走の行方」
弘樹 様 作



「 ―――ううっ」
  苦しげな声が途切れ途切れに響く。
  泣いているのだろうか。時折、浅い息の合間にしゃくりあげるような声が聞こえる。
「 ふぅ…っくぅっ…」
「 ―――龍麻っ」
  泣き声の主の名を、熱を帯びた太い声が呼んだ。


  レスリング部の部室は昼間でも薄暗く、お世辞にも綺麗とはいえない。
  窓から差し込む僅かな陽光に、埃が反射して煌いている。
  部屋中に沁み付いた、汗とカビの饐えた匂い。
  そして、今この部屋を満たしている、一段と強い汗の匂いと―――むっとする雄の匂い。

  部室の隅のマットレスの上で、醍醐は龍麻を無理やり犯していた。


「 ふっ…す、ごく、良いぞ…龍麻!」
「 だ、いご…も、やめ…っ」
  掠れた声で、龍麻が懇願する。
  長時間、醍醐の巨体に伸し掛かられ背後から攻められ続けて、龍麻の体力は限界だった。
  細い腕はすでに体を支えられず、上体がまるで糸の切れたマリオネットのように、床に崩れ落ちている。
  腰だけが高く持ち上げられ、激しく揺さぶられる度に結合部で卑猥な音が響く。
  マットレスに押しつけられた白い頬が、涙と埃でぐしゃぐしゃに汚れていた。
「 すまん。もう少し―――もう少しだけ、我慢してくれ」
「 あ…はっ!も…もう、やだ…」
「 もう―――少しだ…っ」


  ―――何故、こんなことになったのか。
  龍麻の身体を貪りながら、醍醐は妙に冷静な頭の隅で考えていた。

  初めは、風変わりな転校生が来たと思った。
  そして、佐久間を容易く倒した彼の、妙な技に興味を持った。
  手合わせをしてみて、その力と技―――彼の強さに惚れた。
  共に戦うようになってからは、彼のリーダーシップ、的確な判断力、強い精神力に驚かされた。
  かと思えば、元気で明るく、話をすれば楽しく、その整った容姿のせいもあって、いつの間にかクラスの人気者になっていた龍麻は、醍醐にとっても大切な友人となっていた。
  いつしか、醍醐は龍麻の全てに惹かれている自分に気がついた。
  だが、それは飽くまでも友人として―――その、筈だった。

「 龍麻は良い友人だ」
  醍醐はことあるごとに、そう口にした。
  自分に言い聞かせるように。
  いつしか龍麻に対して抱くようになった、あるまじき劣情を戒める為に。


  久々に、手合わせをしてみようと言い出したのは一体どちらだったのか。
  二人きりの部室で、上着を脱いだ龍麻の無防備な首筋を見た途端、醍醐の中の何かが弾けた。
  驚いた龍麻が抵抗する間もなく、襲い掛かっていたのだった。


「 ふ…は…んっ!い…痛っ―――!」
  激しい突き上げに、龍麻は悲鳴を上げる。
  剥き出しの太腿には、血と精液が幾つもの筋を引いている。
  抽挿を繰り返す度に、びちゃびちゃと卑猥な音が耳を打つ。
「 や―――やめ…醍醐…あ、ああ―――っ!」
「 ―――ふんっ…!」
  もはや龍麻を思いやる余裕もない。
  何度目かの快感の終着に向かって、醍醐は力任せに突き進んだ。



「 立てるか、龍麻」
「 ―――」
  龍麻は無言で、肩に触れた醍醐の手を払いのける。
  マットの上に、壊れた人形のように横たわったまま、醍醐に背を向けて全てを拒絶している。
  醍醐は、静かに顔を伏せた。
「 ―――すまなかった」
「 ………」
「 許してもらえるとは思わんが、乱暴なことをして悪かった。このとおりだ、謝る」
「 ………」
  龍麻の背後で、土下座する醍醐。頭を下げたまま、必死に弁解を続ける。
「 俺は―――俺は、自分のことをもっと冷静で良識ある人間だと思っていた。だが、お前といるとどうも調子が狂うらしい」
「 …へぇ」
「 時折、自分でも制御できない程荒々しい衝動に駆られるんだ。身体が熱くなって、頭に霧がかかったように何も考えられなくなって…そうだ、まるで初めて旧校舎に入ったときの奇妙な体験と似ているような…その…特にお前と二人きりでいるときなどに…」
  しどろもどろな醍醐の言葉に、ふっ、と龍麻が自嘲気味な笑いを漏らす。
「 龍麻?」
「 それは―――お前の中の…の血が俺の中の龍の血に呼応しているだけだ」
「 何―――?」
「 今はまだ、知る必要のないことだ」
「 龍麻…一体何の話だ…?」
「 もういい。出て行け」
「 龍―――しかし…」
「 行け」
  逆らうことを許さない声で、冷たく龍麻は言い放った。


  一人になると部屋の中は急に広く、寒々しく感じられた。
「 …ったく、あの巨体で無茶するなっての」
  一人毒づくと、龍麻は何とか身体を起こし、結跏趺坐の構えを取る。
  静かに息を整えて精神を統一すると、淡い光が龍麻を包んだ。
( …精神的ダメージは回復しないんだよな…)
「 醍醐の馬鹿野郎…」
  次々と零れる悔し涙が、龍麻の汚れた頬を洗い流した。 

  あんなのはセックスではない。
  あれは、一方的な暴力だ。
( ―――恐かった…)
  醍醐が、自分の知らない人間に変わってしまったような気がして。

  ショックが大きくて、必死に弁解する言葉もろくに聞き取れなかったような気がする。
  ただ、わかったのは。
  好きだからとか、愛しているからだとか。
  龍麻の身体に欲情したからだとか、そういうことでさえ、なかったらしい。
  覚醒しかけている白虎の力を持て余して、そのはけ口に利用されただけだ。
  ―――龍麻は、そう解釈していた。

  なのに。
  あんなことをされた後でも、まだ。
( あいつのことがこんなに好きだなんて…バカだ、俺…)
  止まらない涙を、乱暴に拭う。
  そして、まだ辛い体を引きずりながら、壁伝いに部室の出入り口に向かった。


「 ―――何してる」
  部屋の外に、醍醐が正座していた。
「 一つ、言い忘れたことがあってな」
「 聞きたくない」
  無視してその脇をすり抜けようとしたが、手を掴まれ引き止められた。
「 龍麻…実は俺、お前のことが…」
「 聞きたくないって言ってるだろ!」
  龍麻は声を荒げて醍醐の言葉を遮った。
「 ―――すまん」
  そう言ってしゃがんだまま背中を向ける醍醐に、龍麻は冷たい視線を投げた。
「 ―――何のマネだ」
「 背中に乗れ。家まで送る」
「 冗談。誰のせいでこんな目にあったと思ってんだ」
「 すまん。俺のせいだ」
「 当のお前に背負われるなんて、絶対嫌だ。俺にだってプライドはあるんだからな」
「 ―――そうか。わかった」
  そう言って醍醐は立ち上がり、次の瞬間には龍麻を抱きかかえていた。
「 何しやがるっ!」
  足をバタバタさせて暴れても、醍醐の巨体はびくともしない。
「 暴れるな。お前が背負われるのは嫌だというから―――」
「 だからってお姫様抱っこなんてもっと嫌だっ!」
「 少しの間だ、我慢しろ」
「 お前の少しは全然少しじゃないっ!」
「 そ…それは…」
  醍醐が怯んだ隙に、再び龍麻は暴れたが、やはり徒労に終わる。
「 下ろせっ。下ろせって言ってるだろっ!」
「 ダメだ。俺のせいだから、俺が責任もって家まで送る」
  きっぱりした口調で、醍醐は断定した。


  結局、龍麻の体力は殆ど残っていなかったため、彼にしてみれば非常に不本意ではあったが、醍醐に抱えられてアパートに帰って来た。
  醍醐は龍麻をベッドに寝かせると、タオルを濡らして龍麻の顔や身体の汚れを拭った。
  目を閉じた龍麻の顔色は紙のように白く、小さな吐息と微かに上下する胸の動きがなければ、まるで死んでいるかのように見えた。
「 龍麻―――眠ったのか」
  大きな手が、乱れた髪を不器用に、しかし優しく梳く。
  すると、龍麻の両目からぽろぽろと大粒の涙が零れた。
「 龍麻?」
「 ―――っ。見るなっ」
  両腕を顔の前で交差して、龍麻は醍醐の視線から逃れた。
「 そんなに、辛いのか」
「 う…っ」
「 すまん、本当にどうかしていたのだ」
  再び髪に触れてきた醍醐の手を、龍麻は払いのけた。
「 止めろってばっ」
「 龍麻…」
「 …っ、おっ、俺のこと、好きでも何でもないくせに、優しくするなよ…っ」
「 龍麻…?」
「 これ以上…俺を…惨めにするなっ…!帰れ…っ!」
  龍麻は、子供のように泣きじゃくった。

  ひとしきり泣いて、龍麻が少し落ち着いてきた頃、醍醐が口を開いた。
「 ―――好きだぞ」
「 ―――え…」
「 龍麻…俺は、お前のことが、好きだ」
  一言、一言。ゆっくりと言い聞かせるように醍醐は繰り返した。
「 ―――嘘だ…」
「 嘘ではない。どうも、その、俺が口下手なせいでちゃんと伝わっていなかったようだが…」
  ゴホ、と咳払いをして、醍醐は続けた。
「 俺は、お前が好きだ。ずっと、お前といるとドキドキしていたぞ。お前の姿や行動、全てが俺を誘っているように思えて、抱きたい衝動に駆られるのを必死に堪えていたんだ。その―――結局、抑え切れずに無理やり抱いてしまったわけだが…」
「 だ…だって…」
「 俺が嘘をついたり、同情でこういうことを言う奴かどうか、お前はよく知っているだろう?」
「 ―――」
  龍麻の顔がくしゃりと歪み、そのまま布団を引き上げて顔を隠してしまった。
「 龍麻…だから、その」
「 ……」
「 龍麻」
「 …からな」
「 え」
  布団の中から聞こえる、くぐもった声に醍醐は耳を集中させる。
「 ―――すっごく、恐かったんだからな」
「 すまな…かった」
「 初めてなのにすごく乱暴で、痛かったし」
「 すまんっ」
「 もう絶対、あんな無理やりなこと、ゴメンだからな」
「 ああ」
「 反省しろ」
「 ―――ああ、反省する」
「 ……」
「 龍麻?」
  そっと布団を捲ると、龍麻の不安そうに揺れる瞳が見上げてきた。
「 好きだ。龍麻」
  安心させるように優しい声で言うと、龍麻は小さく頷いた。
  そして。
「 俺も…。―――雄矢」
  甘えるような龍麻の声に誘われて、醍醐はその唇に、そっと自分の唇を重ねたのだった。


  後日―――。
「 龍麻をお姫様抱っこして繁華街を暴走する巨漢」の噂を巡り、一波乱あったとかなかったとか。



−END−

■管理人コメント■
うあぁ〜ときめくときめくときめくようう〜(涙)。全ての箇所がツボです。ぐいぐい押されてぐさぐさ刺されてます(死む〜・笑)。自分で書かないくせに、私は巨体攻め×華奢受けがものすっごく好きなんですよ!如何にも苦しそうじゃないですか?愛がなくっちゃとてもじゃないけど耐えられません(何がだ)!…まあ今回は互いの愛を確かめ合う前に事に至っちゃったわけですが…つまり無理やりシチュなんですが。しかしまたまたそこがいいんだあ!あれ、それじゃ今さっき言った事と矛盾してるかな…?いや、いいんだ!両想いだろうが無理やりだろうが、とにかく「ぎゅうぎゅう×怖いよ怖いよカップル」は私のツボなのです。…何だか完全に壊れてるコメントですが…。とにかく!今回の弘樹さんが書いてくれた醍醐、すごく私が描いている彼のイメージに近いです。醍醐って不器用でまっすぐで…でもだからこそ「暴走」すると歯止めが利かない危うさがある。今回ひーはそんな醍醐に見事に翻弄されてしまって、訳分からないうちにお初を取られてしまったようですが、でも何だか幸せそうですよね♪そしてこの2人はこれ以降、きっとH狂いなカップルになるに違いありません。何はともあれ弘樹さん、素敵素敵な暴走醍醐主をどうもありがとうございました!お礼と言っては何ですが、ささやかな愛返しという事で…《こちら》をどうぞvv(恩を仇で返してるみたい…)