きっといる



  ゲーム版小十郎は、最近胃が痛い。
「綱元殿。政宗様がどちらへ居られるかご存知か?」
  それでもそのキリキリとした痛みを堪え、小十郎は通りがかった伊達の重鎮にそう声をかけた。

  鬼庭綱元(おにわ つなもと)は暴走集団伊達軍の中にあっては「比較的」落ち着いた部類の人間である。当主である政宗と平気で賭け碁などをやってコミックス版小十郎を怒らせる事はあるが、本人は「礼節を重んじ、質素を好む」と公言して憚らない。要は「狸」なわけだが、それでも小十郎はこの綱元を一目もニ目も置いている。

「殿がおられない?」
  その綱元のどことなく威厳のある声に、小十郎はふと考えこんでいた思考を起こし、ハッとして頷いた。
「朝議を終えられてからお姿を見た者がいない。貴公の姿が見えたので、もしやまた賭け碁など……」
「はっは!」
  何を何をと呟いて、綱元は細い目をすうと更に細めた。
  年齢は小十郎より十近くも上の男である。剣の腕こそ両片倉・成実に及ばないが、乱世の最中、年輪を重ねた男の何か企んだような顔というのは、今の胃痛な小十郎にはあまり好ましいものではなかった。
「貴公もあれだな。あちらの小十郎と同じような事を言う」
「あいつも貴方の所へ?」
「うん、来たよ。『政宗様がおられない、何処へ行かれたのかー!?』…と、血相変えて城中を駆けずり回っている。全く、片倉の血というのは…」
  言い掛けて、けれど綱元はふと口を噤んだ。
  そして代わりに違う事を言う。
「まあ、考えてもみろよ。最近の殿が私と遊んでくれると思うか? ……最早殿は誰とも遊ばん。天下を獲るまではな」
  綱元の言に小十郎は黙りこくった。
  政宗のここ最近の変化は、伊達家の当主として、また奥州を束ねる者としては「良し」とするべきものだ。憂慮すべき事など何もない。政宗は上に立つ者としての自覚をもって己を殺し、事にあたろうとしている。これからの戦いに淀みなく挑もうとしている。幼少の頃より傍にいた自分にとって、こんなにも立派になった政宗を見て感じ入るところがないと言えば嘘になる。喜んで然るべきなのだ。
  けれど、どうにもしっくりこない。
  胸の中がモヤモヤする。胃も痛い。
「そのせいか、成実もここのところ妙に騒がしい」
  再び物思いに耽ったようになった小十郎に綱元が探るような目で再度声を発した。
  小十郎はそれでまた我に返り、そんな腑抜けた自分に苛立ちを覚えた。しっかりしなければ、こんな時だからこそ自分こそが政宗を支えなければと思うのに。

「こらぁッ! そこのオッサン2人!!」

  しかし、そう小十郎が己を叱咤し始めた時だ。
「…噂をすれば影、だな」
  綱元が可笑しそうにそう呟くのを小十郎はウンザリした心持ちで聞いた。 今は相手をしている暇はないのに、またややこしくなりそうだ。
  それでもその「小さな嵐」はドカドカと乱暴な足取りでやって来ると、城中に聞こえるかのような大声を張り上げた。
「おい、筆頭がいねえぞ筆頭が! 何処に行ってんだよ、朝からずっと探しているのにっ!」 

  伊達成実(だて しげざね)。
  伊達家の一門衆であり、小十郎同様、幼少時より政宗に仕えてきた男だ……が、政宗より1つ年下で従兄弟という事もあってか、2人の関係は「主従」というよりは兄弟が遊びでやる時の「親分・子分」という感じに近い。そういった気安さは勿論政宗の性格が多分に影響を与えているのだが、コミックス版の小十郎などはそれでよく成実の事を激しく叱り飛ばしたりする。
  曰く、「お前には家臣としての自覚がなさ過ぎる」と。
  それに対しゲーム版小十郎としては…「限度を越えなければ、まあ許すか」という立ち位置にいる。
  ―で、今はギリギリ、その限度を越えていない。

「俺も探している。お前もお見かけしたらすぐ俺に報せろ」
「はあっ…? …ああ、だからあっちの小十郎もさっきからバタバタ煩かったのか」
「お前といい勝負だろうよ」
  呆れたようにそう言うと成実は少しだけ憮然としたものの、すぐにパッと目を輝かせた。
「だってよ、早く梵に見せてやりたくてッ。聞けよ、ほら、この間ザビーとかいう奴が寄越したメカあったろ!? あれを改造して新しいのを造ったんだよな! やっぱ俺って天才!?」
「ここのところ、ずっと私邸でごそごそしていたらしいな?」
  綱元がついと口を挟んだ。成実はそんな綱元の声に、自分の研究に興味を示してくれたのかとますます嬉しそうになり、ウンウンと大袈裟に頷いて見せた。
「やっぱあれだよ。俺も伊達の血が流れてっから。一つの事に夢中になるとそれを極める為に努力を惜しまないわけ。それで梵も料理の腕があんな上がったって言ってたしな!」

「お前のくだらぬ遊びと政宗様を一緒にするな」

「あー…何だよ! 不機嫌な奴が来たぁ」
  横から冷たい声を浴びせられ、成実は途端ぶすくれた声を出してそっぽを向いた。
「これは片倉の」
  そのやってきた人物に、綱元が皆を代表したようにその名を呼ぶ。

  ドッペルゲンガー現象よろしく、何故かこのサイトには2人存在するもう1人の片倉小十郎(コミックス版)。ゲーム版とは違って優男風の顔立ちをしているが、実は「ある意味伊達軍団1コワイお方」と恐れられている人物である。
「身体の具合は如何ですかな」
  綱元の言にその小十郎は「厭味か」と一瞬だけ渋い顔を作ったが、一応は礼をし、「ご心配御掛け致しました」などと応えて見せた。
  けれどすぐに3人に向き直り、厳しい表情をして見せる。
「政宗様が何処にもおられません」
「丁度我らもその話をしていたところで」
「成実。お前、心当たりは?」
「な、何で俺なんだよ〜。俺だって探してるんだっての! 最近、全っ然、遊んでくれねえし! 筆頭、どうしちまったんだ? つまんねーよ!」
  だから自分が造ったメカで面白がらせてやりたいのだと続ける成実に、しかしコミックス版小十郎はふうと深いため息をついた後、かぶりを振った。
「お前は呑気でいいです。本当〜に羨ましい」
「むかっ。おい、ちょっと! それってかなりカチンときたけど!?」
「煩い!!」
「ひっ!」
  突然キンとした声を発したコミックス版に、さしもの成実も意表をつかれてびくんと震え上がった。
  しかし元祖胃痛のコミックス版小十郎は、最早その限界線すらとっくに越してしまったかのような殺気立った顔をゆらりと向け、引き気味の3人に向かって言い含めるような声を出した。
「いいですか皆さん…。政宗様の居所が分かり次第、すぐに私に報せて下さい。政宗様にお話したき議があるのです、私は」
「ど、どうした? 何かあったのか」
  これにはゲーム版小十郎が思わず口を挟んだ。何か提案があるのならば自分も「自分の事」として、事前に知っておく必要があると思ったのだ。
「政宗様の」
  しかし一方の小十郎はふと声を落とし、一瞬だけ苦しそうな顔を閃かせた。
「政宗様の最近の振る舞いについてです。政務の事ではない」
「………」
「確かに…あれは私が望んでいた、伊達家当主としてのあるべき姿。ですが……本来の政宗様ではありません」
「……片倉」
「このままで良いわけがありません。あのような政宗様に見て見ぬフリをして、貴方たちは我が奥州が本当に天下を獲れるとお思いか」
  コミックス版小十郎がきっと切羽詰まったような声で問い質した。
  結局、皆思っている事は同じなのだ。
  政宗の突然の変化に、心を砕かない者はいない、そして―。

  政宗の見せる闇の部分に、震えない者はいない。

  たとえそれが自分たちや奥州の民を思って選択した道だとしても。
「梵は天下を獲るぜ」
  けれどふと、大人たちの沈黙を破って成実がそう言った。
  その顔にもう先刻のふざけたものはない。言葉遣いこそ政宗の幼名を呼んでどこか従者になりきれないところはあれど、そこにいるのは間違いなく一人前の伊達家武将だった。
「絶対獲る。だってよ、その為に梵は変わるって決めたんだろ? なら俺はその梵―…筆頭について行くだけだ。そんでよ、もし筆頭が苦しんでたら、俺が少しでもその苦しみ減らせるように、その荷物背負う。梵がやめろって言って怒っても…背負うぜ」
「成実」
「立派になったなぁ」
「ったりまえだろ? 奥州一番隊隊長だぜ!」 
  ゲーム版小十郎と綱元がそれぞれ感心したような声を出すのを、成実は少しだけ照れたように流して横を向いたが、やがてコミック版小十郎の方に向き直り、再度真面目な声を出した。
「だからよ。お前も心配ばっかしてねえで、筆頭の事信じてやれよ」
「……生意気なことを」
「けど実際問題、何処行ったか分かんないのは困るんだよな! 俺早くメカ見せてやりたいしー」
「はっ! そうです、私も政宗様に話したき議が!」
「……お前は、俺の忠告をハナから聞く気がないんだな」
  成実のぼそりと呟く呆れたような声にゲーム版小十郎は息を吐き、少しだけ笑った。

  政宗様、我らがいるのです、貴方には……。

  そうだ、その荷物を自分たちにも分けて欲しい。何もかも己で背負いこもうとしている政宗に、それくらい言っても許されるのではないか。でなければ、自分がここに、政宗の傍にいる意味などないのだから。
「さて。では私も、殿をお探しするのを手伝うとしますか」
  まるで小十郎の心の中を読んだようだ。
  横でぎゃーぎゃーと無意味に騒ぐ成実ともう一人の小十郎を楽し気に見やりながら、綱元が涼し気な声でそう言った。
「ああ」
  それで小十郎も強く頷いた。





「さても困った藩主様だ。今頃己の家臣がどれほど心を痛めているか、考えた事もないときてる」
「煩ェな」
「目上の者に対する礼儀もなっておらぬ」
「はーあ。悪かった、悪かったよ。どうでもいいから、話聞けよ」
「フン…」

  一方。
  W小十郎や成実たちが行方を追う中、政宗がやって来た先。

  それは城より程なく離れた、深い山間に佇む古寺であった。
  住職はとっくに死去して廃寺となっていたが、元はそこの出だという「この僧侶」は、奥州に逗留する度、決まってその廃寺に身を寄せていた。
  だから政宗もこの僧が来たと聞いては、わざわざ馬を駆って会いに行く。本当はいちいち面倒だから以前より城へ上がれと言っているのに、僧が断固としてそれを拒むから政宗としてもあまりしつこく出来ないのだ。
  何故なら僧には大恩があった。
「宗乙よ」
  その僧の名―元は政宗の養育係で兵法の師でもある虎哉宗乙(こさいそうおつ)―を呼び、政宗は寺の傍にある池で呑気に釣り糸を垂れる男の背に言った。
「別に意見はいい。黙って俺の話聞いてくれりゃいい。アンタは首を縦に振るか、横に振るかだ」
  そう言ってどっかと座り胡坐をかく奥州の竜に、宗乙はその姿を振り返りもせず軽く肩を竦めた。
「全く人使いの荒い梵だ。儂はお前の世話などとうに退いた。面倒な事は全部小十郎に押し付けてきたに」
「そうはいかねえよ。大体、こんなご時世で悠々自適の旅でもねえだろ。俺んとこいりゃ護ってやるぜ?」
「ほっ…。あの梵が、随分と偉い口をきくようになったもんだ」
  ぴくりとも動かない釣竿を持ったまま、宗乙はふっと小さく笑った。
  けれどすぐに声色が変わる。それによって動きのなかった水面もゆらりと揺れた。

「まあいい、偶の冗談に乗るのも。……話せ。お前の描く天下獲り」

「Ha…! そうこなくちゃな」
  宗乙のその返答に、政宗はここでようやくニヤリと口角を上げ、膝を叩いた。



<中編へ続く…>



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