……けど、もしこれからもずっと俺の1番でいてくれるヨルなら、これからは俺がヨルにいろいろな物をあげるよ。いいだろう?」
「何それ…?」
「俺はずっとヨルのものだけど、ヨルも。――俺のものになってくれる?」
「お、お前の話、唐突過ぎてよく分からないんだけどっ…」
「分からない? ホントに?」
  いつもと逆でまじまじと見つめられ、ヨルはたじたじしてしまいます。その瞳を見つめ返すと、何だか「分からない」と言ったことは「違う」ような気もしてきます。
「お前…鏡は、俺のこと、嫌いじゃない? 好きなの?」
  だから恐る恐る訊いてみました。だってこの学園はヨルを嫌いな人ばかり。ヨル少年のことを、可愛い白雪姫を殺そうとする「ワルイマジョ」と思っている人ばかりでしたから。
「勿論、大好きに決まっているよ。俺は、ヨルだけを大好きだよ?」
  それなのに、鏡少年は。
  ぱっと嬉しそうに目を見開いて、鏡少年はそう答えました。そして未だ戸惑いを隠せないヨル少年の額に優しいキスを落とし、続けます。
「ヨル。とりあえず新しい靴を買いに行こうか。俺たちにこの窮屈な世界は似合わない、自由に歩ける、新しい場所にふさわしい綺麗な靴を手に入れに行こう?」
「……鏡も一緒に?」
「うん。俺はずっとヨルと一緒だよ」
  鏡少年の楽しそうな顔に、ヨル少年もつられて思わず微笑みました。鏡少年の突然の告白には驚いたけれど、好きと言われてとても嬉しい気持ちになります。ヨル少年は、ずっとずっと誰かにこうして認められたかったのです。

  こうして2人の少年は秘密の学園を卒業してからも、末永く一緒に仲良く暮らしましたって。めでたし、めでたし。




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どうでもいい情報ではありますが、「イワジマヨル」君の名前を並べ替えると「ワルイマジョ」となります。
この話では全然悪くないですが…。しかしあのおとぎ話の魔女も、凄く悲惨な最期を遂げるのが結構可哀想で、
こちらでは幸せにしてみました(いや理不尽な嫉妬で白雪殺そうとしているから可哀想ってもあれだけど…)。
そして本編の白雪ちゃんも、度重なる暗殺にまんまと引っかかるのが、今もって読み返すと何だか…(笑)。
しかも最期、魔女を赤い火をくべた靴履かせて踊り死にさせる(?)って酷くないすか(汗)。
それにしてもこのシリーズは書いていてとても楽しいので、また思い立ったら更新します!