蹴る!



「藤堂…テメエ…!」
「あ、あわわ…!」
  怒り心頭の涼一に周囲がザザァーッと引いていく中、ぽつんと一人取り残されたのは、「青の竜」イチ何となく不幸な男・藤堂である。名前の方はまだ未定。
「お、お、落ち着け…な? 涼一…!!」
  丘面子の裕子や中原には佐○急便の縞シャツお兄さんと勘違いされていたが、彼もまたこのパーティの招待客である。だから朝からお腹を空かして張り切って会場へ赴き、そこに並べられていた豪華な料理の数々に舌鼓を打ったからとて…彼が責められる謂れはないのである、本来は。
  しかし、いつも墓穴掘りな藤堂氏は、決してやってはいけないたった一つの事を見事にやってしまっていたのだ。
「お、俺は知らなかったンだ! だってフツーにテーブルの上に置いてあったし! まさかあれが桐野の作ったやつで、涼一の為に用意されてたものなんてさっ!」
「知らなかったで済むかっ! 大体、あんな大きい物を何で全部平らげる!? テメエの胃袋はブラックホールか!?」
  じりじりっと距離を詰めながら怒声をあげる涼一に、藤堂は自らも同じようにじりじりと後退しながら蚊の鳴くような声を漏らした。
「だってすげえ美味かったからよ、つい…。さ、さすが桐野だよな! 菓子作りの腕も一流だ!」
「あ、ありがとう…」
  ちらと視線を向けてそう言ってきた藤堂に雪也は律儀に礼を述べたが、一方では恋人の動向が気になって仕方ないらしい。必死に涼一の腕を引っ張りながら「もういいだろ」と繰り返している。
  しかし涼一はそんな雪也の手すら乱暴に振り解き、キッとした視線を向けた。
「何がいいんだよっ! いいわけないだろ、雪が俺の為に作ってくれたものを! こいつは! 何の了承もなく! 全部一人で食っちまったんだぞ!? とにかく一発ぶん殴らないと気が済まない!」
「駄目だって! あ、あんなのまた作るからっ。藤堂だって悪気があってやったわけじゃないだろ!? な、涼一、だからもう騒ぐのは…」
「悪気があってやられて堪るか! 大体なあー。また作るって、今日この日に雪が作ってくれたミルフィーユはどうしたって返ってこないじゃないかよ! 幾ら新しいのを作っても、それはそれ! あいつの胃袋に入ったやつとは違う!」
「そ、そんな無茶苦茶な…」
「そうだぞ涼一、お前、無茶言うなよ」
「お前が言うなっ【怒】!!」
「ぎゃーっ!!」
「涼一っ」
  雪也の説得に乗っかるようにして口を挟んだ藤堂に、遂に涼一の怒りも最高潮に達した。いよいよ雪也を振り解くと、涼一は腰くだけな藤堂目掛けて一目散に駆け寄るや否や、壮絶な飛び蹴りをその哀れな友人に喰らわせたのだ!
「いてーっ!」
  藤堂は子どもの頃からかけっこや運動の類は苦手である。テニスサークルなんぞを作り上げてそこのリーダーに収まってはいるが、それもこれも全ては「テニスなら女の子が入りやすそうだから」という邪な想いがあるからで、彼は基本的に超がつく運動音痴なのである。
  だから涼一の飛び蹴りを避けるだけの反射神経などあろうはずもなかった。
「吐け! 出せ! 俺の雪が作ったミルフィーユ〜!!」
「いていてっ! テメエ、いい加減に…って、いてええっ!!」
「涼一、やめてくれって涼一!!」
  雪也の悲鳴が空しく辺りに木霊する。それでも涼一のげしげしと連続して行う蹴りは止む事がない。また、その様子を彼らと同じグループに所属する「錆面子」は極力関わりあいになるまいとして見て見ぬフリをしているし、他の人々は……。


友之「コ、コウ兄…涼一さんが怖い…。止めなくて、いいのかな…?」
光一郎「いいんじゃないか」
修司「コウ君冷たい〜。トモだってこんな怯えてるのにさあ。トモ、ほらほら怖いなら俺の懐に隠れてな? 抱っこしててあげるから」
中原「テメエ、修司! お前はバカな事ばっか言ってんじゃねえっ!」
裕子「そうよ修司! トモ君、怖いなら私のとこおいで!」
沢海「と、友之…何なら俺のとこでも……」(ぼそ)
数馬「はいはい、そんな小声じゃ聞こえないから。トモくーん、あんなのほっといて他のケーキ食べにいこ!」


葉山「なあ、ああいうのもいいよな?」
浅見「ああいうのって? …うわ、あれって本気で蹴ってない?」
葉山「多分大丈夫。あの蹴られてる人、Mだもん。……ああいうのってのは、ああいうのだよ」
浅見「え、M…なの? 葉山、何でそんなの分かるんだよ……って、だからああいうのの意味分からないって!」
葉山「だから。あいつ…剣っての? ああやってみんなの前で堂々と愛のアピールするやつ。あからさまで羨ましいなってさ。俺も浅見にやってみようかな?」
浅見「バッ、バカ! あんなの絶対嫌だよ…!!」←何気にかなり失礼


康久「……なあおい。藤堂のアホはどうでもいいけどさ、そろそろ止めないと俺らの恥じゃねえ? 桐野も困ってるみたいだし…」
創「言っておくけど俺は御免だから。那智姉さん、行く?」
那智「………ッ!!」(ぶんぶんと激しく首を振る)
寛兎「俺が行ってやってもいいが、面白いからまだほっとく」
護「う〜ん。あんなに必死になってる雪って初めて見るなぁ。何か新鮮(笑)」
美奈子「……まったくバカバカしい」



  ……などなどという中。
  こうして、涼一王子の暴力に周りがすっかり慣れた頃には、どんよりとしていたパーティ会場も一転、再び明るく賑やかな雰囲気に戻っていった。
  そして皆が皆めいめいに楽しみ、寛いだ素敵な夜。
  ちょっとした事件は起きたものの、人々には一様に幸せそうな笑顔が広がって―。

「ああ…イテテ。くそう涼一の奴…! 大体、『俺の雪』って何だよもう〜。たかが友達が作ってきてくれたもんに対して幾ら何でも独占欲ありすぎ〜。そりゃあ俺も悪かったけどさあ…」

  今回の犯人である藤堂氏はこの期に及んでもまだ涼一と雪也の関係に気づかなかったのだが―…最早その事にツッコミを入れようという者は誰一人いないのだった。




<完>