厳島奇襲戦2
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敵ワナイ敵ナラ暗殺スルヨロシ。コレ戦ノ定石ネ。 「……おい。何だこの怪しげな一文は」 「九州のザビー軍が落としていった《ザビー教の教え》って聖書の一部だ」 「聖書じゃねえだろ…」 毛利元就の居城から少し離れた厳島神社のすぐ傍で、政宗と元親は諜報部員よろしく、ひっそりと茂みの奥に隠れていた。超高速エンジンをつけた特製の小船でここまで渡ってきた政宗たちは、いつきがいなくなる数刻前まで彼女が熱心に読んでいたという紙切れを元親の弟分から託されていたのだ。 それが先のザビー教聖典である。 「毛利の大軍に真っ向から挑んで行くのはさすがのあいつでもきついと感じたんだろうよ。よしんば突っ込んで行けたとしても、肝心の元就の所でアウトだ。だからあいつも元就を堂々と攻めるんじゃなく、暗殺って手口で奴に近づくはずだ」 「あのガキがそんな真似するかねえ。もしかしてもうとっくに速攻かまして捕まってるかもしんねェぞ」 「捕まってたらあいつの命はもうねえ! ガキだろうが容赦なく首を飛ばす男だぞ、元就は!」 ガーッと、いつもの牙を剥き、元親は政宗を睨み据えてから再度神社の鳥居をじっと眺めた。ある情報によると、元就はこの明け方近くの時刻に決まってこの場所を訪れ日の出を拝みに来るらしく、その神聖な時間には供の者もあまりつけてはこないと言う。 「マジかよ、そりゃ隙だらけだな。いっその事元親、お前がここで奴を暗殺してったらどうだ?」 「危機感を持てっ。あいつはそんな簡単に殺れるタマじゃねえんだ! それに隙ありって意味じゃ、お前ほど隙がありまくる男はねえぞ、政宗!」 「お前、潜んでるんだから、もちっと静かにしろよ」 「テメエが緊張気味の俺にいちいち呑気なテンションでくるからだろーがっ!!」 「……しっ、黙れ!」 「むぐっ!?」 不意にざわりと背筋の凍る想いがして、政宗は咄嗟に声を荒げていた元親の口を片手で押さえつけた。 何だこれは? 若いとはいえ、修羅場は十二分に経験してきた政宗である。咄嗟に全身を襲った異様な空気に、自然表情が引き締まった。 どす黒い憎悪に満ちた闇なら感じた事はある。尾張の魔王だ。あれと対峙した時も政宗はゾクゾクとする悪寒と徐々に高まる好戦的な気分に自分の身を抑えるので必死だった。 けれど、今感じている「これ」はそれとはまた別種のものだ。 眩しい……それなのに禍々しい。 それは間違いなく今目の前に現れた男のオーラのせいであると政宗は悟った。 「あれが日輪の申し子か……」 「……ああ。元就だ」 元親もようやく元就の出現に気づいたのだろう。政宗の手を強引に取り去ると、一息ついた後声を潜めてそう呟いた。いつの間にあそこまで歩み寄ったのか、元就は全く気配を感じさせる事なく、どっしりと聳え立つ鳥居の下に悠然と佇んでいた。波打ち際のすぐ近く、彼は海の向こうの地平線へと身体を向けたまま微動だにしない。瞑想でもしているのだろうか、しかし政宗たちのいる位置からは遠く彼の後ろ姿が見えるだけで、その様子は量れなかった。 「あいつ、いつもああやってお天道様が昇るのを待ってるのか?」 「そうみたいだな……」 政宗の問いかけに答えながらも、元親はどこか上の空だ。ぼうと元就の姿を見やりながら、恐らくは先だっての戦での彼の孤独や、己の中に芽生えかけている不可解な感情に想いを巡らせているのだろう。らしくもなく表情にはどこか翳りがあった。 「……いつきの奴は来てないようだな」 暫くして政宗が呟いた。ほっと息を吐きながらも、「人騒がせな奴だぜ」と毒づく事は忘れない。 「お前ンとこの船がなくなってたっつっても、所詮ガキだからな。ここまで来ようとして途中波に返されて戻った…なんて事も有り得るか」 「うちの周辺は特に波が荒いんだ。そんな事になってたらもっとやべえ。海の藻屑になってる可能性もある」 「…おいおい、不吉な事言うなよ」 「かと言って…まあ、確かに今の奴を襲おうとする方がやべえだろうな。来てなくて何より……」 「おいっ!! お前ェっ!!」 しかし、元親が言葉を出しかけている、まさにその時だった。 「な…っ」 「おめさが中国の悪いお侍だな! 毛利元就! おらがおめさを成敗してくれるー!!」 「あのバカ、どっから…!」 政宗が茂みから立ち上がってぎょっとした声を出した。 いつきは政宗たちが警戒していた場所からやって来たのではなく、元就が立ち尽くし見つめている、まさに海のど真ん中から突如として現れたのだ。元親の所から拝借してきた船の中央に立ち尽くし、いつものどでかいハンマーを背中に背負って胸を張っている。暗殺とは少し赴きが違ったが、彼女が元就との「タイマン」で勝負を決しようとしたのは間違いないらしい。威風堂々名乗りをあげ、船が社に近づくと同時にいつきは背にしたハンマーを両手で持ち上げた。 「かあくごおっ!!!」 そうしてだんっと勢いをつけて船から飛び出ると、いつきは未だ瞑想中なのか突然の刺客にもぴくとも動かない元就目掛けてその巨大な武器を振り下ろし、脳天から攻撃を仕掛けた。 しかし。 「……屑め」 「わ……っ!? わあああっ!!!」 元就の頭上にいたいつきの姿をその閃光が消した。 「うわあああっ!!」 未だ宵闇醒めぬ辺りを照らしたその光は元就の身体から突如として放たれたものだ。しかしそれが何であるかは彼を攻撃する事しか念頭になかったいつきに分かるはずもない。ましてや、避ける暇すらなかった。 「やべえっ!!」 元親が声を張り上げた。 と、同時に、ドボンという激しい水しぶきの跳ねる音と海の下へ沈むいつきの身体がちらりと見えた。直後、社のすぐ前にまで寄って来た船も元就の第二陣の攻撃によってあっという間に沈められた。 「ちィッ!!」 しかし元親はそんな船や元就には一瞥もくれず、すぐさま己の武器をその場に投げ捨て、いつきが落ちた辺り目掛けて自ら海へと飛び込んだ。 「フン…」 しかし元就は容赦がない。元親の行動をちらと振り返り見た彼はどこからか出した円刀を翻すと、更に第三陣の攻撃を…元親が飛び込んだ辺りの場所を含め、四方の波を丸ごと切り刻もうとしたのだ。 「む…」 「よう」 けれど、それを止めたのは政宗だった。 「おいおい…。クールじゃねえなあ? ガキ相手に本気かよ?」 元親がいつきを追って海に飛び込んだ時、政宗は一瞬だけそちらへ気を向けた元就の隙をついて彼のすぐ傍まで移動していたのだ。 元就の振り上げようとした円刀を政宗の応龍が抑えこむ。 「細い身体して、結構力あるんじゃねえの?」 「……まだ屑がいたか。離せ。我に触れるな」 挑発するような政宗の声に美麗な元就の眉がすっと吊り上がった。ぎりぎりと円刀に込める力は更なる勢いを増し、背後から剣を向けてきた政宗を冷たく鋭く威圧する。 「へっ…」 けれど政宗も引く気はない。それどころかこうして間近で見合ったこの男がただの人間だったのかと知って、不意に楽しい気持ちになってしまう。小十郎曰く、それも政宗の「いつもの悪い癖」であるが。 「ははっ…。なあ、その武器変わってんな。ちょっと俺にも使わせてみろよ?」 「ふんっ!」 「おっと」 ギンと鈍い刀の跳ねる音がして、政宗は思わず剣を引いた。元就の顔には焦りや驚愕といったものが一切ない。あの魔王でさえ怒りや憎しみといった憤怒の表情が見て取れたというのに、この日輪は至って静かだ。 無、なのである。 「それでもお前は《人》だがな」 元就には分からない言葉を政宗は放ち、そして再度剣を向けた。 そして言った。 「お前よ。そんなんで生きてて楽しいのか?」 問いかけにも相手の顔に揺らぎはない。政宗はすうっと目を細めると微かに唇の端を上げた。 「俺は親切な男だからな。お前が退屈だってんなら、相手してやるぜ?」 「……先ほど海に消えたのは四国の鬼だな。貴様、あれの手のものか」 「あ…?」 「答えよ」 「ま…今はそういう事にしておくか?」 元就の問いかけに政宗は一瞬は迷ったものの、ふと不敵に笑むと頷いた。 「元親の手のもの」と見られた事は勿論面白くないが、だからといってこの戦いをこのまま降りてしまうのはあまりにも惜しい。政宗は目の前に佇む男の表情を崩したくて堪らなかった。 いつきを追って海へ飛び込んだ元親はきっと怒るだろうと知りながらも。 |
<後編へ続く…> |