欲しいもの、全部。 |
(まだ11月になったばかりなのに…。もうクリスマス仕様か) ハロウィンが過ぎて月が変わった途端、街の色がガラリとクリスマスムードに一変する様子に、浅見は半ば感心した面持ちで通りの風景を眺めやった。浅見はウィンドウショッピングにも流行りの店での食事にも興味はない完全なインドア派なのだが、葉山と付き合うようになってからは外出が増えた。 (あ…か、可愛い) それに散歩は嫌いじゃない。 葉山との待ち合わせ場所へ急ぎつつも、浅見は居並ぶ煌びやかな店の様々な雑貨や服を何ともなしに眺めては、その時間を楽しんでいた。人口が増えて改築・改装が著しい葉山宅近くのストリートでは、テレビでよく聴くヒット曲が次々と軽快に流れていく。それがまた街並の賑やかさに華を添えていた。 「浅見」 「あ」 けれど浅見の中で葉山ほど色鮮やかで華々しい人はいないと思う。 「ごめん葉山。待った?」 「全然。今日は俺が待たせた方だろ」 そう言って笑う葉山は全身の服装は元より、靴から首先に巻かれたマフラーまで、全てが洗練された「綺麗な男」だった。背の高い均整の取れた身体つきも、短くまとめられたすっきりとした明るい色をした髪も、周囲を行く若い女性たちが必ずちらりと目を留めて過ぎていくところからして、既に普通の大学生にはない、カリスマ的な雰囲気を有している事が分かる。 だから、やっぱり葉山はかっこいいなあと、浅見は冴えない自分などが傍にいる事を申し訳ないとすら思ってしまう。 「俺んとこ着いてたのいつ?」 ぼうと葉山に見惚れていた浅見にそう声が掛けられた。浅見がはっとして我に返ると、葉山は覗きこむような目をして返答を待っていた。 「あ」 浅見は途端慌てふためき、意味もなく別段逆立ってもいない髪の毛を片手で撫でつけながら「さっき…」と小声で呟いた。 「あぁ、じゃあ来てすぐまた出てきた感じ? 悪かったな、それなら家で待っててもらえば良かった。どうせならそこらへんで飯でもって思ったから、わざわざ呼んじゃったけど」 「い、いいんだよ、別に。俺…本当、今来たばかりだし、葉山ん家にはまだ入ってもいなかったから」 「え?」 怪訝な顔をする葉山に浅見はまた意味もなくたじろいだ。 今日は葉山から「バイトが早く上がるから一緒に夕飯食おう」と誘われていて、浅見はその約束の時間まで葉山のアパートで待つ事になっていた。葉山はもう随分と前に浅見に自分の家の合鍵を渡していて、「いつでも好きな時に来ていいから」と言っていた。 そして浅見はそれをとても嬉しく思いながら、「ありがとう」と言って素直に受け取ったのだが……、実はそれをまともに使った事はまだ一度もないのだった。 「何で? 何か用でもあって来るの遅かったとか?」 葉山の問いかけに浅見はかぶりを振り、「違うよ」と答えた。そして、これは言っても良いのだろうかと実は悩んでいた部分でもあるのだけれど、葉山に嘘をつくのも嫌だったので素直に告げた。 「そういうわけじゃないんだけど…。何か、さ。葉山いないのに、勝手に入るの悪いかなって思って」 「…何で? 別に、いつでも入っていいって言ってるじゃん」 葉山の途端曇った表情に、浅見はすぐ「あ、やっぱり気分悪くさせたかな」と思ったのだが、それでも今さら変に取り繕う事も出来ない。 「うん、そうなんだけど…。俺、やっぱりそういうのって、何か苦手というか」 「は……何? そういうのって?」 「え、えっと…その。人ん家勝手に入るのとか、そういうの」 「だって、俺ん家だぜ?」 「……うん。そうなんだけど」 「………」 葉山は困ったように俯く浅見に暫し黙ってはいたものの、それ以上追及する気はないのか、すぐに元の軽い空気に戻すと柔らかい口調を発した。 「まあ、いいよ。寒くない? 帰るか」 「え…? あ、食事は……」 「うん、やっぱり予定変更。うちで食べよう」 「あ……うん」 先に歩き始めたその背中に慌てて頷いたものの、葉山の方はそんな浅見を見てはいないようだった。浅見はほんの少しだけ気まずい思いを抱きながら、「ああ、またやっちゃったな」と思った。 葉山と付き合うようになってからそろそろ1年が経とうというのに、決まった周期で2人はそういう「ぎこちない空気」をどちらからともなく出す事があった。それは大抵、お互いがお互いに対して変に気を遣うからで、決して酷い我がままを言ったり暴言を吐いたりというものではないのだけれど。 穏やかな時間を共有する中で、2人は時々気まずかった。 そしてそれを2人共が感じていて、知らぬフリをしていた。 (俺が悪いんだよ、な……) 胸の隅にちくりとした痛みを感じながら、浅見は俯いたまま再び嘆息した。葉山は悪くないし、葉山は完璧なのに、不完全な自分だからこんな風に相手を不快な気持ちにさせてしまう。それが堪らなく不安で苦しかった。 「もうクリスマスかよ。早いな」 通りを歩きながら葉山が呟いた。 「うん」 そんな葉山の背後を歩く浅見は、「これは自分に言われた事なのか」分からないまま、とりあえず合わせるように頷いた。 「浅見は何か欲しいものある?」 「え」 しかし今度は確実に話しかけられた。浅見は弾かれたように顔を上げると、依然としてこちらを向いてはくれない葉山の後頭部をじっと見つめた。 「欲しいもの?」 「そ。俺の懐で出せる範囲の物だったらプレゼントするからさ」 「俺…そんな、プレゼントなんて」 葉山と一緒にいられるなら、物なんて特に欲しくない。 けれどそうすぐに思って、しかし浅見はぴたりと口を閉じて躊躇した。…ここでまた「いらない」とか「何でもいい」と言っては、また葉山を怒らせてしまうのじゃないだろうか。「浅見はいつもそれだな」と呆れられて、「そういうのって却って困る」と責められるかもしれない。 「……俺」 そう考えると、すぐに「気にしないで」とも言えず、浅見は困ったように視線をあちこちへ移して「何か」を探った。元々物欲がないものだから、すぐに欲しい物と言われても本当に思い浮かばない。それでも葉山に早く答えなければと思って、浅見は先刻駅へ向かう途中で見かけた「可愛い」と何気なく思ったものを浮かび上がらせて声を上げた。 「さ、さっき見たハムスターが可愛かった」 「ハムスター?」 意外だったのだろう、初めて葉山が足を止めて振り返ってきた。浅見は急にこちらを向いてきた葉山にどきんとして途端顔を赤くさせたのだが、「うん」とすぐに答えて、通りの先を指差しながら答えた。 「さっきここを通った時に見かけたんだ。ペットショップの…。白い綿に包まって小さい小屋の中で寝てて。凄く可愛かった」 「へえ。浅見って動物好きなんだ? 家で何か飼ってたっけ?」 「あ…ううん、昔は犬を飼ってたけど、今は何も。俺を除いて家族はみんな家を留守にする事が多いし、面倒見るのは大変だろうって。俺は時々何か飼いたいなって思う事もあるけど」 「犬?」 「うん。でもネコも可愛くて好きだよ」 「あとはハムスター?」 「あ…ハムスターは…別に考えてたわけじゃない、さっき偶然見かけただけで」 「ふうん」 葉山はいやに優しい目をしてしどろもどろに喋る浅見を見つめていたが、やがて再び踵を返すと「意外」と言いながら軽く言った。 「でも、ごめんな。それはプレゼントにはしてやれない」 「え…?」 また長い足で颯爽と歩き始められて、浅見はそれに追いつこうと前のめりになりながらももつれる足を必死に動かした。それから葉山の実にあっさりとした却下に驚きの想いを抱きながら再びその背を見つめる。 「動物は駄目だよ。生きてるものは駄目。せいぜい観葉植物とか、そういうもんならあげられるけど」 「あっ…。べ、別に、いいよ? どうしても欲しいってわけじゃなくて…。ただ、さっき見て可愛いなって思ったから…」 本当に特別飼いたいと思ったわけではなかった。ただ、浅見は服にもアクセサリーにも興味はないし、急に訊かれたから殆ど適当に答えただけだ。 確かにこの通りで歩いている中では唯一目に留まった欲しいものではあったけれど。現実問題として、きっと家では飼えないだろう。姉の光は単に「自分が暇な時に遊ぶ」ペットとしては喜んで迎え入れるだろうけれど、面倒を見る協力はしてくれないだろうし、両親は昔可愛がっていた犬を最後に、前々から「もう動物は飼いたくない」と言っていた。その犬とは死別ではなく、元々海外へ行っていた父の友人の飼い犬だったから、引き取られる時が来て別れただけなのだが…。そんな生き別れでも相当悲しんだのだから、これが死別なら余計に大変だと、「浅見家ではペット禁止」が公然としたルールとなったのだった。その両親の気持ちは当時同じように悲しんだ浅見にもよく分かる。 だから動物は飼わない。時々は寂しいと思った事もあるけれど…それでいい。 「それにしても…葉山って動物、苦手なんだ?」 気を取り直して今度は浅見が訊いた。確かに葉山はあまり動物を飼っていたというようなイメージはないが、こんな風に露骨に「それは駄目」などと言われるとは思わなかった。 意外な気持ちでその背を見やると、もう既に先を歩き始めていた葉山は「ああ」と冷淡に頷き、少しだけ浅見の方に目をやって小さく笑った。 「うん。俺は動物嫌い。絶対飼いたくない」 「……へえ」 「浅見は嫌? そういう男は」 「いや別に…」 浅見が何ともなしに答えると、葉山はそれを大して信じていないような顔をしてから「そう?」と呟き、再び前を向いてちらと冷笑した。 「……葉山?」 どこか寒々とした空気。浅見は葉山のそんな態度に違和感を抱いて微か眉をひそめた。 「動物が嫌いとかって言うとさ、何か冷たいイメージない?」 葉山が言った。 「浅見にそういう風に思われたらちょっとショックかなって」 「別に…何とも思わないって」 「それならいいけど」 「………」 「それで? 他に欲しい物ってない?」 「……別にいいよ」 今度は当初思っていた考えを言ってしまった。無理に何かを欲しいと言ってみても空回りしたし、それなら当初思っていた通りの事を吐き出した方が楽だ。 浅見は半ば投げ遣りな気持ちで葉山の背中に訴えた。 「俺…特に欲しい物、ないし」 「困るな。俺はあるから、浅見にそれ貰う代わりに、俺も浅見に何かやりたいのに」 「え…? あ、そうなんだ。葉山は何が欲しいの?」 「うーん。ま、考えてみてよ」 「え…?」 「まだ時間あるし」 葉山の歩くスピードは一向に緩まらなかった。浅見は気づけば自分の息が大分乱れている事に気づいて、何故葉山はこんな風に急いで歩くのだろう、何故一緒に歩いてくれないのだろうと、ここでようやくその不自然さに気づいて、ぴたりと足を止めた。 街には浅見が駅へ向かう時と同様、軽やかなポップミュージックが流れている。歌手の名前は知らないけれど、多分凄く有名なバンドだと、それだけは分かる。若者たちの恋愛を歌わせたらこのグループの右に出る者はいないと言われるほどテレビや雑誌で騒がれていたから、普段そういった音楽情報を入手していない浅見でも曲の存在は知っていた。 「どうしたの浅見」 何ともなしにそんな事を考えていた浅見に葉山が気づいて声を掛けてきた。数メートル離れた位置にいて、浅見が自分の後についてきていない事を不審に思っているようだ。 「行こうぜ」 「…うん」 「何?」 「何でもない」 葉山が不機嫌になってきている。それが分かって、浅見は逸早く首を振った。 「こ、この曲…誰が歌ってたのかなって気になって」 「この曲?」 「今流れてるやつ」 「ああ……」 葉山は通りを流れている音楽になどまるで気がいっていなかったらしい。浅見に言われてようやく外灯についているスピーカーへ目をやり、そんな事を気にしていたのかと言わんばかりの顔をして興味なさそうに答える。 「何か聴いた事あるな。有名なやつ?」 「たぶん。葉山は知らない?」 「俺、邦楽には疎いから」 そういえば葉山の部屋にあるCDは大体洋楽だなと思い当たり、浅見は納得したように頷いてから傍へ寄った。別に葉山と音楽談義がしたいわけじゃない。ただ何でもいい、とりとめのない話をしてこの「妙な空気」を何とかしたいと思った。 「これ、いい曲だよね」 「へえ? 俺はあんまり好きじゃない」 「え」 けれど葉山の方は浅見と同じ事を考えていたわけではなかったらしい。ものの見事にばっさりと斬って捨てて、葉山はまたくるりと踵を返すと「うぜえよ」と陰の篭もった声を出した。 「こういう、如何にもな歌詞並べて綺麗に歌えちゃう奴らって、偽善者っぽくて信用ならない。愛だの恋だの、よくこんな風に恥ずかしげもなく簡単に歌えるよな」 「………」 「また世間でそれが通用してるってのも意味が分からない。ああ、つまりは世間全体が偽善に満ちてるって事なのかな」 「どうしたの葉山…」 「……何が」 浅見が空寒い思いで訊くと、葉山はぴたりと動きを止めて浅見を見やってきた。やはり表情が暗い。最初に会った時の柔らかい雰囲気は消えていた。苛立っているのだなと思った。 「何がどうしたって?」 「何か…変に突っかかるなって」 「誰に? 浅見に? 別に、浅見には突っかかってないよ。ただこの曲にイラついてるってだけ」 ああでも浅見は好きだって言ったんだっけと今さら思い出したように言って、それから葉山は素直に「ごめん」と謝った。浅見も別に葉山と揉めたいわけではないし、むしろこんなのは嫌だったから、「いいよ」とすぐにかぶりを振ってこの会話を終わらせた。 「………」 それでも、よくよく考えると自分たちには共通点というものが本当に少ないのだな改めて感じてしまう。浅見はどちらかというとインドア派で読書を好むし、大勢が「良い」と思うものを素直に「良い」と思える方だ。葉山は浅見の事をそういう人間だと思っていない節があるけれど、実際浅見は周囲に迎合して目立たず地味に生きていく事を好んでいるわけで(それが実際に出来ているかは別として)、決して葉山が言うところの「アウトロー」なんかではない。それを言うならば葉山の方が、普段は表で輝かしく大勢の人間に囲まれ人気者の地位にはいるが、どちらかと言えば独りでバイクを走らせたり、研究書に没頭したりするのが好きな「外れ者」であり、大勢が支持するものをこそ忌避する傾向があった。 つまり2人は本当に正反対な、真逆な場所で生きてきた人間なのだ。 (どうして葉山は“俺”を選んだんだろう……) だから浅見はいつもその疑問にぶち当たって途方に暮れる。浅見は自分という惰弱な人間が葉山という強い位置にいる人間に惹かれるのは当然の事だと思っているが、逆に葉山が自分に対して「好きだ」とか「愛してる」とか、それこそ恋だの愛だのを口にしてくる事を不思議に思う。ある程度葉山の「弱い」部分も最近ではよくよく分かってきてはいるつもりだけれど、それでも立場的に浅見は葉山と自分が「対等」だとは完全に思えていない。 現に、こうしてどこか不機嫌な葉山に自分は酷く怯えている。顔色を窺っている。 「……はあ」 思わずついてしまった大きなため息に、浅見は慌てて口を押さえた。葉山に聞こえたらどうしよう、またそんな事が気になった。これ以上葉山の機嫌を損ねる真似はしたくなかった。葉山とは穏やかで楽しい時間を過ごしていたい。 「飯、もう少ししたら作るな」 葉山はアパートの部屋に入ると、すぐに上着を脱いで台所でお湯を沸かし始めた。いつも浅見が来る時は美味しい珈琲を淹れてくれる。浅見はそれを悪いなと思いながらも、心の中でいつもとても楽しみにしていたから、素直に甘えて「ありがとう」と礼を言った。 「酒、足りないかも。後で買ってくる」 「あ、なら俺が行くよ」 一度は座った腰を上げかけた浅見は、冷蔵庫を開けてそう言う葉山に自らそのお使いを買って出た。何せ食事を作る時は本当に役立たずだから、せめてそれくらいはしたいと思ったのだ。 「うん。じゃあ後で一緒に行こう」 けれど葉山はそういう時でも決して浅見を1人では行かせない。さり気なくそんな風に答えてからカップを出し、葉山は先刻の不機嫌さをいつの間にか消して浅見に笑いかけた。 「あのさ、この間研究室でお菓子貰ったの。食べる?」 「何?」 「アーモンドクッキー。神戸の有名な菓子店のだよ。ゼミをサボって旅行してきた奴からのお土産」 「へえ…神戸か」 浅見は一度も行った事がないけれど、姉が友人と何回も行っていてよく話を聞いていたから、勝手に親近感を抱いている場所だった。ガラステーブルの上に置かれた品の良い箱に目を留め、何となくそれに触っていると、葉山が「開けていいよ」と言いながら自分でその蓋を開けた。 「何なら全部食べていいよ。俺、甘い物ってあんまりだし」 「そうなの?」 「嫌いってわけじゃないけど。何だろ、味覚が変化したのかな。昔は割と好きだったもんが最近食えなくなったりしてる。クッキーもその1つ」 「そうなんだ」 去年のクリスマスにはここで一緒にケーキを食べたけれど、あの時はどうだったのだろうとこっそり思う。そう、約1年前のあの日の事は……、浅見にとっては、正直あまり思い出したい類のものではない。一緒に食事をして部屋でシャンパンで乾杯してケーキを食べて…そこまでは良かったのだが、その後がいただけない。浅見としては既に抹殺したい過去の1つだった。 「浅見」 「え……っ」 その時、葉山がおもむろに近づいてきて、気づくと唇を塞がれていた。いつの間にこんな風にすぐ隣に来ていたのか、全く分からなかった。クッキーに気を取られていたというのもあるし、去年のクリスマスを思って気恥ずかしい想いに囚われていたというのもある。 けれど何より、葉山の気配がしなかった。 「んっ…」 顎先を指で捕らえられ、もう片方の手で頬を撫でられて、浅見はそれだけで身体中が熱くなる気持ちがした。葉山が何度も角度を変えて仕掛けてくるキスはいつも以上に深かったし、身動きが取れないようにがっちりと顔を抑えられているせいで葉山の吐息も酷く近い。キスの合間に息継ぎをする事すら難しいくらいの性急な、そして強引なキスに目が眩んだ。 「葉山…っ」 「なぁ、しようか」 葉山は途惑う浅見に構わずそう言った。台所ではまだヤカンが火に掛けられたままだったはずだ。浅見にはまずそれが気になって「でも」と言いかけたのだが、葉山はその拒絶がすぐに分かったのだろう、余計意固地になったように浅見の肩口を捕まえると、そのまま強引に押し倒して覆い被さってきた。 「は、葉山…」 「しようよ」 「で、でも…」 葉山の部屋に呼ばれる時は大抵する事だから今さら驚きはない。 けれど恒例のお茶や、夕飯も取らずに葉山がこんな風に仕掛けてくる事は滅多になかったから、浅見としては躊躇いや怯えの方が大きかった。 ましてや、この部屋に来るまでの葉山のあの態度を思い返したら。 今日は酷くされるかもしれない、それを思うと自然身体は縮こまった。 「怖いの」 葉山がズバリ言い当ててきて、それがまた一層浅見の恐怖を誘った。慌てて首を振ったものの、当然の事ながら信じてもらえない。それでも葉山は断続的なキスを浅見の唇に施しながら、乱暴に衣服を脱がせにかかり、己のシャツのボタンも片手で強引に割り裂いた。 「ごめん。凄くしたいんだ、今」 葉山が言った。既に目元を赤くしている浅見の間近に顔を寄せて、葉山は自らも多少上気した様子を示しながら喉元にも吸い付くようなキスをして「浅見」と呼んだ。 「浅見を食いたくて仕方ない。さっきからずっとだ。俺はおかしくなってる」 「なに言っ…」 「むかついてどうにかなっちまいそうだよ。何でそうなんだろう? 浅見の事、好きで憎くて堪らない」 「憎い…?」 「そうだよ」 今度は首筋に齧りつくようなキスをされて、浅見はそんな葉山に「ん!」と抗議するように眉をひそめた。 それでも葉山を止める事は出来ずに、浅見は服を剥ぎ取られながら迫りくる葉山の姿を薄っすらと開いた視界に留めた。 葉山もとうにそんな浅見の事を見やっていた。 「浅見のこと、めちゃくちゃに苛めてやりたい」 「葉山…」 ぶるりと震えると葉山は泣き出しそうな顔をして、それでも笑った。 「壊してやりたい、お前のこと」 「葉山、何…?」 「いいだろ、浅見。もう分かってるんだろ、俺のこと」 「は、葉―…んっ」 晒された胸にキスをされ、本当に食われるかのように噛み付かれる。浅見はゾクリと悪寒を走らせ、それでもぎゅっと目を瞑ると葉山を迎え入れる為にその背に腕を回そうとした。 求めてくる葉山を拒絶するのは嫌だった。 そんなのは、去年のクリスマスでもう終わりにしている。そうしたい。 「浅見…浅見…」 うわ言のように葉山が呼んでくる。浅見はそれに応えようと唇を動かしたものの、声にはならなかった。半ば病的に葉山が自分の身体を欲してくる時、浅見は何とかそれに応えたいと思う反面、やはり恐怖で身体が異様に硬くなってしまった。 元々男同士で抱き合う事に全く抵抗がないわけじゃない。 「あっ…葉山っ…」 葉山のことは好きだけれど、こんな風に股間に手を伸ばされて己のモノに触れられる事だって全然慣れない。もう何度もしている事なのに、どうしても慣れる事が出来ない。 女のように嬌声を上げる自分にも。 「浅見…っ。全部見せて。俺にだけ、さ…」 「ん、あ、あっ…」 それでも懇願するようにそういう弱々しい葉山の声を聞いてしまうと浅見はもう駄目だった。乱れきった衣服や、未だ明るい室内で裸にされる事を厭う暇もない。 「……っ」 同じように肌を晒し自分を抱きしめてくる葉山を見つめながら、浅見はそういえば葉山がクリスマスに欲しい物とは一体何なのだろうとぼんやりと思った。 |
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物凄くぎこちない2人。
カップルなのか本当に。