走の行方―その後―」
上総 実 作



「 ……雄矢」
「 ん、どうした龍麻?」
  龍麻のベッドは狭い。
  元々が1人用なのだから仕方がないが、醍醐は自らの巨体が外へ飛び出してしまわぬよう、どうしても龍麻の身体を抱きこむような体勢で横にならなければならない。
  もっともそれが苦痛なのかと言えば、そんな事は全然ないのであるが。
  むしろ醍醐にとってはそうやって2人で並んでベッドの中にいる瞬間が、とても幸せだったりする。
「 あのさあ…」
  しかしそんな幸せをかみ締めている醍醐に、龍麻はふうとため息をついてから何事か言いたそうな顔をして何度か口元をもごもごさせた。醍醐はそんな龍麻に怪訝な顔をしてから、片手で髪の毛を梳いてやりつつ「どうした?」ともう一度訊いた。
  すると龍麻は醍醐に身を任せながらも少しだけ眉をひそめ、そしてその後きっぱりと言った。
「 明日はやんないからな」
「 な…っ!?」
  龍麻のその宣言に醍醐はぴたりと手を止め、驚いたようになって目を見開いた。
  こちらを見つめる龍麻の瞳にはどことなく抗議めいた光を感じる。
「 た、龍麻、それはどういう…?」
「 どういうもこういうもないよ。明日は雄矢とセックスしない。俺、1人で寝るし」
「 ど、どうしてだ? 俺は…今日はお前を満足させてやれなかったのだろうか?」
「 ……そういう言い方何かヤダ」
  龍麻はつくっていた眉間の皺をより一層深く刻むと、醍醐の胸に手を当てて身体を引き離す所作を示した。龍麻がそうやって壁際に背中をつけてしまうと、先刻まで触れあっていた互いの素肌の温度は遠のく。
  醍醐はより一層慌てたようになってそんな龍麻の手首を掴んだ。
「 た、龍麻。怒っているのか? 何故だ? 俺が何かしたというのなら―」
「 したじゃん。もう駄目だって言ったのに、今日なんか…5回も…」
「 あ……」
  醍醐は額からつーっと流れる汗を感じながら、すっかり疲弊したような龍麻の表情を見やった。
  恋人になってから、2人は毎日のように抱き合って身体を繋げて。
  それこそ醍醐などはそれだけが楽しみのように毎夜龍麻の部屋に通っていた。普段は、日中は特にこんなにおかしくはならない。いつもと同じように接し、同じように話をし。
  ただ龍麻が安心して頼れる「友」でいられるのに。
「 その…だな、龍麻、俺は―」
「 雄矢、重いし」
  龍麻はぶうと頬を膨らませ、そしてかっと赤面した。
「 それなのにずっと俺に乗っかってきて、ずっとずっと動き止めないし。俺、痛いって、重い〜苦しい〜って言ってるのに聞いてくれないし」
「 た、龍麻…。お前、そんな事言っているか?」
「 言ってるよ! 俺、いつもちゃんと息もできないんだよ? このままじゃ、俺絶対そのうち雄矢に殺される。俺、雄矢が好きだから、だから雄矢を殺人犯にしたくないんだ」
「 あ、あのだな…」
  好き、と言ってもらえて少しだけほっとするも、やはり醍醐の逸る気持ちは抑えられなかった。明日は龍麻に触れられないのかと思ったらやはりショックだったから。
「 その…1回で我慢するから…駄目か?」
「 ええ…」
  何か高いものをねだられているような渋い顔をして龍麻は不服そうな声をもらした。しかし本気で怒っていないのだろう、掴まれている手首をそのままに、龍麻はもう片方の空いている手を醍醐の頬へ運んだ。
  そろりと龍麻の優しい手が伸びてくる。醍醐の体内の熱はそれだけで上昇した。
  やはり好きだ。そう思った。
「 龍麻。その…何というかだな、俺はやはりお前が好きで好きで仕方ないらしい」
「 知ってるよ、そんなの」
「 その…だな。だから、そうだ。じゃあ今度は体位を変えてみるか!?」
「 はあ…?」
「 俺が重いのは認める。少しは痩せると約束もする。だからそれまでは…その、時々は龍麻が俺の上に乗って動いてくれればいい」
「 ……雄矢」
  細波のように引いていく龍麻の様子に、醍醐は気づいていないようだった。
  むしろ自分の「ナイスアイディア」に目を輝かせてすらいる。
  愛を手に入れた醍醐雄矢の前に敵はいないのだ。
「 そうだ、うむ。これはなかなか良い考えだろう、龍麻? 実はこの間からそういうのもやってみたいと思っていたんだ」
「 …やっぱり雄矢って…かなりエロイ奴だ」

  でも、まあ。
  そんな雄矢も好きだけどね。

「 龍麻、何度でも言おう! 俺はお前が好きだぞ!」
「 わあ! だから暑苦しいからぎゅっとしてくるなって!」
  しかし龍麻がつぶやいた「その台詞」は、醍醐の突然の抱擁にすっかりかき消されてしまった。
  そしてただ無我夢中な醍醐は、龍麻がその後にこっそりと漏らした美しい笑顔にも気づく事ができなかった。



−END−