ソーユー



  コミックス版小十郎はここのところずっと胃が痛かった。もともと慢性の胃痛持ちではあったが、その原因を作っている主の周囲は最近また格別に騒がしい。ただでさえ先日も(ほぼ)勝手に最新式の西洋船で四国組んだりまで出掛けた挙句、予定していた帰国日に戻らない、その間に武田軍の真田幸村に城を破壊されるという不始末があった。また、やっと帰ってきたと思ったら今度はその真田と痴話喧嘩で、家臣たちから「頭が山中で真田とちゅーしてた!」などという不謹慎極まりない噂が流れて領地は混乱。さらにさらに、それがまたひと段落ついたかと思えば、今度は中国の毛利軍大将、毛利元就が何故か突然奥州に現れて、何を思ったのかぶつくさ文句を言っている割に主の政宗と親しくなって長居している。
  一体何なのだと思う。元からおかしいと思っていたが、どうにもここは普通の国とは違うらしい。また、この異常事態に危機感を抱いているのが自分ひとりというところも謎だと、小十郎は自然渋面になる。周囲の者たちは皆何やかやと呑気にこの状況を楽しんでおり、己の片割れであるゲーム版の小十郎も、最近ではすっかり畑仕事にハマってしまって政宗への小言を放棄している節がある。ただでさえ今は元就のせいでまた真田幸村が取り乱して……いや、今回城を破壊したのは元就の方であるが、またまた修繕したばかりの城を改修するハメに陥っているというのに……。
「それで、今度はこれか……」
  どうにもならない胃痛でやむなく奥で不貞寝…ではない、休んでいた小十郎は、しかし門兵から運ばれてきた「ブツ」を前に、仏頂面で独りごちた。


『 小十郎様〜! またまた変なヤツが変なモノを頭に届けてきましたよ〜!』


  ばたばたと騒々しくそう言ってやってきた家臣の一人は、寝込んでいた小十郎に向かって「大丈夫ですかー?」と、大して心配してなさそうな顔で声を掛けてきた。何やら嫌な予感がした小十郎は、布団を被ってその家臣に背中を向けたまま最初はすっかり仕事放棄していた。「そういう怪しげな物は最初にあっちの片倉か成実に渡しなさい。私は今病人なんですから」……とか何とか言って。
  しかし背後に立ち尽くす家臣はぶるぶると首を振って「それが駄目なんですよ」と応え、更に小十郎の床の間に近づいた。
「ゲーム版の小十郎様は、今日も朝から畑に行ってて留守ですし、成実様はまたその使者の相手して遊んでるから忙しいって」
「使者…?」
  小十郎がとことん嫌そうな顔をすると、家臣はウンウンと頷いた。
「この間と同じですぜ。あの西洋の…ザビーってヤツでしたっけ? アイツがまた変なロボット使者にこいつを運ばせてきたんです。んで、それがまた門の前で自爆してですね。成実様はそいつを組み立てて遊んでるってわけです」
「………」
  胃だけではなく、頭までガンガンしてきそうな想いを胸に、小十郎は仕方がなくむっくりと起き上がった。そうして胡散臭そうに家臣が手にしている「ブツ」を見やり、はああと大きなため息をつく。
「政宗様はこの事を?」
「まだ知りません。頭、今色々と大変でしょ? 今日も幸村様がいらしてて、元就様を間に挟んで何やかややってて。元就様が破壊したとこの修理の件もあるし、忙しそうだったんで…」
「分かった、分かりました。それ置いて、お前も修繕なり成実と遊ぶなり、好きな事してくれば良い」 
「小十郎様、やさぐれてます?」
「いいから、もう行け!」
「はいーっ!」
  小十郎の恫喝に、家臣はぴしゃんと背筋を伸ばしてへこへこしながらその場を退出していった。「お〜こわこわ」と呟いているその背を見やりながら、今の者も恐らくはじゃんけんか何かで負けて渋々来させられたのだろうなと眉間に皺が寄る。
「ったく、ここの人間たちは……」
  誰もいない場所で一人悪態をつき、小十郎は改めてその場に残った「ブツ」とやらに目をやった。
  そんな事があったのが、つい先刻の話だ。

  で、今それと対峙しているシーンとなるわけなのだが。

「はああああああ」
  小十郎は深くため息をついて、がっくりと項垂れた。確か西の方にいるという異国人ザビーは、この間も怪しげな文を寄越してひと悶着起こしかけてくれたと思うのだが、今度は一体何が目的なのだろうか? 確かあの時は政宗がヤツの所に団子か何かを贈って何事もなく円満に事が済んだはずだったが。
  しかし、円満に済んだのならこのような事はするまい。
「何だって《腐ったイカ》なんて送ってくるんですか! もうっ!!」
  バンバンと畳を叩きながら小十郎は一人キーッ!とヒステリーを起こし、それからゼエハアと息を継ぎながらそのイカをガツリと掴んだ。そうしておもむろに立ち上がると、イカを政宗の所へ持って行くか、それとも嫌がらせにゲーム版小十郎の部屋へ放り込むかどちらにしようか考える。
  けれど、その結論が出る前に。
「小十郎様〜!」
  先刻の家臣がまたしてもバタバタと荒い足音と共にやって来た。
「今度は何ですか!」
「ひえっ! お、俺に当たらないで下さいよう。でも、た、大変なんですぜ! また頭にお客さんで!」
「また!?」
  もういい加減にしろよと額に怒筋マークがびんびんに出ている小十郎は、しかし目の前の(たぶん)罪のない家臣を見下ろし声のトーンを一段低くした。
「……今度は誰です」
「は、はあ。それが、四国の鬼、長曾我部の元親アニキです!」
「何!?」
  小十郎はその名前に目を見開き、驚きで腐ったイカをぽとりと落とした。





  一方、時を同じくして、政宗は全く不本意ながら家臣たちのいう「修羅場」に再び遭遇するという憂き目に遭っていた。
「あー……。あのよ、まだやんのかよ?」
「無論!」
「当然だ」
  政宗のウンザリしたような声にほぼ同時に答えたのは甲斐の若虎子・真田幸村と、中国の智将・毛利元就である。2人共先刻から既に荒く息を乱しているものの、お互いに手にした武器を手に一時も隙を作ろうとしない。
  その間に挟まれて、政宗はコミックス版小十郎のような「はああああ」という深くて重いため息を何度も何度も吐いていた。
  ここは政宗が家臣たちや小十郎と手合わせをする時によく使う道場である。はじめは先だって元就が破壊した城の修繕作業に携わっていたのだが、そこへまた幸村がやってきて傍にいた元就と何やら険悪な雰囲気になったので、多少発散させれば静かになるかと思ってここへ連れてきたら……それが全くの逆効果になってしまったというわけである。
「フン…。どのような腕の持ち主なのかと思えば……」
  鋭い円刀で己を護るようにして立ち尽くす元就は、相変わらず全てを見下したような態度で前方の幸村を挑発する。
「ただ直線的に攻めるだけとは芸のない事よ。貴様のような輩が一番やりやすい」
「何ッ!」
  そうして、言われる方の幸村は幸村で、これがまた面白い程にその言葉に乗っかるものだからいけない。先ほどから剣を交えては言い合いをし、言い合いを終えては再び戦うの繰り返しだ。
  政宗がそこに口を挟める余地は殆どと言って良い程ない。
「我は真実を述べているだけだ。ただ力のみで押そうという兵ほど御しやすいものはないからな。政宗も何故このような男にてこずっているのか」
「き、貴様…! 如何に中国の大将殿であろうと、そこまでの侮辱…! 許せんッ!」
「ほう。どう許せんと言うのだ?」
「貴殿こそ、こそこそと訳の分からない技を仕掛けてはこちらの動きをかわすのみではないかッ! 真っ向勝負でこられよ! 卑怯であろう!」
「フン…これだから単細胞は…」
「おい、元就さすがにそれはな――」
「そこまで言われて黙っておられるかッ! 覚悟ーッ!」
「うおっ!?」
  そう、政宗が止めに入ろうとする度にこの始末である。幸村は元就にバカにされては攻撃を仕掛け、かわされてはまた悔しそうに向かっていく。ある意味それはそれで、元就はどこか楽しそうではあるし、幸村も何だかんだで元就の攻撃を珍しがっているのではないかと見えなくもないのだが。
  政宗的には、もういい加減にして欲しいわけで。
「……あ」
  それに、如何に的確に避けているとはいえ、やはり真田幸村の攻撃は凄まじい。
「おい、ちょっとストップ!」
「むっ!?」
  政宗がさっと中へ入って幸村の攻撃を止めた時には、元就の方は手に微かな傷を負ってしまっていた。
「おい、大丈夫かよ」
「かすり傷だ。いらぬ世話を焼くな」
「切れてるだろ」
  さすがに客扱いしている大将を手負わせて帰すわけにもいかない。政宗はもう一度背後でぴたりと動きを止めている幸村を片手で制し、「ちょっとお前待ってろ」と言ったまま元就の傷の具合を確かめる為、その手を取った。元就は強がってはいるが、やはり多少深い傷を負っているらしい。
「お前もなあ、幸村を甘く見過ぎなんだよ」
「フン…。あれに似ている」
「あ?」
「ほんの少しひっかいてやると必要以上にムキになるあのバカにな……」
「……あー…。なるほど」
  政宗は持っていた布で元就の傷口を抑えてやりながら、「何だこの男は幸村の猪突猛進な姿と元親を重ねていたのか」と得心した。確かにストレートな性格が似ていなくもない。それでやたら幸村を挑発していたのかと思うと、政宗としても元就の事を少しは可愛いなと思った。だから表面的には多少呆れながらも、政宗は「バカだなお前」と元就に小さく笑いかけた。
「政宗。貴様、それは誰の事を言っているのだ」
「あー、何でもねえ。とりあえず、今日はここまでだ。お前も怪我したし、幸村もいい加減発散――」
  しただろ?……と、訊こうと振り返った政宗の視界には、しかしまたしても顔を真っ赤にしてふるふると震えている幸村の姿があった。
「幸村?」
「ま、政宗殿と元就殿は…やはり…やはり……」
「は?」
「……政宗。我の手を離さねば、今度はここが破壊されるぞ?」
「いや、あのな。俺はただお前の傷を…」
  しかし、悪い事というのは重なるものなのである。


「な、な、な………!!」


  怒り爆発寸前の幸村の背後で、別の驚愕に満ちた声が辺りに響き渡った。
「ん…?」
  いつの間にか開けられていた戸の向こうには、胃痛で倒れていたはずの腹心・コミックス版の小十郎と……四国の元親が立っていた。
「あ…? 元親…?」
  政宗がそのあまりに予想していなかった人物に唖然としていると、それよりもよほどあんぐりとしている元親が政宗たちを指差しながら隣の小十郎の肩をがくがくと揺すった。
「お、お、おい…! これは…どういう事なんだよ、おいっ!!」
「……訊きたいのは私です」
  そして小十郎の方も鬼のような形相で政宗を見つめている。政宗はそんな忠臣の姿を認めて、ようやく「あ」と思った。
  未だ自分が元就の手を取ったまま離していなかったことを……。
「や、やっぱりお前らはそういう仲だったのか…!?」
  信じられないという風にそう呟く元親の言葉を耳に入れながら、政宗は「俺、もうここから逃げていいか?」と思わずにはいられなかった。



後編へ続く…



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