アンビバレント



  高校の時、新しく出来た友人たちと何となく互いの家族構成を話していたら、光一郎に妹がいると知った連中がこぞって皆、「いいなぁ」とか「可愛い?」とか、「お前みたいな兄貴だと妹も懐いているだろ」などと興味津々の顔をしてきた。
  その時、光一郎は(今の俺ってどんな顔をしているんだろう)と思いながら、努めて平静に「別に」とか、「そんなに話さないし」などと素っ気なく返して、とにかくその話題を一刻も早く終わらそうと躍起になった。
  本当は家族の話なんてしたくないのだ。
  自分の家はおかしいから。
「アニメおたくの妹萌えじゃねェけどさ。俺も一度は、可愛い年下の女の子に『お兄ちゃん』って呼ばれてみてえ」
「ハハ、ばっか、それがおたくって言うんだよ! けどまぁ俺もその気持ち、分かっちゃうけど!」
「俺もー! この間ちょうど駄目兄貴がスッゲ可愛い妹から『お兄ちゃん、お兄ちゃん』呼ばれる兄妹ものの映画観ちゃってえ! 妹モンのAV借りたくなったもんよ!」
「あ! その映画俺も観たかも!」
「わははは、お前らみんなイテー!」
  クラスメイトがどうしてこんな話題にそこまで盛り上がれるのか、どうしてこんなにも楽しそうに笑えるのか、光一郎にはさっぱり分からなかった。
  妹の話だなんて。
  そんなものは、むしろ怖気が走るくらいだ。もしもあの妹に今さら「お兄ちゃん」などと呼ばれた日には、自分でも一体どんなリアクションになるか、想像もつかない。確かにもっとずっと小さい頃は、何故自分の妹は世間にいる「普通の妹」のように自分を兄と呼ばないのかと不満だったし、何故あんなにも恨めしい顔で睨みつけてくるのか、難癖をつけてくるのか、本当に不思議で仕方がなかった。
  その理由を必死に考えていた時期もある。
  でも、今はもうどうでもいい。
  早く高校を卒業してあの家を出る。それしか考えていない自分がいる。

「光一郎」

  その時、教室の外から自分を呼ぶ声が聞こえて、光一郎はふと顔を上げた。修司だ。少し変わり者のその友人は暗に「来いよ」と目だけで訴え、さっと姿を消してしまった。
  それで光一郎も「ごめん、ちょっと」と友人たちに断りを入れ、その場を去ろうとした。
「なあ、コウ」
  すると、そのうちの1人がくいと袖口を引っ張って、どこか遠慮がちに、しかし心配そうに口を開いた。
「荒城と中学一緒なんだよな?」
「うん」
「あいつってどういう奴なん?」
「どういうって?」
  言われている意味が分からず光一郎がただ問い返すと、今度は別の奴が勇むように割って入った。
「や、何か悪い奴じゃないっていうのは分かるけど! むしろいい奴だっていうのはすげーよく分かるんだけど、何か…何かさ、近寄り難いって言うか」
「………そうかな」
「うん、俺らはあいつとも仲良くしたいんだぜ? 荒城って何かカッコイイじゃん、お前とはまた違った意味で! あ、別にあいつを狙っている女子狙いで近づきたいとかじゃねーぞ?」
「あほ、話をややこしくすんな!」
「イテ! 悪い! や、だからさ。折角同クラになったんだし、もっとこう絡んでいきたいわけ、俺たちは。けど、何かスルッとかわされるっていうか…」
「あいつ、コウとしかまともに話してないよな」
「そうそう」
「そんなこともないだろ」
  フォローすべきかどうか一瞬逡巡した後、光一郎は淡々と告げた。
「ただあいつ、基本1人が好きな奴だから、時々勝手に見えるのかも」
「いや、別にそんな風には思ってないよ!? けどな…」
「うん…」
  クラスメイトたちが何を言いたいのか、光一郎にはよく分かった。こんなことは中学の頃とて何度となくあった。いや、小学校の時だって。修司は、基本的に明るいし人当たりも良いし、それに何よりあの器量だ。人を惹きつけるだけの要素を嫌と言うほど持っている。それゆえ男女を問わず常に周囲の憧れの的というか、要は人気者なのだが、光一郎が言うように、修司は根本では1人でいるのが好きな奴だ。だから皆に優しいが、皆に冷たい。決して自分の懐に誰かを招き入れることをしない。そういう隙は作らない。だから周りの連中は修司ともっと近づきたい、仲良くしたいと思うのに、それがなかなかうまくいかないので、幼馴染の光一郎にこうしてそれとなく「どうしたら彼と仲良くなれるのか」と訴えるのだ。
  しかし光一郎にも、そんなことは、分かりはしない。
  光一郎自身、自分が修司の「懐」に入れてもらえているなどとは思っていない。古い付き合いだから、他の人間よりは一緒にいる時間は長いかもしれないが、本当に「深い」ところまで互いのことを話したことはない、と思う。……だから光一郎にも修司という人間のことはよく分からない。
  1人が好きな修司。“そういうところは、少し俺と似ているかも―…でも、決定的な部分では違う。”……そんな風に思うくらいで。

「遅いよ」

  クラスメイトらの質問攻めを何とかかわして昇降口の所へ行くと、修司が文庫本を開いたままの格好で光一郎に文句を言った。
「お前のせいだろ」
  靴を履き替えながら言い返すと、修司は「は、何で」とバカにしたような声を発してくるりと背を向けた。
  こういうところがちょっとむかつくんだよなと、光一郎は顔には出さずそっと思う。
「コウが帰りたそうだったのに、いつまでもあいつらに付き合ってあげているから、俺は助けてあげたつもりだったんだけど」
「お前が声掛けてきたせいで長引いたんだよ」
「ふうん? じゃ、明日から学校で口きいてあげないけど、いいの?」
「何だ、それ」
  どこか上目線なその言い方に今度は光一郎が嘲る番だった。勿論いつもの修司の軽口だと分かってはいたが、いつでも平然とは受けとめられない。後ろを歩きながらハアとあからさまなため息も漏れた……が、それでも光一郎はすぐに気を取り直して、「お前、今日どっか寄ってく?」と話題をすり替えた。
「いつもの如く、コウ君が家に早く帰るのが嫌ならどこでも付き合うけど」
「じゃあ図書館」
「またぁ? まぁいいけど。延滞しているのが結構あるから、一回家寄っていい?」
「しょっちゅう行っているのにちゃんと返してないのかよ。お前ってホント自由な奴だよな」
「そうかな。自由だったらこんな街にいつまでもいないって」
「………」
「お前だってそうだろ」
  修司は悠々とした足取りで歩いていたが、光一郎はふとこの友人の姿をきちんと眺めたくなって歩く速度を緩めた。いつでも平静として涼し気なこの男は、時折こんな風に世を儚んだ言い方をする。自分の家も相当だと思うが、修司の方にもいろいろあるらしい。突っ込んで聞いたことはなかったが、高校を卒業したら家を出るのだろうなとは何となく察しがついていた。
  無論、それは自分とて同じことなのだけれど。
「ところでさ」
  光一郎がそんなことをぼんやりと考えていると、不意に修司がくるりと振り返って言った。
「この間、トモに会ったんだけど」
「……どこで」
  少しだけ返答が遅れた。表情は崩していないと思う。
「河川敷グラウンドの所。珍しく独りでさ。あのクソバカがいなかったから、ちょっと気まぐれで声かけてやったんだけど、めっちゃ喜んでた」
「ふうん」
「何話したか知りたい?」
「別に、どうでも」
  本心だった。
  修司が言うところの「あのクソバカ」な妹を今さらどうでもいいと思っているのと同様、あの陰鬱で掴みどころのない「夕実の弟」についても、光一郎はもう見て見ぬフリをしたいと思っていた。あの2人だけではない。父も、継母も、家族全員だ。光一郎は一刻も早く彼らを捨ててしまいたかった。否、元々「捨てられた」のは自分の方なのだと思う。特に「妹」の夕実と「弟」の友之は自分を「兄」とも認めず、忌み嫌ってすらいる。だったら、こっちからお前らの目の届かないところへ行ってやるよ、と。そんな気持ちだった。
  そんな偽の家族であるあの友之と、この一応の友人・修司とが何を話そうが、自分には一切関係のないことだ。
「あいつさ。お前のこと、“お兄ちゃん”って呼ぶの?」
「……は?」
  先を行く修司の声は背を向けていてもよく通る、張りのあるものだった。だからその言葉もきちんと聞こえた。
  でも、聞き返してしまった。
  すると修司はちらりと一度だけ振り返ってから再び素っ気なく繰り返した。
「だから。トモってお前のこと、お兄ちゃんとかって呼ぶの」
「何でそんなどうでもいいこと訊くんだよ」
「別に。ただ、さっき『妹に“お兄ちゃん”って呼ばれる光一郎君、羨まし〜。僕たちもお兄ちゃんって呼ばれたい、そういうの萌え〜』…って。はしゃいでいた彼らの話の延長でね」
「……さっきの、聞いてたのかよ」
「俺って、目も耳もいいんだわ。ごめんね」
  修司の家へ向かう一本の道。それは長い河川敷を添ってずっと続いている道だ。両脇は少し緩い傾斜になっていて、その草むらを下りて行くと、地元の社会人による草野球チームや少年野球団などが利用するグラウンドが幾つも近接して存在している。金網越しにもその練習風景がよく見えるので、土日などは散歩がてらこの通りを歩く人間も多い。
  しかし今日は平日の夕刻より前の時間だったからか、通りには犬の散歩をする人の姿が少しあるくらいで、あとは光一郎たちしかいなかった。
  その通りを相変わらずマイぺ―スですいすい歩いていた修司は、暫し何も答えない光一郎にしつこくその話題を出した。
「お前も呼ばれたいの」
  光一郎が尚黙っていると、修司はたたみ掛けるように続けた。
「なあ。あのボンクラ共に“お兄ちゃん”って呼ばれたい?」
「……お前ってトモも嫌いなのかよ」
「え?」
「夕実が嫌いなのは前から知っているけど、トモはそうでもなさそうだったろ。俺と正人なんかが野球していて、お前が参加していなかった時なんか、よくあいつと2人で話したりしてたし…。あいつも、お前には懐いている感じだったし」
「ああ、別に嫌いじゃないよ。そっちこそ何でいきなりそんなこと訊くの」
「今、ボンクラ共って言っただろ。夕実とトモを一括りにしただろうが」
「え、だってボンクラはボンクラじゃん。それと好き嫌いは関係ないからさ」
  修司は可笑しそうに目を細めた後、「トモはなぁ」と呟いた後、はっきりと言った。
「トモって可哀想な奴だけど、バカだよな。それで時々イラッとくることもあんだけど、そうだな…。確かに、あいつって俺に懐いてるかも。あんま考えたことなかったけど、この間会った時はそういうの確かに感じたよ。俺も実際、“あぁこりゃやばいな”って思ったし」
「……何がやばいんだよ」
「んー? よく分かんないけどさ…。“面白ェ”って思う気持ちと、“面倒臭ェ”って思う気持ちと。半々だったってこと」
「全く意味が分かんねぇ」
「トモが俺のこと“修兄”だって」
  突然そんなことを言うので、光一郎は返しが遅れた。
  すると修司の方が先にその後を続けた。
「いや、前からそう言っていたと思う、たぶん。俺があんまり意識してなかったってだけで。けどあいつって、お前のことは“コウ”って呼んでいるよな? 違った? たぶん、あのクソバカがお前のこと絶対兄貴呼びしないから、あいつも真似てそんなんなったんだと思うけど。前はお前のことも“コウ兄”って呼んでいたような気がするのに、いつの間にか呼ばなくなって、そのくせ俺のことは“修兄”なんだ?って。そういうことに気づいちゃったんだよな」
「……だから?」
「だから」
  修司がぴたりと足を止めた。思わず光一郎も足を止める。けれど本当はそのまま回れ右してこの友人から離れたかった。修司が振り返ってくるのが分かったから。今、この修司の顔を直視したくない、いや、自分の顔を見られたくないと光一郎ははっきりと思った。
  けれどそれは叶わなくて。
「お前、妬くだろ?」
  案の定、修司は意地の悪い顔をしてにやりと笑った。思い切りむかついた。この時の光一郎は周囲が自分を評価するほどには、まだ大人ではなかったし、それを平然と返せるほどの器用さも持ち併せていなかったから。
「俺が誰を、何で妬くんだよ」
「誤魔化すな。お前は俺がトモに“お兄ちゃん”って見なされて、“修兄”って呼ばれていることにむかついてる。お前は俺に嫉妬してるよ。俺にはそれがスゲー面白い」
「修司」
「けど、俺は俺でやばい」
  怒りを含んだ光一郎の声を遮って修司は言った。
「このままじゃ、面倒なことが起こりそうで怖い」
「は……?」
  真面目な顔だった。もう修司は笑っていなかった。
「トモなんてさ。あんなクソに突き従っているだけのバカガキで、根暗でむかつく、ただのお前の弟って思っていたいんだよ。夕実の顔色だけ窺って、一生夕実の奴隷でいりゃあいいんじゃねえの? それがあいつの望みだろ。だから俺には関係ない。……って。そう思っていた。この間までは」
「実際そうだろ、あいつは――」
「いや、あいつはもがいてる。お前らやっぱ兄弟だよ、すげー似てる」
「………」
「けど、お前よりトモの方が凄い。珍しいって意味で」
「修司、一体―…」
「いつかお前にも分かるよ」
  修司は光一郎には言わせず自分だけが好きなことだけ言い切ると、後はまたさっさと先を歩き始めた。
  光一郎はじりじりと胸の焼け付く想いがした。
  修司の言っていることが分からないことは勿論、それをすぐにでも理解したがっている自分がいること、そして修司だけが一人分かったようにあの弟のことを口にしたこと、それ自体に。
  否応もなく腹立たしさが募っていた。
  友之が修司のことを「兄」と呼んだからって、それが何だって言うんだ。自分には関係ない。ましてや、どうしてヤキモチなんて妬かなくてはならない?
  友之が夕実を倣って、或いは夕実の命令で自分を「兄」とみなさなくなってどれくらいが経つのか、光一郎には分からない。けれどもうどうでもいいことなのだ、それは。そのはずだ。
  何故って自分は高校を出たらあの家を出るのだから。あの家族と縁を切るのだから。
  今さら、あの弟が何だって?
  でも。
「なあ――」

  河川敷で会った時、修司、お前はあいつと一体何を話したんだ?

「………ッ」
  どんどん遠ざかって行く修司に思わずそう問いかけそうになって、光一郎はぐっと口を噤んだ。一体何を口走ろうとしているのか。そんな、みっともないこと。ありえない。どうして、どうでもいいことなのに。
「くそっ…」
  それでも光一郎はその時、思わずといった風に悪態を吐いた。ともすれば地面の土を蹴り飛ばしてしまいたくなるほどの憤りを持って。





  それから数年が経って、でも互いの距離は何の変わりもなく遠いままなのに、光一郎は友之を「脱出した自分」の元へ呼び寄せることにした。
  継母は病気で他界、父は早い再婚を決め、夕実は家出をしてその行方を晦ませた。
  元々とうの昔にその関係を崩壊させていた父と妹は、母の死によってその亀裂を決定的なものにしたらしい。残された友之はあの家で完全に孤立し、いつの間にやら学校へも行かなくなって、いわゆる引きこもりになってしまった。家から一歩も出ず、ほとんど食事も手につけないという友之のやつれた姿を目にした時、光一郎は気づけばもう自分の所へ呼ぶことを決めてしまっていた。
  友之がそれを断る可能性も考えないではなかったが、事はすんなりと進んだ。抵抗する意欲もなかったのかもしれない。友之はただ唯々諾々と光一郎のやることに従い、新しく越したボロアパートに不平を言うことなく、ただほとんどを部屋の隅でじっと座って過ごしていた。高校へは行かせようと思って勉強だけは無理やりやらせたが、それも特別嫌がる風もなく、友之はただ光一郎がやれと言ったことをロボットのようにやっていた。
  風のような修司がフラリとそんな2人の元へやって来たのは、アパート生活が始まってどれくらいの頃だったのか。
「トモ、お土産〜」
  高校を卒業してから進学するでも就職するでもなく、気ままにフリーター生活を送り始めた修司は、バイクでどこかへ出かけては趣味の写真を撮り、それを友之に見せることをライフワークとし始めていた。友之もそれが唯一の楽しみのようで、いつもろくに表情を崩さないのに、修司が顔を出して写真を持ってきた時だけは、その頑なな顔に生気を宿らせて微笑すら浮かべた。
「今回はさっむーい土地行ったからさ。雪いっぱい見てきた」
「北海道?」
「ぶぶー。でも、うん。北の方の、船で行く所」
「これ凄いね」
  自分とはほとんど口もきかないのに。
  黙って頷いたり、目だけで何事か訴えてくるだけ。それなのに、修司とはこんな風に嬉しそうに喋る。
  修司と面と向かって写真についてぽつぽつと話す友之を遠目で見ながら、光一郎は必死に平静を装いながら、「修司の思い通りになっている」自分に苛立ちを感じていた。
「コウ君」
  けれど、この頃の修司は高校の時より格段に丸くなっていたし、以前よりもずっと人を受け入れるような気安さも身に着けていて、こうして秘かにじりじりする光一郎にもあからさまからかうことは随分少なくなっていた。
  その修司が言った。
「あのさぁ、前に俺が言ったこと。コウ君なら当然覚えていると思うけど」
「忘れた」
「はっ…だーめ、そんなとぼけても。ま、今の反応で丸分かりだけどさ。ともかく、俺、前に言っただろ? コウ君のそういう態度が見られるのは面白いってことと、でも、俺は俺でやばいって言うやつ」
「だから、俺は忘れた」
  必死に抗おうとしている光一郎に、けれど修司はやっぱり「駄目だよ」と逃がしてはくれずに言葉を切った。
「俺、このところ、ホントにやばいかもしれないわ。トモがさ、可愛くて仕方ない。ここまでハマる気はなかったのに…あーあって感じ」
「知るか」
「コウ君はまだそうやってしらばっくれるんだ。それって、いつまで続くのかねえ?」
「お前もう帰れよ」
「うっわ、冷たい、久々なのに。トモー! コウ兄ちゃんが意地悪するー!」
「しゅっ…修兄…っ」
  写真に集中していたのに後ろからぎゅっと抱きしめられて、友之は思い切り意表をつかれ、声を詰まらせていた。それでも修司を振り払うことはなく、羽交い絞めにされたまま、修司の手に触れつつ「修兄、痛い」と訴えている。
  光一郎の胸はそれでまたちくりと痛んだ。

  何だって言うんだ。
  どうだっていいことのはずなのに。

「コウ君」
  また修司が呼んだ。そしてさも誇らしげに、嬉しそうに。
「な、トモは可愛いよなぁ? こんなに可愛い子はそういないよ」
  光一郎を見つめながら修司はそう言って哂った。くっと喉元を震わせて、あのいつもの人を喰ったような笑みで。
  けれどそれはきっと、自分自身にも向けた嘲笑だったに違いない。
「……お前、いい加減にしろよ」
  だから光一郎は胸に燻る割り切れない想いをぐっと堪えて――、ただ今は、友之を抱きしめて離さないその親友に、諌める言葉と蹴りを入れた。
  ただこの時は、たったそれしかできなくて。






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